#144 鎧を得た騎士

 翼を広げ、悠然と空を舞う巨大な獣。

 鷲頭獣グリフォンの群れが逃げまどう光景を眺め、“孤独なる十一イレブンフラッグス”の評議員を務めるイオランダ・ランフランキは甲高い笑い声をあげる。


「まぁまぁ最初は威勢がよかったというのに、今はなんという無様かしら。なにが伝説の魔獣か、所詮は野の獣でしかないということね」


 捕らえたハルピュイアを用いた人質作戦は、この上なく効果的であった。正面からでは手こずる鷲頭獣も、もはや追い詰められた獲物へと成り下がっている。その様はいっそ滑稽ですらあった。


 ひとしきり笑って満足した彼女が椅子に身を沈めたとき、船橋の入り口から控えめなノックの音が響く。


「失礼いたします。新たな材料が届きました、ご検分を」


 続いて兵士たちがぞろぞろと現れ、船橋に荷物を運びこんできた。覆い布の下から現れたのは、手足を縛りあげられた人――いや、未だ年若いハルピュイアの女性であった。

 捕らえられたときの薬がまだ効いているのだろう、意識を失ったままの彼女は名をホーガラという。


 イオランダはさっと立ち上がると、真剣な表情でホーガラの全身を検めてゆく。

 それがどのような名を持ち何を思うかなど彼女にとってどうでも良いこと。興味を持つのはただひとつ、商品としての価値のみである。


「これは……今までの中でもよい素材ね」


 その姿は彼女の美的感覚においても美しかった。ただ若いだけでなく均整がとれており、造形自体が見事である。肌はなめらかで傷ひとつない。捕らえる際に薬物を使うのは不要な傷をつけないためでもあった。


 ハルピュイアは種族の特徴として長い髪をもつが、質は非常に硬い。この髪は空を飛ぶときに翼状に変化することをイオランダは知っていた。


「ふふふ……これだけの素材、さぞかし美しく私の船を飾ってくれることでしょう。ああ、今から完成が楽しみですわ」


 うっとりとした表情でつぶやかれた言葉を、兵士たちは無表情に聞いていた。意味を理解できる者が聞けば正気を疑うような言葉、しかしこの程度で動揺していては彼女の部下は務まらないのである。


 そんな彼女の夢心地は、慌ただしい足音と共に駆けこんできた兵士によって遮られた。評議員から不機嫌な視線を浴びた兵士は怯みを見せるが、持ち前の使命感によって踏みとどまった。


「ほ、報告いたします! 追い詰めた魔獣の向こう側より、所属不明の船団が現れたとのことです!」

「なぁんですって? 楽しみを邪魔するとは、なんて無粋な来客かしら。そのようなもの、トマーゾの坊やに相手させなさい。私は今忙しくてよ」

「それはしかし……。いえ! しょ、承知しました!」


 無茶な指示を受けた兵士の表情がゆがむが、イオランダがそのようなことを気にするはずもなく。彼女はひたすらに目の前の素材をどう“加工”するかに熱中していたのだった。




 ――飛空船レビテートシップ

 イレブンフラッグス軍とは異なる飛空船団は、ハルピュイアの進路をふさぐようにして現れた。前後を押さえられたハルピュイアたちの動揺は大きい。


「……我らは既に狩りの獲物ということか」

「戦えるのか、このような状態で」


 囲まれたといっても突破だけならば可能かもしれない。鷲頭獣は力ある魔獣だ、戦闘能力において人間の使う船に引けを取るものではない。

 だがさらなる犠牲を出すことは避けえないだろう。捕らえたハルピュイアを人質とする敵の作戦は悪辣ながら、それゆえに対処が難しい。


 群れを率いるものとして、風切カザキリのスオージロは判断を下さねばならなかった。彼が駆る三つ首の三頭鷲獣セブルグリフォンも不安げな様子で主を仰ぐ。


 スオージロは黙したまま新たなる飛空船団を見つめていた。常より厳しく引き締められた表情に変化は見られない。

 やがて彼は意外な人物へと声をかけた。


「我らと共にある地のよ、聞きたいことがある。お前たちは旗をもって自らの群れを示す。そうだな?」


 鷲頭獣ワトーに乗るアーキッドキッドは、突然問いかけられ慌てて目を凝らした。

 前方に陣取る飛空船団をようく見れば、掲げている旗の紋章が異なっているのだ。イレブンフラッグスを象徴する十一の杯ではなく、波と鳥を組み合わせた意匠をもっている。


「あ、あれは。後ろの奴らとは違う国だ! 敵じゃないかもしれないぜ」

「そうだ。あれなる模様には覚えがある。我らとの古い約束の証しだ……皆よ、先に向かうぞ」


 スオージロが断言すると、ハルピュイアたちの動揺が収まっていった。迷いなく、前方の飛空船団へと近づいてゆく。

 慌てて群れを追いながらキッドだけが首をひねっていた。問いかけるべき相手は背中にくっついている。


「どういうことだよエージロ。俺たち……地の趾の中にも味方がいるのか?」

「そう! 僕たちはね、地の趾のことをまったく知らなかったわけじゃないんだ」


 羽ばたき、身を乗り出してくるエージロに押されてキッドはつんのめるが、何とか身を起こす。


「っと。つまり、いちおう敵じゃないってわけだ。味方だとなおいいんだけどな」


 絶体絶命の窮地にあったのだ、敵ではないというだけでずいぶんと気が軽くなる。

 とはいえ何を目的としてこの空飛ぶ大地に現れたのかまではわからない。警戒は残したまま、群れを追って船団へと近づいていき――。


 張り詰めていた緊張感は、船団内に特徴的な一隻を見つけたことで一気に吹っ飛んでいった。


「はぁっ!? ありゃあ“黄金の鬣ゴールデンメイン号”じゃないか!? どうしてこんなところにいるんだよ若旦那ぁ!!」


 船団にしれっと混じる、いやに見知った船。

 剣のように鋭い形、なにより国旗の代わりに掲げられた獅子の紋章を見間違えるわけがない。


「ねー。知ってる船?」

「そりゃもう! そもそも俺はアレに乗ってやってきた……んだな。そうだよ、“黄金の鬣号”じゃん!!」


 言いかけて、キッドはすぐに目を見開いた。

 “黄金の鬣号”には一体何があるのか。鷲頭獣は強力だが、乗りなれず不便なものだった。しかし飛空船ならば――搭載する幻晶騎士シルエットナイトならば、彼の十八番だ。


 一気に行動の選択肢が増える。なかでも手札に輝く鬼札ジョーカーの存在を思い出し、キッドはにわかに手綱を叩いた。


 ワトーが嘶きと共に応じ、群れを追い抜いて加速してゆく。見知らぬ国の飛空船は無視して、一直線に“黄金の鬣号”を目指した。

 キッドの突然の暴走を目にしても、エージロは焦らず翼を開いて彼を支える。


「どうしたの? あそこに仲間がいるから?」

「それだけじゃない! へへ、あそこには俺の“相棒”があるんだ! 俺にいい案がある、うまくいけばホーガラを……いや、皆を助けられるかもしれない」


 迷いのない動き。自信にあふれた彼の様子を見てエージロは頷いた。


「うん、わかった! じゃあ僕がキッドを手伝ってあげる。皆を助け出そうよ!」

「おう任せとけ! いくぜ!」


 鷲頭獣は翼をはばたき一気に浮き上がると、“黄金の鬣号”の甲板を目指して降りて行ったのである。




 ハルピュイアの動きが変わったことに、イレブンフラッグス軍もまた気付いていた。

 あとは思うさまに叩き潰すだけであったはずの獲物が、あろうことか他国の船団に紛れ始めたのだ。

 戦力の規模だけを考えればイレブンフラッグス軍が勝っている。だが敵味方の知れぬ国を相手にどのような手に出るべきか、彼らは決めかねていた。

 そもそも人質作戦はハルピュイアを相手にしてこそ意味がある。人間同士の戦いにおいてはまったくの無駄でしかなく、戦術を変える必要があった。


 そうして彼らが思案を始めた時のことだ。他国の船団の中から単身、剣のように鋭い形を持つ船が突出を始めたのである――。




 上部甲板目指して突っ込んでくる鷲頭獣を見て、“黄金の鬣号”の乗組員たちは少なからず動揺していた。伝声管にかじりついて怒鳴り声をあげる。


「こちら上部甲板! 至急! 魔獣が来るぞ、迎撃をぉぉぉ!!」

「待て! “魔獣付き”にはシュメフリーク軍が対応する。襲ってはこない……はずだ。約束だからな! 迂闊には撃てん」

「うええ、でもマジでくるって! おおうわぁぁぁ!?」


 押し問答を続けている間に魔獣は目と鼻の先まで近づいていた。止める術などない、巨大な翼を広げて甲板の上に巨体が降り立つ。微かな軋みと鳴き声が風に紛れて響いた。


 乗組員たちは物陰に身を潜め、こっそりと頭だけを出している。

 上の人間たちはコレが味方だと言っていたが、本当に魔獣が味方になるようなことがあるのだろうか。フレメヴィーラ王国出身の人間としては、今ひとつ信じきれないでいる。


 だがそれも魔獣の背中から人影が飛び降りるのを見るまでのこと。それも現れたのが見知った顔であったことに気づき、素っ頓狂な叫びをあげていた。


「はぁぁぁぁっ!? キッドぉ!? なぜお前が魔獣に乗って帰ってくるんだよ?」

「おう! 久しぶりだな。いや落ちた後、ちょっと世話になってて……っと、それより! 若旦那と皆に大事な話がある、急いでるんだ」


 説明もそこそこに勢い込むキッドに、乗組員たちは表情を引き締める。すぐに後ろの出入り口を指さして頷いた。


「わかった、いってこい。お前が急ぐというならヤバいんだろうさ」

「ありがとな! あとはワトーのこと、頼んだぜ!」

「は? おい、それはまさか……」


 なぜか見知らぬ少女を背中にくっつけたまま、キッドは返事も待たずに船内へと駆けこんでいった。

 残された乗組員たちはいっそ怪訝な様子で彼を見送った後、恐る恐る振り返った。そこには甲板に堂々と座り込む鷲頭獣の姿が。


「これがワトーだって? というか魔獣なんていったいどうしろって言うんだよ」


 途方に暮れた彼らの呟きに、ワトーはくえっと短く鳴いて応えたのだった。



 梯子を一気に飛び降りて狭い通路を走る。何しろ勝手知ったる船の中だ、船橋までを一気に駆け抜けたキッドは勢いのままに飛び込むなり、声を張り上げた。


「若旦那! 皆! 頼みがある」

「はぁ? ってキッドか!? まったくお前は、簡単にはくたばるまいと思っていたがまさか魔獣に乗って帰ってくるとはな! ……というか後ろのお嬢さんは誰だ」

「僕はエージロだよ! 風切の雛なんだ、よろしくね」

「ふむう? 俺はエムリス、この船の長だ! よろしく頼むぞ!」

「挨拶はちょっと後! 今は急いでるから!」


 なにやら一瞬で馴染んだ様子の二人の間で、キッドが硝子窓の外を指さす。


 空を圧する重装甲船アーマードシップと、その周囲を守る快速艇カッターシップ。眼前の空を埋める布陣を一瞥し、エムリスは腕を組んでふんぞり返った。


「うむ、イレブンフラッグス軍だな。前に遭遇した時には俺たちにも仕掛けてきた奴らだ。だが今は旅の友が増えたからな、同じようにはいかんぞ」

「えーとそれも激しく気になるんだけど。何から説明したもんかな……」


 ひとまず、キッドは背中にくっついたままのエージロを指して。


「コレはハルピュイアって言って、空飛ぶ大地に住んでる人たちだ」

「……コレ?」


 なぜかキッドにおぶさったままのエージロがはたはたと翼を動かして見せる。

 ハルピュイアは普段の見た目だけなら人間とそう大差はない。だが明らかに人間には存在しない器官を操る姿に、エムリスや船員たちは興味深そうに見入っていた。


 そうしてキッドはこれまでの経緯をかいつまんで説明する。

 船から落ちた後はハルピュイアの村で暮らしていたこと、森に火が放たれイレブンフラッグス軍との戦いとなったこと。


「ふうむ、話を聞く限りエルフ……ああいや、とある種族を思い出す奴らだな。それで、あいつらはお嬢さんの仲間をとっ捕まえて人質にしているんだな?」

「しかも森に火を放ちやがった! 理由はおそらく……いや、後で話すよ」


 キッドは思わず言いよどむ。

 全員の前で源素晶石エーテライトの話をするわけにはいかない。船員たちは皆信頼のおける人間であるが、扱いには慎重を期す必要があった。


 そんなどこか歯切れの悪い説明を聞いて、エムリスは考え込んでいた。キッドの胸中に焦りが湧き上がる。


「それで? お前は初めて会った空飛ぶ大地の住人を助けるために、一国の軍隊を相手どる気なのか。自分が何を言っているのかわかってるんだな?」

「……ああ。だけど俺は許せないんだ、あいつらのやり口が」


 エムリスは船長席から立ちあがった。大柄な彼はキッドを見下ろすような形になる。

 キッドは力を込めてエムリスを見つめ返し、エージロはすすっとキッドの陰に引っ込んだ。


 ややあって、エムリスがにぃっと笑みを浮かべる。


「そうか。ならば仕方ないな……シュメフリーク船に連絡! これより我々は捕らえられたハルピュイア族を救出すべく、イレブンフラッグス船団に対する戦闘に突入する! 時期を合わせて行動されたし! 仔細は追って告げると!」

「アイサー!」


 船員たちはすぐさま動き出した。伝声管に向かって矢継ぎ早に命令を伝えてゆく。すぐに帆が畳まれてゆき、起風装置ブローエンジンが停止した。

 マギジェットスラスタに魔力が伝達され、船体を微かに震わせる。“黄金の鬣号”は荒ぶる獣のように、戦いに備えて静かに闘志を高めていった。


 キッドは呆気にとられた様子で周りを見回していたが、やがて正気を取り戻す。


「頼んでおいてなんだけどさ、若旦那。その、いいのかよ。敵は大軍だぜ」

「そもそもイレブンフラッグスは少しばかり喧嘩を売りすぎた! 手口も気に入らんし、もはや捨て置けんな。戦力があるこの機に一叩きしておく。それにハルピュイアというのに貸しを作るのも悪くないからな! それはそれとしてキッド。軍勢はともかく人質は厄介だ。どうするつもりだ?」

「それは、銀鳳騎士団のやり方を見せてやるさ。皆にも力を貸してほしくて……」


 キッドが語る作戦を聞いて、船員たちの顔に呆れが浮かんでゆく。ついにエムリスが派手に吹き出した。


「ははは! 本当にお前たちはとんでもないことを言い出すな。いいぞ、全員配置につけ。ここからは速さが勝負だ!」

「了解!」

「特にキッド、お前の作戦だ。ぬかるなよ?」

「当然!」

「だよー」


 キッドも素早く敬礼すると、格納庫へと向けて走り去る。エージロをくっつけたままの少し間抜けな後ろ姿を見送り、エムリスはどかりと船長席に身を沈めた。


「聞いていたな皆? まったくアイツは久しぶりに顔を見たと思ったら、ずいぶんな注文をもってきたぞ」

「ほんと無茶ですねぇ」


 呆れたような声が返る。戦闘中に姿を消し、帰ってきたと思えばこの有様だ。銀鳳騎士団に所属する者というのは、よくよく無茶無謀と縁があるらしい。


「確かにアイツは銀の長の弟子だな。ようし前進する、まずは“射程距離”まで近づくぞ!」


 “黄金の鬣号”が動き出す。

 それは新たな勢力が現れたことで警戒心を増した戦場に、変化を巻き起こした。


 最初に応じたのはイレブンフラッグス軍の快速艇だった。単身突出を始めた“黄金の鬣号”に対して、群がるように包囲を始める。


 直後に“黄金の鬣号”が発光信号を放った。

 戦場の空気が一気に動き出す。“黄金の鬣号”の後ろで待機していた飛空船団――シュメフリーク軍もまた前進を始めたのだ。


 包囲を仕掛けていた快速艇の動きが鈍る。

 通常の飛空船に対し、快速艇は速度で勝り耐久性と火力で劣っている。正面切っての集団戦となれば不利は否めないのである。

 そうしてイレブンフラッグス軍もまた主力飛空船を前に出した。そのまま互いの船団が近づき、決戦へと移る――。


 誰もが描いていた予想を置き去りに、“黄金の鬣号”はまったく加速を止めなかった。


 敵であるイレブンフラッグス軍のど真ん中を目指し、無謀な突撃を続けている。

 マギジェットスラスタによる推進力は目覚ましいものがあり、巨体を持ちながら快速艇に並ぶほどの速度を叩きだしていた。いきおい、後続との距離は離れる一方である。


 重装甲船の一隻に乗り、評議員トマーゾ・ピスコポは眉根を寄せる。


「なんつう速度だよ! 覚えがあるぞ、前にも出会った船だな……しかしどういうことだ、シュメフリークに鳥どもが合流してやがるぞ!」


 新たな軍勢、シュメフリークの飛空船団が現れてからこちら、状況は彼の予想もしない方向に進みっぱなしである。

 彼らに曰く“害鳥”であるハルピュイアに友好的と思しき軍勢が存在するなどまったく理解できないし、さらに言えば高速船が単身突っ込んでくるのも意味不明である。


「確かに羨ましいほど速い船だがよぅ。一隻で何をするつもりだ?」


 疑問と困惑がイレブンフラッグス軍にじわじわと染み込んでゆく。トマーゾは頭を振って余計な考えを追い出した。


「ふん、イオランダの婆は高みの見物を決め込んでやがるし……いいさ、飛び込んでくるなら遠慮はいらねぇ。叩き潰してしまえ」



 ――“黄金の鬣号”、後部特別船倉。

 特に増設された空間は、たった一機の幻晶騎士により占拠されている。それは人馬騎士ツェンドリンブル、自らを維持するために魔力転換炉エーテルリアクタを二基搭載するこの機種は、飛空船の動力源として非常に有用なのである。


 静かに役目を果たしていた騎士は、主により突然の目覚めを告げられた。

 転がり込むように操縦席に乗り込んだキッドは、馬の鞍を模した座席にまたがり息をつく。


 実に馴染んだ感触。手を伸ばせば操縦桿があり、足はあぶみにかけられる。やはり乗り慣れた鞍が一番である。ワトーは賢い獣であったが魔獣であり、扱いづらい感触はぬぐえなかった。


「相棒、出番だぜ。賊を討ち皆を助けるんだ。手を貸してくれ」


 出力を高めた人馬騎士が吸気音を響かせる。それが愛機の返答に聞こえて、キッドは笑みを浮かべた。


 その時、入り口からエージロがひょっこりと首を出した。さかさまのまま物珍し気に操縦席の中を見回し、真ん中に座るキッドに目を留める。


「これがキッドの相棒なんだー。鷲頭獣とは全然違う感じ。この子、硬いよ?」

「そりゃあ幻晶騎士だしな。そもそも魔獣じゃねーし、飛ばねーし」

「ふーん? わかんないけど!」


 理解したのかしていないのか、はたまたどうでもいいのかもしれない。するすると遠慮なく操縦席に入り込むと、定位置のつもりかキッドの後ろに座り込んだ。

 鷲頭獣と混同しているのか翼を広げて首をかしげる。彼はぽすっと頭を撫で、不要であることを告げた。


「ま、だからこそできることがある。見てな、捕まってる皆のところに“道”をかけてやるからさ」


 不敵な笑みと共に操縦桿を握り締める。その間にも“黄金の鬣号”は敵陣深くへと切り込んでいったのだった。



 トマーゾの乗る重装甲船がゆっくりと前進し、周囲を守る飛空船が陣形を描く。

 鈍足な本船を追い抜いて快速艇が進み出た。敵は突出する飛空船、相手が人間であるため人質作戦はなしである。


 互いに射程圏内に入り、快速艇がまばらに法弾を放ち始める。直後、“黄金の鬣号”が猛烈な法撃を開始した。


「ち、近づけない! なんだこの法弾幕は!? 一隻しかいないのだぞ!」


 空を焼くがごとき法撃の嵐を前に、快速艇は出鼻をくじかれていた。

 “黄金の鬣号”に搭載されているのはクシェペルカ製法撃戦仕様機ウィザードスタイル“レスヴァント・ヴィード”。それも大西域戦争ウェスタン・グランドストームの経験を反映された最新型だ。


 実戦によって磨き上げられた性能は模倣者たるイレブンフラッグスの及ぶところではない。

 燃え盛る法弾が強引に道を切り開く。


「おいおい、ちょいと調子に乗りすぎたなぁ!」


 業を煮やしたトマーゾは重装甲船でもって進路上に立ちはだかった。分厚い装甲を備えた巨体が壁となってゆく手を阻む。

 快速艇とともに“黄金の鬣号”を取り囲み、一気に圧し潰しにかかった。


「あーもったいねぇ、せめてその速度の秘訣を残して墜ちろよぉ!」


 いかに快速を誇る“黄金の鬣号”とは言え、濃密な法弾幕を無傷で切り抜けるのは困難だ。

 撃墜を確信したトマーゾが勝ち誇って叫び、まったく同時刻、船長席にふんぞり返ったエムリスが会心の笑みを浮かべた。


「戦える奴はのこのこと前に出てきたな。一隻だけデカいのが逃げているぞ、そんなに荷物が重いのか? ……奴が本命だ。最大船速、全員身体を支えておけ! ぶっちぎるぞ!」


 エムリスの命を受け、船体後部に搭載されたマギジェットスラスタが全力稼働を始める。轟音と共に流星のごとく炎の尾が伸び、船体が蹴り飛ばされたかのように加速した。

 設計の限界に挑む出力に、不気味な軋みが響きはじめる。敵の攻撃よりも己の性能こそが最大の敵なのである。


 それは快速艇すら置き去りに、一気にイレブンフラッグス軍の陣形を通り抜けた。

 これこそが最新鋭船“黄金の鬣号”の真価。自在に戦場を支配する、圧倒的な速度の力であった。


「馬鹿な! あれは本当に飛空船なのかよぉ!? クソ、後ろに抜けようって……そういうことかぁッ!!」


 ここに至り、敵の狙いに気づいたトマーゾが悲鳴を上げる。

 目的は奥にかばわれている重装甲船、鷲頭獣とハルピュイアが連れ込まれていった船なのだ。さらに彼は敵飛空船の不可解な動きの理由を悟った。


「まさか……まさか! こいつら馬鹿かよ! 捕まってる鳥どもが狙いだとでも!!」


 泡を食ったイレブンフラッグス軍は向きを変えようとして。


 その時、彼らは気付いた。“黄金の鬣号”を追うようにしてシュメフリーク軍の飛空船が迫りつつあったことに。

 加えて合流した鷲頭獣までもが飛空船の間から飛び出してくる。


「……っく! あの速いのは放っておけ! 全軍、敵本隊を迎撃だ!!」


 怒鳴り声が伝声管を駆け巡り、イレブンフラッグス軍は慌てて迎撃に移っていった。



 たった一隻で突っ込んでくる船の姿を目にし、イオランダは表情を歪めていた。


「まったく、一隻蠅を逃しているじゃないの! トマーゾめ、本当に口だけの男ね。お前たち、早くなんとかなさい!」


 言われずとも兵士たちは動き出していた。重装甲船がゆっくりと向きを変え、迫る敵へと魔導兵装シルエットアームズの切っ先を突きつける。


 全ての障害を突破した“黄金の鬣号”は、そこで速度を緩めていた。

 目の前には守るものなき重装甲船。“黄金の鬣号”は敵船との間合いを測り、一気に逆進をかけて速度を殺した。

 すぐさまエムリスが伝声管につかみかかり叫ぶ。


「“射程”に入ったぞ! キッド!!」

「応! 行くぜぇ、俺たちのとっておきだ、その目に焼き付けろ!!」


 待ちかねたとばかりに、キッドは練り上げていた魔法術式スクリプトを解き放った。

 ツェンドリンブルから放たれた指令は魔力に乗って銀線神経シルバーナーヴを駆け巡る。それは船に搭載された機構に辿り着き、騒々しく目覚めを告げた。


 『内蔵式多連装投槍器ベスピアリ』――片側十六連装がふたつ、計三十二基の投射装置が一斉に蓋を開き。


 朱々あかあかとした炎を噴き上げ、装填された魔導飛槍ミッシレジャベリンが天へと駆けあがる。

 それらは間を置かず水平飛行に移ると、術式の導くままに空を翔けた。


 目指す先には硬いが鈍い重装甲船。

 その船橋で、迫りくる脅威を目にしたイオランダが泡を食っていた。


「な、なによあれぇっ!?」

「あれは報告にありました飛空船殺し……クシェペルカの魔槍ではっ!?」

「なぁんですってぇ!? じゃ、じゃあ。あれはクシェペルカ王国の船だというのッ!?!? だ、駄目よ。そんな!」


 クシェペルカ王国。それは大西域戦争において大国ジャロウデク王国を下し勝者として君臨した、競争相手の中でも最大に警戒すべき存在である。

 だが先の戦いの傷が十分に癒えておらず、このような秘境まで現れることはないと踏んでいたのだが。

 現実的に迫る“飛空船殺しの魔槍”を前にしては、後悔も嘆きもただただ無意味であった。


 混乱広がる重装甲船をしり目に、一気に加速した魔導飛槍が破壊的な威力を秘めて迫りゆく。


「狙いは……装甲を避けて甲板側から入るように」


 魔導飛槍の最大の特徴は、銀線神経により接続されている間は操作が可能という点にある。

 キッドという強力な騎操士ナイトランナーによって制御される三十二本の魔槍は、一糸乱れぬ動きで獲物へと襲い掛かった。


 確かに重装甲船は強力な防御力を誇る。だがそれも自ら弱点を狙い飛びかかる魔槍を相手にしては意味をなさない。


 金属がひしゃげる重々しい叫びを上げながら、魔導飛槍が次々に突き刺さる。十分な速度と威力を持った槍は、易々と重装甲船の内部まで食い込んでいった。


「捕まえたぞ……! そして切り離し用術式を停止キャンセル! 強化魔法により状態を固定!!」


 魔導飛槍へと、指令と共に推進用の魔力を伝達する銀線神経。

 通常それは長さの限界を迎えたところで、誘導を終えて切り離される。だが今は至近距離で使ったがゆえに槍につながったままであり、さらにキッドによる命令の上書きが為されていた。


 投射装置から槍へとつながったままの、三十二本の銀線神経。それが今、二つの船をしっかりとつないで――。


「“橋”がかかったぞ! 準備はいいか野郎ども!」

「おおう! 征くぜぇッ!!」


 魔導飛槍による架橋作戦――キッドの馬鹿げた思いつきの結果を見届けて、騎士たちが快哉を上げる。

 彼らは幻晶甲冑シルエットギアを装着し、この上部甲板に待機していた。これよりは作戦の第二幕、突撃の時間だ。


 “大気圧縮推進エアロスラスト”が咆哮を上げ、重い鎧が次々に飛び出してゆく。

 船の間にかかったワイヤーは足場というには頼りなさすぎるが、多少の不安定さなど問題ではない。

 “大気圧縮推進”の魔法を内蔵する幻晶甲冑は、限定的ではあれど飛翔能力を有している。ゆえにこそ高空での綱渡りなどという奇想天外な作戦が成立するのだ。


「よしエージロ、俺たちもいこう!」

「よーっし! 待っててね、ホーガラ!」


 ツェンドリンブルを飛び出したキッドもまた、幻晶甲冑部隊へと合流していた。エージロは翼を広げてキッドの傍らを飛んでいる。


 キッドはただ一人生身のまま走り。しかし彼は銀鳳騎士団の一員、特にあの師より教えられ、鍛えられた直弟子である。有り余る魔法能力を駆使し、前を走る幻晶甲冑を飛び越すと、敵船内への一番乗りを果たした。


「て、敵襲! 敵が船内に……ッ!」

「邪魔だ!! 黙っていろ!」


 キッドが突き出した銃杖ガンライクロッドに雷光がほとばしる。加減抜きの雷撃魔法がイレブンフラッグス兵を灼き、船内を荒れ狂った。

 そうして敵兵を一息に蹴散らし、船内への橋頭保を築く。

 少し遅れて幻晶甲冑部隊が続々と飛び込んできた。魔導飛槍が刺さったまま、破壊された構造を見回す。


「おうキッド“隊長”! こっからどうするよ?」

「第一目標はハルピュイアの解放だ。最優先で船倉を目指す」

「了解よぉ! んじゃ一気にブチかますとしましょかね!」


 キッドが銃杖を掲げ、幻晶甲冑部隊がずらりと並ぶ。

 甲冑に張り巡らされた結晶筋肉クリスタルティシューが甲高い響きを奏で、魔法現象によって導かれた力を破壊力へと変えた。邪魔な隔壁を力ずくで砕き割り、蹂躙という名の進軍が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る