#140 翼持つ民と宝眠る島
穏やかな風が肌を撫でる。
手には柔らかなシーツの感触。ゆっくりと意識が浮き上がるのに合わせて、
「っ! 船が、魔獣はっ!?」
すぐに泡を食って飛び起きた。丁寧にかけられていたシーツが舞い、その向こうから部屋の様子が目に飛び込んでくる。
「って、ここはいったいどこだよ……」
首を振って意識をはっきりさせながら、キッドはぼやいていた。
この場所がしばらく寝泊まりしていた“
部屋は木造であるが、ようく見れば壁に木材の継ぎ目が見当たらない。まるでひとつの巨大な木をくりぬいて作ったかのようだ。
おずおずと視線を下げれば、彼が今まで横たわっていたベッドもまた変わっている。後から備え付けたのではなく、部屋の床から盛り上がったこぶのような場所になっていた。
彼が寝かされていた布団は木綿のような手触りで、枯れ葉のようなものがクッションとして詰められている。
どれだけ見回しても、部屋の中に石や金属といった素材がほとんど見当たらなかった。
キッドは首をかしげる。フレメヴィーラ、クシェペルカ、あるいは西方のどの文化圏にもこのような建築様式は思い当たらない。
「そもそも空から落ちたってのに、よくぞ無事だったもんだ」
体の調子を確かめると、それほど問題はないようだった。
喉は渇いているし腹も減っているが、すぐに倒れるほどのものでもないだろう。
彼はゆっくりと起き上がると、わずかにふらつく足取りで窓際へと向かった。
窓、だろう。どう見ても木の
ややごわついた手触りのそれを押しのけ、外の景色を確かめて――。
「……いや、だからここはどこだよ?」
広がっていた光景に、あんぐりと口を開けたまま固まった。
建物が集まる街のような場所を期待していたが、外の景色はあっさりとそれを裏切っていた。
周囲にあるのは虹色の光をまとった木々。空飛ぶ大地で見かけた樹木と同じものだ。木々の密度からして、ここはそこそこ森の奥にあるらしい。
さらにキッドは恐る恐る視線を下げた。てっきり地上にある部屋だと考えていたのだが。
風が吹き抜ける。地面までの距離から見て、どうやら彼のいる部屋は木の上に作られて――あるいは木そのものに穿たれて――いるようだった。
「何だか分かんねーけどつまり、この空飛ぶ大地には大勢が住んでるんだな」
住み処がある。家々は集まり街を形作る。それはやがて集団となり、いずれ国となる。
空飛ぶ大地は前人未到の場所などではなかったのだ。そして彼はといえば、その“先住民”の手によって囚われの身となっている。
「あの魔獣、もしかしてここの奴らが使役してるのか? だとしたら、船は無事なのかよ」
キッドは思い出す。決闘級以上の巨躯を備え、翼を広げて空を舞う魔獣のことを。
どうにかしてこの情報を持ち帰らなければならない、彼がその方法に思いを巡らせていた時のことである。
かすかな軋みをあげて、背後にある扉が開いていた。彼は窓からの景色に気を取られて、出入り口の存在をすっかりと見落としていたのである。
慌てて振り返ると、ちょうど部屋に入ろうとしていた“少女”と目が合った。彼女は思わず動きを止めていた。
――それは、“人”であると思われる。
身長はキッドよりも多少低い程度。色の薄い肌と、長く伸びた髪が目に映える。この部屋と同じく、植物を加工して作られた簡素な衣装を身にまとっていて、手には盆を抱えていた。
彼女はキッドがまだ寝ていると思っていたのだろう、窓際に立つ彼を見て目を丸くしている。
「あ、その。君が助けてくれたん……」
黙って見つめあっているわけにもいかない、そう考えたキッドが口を開いた瞬間。少女が打って変わった鋭い動きで飛び出した。盆を投げ捨て、一直線に距離を詰める。
半ば反射的にキッドが応戦する。身体に染み付いた動きに従い、腰へと手を伸ばし――。
「げ、ないっ!?」
手が空を切った。驚きと共に見れば、腰に下げていたはずの
突き出された少女の手がキッドの喉元を狙う。素手とも思えず喉を貫きそうな速さの突きはしかし、直前で踏みとどまった。
ひんやりとした指先の感触が、肌の上から伝わってくる。
指先だ、凶器の類いではない。それでも急所である喉元に手を当てられていることには違いがなかった。キッドは相手を刺激しないよう、ゆっくりとした動きで両手を挙げる。
抵抗はしない、果たして彼の意図は正しく相手に伝わったようだった。
至近距離からの鋭い視線が彼を射貫く。彼女はそのまま動きを止め、つかの間二人は見つめあった。
「君が、助けてくれたの……」
「黙れ」
即座に口をつぐむ。ぶしつけな質問だったかも知れないが、それにしたって反応が辛辣ではないだろうか。突きつけられた指先がなければもう少し饒舌でいられたかもしれないのに。
すると少女は、何を思ったのかゆっくりと指先を退いた。まだその瞳から警戒がなくなる気配はない、それでも攻撃の姿勢がなくなったことでかなり気が楽になる。
それから少女は後ずさるように扉へと向かった。キッドは手を上げた姿勢のまま黙って見送る。
「余計なことはするな」
言い残して少女は扉の向こうに消えていった。直後に向こう側から重く擦れるような音が響いてくる。
「
嘆息を禁じ得ない。どうやらキッドの身分は歓迎されざる客人であるらしい。
「ってことはやっぱ魔獣がらみだろうなぁ。そりゃ剣を向けたかもだけどさ、最初に襲いかかってきたのはそっちじゃんか」
改めて所持品を確かめてみると、銃杖はおろか何一つ残っていなかった。部屋の中に置かれている様子もない。わかってはいたことだが丁寧な仕事である。
「何をするにせよ体力の温存だな。……それにしても腹が減ってきた」
船から落ちたあの時からどれほど経過しているものか、キッドの腹は先程から盛んに空腹を訴えている。
とはいえ状況もわからないまま動くわけにもいかず、彼はひとまずベッドに戻って寝ころび始めた。
しばらくするとまたも扉から重い音が聞こえてきた。次は何がお出ましか、キッドは起き上がって待ち受ける。
やがて扉が開き、大柄な人物が窮屈そうに入ってきた。キッドは呆気にとられた表情で見上げる。
その男はやたらと長身であった。思いつく比較対象といえばエムリスだが、目の前の男のほうが高く見える。大きな違いがあるとすれば、大男は腰を越えるほど髪を伸ばしていることだろう。
そんな男の陰に隠れるようにしてさきほどの少女も入ってきた。相変わらず視線は鋭いままキッドを睨んでいる。
大男はといえば立ち止まり、じっとキッドを見下ろしていた。視線を合わせてみても眉一つ動かさない。
「話をしても、いいか?」
ちらりと少女を視界に収めると、キッドはまず確認を取った。先の例もある、いきなり攻撃されるのはごめん被る。
すると男は頷くでもなく、むしろ自ら口を開いた。
「私は
「あー。俺はフレメヴィーラ王国、銀鳳騎士団所属の騎操士が一人。アーキッド・オルターだ」
この大地に住まう者たちは、
男は目立った反応を示さず、たっぷりと黙った後に口を開く。
「“
「……冒険だ」
目線で続きを促され、キッドはしぶしぶと口を開く。
「ここは空の大地、でいいんだよな? この存在を知ったのは最近なんだ。それで若旦那が……ああ、俺の
無反応なのがなんともつらい。
背後の少女は呆れた表情を隠しもしていないが、こちらのほうがまだしも安心できるというものだ。
「それで飛空船に乗って嵐を越えたくらいのところかな。魔獣に……四つ足の鳥に襲われた。で、まだ説明はいるか?」
「良い。お前が
「反論しづれえな」
のこのことやってきて墜とされたのは事実である。いっそ不貞腐れた様子で聞き返す。
「それで? あんたやあの……
「どうとも。目的が知れた今、用はない」
「じゃあ帰っても良いか?」
「ならぬ。縄張りを侵す者を許す理由もない」
「だろうな」
キッドはわずかに全身を緊張させてゆく。杖もなく徒手空拳の状況、さらに相手は肉弾戦に強いであろう巨漢だ。まともに抵抗できるとも思えなかったが、さりとて黙ってやられるつもりなどない。
だが意外なことに、スオージロはあっさりと踵を返していた。
「“ホーガラ”、世話をしろ。お前が捕ってきた獲物だ。次列の役を見せよ」
「なっ。スオージロ!? 私は、別に……!」
ホーガラと呼ばれた少女は明らかに不満げな声を上げたが、スオージロに一瞥されて黙り込む。代わりにキッドを恨めし気に睨みつけた。
濡れ衣だとばかりにキッドは肩をすくめる。
「いいか、余計なことをするな。私に世話をかけるんじゃないぞ!」
少女は言い捨てると、すぐにスオージロの後を追っていった。慌てていただろうに、閂はきっちりと下ろされている。
「俺の意思は無視かよ、そりゃ捕まった身だけどさぁ。……そういや飯を頼むのを忘れていたぜ」
投げやりな気分でベッドに身を投げ出す。状況はさっぱりと好転していないが、さりとて死の危険が迫っているわけでもないらしい。
「このまま餓死しなけりゃ大丈夫かな」
溜め息をついた、その時だ。
どこからか聞こえてきた微かな物音を捉えて、キッドは素早く身を起こした。
「え?」
そうして彼は原因と目を合わす。
部屋に入る扉は先程から閉められたまま、訪れる者がいるとすれば、それは窓からだった。
ひょっこりと窓から首をのぞかせている者がいる。
「君、本当に
「いやいや、驚かせるなよ」
ニコニコと笑みを浮かべてキッドを見つめる少女。
ホーガラと呼ばれた少女よりもいくらか幼いであろう顔立ち。雰囲気はまったく異なっているのに、この少女もまた非常に長い髪を持っているのは共通していた。
少女はいつの間にやら窓の縁に腰掛けて、キッドを頭からつま先まで眺めまわす。常に睨むような視線を射かけていたホーガラとは違い、彼女の瞳は好奇心に満ち溢れていた。
「ねーねー、地の趾って飛べないって本当? じゃーどうやって巣を移動するの? あっ、巣も地面にあるとか?」
「話聞けって。当たり前だろ、せめて杖がないと飛べるわけが……」
言いかけて、キッドの中で何かが引っかかった。
答えはすぐに見つかる。彼が先程窓から外を見たとき、この部屋は相当な高所にあったのを見た。ならば彼女はいったいどのようにして部屋までやってきたというのか。
徐々に表情を強張らせてゆくキッドに構わず、少女は何を思ったかぽんと手を打ち鳴らして。
「そっか! じゃあその杖ってのがあればいーんだね!」
「え。そうだけどさ」
「じゃちょっと待っててね!」
言うなり、窓の外へと身を躍らせたのである。
泡を食ったのがキッドだ。反射的に手を伸ばし、窓へと駆けよって。
「おい、君!! ……っていない?」
窓から顔を出して探してみても、落下してゆく人影などひとつとしてなかった。急いで周囲を見回すも、やはり誰の姿もない。
さきほどまでここに腰掛けていた少女はいったいどこへと消え去ったというのか。そもそもどのようにして移動したというのか。
「ったく、どいつもこいつも。いったいどうしろっていうんだよ」
ガシガシと頭を掻くと、なおさら面倒くさくなってきた。
剣も杖も持たない騎士は無力なのである。今の彼にできることといえば、哀れっぽく天を仰ぐことと、食事を要求することしかないのであった。
空を一隻の
「……だめだ、若旦那。キッドの姿はどこにも見当たらない」
「そうか。ご苦労だった」
監視員からの報告を受けて、エムリスは船長席に深く身を沈める。
空飛ぶ魔獣の襲撃によってカルディトーレを一機失い、また
魔獣をやり過ごした後に周辺の捜索を始めた一行だったが結局、キッドの姿は見つからずじまいであった。
「まさかあいつがなぁ。これは見つけ出すまで帰るわけにはいかんな」
「若旦那はあの状況でもキッドが無事だと、お考えで?」
「そう簡単にくたばるものか、あの銀の長の弟子だぞ。残る問題はどうやって見つけ出すかだな」
エムリスは微塵も疑うことなく言い切った。船員たちは思わず顔を見合わせ、小さく噴き出す。
そうだ、キッドはあの銀鳳騎士団において活躍していた騎士なのだ。ならば少々船から落ちた程度でくたばりはしないだろう。そう信じてしまうだけの威力が、銀鳳騎士団の名にはあった。
そうしてしばらく腕組みをして唸っていたエムリスだったが、ふと名案が浮かんだとばかりに手を打つ。
「よし、あの四つ足鳥の巣を探すぞ。案外、中を探せば落ちてるかも知れん」
「いや正面から突っ込むのは勘弁願いたいですね」
そもそも巣にまで持っていかれているということは、完全に餌扱いではないだろうか。
さらに、空飛ぶ魔獣を相手取るには黄金の鬣号の戦力では不安が残る。無策で突っ込んだところで二の舞になるだけだろう。
その時、監視のあげた叫びが伝声管の向こうから響いてきた。
「至急! 前方に“船影”!! ……複数、船団規模です!」
「なにぃ!? 速度落とせ! 進路はまだ維持だ、ただしいつでも避けられるようにしておけ」
エムリスは即座に指示を出すと、飛びつくようにして伝声管に怒鳴り返す。
「旗は! 見えたか!」
「まだ遠い……いや見えた! 国旗が……あの形状は“
「なんだとぉ!? あの商人あがりたちがここにどんな用があるというんだ」
エムリスは目つきを険しく睨み付ける。おぼろに霞む空の向こう、視界の中に船影が数を増しつつあった。
風を受け、帆の唸りが空に満ちる。
浮遊大陸に影を落としながら進む、それは大規模な飛空船団によるものであった。数たるや二十隻はくだらないであろう。
掲げられた旗に描かれるは十一の杯。
緩やかな陣形を描いて進む、船団の中央にひときわ巨大な船の姿が四つ。
船団の過半を構成しているのは標準的な
これこそがイレブンフラッグス製の最新鋭艦であり、船団の旗艦でもある“
「はぁ~! まぁったく来る日も来る日も代わり映えもしないったらありゃしないっ! もう船の中は飽き飽きなのよっ!」
旗艦たる
けばけばしい衣装に身を包んだ妙齢の婦人の嘆きに、正面に腰掛けた年嵩の紳士が表情をゆがめて応じる。
「……君の文句も聞き飽きたな。飛空船の乗り心地を確かめるとはしゃいでいたのは、どこのご婦人だったことか」
「この私が出資した船ですもの! 乗り心地は当然、最高でしてよ。それでも限度がございますわ」
婦人が口を開くたびに壁に反響し声が響く。紳士が額を押さえている間に、隣に座った男性――この中では比較的若い――が身を乗り出した。
「いやいや同感だぁな。旅路があんまり退屈なものだから、船の酒蔵がそろそろ底をついちまう」
「ならば、わしの船から都合してやろうか。同旗のよしみで格安で譲ってやろうぞ」
「いらんよ。あんたとは酒の趣味が合わんからな」
さらにもう一人、最も高齢と思しき老人の申し出を青年が一蹴した。
重装甲船の船橋は一般的な飛空船とは異なる形になっている。多くの場合は船を操るための設備であり、船長席の周囲に船員たちが配置されているものだ。
対してこの船は、ど真ん中に無駄に立派なテーブルが鎮座しているのである。さらには壁には絵画や置物までも配置されており、まるでどこぞの屋敷の一室といった趣になっていた。
テーブルの周りには四人の男女が向き合っている。それぞれにやたらと華美な服装をまとった姿は、どう見ても船を操るためのものとは思えず。労働とは縁のない階級であることが窺えた。
そうして彼らがとりとめもなく会話に興じていると、一人の船員が息せき切って駆けこんできた。
「報告いたします! 進路上に、不明な船影を確認いたしました! 数は一隻、所属は不明とのことです!」
反応はそれぞれだった。
「まぁ! なんてこと。私の財に手をつけようだなんて、図々しい鼠だこと! 掃っておしまいなさいな」
「……“我々の”、財だ。言葉には気を付けてもらおう」
「んなもんどうだっていいじゃぁねぇか。こんな時のための船団だろう? ……で。そいつに酒蔵ついてるかな?」
「はてさてともかく。わしらが旗に利さぬ者には、ご退場願うとしよう」
迷走気味ではあれど意見の一致を見たところで、彼らは頷きあう。
「
「はっ!」
重装甲船に光が瞬く。指令を受け、周囲に展開していた飛空船が船倉の後部扉を開いた。その内部より滑り出すように小型の飛空船が現れる。
飛空船としては小さく、幻晶騎士より一回り大きい程度だろうか。それらは空中に出ると次々に帆を開いた。大出力の
限界まで帆を膨らませ、快速艇は次々に本船を追い抜いていった。
船橋の前方は硝子張りになっている。四人は突き進む快速艇の背を眺め、口々にはやし立てていた。
「さてどこの船かは知らないが。行きしなの商売に励ませてもらおう」
重装甲船から合図が放たれる。応じるように快速艇に変化が生じた。
船体の後ろ半分が軋みと共に持ち上がる。そこにあったものは幻晶騎士だ。背中より
武器を掲げた快速艇が迫りくるのを見て、不明船にも動きが生じていた。
最初は様子を見てかゆっくりとした動きであったが、快速艇が迫りくるとみるやにわかに舳先の向きを変える。
「無駄であろうなぁ。快速艇は小型である分、あらゆる飛空船のなかで最速よ」
老人が笑みを深めた。
――それが引き金となったわけではあるまいが。突如として不明船が異常な加速を始める。重装甲船の船橋で、四人がそろって腰を浮かせていた。驚きに目を見開き、食い入るように遠望鏡を握り締める。
快速艇が、並の飛空船を上回る速度で迫る。だというのに不明船はそれらをあっさりと振り切って包囲を突き抜けていった。
驚きのあまり言葉もない。彼らが気付いた時には、既に不明船は空の彼方へと逃げ去っていたのだった。
「……っへぇ、やるなぁ。快速艇を振り切る船があるなんてな」
「まさしく鼠の速さよな。これは厄介、厄介」
「何を暢気にしていらっしゃるの! ああ、もう見えない! でもあれは急ぎの便にちょうど良いのではなくて!? 私あの船が欲しくてよ!」
「どれだけ足の速い馬だろうと、懐かぬでは使い道がなかろう」
壮年の男性が仏頂面で言い捨てれば、若い男が笑みを深める。
「いやいや? 馬の躾は面倒だが、人なら簡単だぁ。ちょいと黄金を積めば、涎を垂らして飛びつくさ」
「どのみち追いつけぬでは交渉にもならん。いったいどこの国だ、あれほどの高速船ならば噂くらい聞こえてもよかろうが……」
大西域戦争以降、各国とも高性能な飛空船の開発に躍起になっている。少しでも早く、少しでも多く、少しでも強く。もはや飛空船を抜きに戦は成り立たず、どころか物流にも大きな変化をもたらしつつあるのだから。
そのため各地に間諜を放ち、情報収集に努めていたはずが。現実に現れた船の性能は、彼らの想像の埒外にあった。
「手ごわい商売敵がいるようだな」
その事実が彼らの警戒心を煽る。これからの商売の難航を予想させるに、十分であった。
「まったく、いきなり手下どもをけしかけて来るとは! 礼儀のなってない連中だ!」
「そりゃまぁ、こっちは国籍不明の不審船ですからして」
そうしてマギジェットスラスタ全開で追っ手をぶっちぎった黄金の鬣号では、エムリスが自分のことを棚に上げて憤慨していた。船員たちは呆れているものの、いずれにせよ逃げる以外の選択肢はなかっただろう。
ひとしきり文句を並べてから、エムリスは船長席の上で肘をつく。
「しかし競争相手がいるのは予想していたが、イレブンフラッグスとはな。こないだの戦でずいぶん儲けたと聞く。それで船を造ったのか」
かつて
彼らは敗北によって弱ったジャロウデク王国からいくらかの領土と、飛空船に関する技術をふんだくったのだ。
「しかし常軌を逸する大船団だ! ……奴らはここに、何を求めてきた?」
「ハハハ。つまりは宝探しも加わったな! 他国と競い、しかもキッドを探しながらの冒険か! これは面白くなってきた」
エムリスは凶暴な笑みを浮かべ手をたたいて喜んでいるが、勘弁してくれ、とは周囲の人間たちの本音であったという。
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