第85話 屈しない男、アバロン

 数日後の昼下り、それは突然起こった。


「助けてくれっ!」

「ノルドさん!」


 何だ、急に! 


(こいつら冒険者じゃない。一般市民だ)


 市民が冒険者ギルドに来ることがないわけじゃない。だが、こいつらの慌てようは尋常じゃない。


 ボタ!


 俺が掃除をした場所に何かが落ちる音がする。一気に怒りがこみ上げてきたが、次の瞬間、怒りは吹き飛んだ!


(血か、これは!)


 よく見れば、市民は皆怪我をしている。シミの大きさから見ると決して浅いキズではないな。


「壁に穴が!」

「魔物が街の中に!」


 な、なにぃ!?


(馬鹿な! 街の周りの壁を破るなんて最低でもB級のパーティーじゃないと相手できないぞ!)


 しかも、壁に穴が開けばそこからあっという間にリーマスへ魔物が入ってくる。早く対処しないと!


「ギルド長に指示を仰ぎます!」

「いや、聞こえてる」

 

 奥から武器を担いだノルドがやってきた。


「ジーナ、今街にいる冒険者をかき集めろ。E〜F級の奴らは穴の位置と入り込んだ魔物の捜索。C級以上の冒険者は魔物を討伐だ」


「分かりました!」


 そう言うと、ジーナは他の受付嬢に指示を出しながら非常通信用の魔道具に手を伸ばした。


(掃除なんかしてる場合じゃねえな)


 俺は箒を掘り出し、武器を取りに部屋へと向かおうとするが……



「アバロン、お前はギルド内で待機だ」


 は?


「ノ──ルドギルド長! 俺は魔物を倒しながら穴を開けた魔物を追います。じゃないと次々に穴が増える!」


 こういう場合、穴を塞ぐことを考えがちだが、実は増えるのを防ぐ方が重要だ。塞ぐ以上に穴を開けられたら目も当てられないからな。


「駄目だ。お前は冒険者じゃない」


 はあぁ? こんな時に何を言ってるんだ、このおっさんは!?


「アバロンさん、相手は最低でもB級冒険者でないと対応できないでしょう。格上の相手にスキル無しで挑むのは無謀です!」


 ジーナの咎めるような口調に俺はますますイライラした。こいつら、マジで状況分かってるのか!?


「そんなことは分かってる。だが、今、リーマスにC級冒険者が何人残ってるんだ? ノルドとチームを組んでも入り込んだ魔物を倒すだけで精一杯だろ!」


 今、リーマスにいるC級冒険者は三人。全員揃ったとしてもパーティーが一組。入ってきた魔物か穴を開けた魔物のどちらかの対応で精一杯だ。


(しかも、今の俺と組みたがる奴らなんているわけない)


 だから、俺が穴を開けた魔物と戦うしかない! だって俺、ちまちました防衛戦とか向いてないしな!


「駄目だ。どんな理由があってもお前は出さん。ここで待機。これは冒険者ギルド長命令だ!」


 何ィィ!


(ギルド長命令……確か破ると死刑とか言うやつか)


 俺は本来死罪もあり得たらしいが、ギルド長の命令に従うという条件で三年間の奉仕活動と膨大な罰金で赦されることになったとか。


(死ななきゃなんとでもなる……が、逆に死ねば終わりだ)


 ここで意地を張るメリットはほとんど……いや、全くないな。


“大切なのは、決めたことを貫くことだ!”


 だが、その時! 唐突に昔、リーマスの英雄が俺に語った冒険者の心得を説いた時のことが脳裏に蘇った!


(あの伝説のパラディン、ルーカス様が冒険者を志望する子ども向けに開いた講座で俺は確かに聞いた)


 忘れたことはない。何故ならその時に決めた誓いが今も昔も俺の唯一の行動方針だからだ!


(強くなる、何よりもそれが最優先──)


 名声よりも──


 金より──


 命よりも──


 そして、友情よりも──!


 これまでも俺はそうしてきたし、それはこれからも変わらない!


(こんなところで命惜しさに逃げ出す奴が強くなれるはずがない!)


 そうだ! 俺は逃げない!


「俺はギルド長命令だと言ってるぞ、アバロン!」


 バタン!


 ドアを勢いよく開けた後、俺は一度だけ後ろを振り返った。


「こんな戦略じゃ、どの道ここにいても死ぬわ! 言ってろ、ボケが!」





「あいつか!」


 啖呵を切ったわいいが、もし敵が見つからなかったらどうしようと思っていたのだが、相手はあっさりと見つかった。


(大鬼(オーガ)の亜種……こいつが壁を壊したのか)


 本来大鬼(オーガ)はCランクの魔物だが、亜種だと通常強さがワンランク上がる。


(肌の色が違うのはどうでもいいが……でかいな)

 

 肌は黒ずみ、通常の大鬼(オーガ)よりも一回り体が大きい。壁を破るだけはあるな。


「……行商の商品を漁ってる?」


 奴らは倒れた馬車の中に腕を突っ込み、何かを探している。


(よしっ……なら不意打ちだ!)


 俺は剣の届く距離までそっと近づいて……


(ブルストライクッ!)


「!」


 大鬼(オーガ)亜種は俺が剣を振る瞬間に気づいたようだが……もう遅い!


 ズバババッ!


 深々と俺のブルストライクが大鬼(オーガ)亜種の体を裂く!!!


(ちっ、まだ死んではないな)


 だが、傷は深い。後は……


(っ! 殺気!!!)


 思わず振り返る先には何と……


(大鬼(オーガ)亜種がもう一匹だと!)


 大鬼(オーガ)亜種が俺に向けて棍棒を振り下ろしている。しまった、気配を消すことに集中していて、気づけなかったんだ!

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