#119 真なる幻獣

 走り出す三眼位の勇者の機先を制し、五眼位の偽王が掌を振り上げる。


「カエルレウスが勇者か。氏族が瞳閉じてなお問いに挑む、勇なるは善きこと。しかし……」


 手の動きに沿うように、揺らめく炎が生み出される。噴き上がるように勢いを増し、偽王の掌からあふれ出した。


「所詮は眼下めしたである。己が瞳を数えよ!」


 偽王が腕を振れば、溢れだした炎は突如として指向性を表す。魔法術式スクリプトが紡ぐ理論が現象としてこの世界に発現する、まるで魔導師マーガのごとき技。

 五眼位にある巨人は、強力な魔法を行使しうる。


「確かに我は三眼位。五眼位には及ぶべくもない……だが! 真は己が眼で確かめよ!!」


 襲い来る炎の濁流に向けて、勇者は魔導兵装シルエットアームズを構えた。淡い発光を放ち、法弾が宙を薙ぐ。

 威力では偽王の魔法に届かなくとも、続けざまに撃ち込んでゆく。二体の間で炎が絡み合い、激しく渦を巻いた。


「三眼位風情が、我が魔法マギアを!?」


 偽王が驚愕に顔をゆがめた隙に、勇者は走り出していた。空間を満たす熱気に耐え、炎を踏み越えて偽王に肉薄する。走りざま、背負った得物を抜き放った。

 陽の光に煌めくは、剣だ。

 巨人の文化では用いられない騎士の武器、銀鳳騎士団より借り受けたものである。


 使い慣れない武器ながらも、勇者の一撃は偽王の喉元を狙っていた。エルネスティとの戦いを通じ、彼は刃の使い方をおぼろげながらも学んでいたのだ。

 直後、甲高い音と火花を残して剣が弾かれる。巨人族にとって慣れない攻撃を防いだのは、鈍く光る金属製の棍であった。


「その程度か」


 唸りを上げて棍が振るわれる。地を削り土煙を舞い上げた一撃を、勇者は飛び退ってかわした。


「容易くはなし。やはり五眼位よ」


 五眼位。それは魔導師のごとく魔法を操り、勇者のごとく精強な存在である。巨人族において至上とされる六眼位が極めて稀少であるがゆえ、実質的に最上位にあるといってよい。

 対する勇者は三眼位。相手より一回りは小柄な体躯に魔法の素養も乏しく、戦闘能力には大きな開きがあった。


「その魔法、武器。ともに我は知らぬ、巨人族は知らぬ。……ならば小鬼族のものか。奴らは、それほど勢いを持つか!」


 偽王は勇者から視線を外し、空を見上げる。諸氏族連合軍の空に浮かぶ、巨大な船――飛空船レビテートシップ。その存在を忌ま忌ましげに睨み、彼は表情を歪めた。


「愚かなること、あれらごときに従うなど。かのごとく小さきものに……巨人族の誇りはどこへやったか!」

「確かに小鬼族は小さきもの、我もそう思っていた。しかし力は真なり。侮るは勇者に対し礼を欠こう!!」


 勇者は体勢を立て直し、吼える。見る間に、偽王の内に怒気が膨らんでいった。


「カエルレウス。ここまでしぶとく瞳開きながら、その程度のものか。下らぬ。やはり我が正しさこそ百眼アルゴスのお目に入れるべきもの。お前たちの瞳など不要!」


 言いざま、偽王は一気に前へ出た。踏み込みと共に棍を叩きつける。棍は堅牢にして重量、威力もあり剣を使って相手をするのは非常に困難である。


 豪風とともに振るわれる攻撃を、勇者はなんとかかいくぐっていた。膂力に差があるため組み合うのも難しい。素早さだけが頼りである。

 回避に専念する勇者に対し、偽王は矢継ぎ早に攻撃を繰り出した。力でもって叩き潰す、こういうところはやはり巨人族だ。力こそを尊ぶのが彼らのやり方である。


 しかし勇者は。一見して追い込まれながらも、その実じっと機会を窺っていた。


「我は三眼位。奴より小さく、奴より弱い。だが、それでも勝ち目はある。そうだ、アレは小さくとも、我に勝ってみせたのだから」


 あらゆる巨人を一撃で倒しうる攻撃の嵐を、ただひたすらにかわす。勇者が思い起こしていたのは、自身の膝ほどもない小さな存在に圧倒された時のことだ。あの戦いは、彼に多くのことを教えていた。


「逃げてばかりとは、それでも勇者の号を持つ者か!」


 思いのほか粘り強い勇者の様子に、偽王が苛立っていた。五眼位である自分の圧倒的な力と小鬼族からもたらされた鋼の棍があれば、この程度の相手を潰すことはたやすいはずなのに。


「偽王にはわかるまい!」


 興奮が、偽王の動きに隙を生んでいた。攻撃が大ぶりになったと見た勇者が、一気に反撃へと打って出る。

 至近距離からの法撃、魔導兵装の利点は隙が小さいことにある。法弾が偽王のどてっぱらに命中し、炎が炸裂した。


「ぬぐぅっ!」


 偽王の体勢が崩れる。千載一遇の機会だ、勇者はすぐさま追撃にでた。

 必殺の間合いから剣を繰り出す。ただひたすらに鋭く、裂帛の気合と共に繰り出された攻撃は、しかし割り込んだ棍によって防がれた。


「……今のは、悪くなかった。だがそれだけだ」


 偽王は表情を歪めながらも、攻撃を受け止めきっていた。

 確かに法弾は彼に痛打を与えた。しかし五眼位の肉体は強靭だ、彼はただ自身の頑強さによって衝撃に耐えきったのである。


 一瞬で攻守が所を変える。偽王は力任せに棍を押し込み、勇者を身体ごと弾き飛ばさんとする。

 唸りを上げて、剣が宙を舞った。勇者は武器を手放すことで力を逸らしたのだ。剣は失えども、手の中にはまだ魔導兵装が残っている。

 迷うことなく、偽王へ向けて連射した。自身に残る魔力を全て使い尽くす勢いだ。


 次々に炎弾が炸裂し、偽王が炎に包まれる。さしもの五眼位もこれだけの攻撃を浴びれば無事にはすむまい、そんな期待は直後に裏切られた。


「目ざわりである!!」


 気合の咆哮と共に、偽王が自ら魔法を紡ぎあげた。生み出された激しい炎がちっぽけな法弾を飲み込んでゆく。瞬く間に勇者の攻撃を蹴散らし、偽王は拳を突き出した。


雷よ、討てイクトゥスフルミネ


 とっさに距離をとった、勇者の判断力は賞賛されるべきであった。

 しかし偽王の魔法は雷速で空を翔け、勇者を打ち据える。この魔法から逃れることなど、何者にも不可能だ。


「うぐおおおっ! がっ!?」


 魔導兵装が衝撃で弾け飛んだ。雷撃は衰えることなく、そのまま勇者の身体を貫く。

 瞬間、勇者の意識が飛び身体は踊るように奇怪な動きを見せて。糸が切れたように、大地に倒れこんだ。


 身体は痺れすぐには動くことができない、勇者はもはや満身創痍だ。対する偽王は余裕の態度で、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「三眼位の分際でよく戦ったぞ、さすがは勇者の号を受けし者よ。我が眼を煩わせたと、百眼の御許にて良く告げるがよい」


 歩きながら棍を振り上げる。勇者は声にならない呻きを放ちながら、かろうじて腕を持ち上げた。まだ動けるほどに回復していない。

 その脳天をめがけ、棍が振り下ろされんとして――。


「あ、あれは……!! なんと!!」


 直後、周囲の巨人が声を上げ、ざわめきが周囲を支配した。


 巨人たちがそろって見つめる先にあるのは、偽王と勇者の戦いではない。彼らは全員、空の彼方を指していたのである。


 周囲の態度に不審を感じた偽王は、直後に何かに気付いた。勇者への止めも忘れ去り、慌てて振り返る。口の端が歪み、忌々しげな言葉が漏れ出でた。


「よもや……いまさら来るというか、小王オベロンめ! いったい何を考えている!!」


 空の彼方にぼんやりと霞む巨大な影。

 どんどんと数を増すそれの正体は、穢れの獣クレトヴァスティア。巨人族の大敵にして、ルーベル氏族が従えた力のひとつであったものだ。


 今はもう、彼らとは違った意図を持って動いている。偽王は敵意に満ちた視線を送り、そして気付いた。

 空にあるのは穢れの獣だけではない。集団の後に続く、桁外れに巨大な存在があるのだ。偽王は眼を見開き、叫びをあげる。


「まさか……あれを、動かしただと!? 魔導師マーガよ、なにをしていた!? いや、違う……そうか、小王。貴様の目は!!」


 偽王の言葉は、空を翔ける獣の羽音によってかき消された。




 巨人たちに先んじて、銀鳳騎士団飛空船団は飛翔騎士からの警告を受け取っていた。


「発光信号、見ゆ! 我、魔獣を発見せり。しかもこれは……穢れの獣とのことです!!」

「来てしまいましたか」


 船橋にいたエルネスティは、報告を耳にしてわずかに考え込んだ。

 穢れの獣が現れた、とりもなおさずそれは小鬼族による工作が失敗したことを示している。あるいは――。


「これが彼の思い通りだとしたら……?」


 脳裏を小王の笑みが過ぎる。ただの失敗とは思えない。この局面で穢れの獣を送り込む、そこには何か意味があるはずだ。


「それに、穢れの獣だけではありません。あの巨大なものは……」


 穢れの獣の群れの背後に迫る、巨大な存在。穢れの獣が決闘級魔獣であることを考えれば、果たしてなんと呼ぶべきか。大きさだけならばかの陸皇亀ベヘモスすら凌いでいる。それほど巨大な飛行物体は、彼も見たことがない。


「ご存知ですか?」


 エルは船橋の端に佇む人物へと振り向く。ザカライアは問われ、笑みを浮かべた。


「ご安心ください、エチェバルリア様。あれは我が主のなされたこと。切り札と申し上げましょうか。これより巨人族を掃い、小鬼族に善き未来をもたらしてくれましょう」


 確信をもって告げられた言葉を耳に、エルは少しだけ考えて。


「なるほど、では……」


 銀鳳騎士団へと命を下したのであった。



 穢れの獣を発見して動き出したのは、空ばかりではない。地上に展開していた第二中隊も同じくである。


「遅れていたが、おいでなすったようだな」

「イズモは?」

「すでに気づいてるみたいだ、動き出してる」


 天を仰ぎ地に視線を走らせ、次にディートリヒへと視線が集まった。指揮官は彼である。


「あちらは騎士団長が率いている、何とでもするだろう。それより我々が地上を何とかせねば」

「なんとかって?」

「お味方たる諸氏族連合軍をさ。それも役目だ」


 周囲には動揺著しい巨人たち。第二中隊の面々は堪えきれず溜め息をついた。


「これちょっと貧乏籤じゃね?」

「ぼやくな。前線ではよくあることだ」


 嘆いていても仕方がない。一度方針を決めたならば、彼らの行動は素早かった。


「穢れの獣が近づいている! 巨人たちよ、下がるんだ!」

「しかし、問いの最中である。穢れの獣が現れたと……ここで下がれば、またも答えを得ること叶わぬではないか!!」


 悲痛な返答が飛ぶ。穢れの獣が戦闘に参加すれば、諸氏族連合軍に勝ち目はない。それは真眼の乱において十分に思い知ったことである。


「何のために俺らがいると思ってんだ。きっと騎士団長が一発かましてくれるって。それより地上が危ないんだよ!!」

「ぬぅ……」


 巨人たちは悔しげに顔を見合わせ、渋々と第二中隊の指示に従った。空のことは空に任せるしかない。戦闘の熱は退いてゆき、風と共に流れていった。


 ルーベル氏族が追撃を仕掛けてくるかと警戒しながらの後退だったが、不思議なことに彼らも奇妙に困惑してる様子だった。穢れの獣が遅れて現れたことは、彼らにとっても計算外の出来事なのであろう。


 空と地上、戦場を見渡しながらディートリヒは表情を険しくする。


「さぁて、どうするんだい騎士団長。穢れの獣を相手にしたとして、そう簡単に後れをとることはないと言ってもさすがに敵の数が多い……」


 これまでに出会ったような数匹程度の集団ならば、銀鳳騎士団が後れをとることはありえない。だが、今向かってきている穢れの獣は数十匹では収まらない規模だ。


 彼が空の様子を窺うと、ちょうどイズモが動き出していた。飛空船が並び、飛翔騎士が盛んに出撃してゆく。


 イズモの船橋では、エルが周囲に告げていた。


「飛空船団をもって迎撃に当たります。穢れの獣による攻撃を、地上に届かせるわけにはいきません」


 親方は頷くだけで、船員たちはすぐさま動き出していた。驚きの表情を見せるザカライアを他所に、エルの指示は続く。


「イズモを中心に、防御陣形を組みます。次の動きが重要です、お互いを邪魔しないよう距離には注意してください。法撃戦仕様機ウィザードスタイルは配置について。近寄らせないことを戦術の第一にしてください」

「了解!」


 力強い風を巻き起こし、イズモが進む。飛空船が周囲を囲み、さらに飛翔騎士が前線を構築していった。


「エチェバルリア様! あれは陛下のご意思によるものです。我々の味方ですよ、敵対するかのごとき真似はお控えください!」

「僕に見えるものは魔獣だけ。その言葉が正しくても無防備に迎え入れるわけにはいきません」


 さらにザカライアが反論を重ねようとした時のことである。穢れの獣の一部が、意外な動きに出たのであった。


 暗い赤色の甲殻を持つ穢れの獣が数匹、集団より飛び出す。それぞれに穢れの獣を従えた赤い獣が、甲高い叫び声を上げた。

 指示を受けた穢れの獣が進み出てくる。羽音を響かせ飛翔する獣たちは、ルーベル氏族の陣地へと差し掛かり――。


 そのまま、地上へと向けて体液弾を撃ち放ったのである。


 悲鳴が巻き起こる。金属を腐食し、生命に毒ある死の雲アシッド・クラウドが広がる先に居るのは、ルーベル氏族であった。


「なんだ……と!?」


 白色の死が地を這い、巨人たちを飲み込んでゆく。

 ルーベル氏族には油断があった。穢れの獣は、彼らが従えていたはずなのだ。だというのに指示を無視するばかりか、あろうことか彼らに死を向けることなどないと。

 五眼位の偽王が牙をむき出しにして吼える。


「おのれ小王、飼ってやった恩を忘れたか! 所詮は小さき者どもが……!!」


 背後で動く気配を感じ、偽王は振り返る。五つの視線の先では、三眼位の勇者がゆっくりと起き上がっているところだった。まだ痺れが残っており、身体はふらついている。だというのに、無理やりに笑みを浮かべていた。


「ルーベル氏族。真を目にしたか……これが、穢れの獣だ。小鬼族がどうかなど関係ない。あれはそもそも、巨人族われらが大敵であったのだ。お前たちが見たものは、幻にすぎぬ」

「黙れ、返しぞこないが。瞳ある幸運に感謝するがいい」


 もはや勇者にかかずらっている暇はない。偽王は踵を返すと、自らの氏族のもとへと急いだ。


 後に残された勇者が立ち尽くしていると、そこにグゥエラリンデがやってきた。諸氏族の撤退は終わりつつあるなか、取り残された勇者を助けに来たのである。


「ふむ、敵はいないか。おい、動けるか? 下がるぞ。それともこのまま、ルーベル氏族と最期をともにするかい」

「そのような目はない」


 阿鼻叫喚の地獄を背後に残し、彼らも諸氏族連合軍の後を追う。かくして戦いは新たな場面を迎えようとしていた。




 巨人たちの戦場に空飛ぶ災厄が襲い掛かる。時は、そこから少しばかりさかのぼる。


 ルーベル氏族の一員である四眼位の魔導師は、護衛の戦士を連れて洞窟を歩いていた。

 巨人が自由に歩くことのできる広さをもった通路だ。地面が剥き出しになっているが、天然の洞窟としてはいくらか不自然な点がある。

 まるで巨大な何ものかがくりぬいた跡のような、奇妙な印象があった。


 魔導師は機嫌を損ねている様子で、足音も荒く洞窟を進んでゆく。奥へ、奥へと。

 やがて彼らは開けた場所に出た。いくつもの洞窟、通路がつながる結節点。巨人にとっても広大と言える空間に、荘厳な建物があった。


 明らかに人造の物体だ。しかも作りが細かく、とうてい巨人族の体格にあったものではない。これを使うとすれば、それは小鬼族なのだろう。

 魔導師は眉を吊り上げ、建物に対して怒鳴り声を張り上げた。


「ルーベル氏族が四眼位の魔導師、ここにあり! 誰かあらん!! 我らが王の命である!!」


 空間に声が反響する。音は奇妙に歪み、滑稽なものへと変化していった。それが魔導師の苛立ちをさらに加速させている。

 ややあって、建物から小さな人影が現れた。


「これは、これは魔導師どの。お待ちしておりました」


 小鬼族を統べる者、小王オベロンはことさらに恭しくこうべを垂れ、魔導師を迎える。

 返ってきたのは低く響く怒声であった。


「何をしているのだ。命が下ってより多くの時が過ぎた!! すでに唄は動き出しているはずであろう!?」


 四つの瞳を持つ巨人に睨みつけられる。本来であれば、生命の危機すら感じるべき場面であろう。

 しかし小王は涼しげな表情を微塵も崩さず、魔導師の怒りを受け流している。


「王が待っている! まなこ開くまで、そう遠くはないのだ!! 小さき者どもは、まったくいつも役立たずであるな! ここまで生かしておいた恩を忘れたか!? これだから大きさも目も足りぬ者どもは……」


 癇癪を爆発させる魔導師だけではない。護衛の戦士たちの表情も険しい。

 吹き付ける圧力にさらされていた小王のもとに、建物の奥から人がやってくる。耳打ちされた内容に、彼はひとつ頷いて。


「……ああ。大変にお待たせした、魔導師どの。儀はなった、これより滅びの唄ネクローリスソングをつむごう」

「ようやくか!」


 魔導師は変わらず不機嫌ながら、声にはどこか安堵が含まれていた。


 やがて、空間に低い唸りが響きだす。

 建物の内部から聞こえてくる、不可解な音の連なり。それは曲ではあるのかもしれなかったが、唄とはいえない代物だ。


 空間に変化が起こる。小王の居る建物の周囲にボコボコと地面が盛り上がり、やがて蓋を開いた。

 突如として現れた穴から、蟲が這い出てくる。暗い赤色の甲殻をもった巨大な蟲、穢れの獣だ。


 森に生きるあらゆる生命の大敵とまで言われる、凶悪な魔獣。だが今は意志を感じさせない、虚ろな様子であった。そこには魔獣として、生命としてあるべきものが入っていない。ただの巨大な物体でしかない――。


 小王が腕を上げ、背後に命じる。すると建物から小鬼族が出てきた。

 襤褸けたものではないしっかりとした装備に身を包んでいる彼らは、貴族――あるいは騎士と呼ばれる支配階級の者たちである。


 彼らは佇む赤い獣の下へと向かい。するとそれまで沈黙していた蟲に、動きが生じた。胸から腹にかけて、がばりと裂け開いたのだ。


 そこに覗いているのは生物としての中身ではない。金属をはじめとして様々な素材によって作り上げられた、人造の部品であった。明らかに、生命として不自然な形。


 騎士たちはそれぞれに分かれ、赤い獣の腹に乗り込んでゆく。

 そこには人がおさまるべき座席があり、人の意志を伝えるべき操縦桿や鐙があった。まるで、幻晶騎士の操縦席であるかのように。


 騎士を呑み込み腹を閉じ、赤い獣が動き出す。

 ――獣にあって獣にあらず。最悪の魔獣と人の智慧が合わさりし、異形の存在が目を覚ます。


 小王がきしりと口の端を歪め、告げた。


「“幻操獣騎ミスティックビースト”……さぁ目覚めるがよい、真なる幻獣よ! 終わりの時よ、いまここに!!」


 人と合わさることにより明らかな意思を宿した赤い獣が、鳴き声を上げる。

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