第98話 フライング
(アリステッド男爵<フェイ>視点)
「ギルド長、大変です!」
出発まであと五分と言うところで若いギルド職員が慌てて走ってくる。どうしたんだ、一体?
「どうした!」
「五番艦が制止を振り切りついさっき出港しました!」
「何だと!?」
五番艦? 確かあのイーサンが乗ってる船だな。
「一斉に出港する予定だろ! どうなってる!」
「それが……制止した職員にはイーサン殿が“俺一人で倒してやる”とか“一番乗りは貰った”とか叫んでいたとか……」
は?
(どういうことだ?)
大王烏賊(クラーケン)を一人で倒す? 一体何のために???
「……大方アリステッド男爵を意識してるんでしょ。プライドの高そうな人だとは思っていたけど」
“ここまで馬鹿とは思ってなかった”とか思ってそうな顔だな、エーデルローズ。
「そんな……あの人も冒険者なんですよね?」
リィナが驚いた顔をするのも無理はない。冒険者はあれくれ者が多いとか、モラルが低いとかいうイメージが強いが、ことクエストになれば話は別だ。
(仲間と協力し、連携して戦えない冒険者は生き残れないどころか他人の死を招くことさえある……)
簡単に言えば、イーサンの行動は信じられないくらい常識外れの行動だということだ。
「………っ!」
タイラーギルド長がほぞを噛む。恐らく出港を繰り上げてイーサンを追いかけるかどうかで迷っているのだろう。
(放っておけばイーサンは死ぬかもしれない。が、俺達が追いかけたとしても他の船がついてこられないかも知れない……)
セオリーでいえば、放っておくしかない。追いかければ最悪二隻で大王烏賊(クラーケン)と戦う羽目になる。
(だが、予定通り出港すれば、四隻で戦える)
当初の作戦よりキツイが、どちらがマシなのかは考えるまでもないだろう。だが……
「出港してもらえないか、タイラーギルド長」
「!!!」
タイラーギルド長の顔が一瞬喜びで輝く。やはりこの人はイーサンを死なせなくたいんだな。
「追いついて他の船を待つよう説得するか、足止めしたい。そうすれば、作戦通りだ」
「し、しかし……」
先程の表情は既に消え、タイラーギルド長は渋面を顔に作っている。多分、これがギルド長としてのあるべき顔なのだろうが……
「私もアリステッド男爵に賛成よ」
「私もアリステッド男爵に賛成します」
エーデルローズとリィナも俺に賛成するのを見て、ギルド長としての表情にヒビが入る。
「私はなるべく犠牲者を出さずに勝利したのだ。五番艦には勇者イーサン殿以外にも多くの乗組員が乗っているのだろう?」
俺がそう言うと──
「はっ、ははっ! ご配慮感謝します!」
タイラーギルド長が無理矢理被っていたギルド長としての仮面が音を立てて割れた。
中から出てきたのはひたすらにイーサンの無事を願う顔だ。
「ありがとうございます、アリステッド男爵! この御恩、決して忘れません!」
タイラーギルド長は深く頭を下げた後、あちらこちらへテキパキと指示を出し始めた。
※
(公認勇者イーサン視点)
(見たかっ! アリステッド男爵!)
予定時間より早い出発! 決まったぜ!
(だが、奴らが追いついてくる可能性はある。今のうちにリードを広げておかないと……)
だが、策はある。クククッ! 奴らが悔し涙を浮かべるさまが目に浮かぶぜ。
(……そうだ、仲間の女を俺のパーティに引き入れるのもいいな)
確かエーデルローズとかいった女戦士と名前は知らないが、アリステッド男爵の隣にいた金髪の女の子だ。金髪の娘は遠目でしかみてないが、どちらも相当の美形と見た。
(クククッ! 仲間を取られる時の奴の顔、見ものだぜ!)
だが、別に俺が無理矢理とるわけじゃない。大王烏賊(クラーケン)を単騎で討伐する俺の魅力に皆が付いてきたがるんだ!
(それにしても、あのイビルとか言う奴から渡された聖剣を受け取ってから、人生が変わったな)
イビルに声をかけられたあの時──
「イーサン様、奴らが!」
仲間の声で後ろを振り返ると、一隻のガレー船が凄い速度で追いかけてくる。間違いない、アリステッド男爵だ。俺には分かる!
「皆にアレを飲ませろ!」
パラメーターアップの秘薬、代償はあるが、俺もよく使ってるぜ!
(しかし、聖剣といい、この秘薬といい、こんなものをポンポン渡せるイビルって奴は一体──)
ギシッ!
(はっ! 俺は何を──)
ゴォォォ!
(速度が上がった! クククッ! 見たか、アリステッド男爵!)
※
(アリステッド男爵<フェイ>視点)
出港はしたものの、追いつくためには五番艦以上の速度を出さなくてはいけない。なかなか至難の業のはずだったのだが……
「ウォォォッ! カッコイイぜ、アリステッド男爵! 燃えるぜぇぇ!」
「なんて汚い奴だ、公認勇者イーサン! 目にもの見せてやるぜぇぇぇっ!」
「リィナちゃんのためなら限界なんざいくらでも越えてやるぜェェェェッ!」
どうも伝声管が開きっぱなしだったらしく、俺達の会話は全艦内に筒抜け。それが予期せぬ形で全乗組員に火をつけたらしい。
「す、凄い! これなら追いつける!」
タイラーギルド長が歓喜の声を上げたその瞬間……
ゴォォォ!
何と五番艦の速度が急に増した!
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