#145 決着は炎の彼方

 蒼穹に槍が飛翔する。炎を吹き出し加速する魔槍が、厚い装甲を備えた巨大飛空船レビテートシップ――重装甲船アーマードシップに突き刺さった。


「やっっっっべぇじゃねぇか。なんなんだよあの船は!? 冗談じゃねぇよ!」


 イオランダの乗る重装甲船の惨状を目の当たりに、トマーゾは目を剥いていた。

 たった一隻、妙にすばしっこい船を見逃しただけではないか。だというのにまさか“飛空船殺しの魔槍”を繰り出してこようなどと、いったい誰が予想しようか。


 さすがに重装甲船、魔槍をくらったとて怯む様子はない。だがこのままでは終わらないだろうことも簡単に予想できた。

 助太刀に行くべきか、彼は逡巡するもすぐに思い直す。


 目の前にはシュメフリークの飛空船団。能力こそ凡庸だがそこそこ数があり侮れない。

 さらに追い込んでいたはずの“害鳥”と“魔獣”が手を貸しているせいで、彼の部隊はその場にくぎ付けになっていた。うかつに背を向けるわけにもいかない。


「ちくしょうが! イオランダの業突く婆ぁめ、自分で何とか切り抜けてみせろよ!!」


 できることと言えば、やけくそじみた叫びをあげることだけなのだった。




 魔導飛槍ミッシレジャベリンを用いた未曽有の架橋作戦をくらい、さらに“空中”で敵勢力に乗り込まれたイオランダ船は、現在混乱の極みにあった。


「て、敵飛空船! 本船に……ワイヤーでとりついた模様!」

「ひええ、敵が! 白兵戦に! でかい鎧が……ッ」


 悲鳴が錯綜し、伝声管は怒号で満ちる。もはや本来の用途を成しておらず、全体像を把握するのはとてつもなく困難だ。


「いったい何をしているのぉっ! 間抜けにも、のこのこと懐に乗り込んでくるような奴らよ! 囲んで潰しておしまいなさいよぉ!!」

「そ、それが……! 敵は妙な鎧をつけ、恐ろしく強く……」

「おだまりなさい! 言い訳など聞きたくもない。害虫などはやく潰してしまうのよッ!!」


 金切り声で繰り返すイオランダに閉口した兵士は、無言の頷きだけを残して駆けだしていった。


「くそう、どいつもこいつもイカれてやがる」


 そうだ、そもそもこの状況が馬鹿げているのだ。

 重装甲船があるのは空中、それも落ちれば絶対に助からない高さである。このような場所で敵との白兵戦が起こるなどと一体誰が予想しえようか。

 兵士たちに備えは乏しく、そもそも関係なく敵が強力すぎた。

 乗り込んできた敵はいまも勢い衰えることなく重装甲船の中を突き進んでいる――。



「なんでもいい! 障害になるものを集めろ! 壁を作るんだ!!」


 イレブンフラッグスの兵士たちは必死に防衛に努めていた。

 重装甲船は巨大な船であるが、そもそも飛空船の中身など狭いものだ。通路上に物を置けばすぐに道を塞ぐことができる。

 さらに相手は孤立無援で相手の本拠地に突っ込んだに等しい。戦力差も大きく、撃退は容易かと思われた。


「来るぞ! 全員抜杖!」


 障害物越しに兵士たちが待ち構える。相手は罠に飛び込む小動物も同然、杖を握る手に力がこもる。


「どけぇっ! さもなくば蹴散らしてでも押し通る!!」


 敵の姿が見えるなり、言葉の代わりに魔法現象が放たれ通路を飛翔した。敵に逃げ場など残らず――。


 だがそんな抵抗も儚く潰える。

 濃密に集められた大気が渦を巻き、厚いカーテンを作り出した。法弾は大気に弾き飛ばされ、一発たりとも突破はかなわない。


「ちくしょう! ちくしょう!」

「怯むな、押し返せ……!」


 叱咤の言葉は直後に悲鳴へととってかわる。


 厚い幕の向こうから飛来する、凶悪な炎の塊。火の基礎式系統、中級魔法ミドル・スペルの“爆炎砲撃フレイムストライク”だ。

 中級魔法の中でも強烈な爆発能力を備えた火弾が障害物に突き刺さる。そのまま熾烈な爆風と炎をまき散らして、即席の壁を破砕した。


「なんなんだよこいつらぁっ!? 正気かよ!? ふ、船ごと壊れるぞぉ!!」


 涙混じりの悲鳴が舞い飛ぶ。

 考えるまでもない。飛空船は空を進む乗り物である。

 もしも火が延焼したら。もしも床が壊れたら。もしも壁に穴が開けば。もしも落下すれば、助かる見込みなどない。飛空船は利便性と危険が隣り合わせの場所にあるのだ。


 だというのにこの敵は、まったく気軽に馬鹿げた威力の魔法をぽんぽんと撃ちまくってくる。正気を疑うような、もしや恐怖心というものを持っていないのだろうか。

 いっそ嘆きを通り越して理不尽への怒りが湧き上がってくる始末である。


 そうして“爆炎砲撃”の魔法によりさんざんに吹っ飛んだ残骸を踏み越えて、大柄な全身鎧の騎士が現れた。

 無事に残った兵士たちが半狂乱になって抵抗するが、そのどれもが徒労に終わる。

 この全身鎧の騎士は鈍重に見えて真逆の俊敏さを備えている。それでいて防御力は見た目通りに高いのだ。魔法をかわし、あるいは弾き飛ばしながら突き進んだ全身鎧が兵士たちに鋼鉄の拳を浴びせかける。

 守備についていた兵士たちが全滅するまで、さほどの時間は必要なかった。



「飛空船なんてどれも似たような構造してる、そろそろ船倉も近いだろうな」

「さすがこの船は、図体なりに広いけどなー」


 重装甲船へと乗り込んだアーキッドキッド、そして幻晶甲冑シルエットギア部隊は快進撃を続けていた。

 およそ閉所での戦いにおいて彼らを押しとどめることは不可能に近い。そもそも生身で幻晶甲冑と戦うのは困難極まりないし、さらに馬鹿みたいに魔法を繰り出すキッドが支援についている。彼らはすでに歩く理不尽と化していた。


 あらゆる障害を文字通りに踏み越えた彼らは、ついに船倉へとつながる最後の扉を蹴り開ける。

 瞬間、向こう側の空間からありとあらゆる飛び道具が飛んできた。


「死んでしまえッ!!」


 魔法がある、それも自爆すらいとわないような爆炎の魔法が。クロスボウのボルトがある、なんだかよくわからない金属片が投げ込まれる。

 そんな熱烈な歓迎のただなかへと幻晶甲冑が踊りこんだ。


「うおおおおっ!!」


 待ち伏せは予想の範疇。両腕を盾代わりに、強引に内部へと押し入ってゆく。

 彼らによって切り開かれた道をキッドが駆け、エージロは部隊の最後方でひょこひょこと背伸びしていた。大柄な幻晶甲冑が邪魔で前が見えない。


 幻晶甲冑が法弾を殴り弾く。キッドが振るう銃杖ガンライクロッドから雷光が迸り、飛翔する矢を墜とした。飛礫の類はごく普通に鎧によって弾かれた。


 そのまま彼らは怒涛のような攻撃へと転じる。

 斬りかかった兵士は鋼鉄の拳に殴り返され、錐もみしながらどこかに吹っ飛んでいった。止めどなく放たれる雷が、杖を構える兵士を打ち据える。


 そうして守備側が瞬く間に半減したあたりで、残りの兵士たちが次々に降参を始めた。

 余りにも馬鹿げているほどに圧倒的な戦力差を見せつけられれば、戦意も失おうというものだ。


「ようし、お前ら。大人しくしていろよ。余計なことをやったやつからぶっ飛ばす」


 投降した兵士たちは適当に端のほうで縛り上げられる。

 落ち着いて内部を確認できるようになり、ようやく入ってきたエージロとともに周囲を見回していった。


「目的のものは、あれだな」


 重装甲船の船倉はなかなかの広さがある。その一画に何かの獣を解体したと思しき材料が無造作に積み上げられており。

 近くで、粗雑な檻に入れられたハルピュイアたちを見つけた。

 ハルピュイアの魔法能力を考えれば檻の意味合いは薄いように思えたが、人質の存在こそが障壁となっていたのだろう。


 彼らは暴風のように侵入してきたキッドと幻晶甲冑部隊を呆気に取られて眺めていたが、それが自分たちを目指していると気付いて警戒を増した。

 キッドは檻の向こうを素早く確かめながら話しかける。


「村から連れ出されたハルピュイアだな? 俺たちは、あんたたちの味方だ。助けに来た」


 無言と警戒、敵意を乗せた視線が返ってくる。キッドは肩をすくめた。


「まぁそうだよな。エージロ、頼む」

「はいはーい!」


 呼ばれてぱたぱたと飛んできたエージロの姿を見て、ハルピュイアのなかにどよめきが起こった。

 彼女はそのままキッドの隣に並ぶ。そこに警戒心などなく、無意味に得意げだ。


「あんたは、隣村の……」

「うん! えーと驚いたかもだけど、キッドの言葉は本当だよ! 僕たちは皆を助けに来たんだ。まずはここから離れて、僕たちの群れに合流しようよ!」


 捕まっているハルピュイアたちはわずかに顔を見合わせていたが、すぐに決断する。


「……わかった、信じよう。君には、無理矢理従わされている様子はないからな」

「英断に感謝するぜ。んじゃこれ頼む」

「おうさ」


 鎧を鳴らしながら前に出た幻晶甲冑をみたハルピュイアたちに一瞬、警戒心が戻る。

 しかし騎士たちは気にせず、メキメキと無理矢理に入り口を作ると檻に踏み入り、ハルピュイアの状態を確かめていった。


 簡単な枷をやはり握りつぶし、周りに声をかける。


「あんたら自力で逃げ出せるか? 動けない奴とかは」

「ああ……何羽か傷を負って動けない奴がいる。それにさきほど捕まったばかりのやつが目を覚ましていない」

「よしきた、そっちは任せろ。動ける奴はそこの鳥のお嬢さんに従ってくれ」


 手早く枷を外してゆくと、動けるハルピュイアたちがぞろぞろと動き出した。

 いつの間にかキッドに肩車されたエージロがここぞとばかりに羽を広げて皆を集める。


「皆、僕についてきてね!」


 ハルピュイアたちは立ち去る直前、傍らに積まれた獣の素材に目をやり。ほんの一瞬だけ何かを祈ってから、すぐにエージロのもとへと集まってゆく。


 その間に幻晶甲冑部隊は檻の隅でぐったりとしていた者たちを抱え上げていった。

 結晶筋肉クリスタルティシューを張り巡らせた甲冑は、膂力において人間の何倍にも及ぶ。さらに魔力の持つ限り動くため持久力も高い。荷運びは得意とするところだ。

 彼らは集まってここまで快進撃をかけてきた道を戻ってゆく。目指すは“黄金の鬣ゴールデンメイン号”だ。


 そうして逃げ出すハルピュイアたちの中を探していたキッドは、人質救出がうまくいっているというのに険しい表情を崩さずにいた。


「なぁあんた、ホーガラの姿を見なかったか? 一緒に捕まってたはずなんだが」

「こいつらが連れ出した者がいる。特に若いのが選ばされていたから、ここにいないとすれば、おそらく」


 ハルピュイアに聞いたキッドが、ゆっくりと兵士たちに振り返った。

 兵士たちは誰もが視線を合わさないように床を見つめ続けている。足音がひとつ近づいてくる度に冷や汗が額を流れ落ちていた。


「はーん。なぁお前たち、ハルピュイアはここにいるだけじゃないな? 他にもいるんだってな」

「違う。こ、ここにいるだけぐぁっ!?」


 無言の雷撃が兵士を打ち、痙攣して床をのたうち回った。

 一人目の尊い犠牲のあと、抜き放たれた銃杖の切っ先が次の兵士を指名する。


「で、どこだ?」


 次の兵士はすぐに諦めた。必死に上を指さして。


「い、一番良い“素材”は船橋に運ばれて……イオランダ様が、直々に検分されていどぅっ!?」


 圧縮大気の弾丸が兵士の顎を殴り飛ばす。正直者にも救いはなかった。

 キッドはすぐに踵を返す。


「他に連れていかれたやつがいる。俺は船橋に向かうから、皆はこのまま誘導を頼んだ」

「ああ。お前なら心配ないだろうけど、いちおう敵地だ。気を抜くなよ」

「わかってるって」


 そうして船へと戻る列から離れ、キッドは船橋を目指し梯子を飛び上がっていったのである。



 エージロを先頭に、ハルピュイアの群れが進む。

 もはや道を阻むものはいない。彼らは魔導飛槍が突き刺さった場所へと向かい、そこから次々に飛び立っていった。


 後を追ってきた幻晶甲冑部隊も飛び出し、二つの船をつないだままの銀線神経シルバーナーヴを足場として走る。

 比較的無事なハルピュイアを護衛として、彼らは“黄金の鬣号”を目指した。


 その時、騎士のうち一人がふと周りを見回し。彼は空に明らかな異常を認めていた。


「……あれは、なんだ?」


 空を流れる雲が、いつの間にかずいぶんと厚みを増している。

 大地には影の面積が増え、飛空船同士の激戦はモノクロの中に取り込まれてゆき。


 そんな雲の中に、一か所だけ不自然に色の濃い場所があった。


「長い……ぞ?」


 雲の中に長大な“何か”が動くのを見た気がして、嫌な予感に体を震わせたのだった。



 重装甲船の心臓が源素浮揚器エーテリックレビテータならば、頭脳たるのが船橋であるといえよう。

 それだけに船橋まで続く通路は兵士たちによって厳重に守られていた。


「敵は一人! 決してここを通すな!」

「問答無用だ!」


 しかし悲しいかな場所は狭い飛空船内。エルネスティの直弟子にして、攻撃能力において一目置かれたキッドが相手では防御も薄布のごとく。通路ごと吹き飛ばすかのように景気よく攻撃を叩き込まれ、あっさりと壊滅していた。


「なぜだ……お前は、空に投げ出されるのが、怖くないのか……?」

「ああ、その時は俺の魔法で何とかするさ」


 回答の理不尽さに憤る間も与えられず、圧縮大気の弾丸を叩き込まれた兵士が背後の扉を巻き込んで吹っ飛んでゆく。

 彼が開いた部屋へと踏み入ったキッドは、待ち構えていた妙齢の女性へと問いかけた。


「ここって船橋だよな。ちょっとうちの仲間を返してもらいに来たんだけど」

「死ねぇあばっ!?」


 部屋の陰から不意打ちを試みた兵士がごく当たり前に雷撃に撃たれ、痙攣して奇怪な踊りを見せる。

 キッドはくるりと銃杖を回してから、船橋の様子を確かめた。


 一般的な飛空船において、船橋とは船を操るための設備が集約された場所である。しかし重装甲船の船橋は、まるで客室のように豪華な装いをしていた。

 どこかの城に足を踏み入れたかのような錯覚を感じ、むしろ呆れが脳裏を過る。


「落ち着かねぇな、ここ。それで? あんたがここの船長ボスなのか」


 奥にいた、やたらと華美な衣装をまとった女性――イオランダが身を震わせた。


「本当に無礼極まりないわね、あなた。私に会うにはそれなりの手順が必要でしてよ」

「そうかい。これでいいか?」


 銃杖に紫電が走る。すでに編み上げられた魔法を前に、彼女は目に見えて狼狽していた。


「ま、待ちなさい! 魔法など使わせない。あなたの目的は、この“害鳥”でしょう。傷をつけられたく……」


 イオランダの言葉を受けた兵士が、意識のないホーガラを持ち上げ首元へと刃物を突き付けるのと、キッドが既に構築を終えていた“圧縮大気推進エアロスラスト”の魔法を繰り出すのはまったくの同時であった。


 わめく老女は無視して一直線にホーガラのもとへ。

 人質に取ろうとした兵士の腕へと、緻密な制御で弱い電撃を飛ばす。

 手の中に火花が散り、痛みに呻いた兵士が刃物を取り落とす――直後にキッドが繰り出した蹴りが顔面を捉え、彼は悲鳴も残さず空中で回転し、天井にぶち当たって落下してきた。


「誰が、なんだって?」

「あ、ああ……。あなた! この……く……」


 切り札は一瞬で手の内から消え去った。震えるイオランダがじりじりと後ずさりし、すぐに壁へと行き当たる。

 あまりにも急激な状況の変化に彼女の思考がついてゆかない。


 ハルピュイアを叩きのめし、彼女たちは勝者の位置にいたはずだった。他国の飛空船団と遭遇はすれども、重装甲船に快速艇カッターシップを擁する彼女たちがそうそう後れを取ることなどない。

 あまつさえたった一隻の船に、こうもいいようにやられる理由など、彼女の想像力が及ぶところではなかった。

 体の内を駆け巡る疑問が、言葉となって口から迸る。


「あ、あなたはクシェペルカの人間でしょうッ! なぜ、なぜここに来たの!?」


 ところでキッドにとってイオランダはどうでもよい人間だった。

 言動は不愉快だが戦闘能力があるようには見えず、何の障害にもなりはしない。それよりもホーガラの無事を確かめると、彼は素早く彼女を担ぎ上げて。

 ついでのように振り返った。


「冒険だ」

「は?」


 文字通りの答えを聞いたところで、やはり彼女の理解の範疇にはなかったのである。



 その時、なぜかキッドは振り返ったまま動きを止めていた。

 彼の視線が険しさを帯び、イオランダが震え上がる。だが彼が睨みつけていたのは哀れな老女ではない。


 船橋のガラス窓越しに、背後の空が目に入る。立ち込める雲の中に異常を認め、その正体を見極めるべく凝視していた。


「何かが……こっちを見ているような……」


 そうして彼がよく確かめようとした、次の瞬間である。


 突如として雲が渦を巻く。

 さらには合間から光が漏れ出で始め、見る間に強さを増しゆき。

 わだかまる雲を吹き飛ばし、強烈な輝きを放つ炎の奔流が放たれた。


 迸る炎が空を灼き、まるで一本の槍のように突き進む。

 それは狙い過たず、重装甲船のどてっぱらを直撃していた。


 装甲を炙るように炎が四方に荒れ狂い、熱された大気が震える。

 ついに重装甲船の巨体が動揺を始め、キッドはふらつき壁にしがみついた。


「なっ……なんだよこれ!?」


 そうしてうろたえている間にも炎の濁流が重装甲船を蝕んでゆく。

 船の全体を覆ったぶ厚い装甲。それも絶え間なく押し寄せる炎には抗しきれず、見る間に赤熱を始める。内部では木材が耐えかねて弾け、火が付き始めていた。


「よくわかんねーけどヤバイ! くそうっ! 時間がねーな!!」


 もはや手段を問うている場合ではない。キッドは迷わず船橋の窓を撃ち抜くと、ホーガラを抱きかかえて飛び出した。

 後ろから呼び止めるイオランダの悲鳴が聞こえてきた気がしたが、振り返っている余裕などない。


 自身の魔法能力を全開で振り絞り、重装甲船の上を飛ぶように走る。目指すのは突き刺さったままの魔導飛槍と、そこから伸びた銀線神経だ。


 死力を尽くす彼の背後では炎の浸食が広がりゆき、重装甲船の輪郭がどんどんと歪み始めていた。


「うおおおおりゃああああっ!!」


 裂帛の気合いと共に最後の距離を詰め、キッドは銀線神経をその手に掴む。


「今だ、術式展開! 停止キャンセルした機能を再起動、切り離せっ!!」


 即座に魔法術式スクリプトを開放。

 魔導飛槍に蓄えられた指令が実行され、つながったままの銀線神経が一斉に切り離される。


 同時に“黄金の鬣号”に備え付けられた巻き上げ機が唸りを上げて銀線神経の回収を始めた。掴んだままのキッドとホーガラの身体が勢いよく空中へと飛び出す。


 熱気に荒れ狂う大気にもてあそばれながら、彼は魔法を駆使して姿勢を安定させる。

 そうして背後を向いた彼は、その光景を目撃する。



 雲間から一直線に伸びた炎の奔流が、ついに重装甲船を貫いた。

 圧倒的な熱量により装甲は赤熱し、内側から爆発して炎の尾を引きながら落下してゆく。内部構造を作っていた木材は炎上し、破砕し、飛空船の原形をとどめぬ破片となって弾け飛んだ。


 あまりにも呆気ない最期だった。

 威容を誇った重装甲船の姿は既に、空にはない。


 茫然としている間にも銀線神経の回収が終わり、キッドとホーガラは“黄金の鬣号”へと辿りついていた。

 先に逃げていた騎士たちやハルピュイアが彼らを迎える。


「キッド! 無事だったか!」

「あ、ああ。間一髪だったよ。魔導飛槍があって助かったぜ。それよりだ! あれをやったのは、なんだ……」


 爆沈してゆく重装甲船を声もなく見つめていた彼は、すぐに視線を移す。


 炎の濁流を生み出した源。“ソレ”は雲を押し分け姿を現しつつあった。

 ぞろりと長大な“首”を突き出す。その根元には信じられないほどの巨体があり、今も悠然と翼を広げている。


「そんな……何故、どうして! あり得ない! “アレ”は俺たちが壊したはずじゃないか、どうしてここにあるんだよ!?」


 悲鳴のような疑問が、彼の口から迸る。


 それはかつて、ある大国が戦いのために作り上げた唯一にして絶対なる空の支配者。

 空前にして絶後の、完全攻撃型空対空飛空船。

 そして古に滅びしドレイクの姿を模した、史上最強の戦闘兵器――。


飛竜戦艦ヴィーヴィル!!!!」


 大西域戦争ウェスタン・グランドストームにおいてクシェペルカ王国を苦しめた人造の魔竜。今再び、空飛ぶ大地にて相まみえることになる。
















「これは、本当に大地が空に浮いているのですね! 面白いです。いったいどうやって支えているのでしょう?」

「うーん? たぶん源素浮揚器みたいなものなんじゃないの?」

「おお……百眼アルゴスよ、ご照覧いただけているだろうか! やはり小人族ヒューマンの地は未だ見ぬ景色に満ちたもの! 全てこの眼に収めねば!」

「大団長、まずはお役目をお忘れなく。我々は殿下をお連れするためにここまで来たのですから」

「もちろん忘れてはいません。ですが今は、この不思議の大地を観光……もとい探して回りましょう。出発です!!」


 かくして役者は舞台に集う。

 莫大なる“宝”が眠りし大地をめぐる戦いは、まだ始まったばかりであった――。

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