第十九話 冷やし出汁茶漬け
冷やし出汁茶漬けと、鶏チャーシュー。
今晩はこれを作った。
喫茶店で『第一の眷属』と話をして、三日が経過した夜。
リビングでレイラと二人。
俺は夕飯を食べていた。
「うまうま」
「美味しいか」
「うむ。おいしいのじゃ」
「そうか」
左手に茶碗を、右手にスプーンを持って頬張るレイラを見ながら、俺は考え事をしていた。
考え事の内容は『第一の眷属』の対策について。
あれから『第一の眷属』に対抗する策を考えているが、特にこれと言った答えは出ていなかった。
「…………」
『
レイラみたいに災害を操れた――としても『
吸血鬼の俺に、何ができる?
『身体能力強化』による怪力。『魔力感知能力』による周囲の状況把握。
『
……ほかに吸血鬼は何ができる?
吸血鬼は不死身の肉体を持つ。
動物に変身する。
霧に変身する。
人を惑わす魔眼を持つ。
自然を司る。
動物を支配する。
空を飛ぶ。
闇に潜れる。
血液を操作する。
……フィクションの吸血鬼が持つ能力って言ったら、この辺が主流か?
「うーん」
吸血鬼だと言っても、俺は動物に変身できないし、霧にもなれない。
レイラは自然を操ったり、空を飛んだりできるけど。
「もぐもぐもぐもぐ」
「…………」
俺は美味そうに飯を食うレイラを見る。
吸血鬼。
吸血――鬼。
血を吸う鬼。
「そういや吸血鬼にとっての食事って言ったら……基本吸血だよな?」
「もが?」
「いや……気にしなくていい」
「んー。もぐもぐもぐもぐ」
レイラは俺の発言を気にせず食事を続ける。
と――そこでスマホが鳴った。
画面を見ると、姉の名が表示。
俺は通話に出た。
「もしもし?」
『もしもし? かなちゃん?』
当たり前だが姉の声がした。
声を聞くのは、喫茶店で話した時以来。
『今、どこにいるの?』
「ん――家だけど?」
『そう』
「……何?」
以前話した時は、『第一の眷属』の対策をどうするか、結論が出ないまま通話が終わった。
そのため今回連絡して来たのは、『第一の眷属』関連の話だと俺は予想した。
姉は次のように言った。
『今からそっちに向かうから、かなちゃんはすべて終わるまで、そこでじっとしておくこと。わかった?』
「は?」
言っている意味がよくわからなかった。
「えぇっと……どういうこと?」
『『第一の眷属』は『不屈の光』で対処するわ』
訊くと、姉は簡潔に説明してくれた。
『今メンバーを集めて、そっちに行く準備をしているから。だからかなちゃんは事が終わるまで家に居ること。その家の中にいる限り、絶対に安全だから』
「……えっと」
なんか知らない内に急展開になっている。
なんでそんなことになっているかよくわからないが――とりあえず俺は、一番気になっていることを訊いた。
「けど、俺とレイラ以外じゃあ、『
『大丈夫』
大丈夫なはずはないと思うが、姉は自信を持って言った。
『確かにほかの子は無理だけど……お姉ちゃんには対抗策があるから』
「……姉ちゃんに?」
『そう――お姉ちゃんに『
姉は言った。
『上の許可が下りるのに少し苦労したけれど、『
「……滅茶苦茶多いな」
かなり大規模な作戦みたいだった。
……いや。
大規模な作戦みたいじゃなくて、大規模な作戦なのか――考えてみれば、『
『急に集めたからまだ少し時間が掛かるけれど、五日以内に準備してそっちに向かうわ。だからかなちゃんはそれまで家から一歩も出ないこと。私がいいって言うまで家から出ないこと。……わかった?』
「わかった――って、言ってあげたいけど」
『……かなちゃん?』
「ごめん姉ちゃん、俺、その約束はできない」
『……なんで?』
姉は戸惑った声を出した。
無感情な声にも聞こえるが、俺にはその声に、動揺が混ざっていることがわかった。
『なんで約束できないの?』
「一つ目の理由は期限」
俺は約束できない理由を述べた。
「姉ちゃんは五日経ったらこっちに向かうって言ったけど……その間に『第一の眷属』がアクションを起こしたら、俺は姉ちゃん達の到着を待つことができない――その時はすぐ対処するよ」
『第一の眷属』とは完全に決裂して別れた。
ならば――あいつは俺とレイラを殺すために、行動に移すだろう。
その行動はいつ引き起こされるかわからない。
姉がこちらに向かう五日間までに起こされるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
一ヶ月後かも。
一年後かもしれない。
「あいつがレイラと俺に害意を持って危害を及ぼすなら――俺は誰かを待って対処する必要はない。自分の望む物は自分で揃えるし、障害も自分で排除するよ」
『……言っていることはわかるけれど、でも――』
「まあ姉ちゃん達が間に合うならその時は頼るから、とりあえず、最後まで聞いてくれない?」
『……わかったわ』
姉は渋々という感じで言った。
納得はしていないが、俺の意見をまずすべて聞こうという口調。
感情的になりながらも、俺の意見を聞こうとしてくれるのは、ありがたい。
『二つ目の理由はなんなの?』
姉に促されて、俺は二つ目の理由を述べた。
「二つ目の理由は相性――姉ちゃんが二〇〇〇人の仲間を連れて来るのはありがたいけど、『第一の眷属』に数の暴力はあまり意味がないと思う……まあもちろん、戦力は少ないよりも多い方がいいに決まっているけど、でも、姉ちゃん達がするのは『第一の眷属』に協力している『
『……それなら心配ないわ。集まってくれる皆には最初から『
「いや? 姉ちゃんも『第一の眷属』の相手をしたらだめだよ?」
『え?』
虚を突かれたのか、そんな声を出す神崎彼恵。
『なんでお姉ちゃんもだめなの? 私には『
「だとしてもだめだよ。そんなの俺が許さない」
『どうして?』
「姉ちゃんがなかったことにされる可能性があるから」
『……かなちゃん、お姉ちゃんの話聞いてた?』
姉は確認するように言った。
『言ったでしょう? お姉ちゃんに『
「けどそれ、姉ちゃんが用意した『対抗策』があることが前提でしょ? ……どんな『対抗策』を用意したのかわからないけど、逆に言えば『それ』がなかったら、『
姉が『
元は『
姉は元々ただの一般人だ。
生まれ付き、魔術師というわけではない。
ゼロから魔術を習得するのがどれだけ大変なことなのかは俺にはわからないが、簡単なことではないだろう――血反吐を吐くような努力をして、姉は魔術を習得したに違いない。
魔術を習得して、吸血鬼について学んで、レイラについて調べて。
俺を救うために――命を削ってその『対抗策』を身に着けたんだと思う。
けど、その『対抗策』を『
「姉ちゃんがなかったことにされる可能性が一パーセントでも、少しでもあるなら……俺は一人で戦うよ。それでも姉ちゃんが『第一の眷属』と戦うって言うなら、俺は姉ちゃんを戦闘不能にする。そうしてから『第一の眷属』と戦う」
『……戦闘不能って』
「なかったことにされる可能性があるなら、それくらいはする――姉ちゃんだって逆の立場だったら、そうするでしょ?」
『…………』
「…………」
お互いに沈黙。
俺の主張を吟味するように、時が過ぎた。
『じゃあ、かなちゃんはどうやって『第一の眷属』を倒すの?』
そしてしばらく経って、姉はそう尋ねて来た。
『『
「ああ――それだったら、たぶん大丈夫だよ」
『……なんですって?』
「『
俺に『第一の眷属』を倒す勝算があると思っていなかったのだろうが、俺の言葉に、姉は再度沈黙をした。
色々考えたが、俺が『第一の眷属』を倒せる方法は――一つだけあった。
実際に行ったことはないから、確証はないけど、たぶん、これはすべてをなかったことにできる『第一の眷属』に通用する、唯一の方法だ。
……問題は『第一の眷属』と行動を共にしている『
『……その方法ってなんなの?』
姉は俺が言う方法が気になるようで、そう問うてくる。
……はっきりと答えてもよかったが、答えたら姉は絶対的に止めて来ると思うので、俺は答えを濁した。
目の前にいるレイラを見ながら。
「姉ちゃんさあ」
俺は言った。
「吸血鬼で一番特徴的な能力って、なんだと思う?」
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