#138 浮雲のように生き疾風のように追う
新生クシェペルカ王国の王都、デルヴァンクール。
亡国の憂き目を見てよりの苦難の時は過ぎ去り、今は平穏のうちに繁栄を紡いでいる。
その日、王都の中央通りを騎馬に先導されて
クシェペルカ王国の制式量産機“レーヴァンティア”であるならば別に珍しいことでもないが、さにあらず。見物に出た住人たちの間に大きなどよめきが巻き起こる。
「見ろよあの旗印! あれは銀鳳騎士団だぜ!」
「おお、あれが救国の勇士たちか。なんと頼もしいことか」
「人馬騎士……! 歩いているだけでもすごい迫力だな」
「城へか、女王陛下へとご挨拶されるのかな」
クシェペルカ王国の再興にあたり縦横無尽の活躍を見せた銀鳳騎士団の名を知らぬ者は、この街にはいない。
中でも半人半馬の幻晶騎士はその圧倒的な迫力と象徴性によって、よく知られていた。
常識外れの集団なれど、それが味方であるならば恐ろしさとて頼もしさへ転じる。
ツェンドリンブルの歩みに合わせて歓声が巻き起こった。
「クシェペルカ王国万歳!」
「女王陛下万歳!」
「銀鳳騎士団万歳……!!」
声援に見送られながら、一行は王城へと入ってゆくのだった。
「女王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「お久しぶりです、エルネスティ様。お変わりないようですね」
王城、謁見の間において
玉座につくクシェペルカ王国の現女王、エレオノーラがにこやかにほほ笑む。
「他ならぬ銀鳳の皆様です、どうぞ楽になさってくださいませ」
彼女の叔父にあたり、後見人でもあるフェルナンド大公も側に控え、頷いていた。
彼女たちと顔を合わせるのも大西域戦争が終息し、銀鳳騎士団が引き上げて以来になる。
あの時はまだ力不足を補おうと必死であった女王も今ではすっかりと落ち着いており、さらに立場に見合った貫禄のようなものすら感じられた。
「お久しぶりー!
「ええ、ありがとうございます。アディさんこそ、こちらまではあの人馬の騎士で来られたと聞きました。
「もちろん! それに最近はツェンちゃん以外にも可愛い子があってねー」
時が過ぎることにより変わるものがあれば、変わらないものもある。
つい先ほどまで女王として毅然とふるまっていたエレオノーラだったが、すぐに気楽な振る舞いを見せる。アディと手を取り合う様はまるで友達同士のようだ。
「もう、アディ。いくらなんでも女王陛下に失礼ですよ」
「よいのだよ、エルネスティ君。陛下にも息抜きは必要だ。それに、あの戦いを共に潜り抜けた君たちが相手ならば誰も文句は言えまいよ」
さすがに気軽すぎはしないだろうか。エルは首をひねっていたが、本人がそういうのならまぁいいかと思いなおした。
周囲の者たちも特に止めることはせず、むしろ微笑まし気な様子である。
そうしている間も、女子たちは話に花を咲かせていた。
「……それでね、今回は大発表があります!」
その途中、アディはすすっとエルの隣に移動すると、いつものようにしっかと彼を抱きしめた。
エルは苦笑しながらもエレオノーラに向き直る。
「ええとその、僕たち結婚いたしまして。そのご報告を兼ねて、こうして足を伸ばしてきた次第です」
一拍の間、驚きに支配された場であったが、すぐに祝福へととってかわった。
「まぁ! おめでとうございます。それは素敵なことですわ」
「ふふふー。ついにエル君を捕まえました!」
「うんアディ、落ち着いて」
その関係が夫婦へと変わっていっても、この二人の行動に変化はないようだ。
少しだけ懐かしさを感じるやり取りに、エレオノーラはころころと笑う。
「相変わらず仲が良いのですね。うらやまし……い、です……」
突然、尻切れトンボのごとく調子を落としたエレオノーラに、エルとアディは思わず顔を見合わせた。ほんの瞬きひとつ前までは祝福と歓喜の中にあったというのに。
そうして首を傾げるついでに、エルは気になっていたことを問いかけた。
「そういえばエムリス殿下にもご挨拶しなければ。どちらにいらっしゃいますか? それに
“その名前”を出した途端、エレオノーラの顔から表情がすとんと消えてなくなる。
ここまでくれば状況は明らかだ。エルの視線がぐるーっと宙を泳ぎ、ついに観念したかのように戻ってきた。
「………………それで、彼らはいったい何を、しでかしたのですか」
疑問という段階をすっ飛ばし、それは確認であった。
一気に肩を落としたエレオノーラに代わって、フェルナンドが遠慮がちに口を開く。
「……彼らは。船を一隻持ち出して、飛び出していった」
ごく普通に国際問題だった。
変な空気の漂いだした謁見の間で、エルが大きく吐息を漏らす。
「もう、若旦那は。本当に何をやらかしてくれますか」
「キッドもキッドよー。ちゃんと若旦那を止めないと」
「とはいえキッドの立場と力でそれができるかというと微妙ですね」
「うーん」
普段の自分を棚に上げ、絶賛頭を抱えている。
いかに縁戚関係にある友邦とはいえ、他国においてその振る舞いは自由すぎる。さすがのエルも少しばかり対処に迷っていた。
「ええそうです。仕方がないのです。アーキッド様はエムリス様の付き人でもあります。だからお供についていかれて……別に私を置いていってしまった訳ではなくてでももっと踏みとどまってくれてもよかったのではないかと少し、少しだけ思うのです」
エレオノーラは、微妙に焦点の合わない奇怪な笑みを浮かべたままぶつぶつと何かを呟いている。
フェルナンドの視線が助けてくれ、と叫んでいたがエルたちはにこやかに目をそらした。
とはいえこのままともいくまい。溜め息で思考を切り替え、エルは頭を下げた。
「えーと。うちのバ……若旦那が大変なご迷惑をおかけしております」
「以前の借りもある。我々としても多少は構わないのだが、その、ね」
彼らとしてはどちらかといえば、女王のほうを何とかして欲しいのだろう。
「そもそもどこへ向かったのでしょうか。いかにバ……若旦那といえど、勝手に諸国漫遊に出るとは思えません」
エルは、浮かんできた疑問に首を傾げた。
そもそも彼の知るエムリスという人物は、何か面白いものを見つけては突進してゆくような性格をしていた。つまりこの暴挙には何かしら原因があるのではないかと推測したのである。そしてそれは的中していた。
「そうだな。順を追って話そうか」
一同は場所を変えて話し始めた。
「始まりは先の戦いの終わりからになる。ジャロウデク王国の衰退によって飛空船技術が周辺諸国へと広まった」
一度はクシェペルカ王国を滅亡へと導いたほどの脅威である。各国は躍起になって技術を入手しようとし、同時に半ば崩壊しつつあったジャロウデク王国は堰き止める術を持たなかった。
「かくして飛空船……大空を進む技術を手に入れた者たちは、まもなく国境など関係なく飛び出し始めた。その中に、南方大洋へと乗り出した者たちがいたのだ。西方諸国に余分の土地などない。新天地を求めれば、いずれ大陸を飛び出すのは必然だろう」
もともとジャロウデク王国が開発した飛空船は大きな潜在能力を有していた。さほどの改良も必要なく、ほとんど模倣だけで成しえたことも大きな後押しになっているだろう。
「そうして彼らは、南方大洋にとある島を見つけたんだ」
「待望の新天地というわけですね。興味深くはありますが、殿下が飛び出してゆくほどでしょうか」
どこか腑に落ちない気分でいると、フェルナンドがゆっくりと首を振り、続きを話し始めた。
「ただの島であれば、それほど大きな注目には値しなかっただろう。真に興味深い点はここからだ。その島は、いやその大地は……空に浮かんでいたらしい」
場に沈黙が降りる。アディは目を真ん丸にしているし、エルの表情からも笑みが消えていた。
「本当に、空飛ぶ大地なのですか?」
考えても答えは出ず、結局のところ鸚鵡返しに聞くことしかできない。気持ちはわかる、とフェルナンドは頷いていた。
「まったく眉唾物の話だが。しかしどうやら複数の国を通じて噂が広まっているようでね。軽々に一笑に付すというのも躊躇われる」
「うーん、なるほど! あとはなんだか、説明されなくても見えてきちゃった」
「“俺がこの目で確かめる”と若旦那が突進して、キッドには止めきれなかったということですね」
フェルナンドの苦笑が、何よりも雄弁に答えを告げていた。
誰ともなしに溜め息を漏らす。
「だとしても……黙ってゆくだなんて。せめて出発前に一声くらいかけてくれても、良かったのではないですか」
「えーと。多分きっとおそらくちょっとくらい後ろめたかったんじゃないかなーなんて」
アディが、エレオノーラから微妙に距離をとる。女王陛下は未だ納得いかない様子であった。
エルは少し考えていたが、やがて顔を上げる。
「話はわかりました。若旦那の仕業は我が国にとっても由々しき問題です。国王陛下より剣をいただく身として、これを諌めるのも務めといえましょう」
「それは……。ですがエルネスティ様たちはご新婚なのでしょう? そのような時に」
正気に返ったエレオノーラが表情を曇らせる。
勝手に飛び出したエムリス――むしろキッドを――探しに行きたいと気持ちはあったが、彼女やフェルナンドには役目というものがある。その点エルたちは気ままな旅の身の上だ。
エルはそっとアディの手を取った。
「ご心配なく。少しばかり、旅の予定が延びるだけですよ。ね、アディ」
「そのとーり。うんうんエル君と一緒ならどこまでも大丈夫ー。それにキッドにはちゃんと言い聞かせないとね! 任せてヘレナちゃん、首に縄をつけてでも連れ帰ってくるから」
「まぁ。その時は是非、縄ごとくださいませ」
「えっ? え、えーと、その、善処します……」
アディの目が盛大に泳いでいる。さすがに少しばかり、双子の兄の身が心配になってきた。
フェルナンドの咳払いが、場の空気を変える。
「あー、うん。いずれにしろ君たちで収めてくれると我々としても助かるな」
「分かりました。殿下の行動はフレメヴィーラ王国の者として、責任をもって諫めてまいります」
エルはにこやかに請け負いながら、今後の予定を練り直していたのだった。
それから気を取り直して、彼は話題を変えた。
「少し予定が変わってしまいましたが……。今回の旅は僕たちの結婚のご報告もありますが、それとは別に陛下にお引き合わせしたい者がいるのです」
エレオノーラたちは、はっとした表情を浮かべる。エルネスティたちにまつわる客人に、心当たりがあったのだ。
「それはもしや……。耳にはしています、巨いなる人に出会われたと」
「はい。陛下のご明察のとおりです」
エレオノーラとフェルナンドは顔を見合わせる。その表情には多くの戸惑いと、わずかな好奇心があった。
やがて女王は立ち上がる。雰囲気が、国の長としてのそれへと変化していた。
「向かいましょう。それがどのようなものか、まずは知らなければなりません。それに……今度の相手は、無礼な侵略者ではないのでしょう?」
女王の言葉に、エルも笑顔で応じるのだった。
それから全員で幻晶騎士の駐機場へと向かう。
その移動の道々、エルはそっと呟いた。
「ノーラさん」
「……こちらに」
返答はすぐさま聞こえてきた。いつの間にか現れたノーラが、彼の後ろに控えている。
「国許に連絡を、ちょっとバカ旦那を連れ戻してきますと。それと白鷺か紅隼騎士団のどちらかを動かす準備を、お願いします」
「手の者を向かわせます。しかしエルネスティ様、戦いが起こるとお考えで?」
連絡はともかく騎士団の準備とは穏やかではない。それは明らかに戦いを前提とした指示だ。
「誰のものでもない土地があり、色々な国が向かっているということです。僕たちは若旦那を連れ戻せればそれでいいのですが……どこに不心得者がいるとも知れませんからね」
「承知しました」
一言を残し、背後の気配が消えた。藍鷹騎士団の団員たちは優秀である、早々に国許へと伝わることだろう。
「なんだか大事になってきましたね」
「いつものことじゃない? それにしてもキッドも情けないわね。もうちょっと頑張って止めないと!」
「キッドはわりと勢いに弱いですからね。殿下も、それを見越して連れて行った可能性がありますが」
エムリスは猪突猛進のきらいはあれど、意外に考えを巡らせている。妙なところで手回しが良いのは先王譲りということか。
その手際を悪巧み以外にも発揮して欲しいものだと、エルはやはり自分のことは棚にあげて思ったのだった。
その日、大変に珍しいことに幻晶騎士用の駐機場へと女王が姿を現した。
執務中は当然のことながら、仮に外出する場合でも駐機場までやってくることなど稀だ。それでも女王自らがやってこねばならなかったのは、相手が非常に特殊な存在だったからである。
普段は駐機場で作業をする鍛冶師たちは移動し、かわりに騎士たちが詰めかけている。駐機場に並んでいる幻晶騎士には、すべて騎操士が待機していた。
この場を提案したのは銀鳳騎士団団長である。彼に対する信頼は十分あれど、警戒が不要であるとは思えないのだった。
エルが女王を伴って現れると、荷馬車に腰掛けていたものが立ち上がった。
幻晶騎士としては小柄で、
「……! ああ、これが……
エレオノーラが、唇を戦慄かせながら呟く。
兜の下から現れたもの。人間に似て、しかし全く異なると確信できる四つの瞳が、彼女を見つめていた。
「初めて目に映る。我はカエルレウス氏族の小魔導師。あなたがこの……“国”の長か」
騎士たちの間に、溜め息ともつかぬ吐息が漏れる。
言葉が、通じる。言い回しこそ独特だが意味は取れる。人ならざる巨大な存在と意思疎通が叶う、それは未知なる体験であった。
エレオノーラが一歩前に踏み出す。
「私はエレオノーラ・ミランダ・クシェペルカ、この国の女王を務めています。巨人……さんのことは、小魔導師とお呼びすればいいのでしょうか」
小魔導師は頷き、ゆっくりと歩みだした。
エレオノーラへと近づく動きを見て、周囲に緊張が走る。周囲のレーヴァンティアがにわかに動く気配を見せた。
「陛下、ここはどうかおさがりを。巨人を止めますゆえ」
「それは……いけません。これから新たに関係を結ぼうというのです、恐れているだけでは前に進めません」
「しかし……!」
巨人とは、誰にとっても得体の知れない存在には違いがない。
それゆえにエレオノーラはエルに問いかけた。彼はこの場の全てを知っている。
「エルネスティ様」
エルは頷くと、すとすとと小魔導師に近寄り。ひらりと飛び上がると、小魔導師が差し出した掌を足場にして彼女の肩まで駆けあがった。
ごく自然に肩へと腰掛ける。小魔導師も慣れたもので、なんだかいつも通りという感じであった。
「皆さんご安心ください。危険なことなどありません。何せ小魔導師は僕たちの自慢の弟子ですから」
「……弟子?」
エレオノーラだけではない。フェルナンドや騎士たちまでもそろって呆気に取られている。
彼らにとって巨人は未知の存在、確かにエルたちにとってはそうではない。とはいえ、こうまでも親しげに振る舞えるものか。
エレオノーラは、小さなエルネスティと巨大な少女を交互に見やった。
エルとて巨人と出会ったのはつい最近のはずである。だというのに師弟関係にあるという。実に奇妙な関係であった。
しかしエルネスティが奇怪なことをしでかすのは、いつものことだ。
そう考えたところで、エレオノーラはつい小さな笑い声を漏らしてしまった。突然笑い出した女王に周囲が驚いている中、躊躇いなく動き出す。
恐れることなく小魔導師の近くまで。
小魔導師が巨体をかがませ、その場に座り込んだ。視線が近い位置まで降りてくる。
エレオノーラは大きく息を吸い込み、呼吸を整える。かつて戦場に出たときと同じような――あるいはより大きな緊張感が湧き上がってくる。
小魔導師の肩の上にいるエルが頷いた。
銀鳳の長が力を貸してくれる。かつてと同じように、それは彼女にとって何よりも心強いことだった。
四つの瞳を備えた巨人。最初はおどろおどろしく思えた姿も、よく見れば穏やかで理知的な雰囲気があった。
彼女は決して粗暴な存在ではない。さらには話すことを望んでいるのだ。ならば女王として、応えなければならない。
エレオノーラは意を決する。
「種は違えどこうして話すこともできる。私たちは大きな時代の動きの中にいます。この出会いもまた、そのひとつなのでしょう」
小魔導師は嬉しそうに瞳を細めた。
「我らが住まうはあくまでも森。しかし
小魔導師がゆっくりと手を差し出す。
「そのためにも我らは小人族と共に歩むことを望む。大きさに関わりなく、同じ景色を見るものとして」
「素敵な言葉だと思います」
エレオノーラも微笑み、巨大な手の指をそっと掴んだのだった。
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