器用な男

天宮さくら

器用な男

「宮本武蔵は器用な男だと思わないか?」

 向かいの席に座って歴史小説を読んでいる友人・今崎いまさきがそう言った。

 言葉の意味をはかりかねて、俺は煙草を口元に持っていく。

 ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 その動作の中で、発言の意図を考えた。

 宮本武蔵は江戸時代の剣術家。『五輪書』というタイトルの兵法書を書いたことで有名だ。人生をかけて剣術を極めた変人。有名なのは巌流島で佐々木小次郎との決闘か。

 このエピソードに「器用さ」は感じない。むしろ不器用な部類だろう。

「……どうしてそう考えるんだ?」

 なぜ今崎は宮本武蔵を器用な男だと考えたのか。その理由が俺にはわからない。

 じっと考える俺を見て、今崎がクスリと小さく笑う。

「二刀流」

 今崎はそれだけ言って視線を文庫本に戻す。それを見て、煙草を吸いながら再び考える。

 宮本武蔵の有名な肖像画。あれは確か、片手に一本ずつ刀を握っている。

 それが「器用な男」の理由なのか?

 日本刀は重みがかなりある。それを片手で持ち、しかも両手で扱う。そのバランス感覚を「器用」だと今崎は言ったのだろう。

 そこまで思考を巡らせて俺は首を横に振った。

 そっと今崎を観察する。

 今崎は男のクセに体つきが柔らかすぎると思う。別に太っているわけではないが、体の肉に締まりがない。骨が細く、弱々しい。顔色は太陽の日差しを浴びていない不健康な色をしているし、視力は悪く、メガネを手放せない。

 男らしさには遠く、でも女ではない男。それが今崎だった。

 読書にいそしむ今崎を俺は美しいと思う。頬にそっと落ちるまつ毛の影。少しか弱く感じる輪郭。細くて綺麗な髪の色。その辺に転がっている女より、断然美しい。

 俺は今崎を観察するのが好きだ。

 今崎の回答にどう答えようかと考えていると、机に放置したスマホが震えた。そのことを少し腹立たしく思う。

 そんなものを確認するよりは、今崎の行動を眺めて思考を巡らせ続けたい。こいつの些細な動きをすべて観察して、ちょっとした感情の揺らぎを全部すくい上げたい。小説の展開に心を動かす今崎をで続けたい。

 けれど、そんなことをしたら警戒されるのは簡単に想像できた。

 俺は今崎に対して抱いている感情を、誰かに明かすつもりはない。

 気は向かないが、スマホを起動する。このタイミングでスマホを震わせたのは、酔っ払った勢いで関係を持った女性・まきだった。

『これから三時間くらいいているけど、どう?』

 簡潔なさそ文句もんく

 どう、と聞くためだけに貴重な時間を邪魔されたのかと思うと、この女を抹殺したくなる。けれど、ヤリたくないのかと言われれば、そんなことはない。

 残った煙草を即座に吸い終え、席を立った。俺の行動に今崎が視線を向ける。

「彼女?」

 今崎が無邪気に尋ねる。その言葉に俺は首を横に振った。

「セフレだよ」



 ヤるのは女のちつが良いのだろうな、とは思う。

 勢いだけの発散を終え、煙草に火をつけた。ジリジリと燃える煙草を見つつ、思いは横に転がっている牧ではなく今崎へと向かう。

 今崎との出会いは三年前。大学に入学し、学部の懇親会で会話を交わしたのが始まりだ。

 今崎に出会うまでは、俺は普通に女性を好きになるのだと思っていた。フリフリのスカートを履いて、髪色をちょっと明るめにした、化粧が好きな女。そういった女性と付き合って、その中で妥協を見つけ、気が向けば結婚する。そういった人生を歩むものだと思っていた。

 それが、今崎との出会いで変わってしまった。

 何が決定打なのかはわからない。ただ、今崎の側にいると俺の根幹が揺らぐのだ。

 俺は俺でいなくてもいい。俺は男で、でも男じゃない。俺の本能は女に向かうだけではなく、人類すべてに向けても問題ない。その事実を認識させられる。

「ねえ、君の本命ってどんな人?」

 行為の後の脱力感に包まれている牧が俺に質問する。

「本命?」

 煙草の煙を吐き出しながら、質問し返した。

 自分の中に「唯一」がある自覚はあるが、それを他人に悟られないように気をつけて生きてきた。そのために、たいして愛情のない女をセフレとして扱い、性欲をコントロールし発散している。

 それなのにこの女は俺の本質に気づいている。

 牧がさみしそうに笑う。

「本命だよ。君ってば私を抱きながら、いつも他の人のことを考えているんだもん。どんな人が好きなんだろうって、気になる」

 その言葉を聞き流しながら、牧の本音を聞き取ってしまう。

 牧は俺のことが好きなのだ。

 酒に酔った勢いで関係を持った。俺の認識はそれだけだが、牧は違った。あの関係を特別なものととらえたのだ。俺を「ちょっとした運命の中で出会った彼」と考えている。

 迷惑な話だ。俺にとって牧という女は、丁度いい性欲の吐き出し口。それだけなのに。

 牧の質問にすぐには答えない。煙草の煙を勢いよく吐き出し、行為のことを考えた。

 女の膣より、男のそれは固いのだろう。そう想像する。感覚としては女のが最高だ。程よく締まり、程よく解放してくれる。男のそこは、そんな加減はできないだろう。

 けれど、俺は今崎に入れたいと思う。アイツが俺のであえいで涙を流してくれたら、と願わずにはいられない。その感覚は膣よりはキツく気持ち良くはないだろう。でも、俺はアイツに入れたいのだ。

 こんな感情を抱くのは今崎が初めてだ。これまで男性に対して性欲を抱いたことなど一度もない。

 今崎が、俺の特別で「唯一」なのだ。

「気になる、と言われてもな」

 灰皿で煙草の火を消す。じゅ、という音を聞いて、行き場のない思いが心を痛める。

 俺の言葉に牧が薄く笑った。

「器用な男だね」

 その言葉に眉をひそめ、けれどまぶたに浮かぶ映像があった。

 ──静かに集中して読書を進める、一人の男。

 俺はそいつにずっと恋をしている。

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