第十四話 対話
スーパーを出ると、『第一の眷属』がそこに立っていた。
まるで待ち伏せていたように。
「姉ちゃん」
俺は通話の相手である姉に言った。
「ちょっと予定できたから、通話切るよ」
『え、ちょっとかなちゃ――』
言い終わる前に俺はスマホを耳から離した。
通話中と表示がある画面を消して、ズボンのポケットにスマホを仕舞う。
「いいのかい? ……電話をしていたみたいだけど?」
『第一の眷属』は俺の左手に視線を向けて言った。
その言葉に対して、俺はこう返した。
「ああ。構わない」
俺は目を細めて言った。
「……なんの用だ?」
「そんなに警戒しなくてもいいさ」
そう言われても無理な話だが、『第一の眷属』は俺の警戒心を解こうとするように、優しい笑みを浮かべて言った。
「僕はただ、君と話をしに来ただけだよ」
「……話だと?」
「ああ」
一対一でね――と『第一の眷属』は笑った。
「君と話したいことがある」
「…………」
「ここではなんだから――場所を移そうか?」
そう言って『第一の眷属』は、俺に背を向けて歩き始めた。
能力は使わず、人々が行き来する往来を、ほかの人と同じ速度で歩く。
別に素直に従う必要はないが……俺はそのまま『第一の眷属』の後ろを付いて行った。
周囲の人々は誰も俺と『第一の眷属』が吸血鬼とは知らず、外見に注目して視線を向けるが、『第一の眷属』はやろうと思えば、指先一つで周囲の人々を消すことだってできる。
従わなかった結果、周囲の人々を巻き込むのは面倒だ。
そう思ったから俺は『第一の眷属』の背後を付いて行った。
「どこに行くつもりだ?」
「ん? まあとりあえず……涼しいところかな?」
「…………」
「すぐそこだよ。ここから五分も歩かない」
『第一の眷属』は答えるとそれ以上何も言わず、黙って歩いて行った。
俺も黙って歩く。
言われた通り、目的地までは五分も掛からなかった。
「ここだよ」
と言われて『第一の眷属』が入って行く建物を、俺は見上げた。
「……喫茶店?」
ただの喫茶店だった。
日本全国にあるようなチェーン店ではなく、個人で経営しているような小さな喫茶店。
よく買い物をするスーパーの近くにあるから、俺も何度か入ったことがある。
……ここで何をするつもりだ? まさか……本当に話し合いをするだけなのか?
そう思いながら『第一の眷属』に続いて店の中に入ると、店内は以前来店した時と同じような様子だった。
洋風なテーブルと椅子が並ぶ、コーヒー豆の香りが漂う。
『第一の眷属』が目的地に指定した場所だったため、一応警戒はするが、店内は特に変わった様子はなかった。
『第一の眷属』は店の従業員に話し掛けられて、出入り口から少し奥に入った席に案内された。
俺も付いて行って、『第一の眷属』と同じように腰掛ける。
「この前は済まなかったね」
俺が正面に座って持っていたエコバックを床に置くと、『第一の眷属』はそう言った。
何がだ――と訊くと、彼はこう答えた。
「『
「……あれは『
「そうだけど、彼女の同盟者として、僕には責任があるのさ……まあ僕が生きている限り、彼女がもう君達を襲うことはないから、そこは安心してくれ」
『第一の眷属』はにこやかな笑みを浮かべながらそう言った。
柔らかい表情をしているが、俺にはその笑みの下の感情を読み取ることができなかった。
本心では笑っていないことは確か。
そのあと、『第一の眷属』は手元のメニューに目を落として言った。
「……この店に来たことはあるかい? ――ここはケーキが美味しくてね、お詫びにと思って」
「……何度か来たことはある」
「そうか――すいません」
メニューを見ることなく、『第一の眷属』は近くを通った店員に声を掛けた。
「このチョコケーキを二つと、アイスコーヒーを一つ。……それと――」
「……アイスカフェオレを一つ」
かしこまりました――と言って店員は奥に下がった。
注文が来るまでの間、沈黙の時間が続く。
しばらくすると、店員が注文した品を運んで来た。
グラスに入ったアイスコーヒーと、アイスカフェオレ。
それとチョコケーキ。
ケーキのトッピングには、板チョコの欠片が一つ乗っていた。
「さて。それじゃあ――この前の質問の答えを聞こうかな?」
と。
届いたケーキをフォークで切りながら、『第一の眷属』はそう尋ねて来た。
なんのことかわからなかったため、俺は質問に質問で返した。
「質問? いつそんなものした?」
「最初に会った時だよ……覚えていないかい?」
そう言われて俺は思い出した。
『君に尋ねたいんだけど、レイラって、守る価値があるのかな?』
「……ああ」
そう言えば、そんなことを言っていたな。
「ないだろ。あいつを守る価値なんか」
俺は質問にそう答える――すると、『第一の眷属』は目を丸くした。
「意外だね。……てっきりあると答えると思ったけど」
「……あるわけないだろ?」
俺は言った。
「あいつは『災禍の化身』の異名を持つ吸血鬼だ。人類にとって不利益しか生まないし、害しか生まない……そんな存在に守る価値なんてないだろ?」
『災禍の化身』。『
言うまでもないが、そう呼ばれているレイラは人類存続という視点から見て、守る価値なんて一切ない。
守らなくても誰も困らないし、存在しない方がいい。
個人的な感想は違うが、人類存続という大きな視点から見たら、レイラはそういう存在だ。
……言うと、『第一の眷属』は重ねて質問をして来た。
「じゃあ、君はなんでレイラを守っているんだい?」
「……守っている? 俺が?」
「ああ。守っているだろう?」
『第一の眷属』は言った。
「クリーチャーズから。もしくは僕や『
『第一の眷属』は一口サイズに切ったケーキを一口食べて、その後アイスコーヒーを一口飲んだ。
それから言った。
「……あのまま君がレイラを止めなかったら、レイラは周囲一辺を滅茶苦茶にして、甚大な被害を出していたし……そうなればレイラは魔術師や吸血鬼以外の社会に、その存在が認識されることになる……まあ、レイラだったら魔術師を含む全人類を敵に回しても、殺される心配はないだろうけど……レイラが人類と敵対すれば人類側は滅亡するし、その過程でレイラは大勢の人に憎悪の感情を向けられて、心に多大な傷を負うことになる……あの時以外の君の言動も確認させてもらったけど、君は一歩でも間違えば人類を滅亡させかねないレイラを、常に目を光らせて瀬戸際で止めている……だから君はレイラが世界を滅ぼさないように守っているとも言えるし、逆にレイラが世界に心を殺されないように守っているとも言える――違うかい?」
そこまで言われて、俺は『第一の眷属』の質問を理解した。
確かに、『第一の眷属』の視点から見たら、俺はレイラを守っていると解釈することができるだろう。
俺が言った人類存続のための視点と、似た視点。
人類存続という大きな視点から見たら。
レイラを守る価値はない――意味はない。
それなのに――何故俺はレイラを守っているのか?
『第一の眷属』は――その理由を尋ねているのか。
「――弱いからだと思うぞ?」
考えて、アイスカフェオレを一口飲んでから、俺はその質問に答えた。
「弱い。レイラは世界一弱い」
「…………」
「腕っぷしがって意味じゃなくって、人間社会で生きる上で。……あいつは弱点だらけなんだよ……俺はレイラを『守りたい』とは思っていないけど、そう思って行動はしているな――それがお前には『守っている』って印象を受けるんじゃないか?」
「……興味深い意見だね」
目を丸くしていた『第一の眷属』は柔らかく笑って言った。
アイスコーヒーのグラスに挿してあるストローを持って、彼は少し混ぜる動作をする。
カラカラ――と氷がグラスにぶつかる音がした。
「危険と思うんじゃなくて、弱いと思うだなんて……僕はそうは思わなかったな」
と言って『第一の眷属』はストローに口を付けた。
それから何を考えているのか、グラスを見つめながら、そのまま黙る。
……話が見えないため、俺は単刀直入に訊いた。
「で、本題はなんなんだ?」
「……ん?」
「さっさと本題を言えよ」
俺は少し悲しそうな表情をしている『第一の眷属』に言った。
じぃっ――と。
金と紅――二つの色の瞳を見て。
「俺とケーキを食べるためにここに呼んだわけじゃないだろ? ――回りくどい前置きはいいから、さっさと本題を言えよ、『第一の眷属』。何か目的があるから、お前はわざわざ炎天下の中待ち伏せしていたんだろう?」
「……ああそうだね。じゃあ――単刀直入に言う」
そう言って『第一の眷属』は一拍置いた。
もう一度ストローに口を付けて、コーヒーを少し飲んで。
それから俺の前任者は言った。
これまで通りの柔和な笑みとは違う。
真剣な表情をして。
「君、レイラを裏切る気はないかい?」
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