#103 小魔導師、落ちる

 カササギに搭載されたマギジェットスラスタが、各部から爆炎を吹き出す。

 力強い炎の雄たけびが上がるたび、推進力を得たカササギと小魔導師パールヴァ・マーガが空を翔けた。


 小鬼族ゴブリンの村の周囲を旋回しながら、小魔導師は中心に陣取る敵へと視線を向ける。


炎よ、来たれイグニアーデレ


 演算とともに掌に生み出される炎。それを掲げながら、彼女は四つの瞳にしかと敵の姿を見定めた。


 十分に完成していないとはいえ、カササギに搭載されたマギジェットスラスタは快調に動作している。

 その気になれば、カササギは尋常ならざる速力を発揮することもできるはずだ。


「正面からいきます。叩きつけてあげなさい」

エル師匠マギステル・エルよ、わかった!」


 それをしないのは、機動戦闘に不慣れな小魔導師を抱えているからである。

 エルネスティは意図的に単純な動きをすることで、彼女の狙いが定まりやすいようにしていた。


 巨人モドキたちめがけ、カササギが推力を上げる。

 可動式追加装甲フレキシブルコートが開き、小魔導師の姿があらわとなった。彼女は掌をかざし、巨人モドキめがけて炎の塊を撃ち放つ。


 それに気づいた巨人モドキが横っ飛びに回避し、その足元へと法弾が突き刺さった。

 爆風が吹きあがり、吹っ飛ばされた巨人モドキが地面を転がる。


 明らかにこれまでとは違う威力をもった攻撃を受けて、巨人モドキたちの間に動揺が走った。

 カササギは姿こそ異様であったが、脅威としてはさほど大きいものではなかった。それが、巨人の子供が目覚めたとたんに一気に危険な存在となったのだ。


 上空を横切ろうとするカササギめがけ、岩石が投げつけられる。

 エルはそれを、速射式魔導兵装によって撃ち落とした。


 速射式魔導兵装は魔獣を相手にするには力不足ではあったが、消費が軽いゆえに小回りが利く。彼ほどの騎操士ナイトランナーにかかれば、迎撃用装備として無視しえない能力を発揮しうるのだ。


 カササギが飛び去った後、巨人モドキたちがそれまでとは異なる鳴き声を上げ始めた。

 それらは、このままではいずれ小魔導師の魔法に押され始めるだろうことを敏感に感じ取っていた。

 そうなれば、それらの目的は達成されない。ゆえに戦い方を変える必要があった。


 カササギが空中を旋回し再び突撃の態勢に入ったのを横目に、巨人モドキたちはそれまでにない動きを始めていた。

 全身を覆うずんぐりとした甲殻。そのうち首回りの部分が次々に開いてゆく。


 その中にはぽっかりと、暗い空洞が開いていた。首周りに何か所も開いたその洞は、口とみるには奇妙な様子である。

 さらに巨人モドキたちは、背中側の甲殻をも開いていた。そこにも空洞がのぞく。

 そうして巨人モドキたちはずいぶん風通しのいい姿となっていたのである。


 巨人モドキたちに開いた空洞の奥から、くぐもった唸りが漏れ出してくる。

 低く振動するそれは、空洞を流れる風が生み出したものだ。

 風のうなりが強さを増してゆく。それは、およそ生物としては不自然な勢いで激しくなってゆき。ついに強烈な雄たけびとなって、森中に響き渡った。


「っ! なんだ、この叫びは!?」

「こちらの耳をつぶすつもり、というわけではないようですね」


 顔をしかめる小魔導師の背後で、カササギが髑髏じみた首を巡らせ周囲の様子をうかがう。

 雄たけびの余韻がこだまし、周囲の森にざわめくように気配を広げていた。


「だとすれば、これはなんらかの合図といったところですか。増援を警戒すべきでしょう」


 上空にいる彼らが見渡せば、すぐに気づくことができる。

 森の木々が不自然な動きをしていた。突如としてあちこちで砕け折れ、倒れ始めたのである。

 木々の悲鳴はだんだんと小鬼族の村へと近づいている。決闘級以上の存在がそれを引き起こしているのは、明白であった。


「仲間を、呼び寄せたか」

「……いいえ。パール、あれを見て。あれは本当に、奴らの仲間なのでしょうか」


 カササギが指さす方向をみた小魔導師は、すぐに首をかしげていた。

 そこにいたのは、甲殻と毛皮がまだらとなった巨大な四足獣。

 ごくありがちな、決闘級魔獣であった。当然、巨人モドキたちとは種族が異なっている。


「音を聞きつけてきたか?」

「いやな予感がします。ここにくる決闘級魔獣が、一匹だけなんてことはない」


 その言葉を裏付けるように、別の方向からまた別な魔獣が姿を現した。

 すらりと長い手足をもった、俊敏な四足獣だ。それは、すでにいた獣を牽制しながらも村の中へと堂々と入ってくる。


 後に続き、さらに別種の魔獣が。見る間に、村は魔獣に占拠され始めていた。


「パール、戦い方を変えますよ」

「師匠、どうするつもりか」

「魔獣を集めるなんて、なんてことを。このままでは村人たちが危険にさらされる!」


 カササギは高度を落とし、巨人モドキと魔獣の正面に降り立つ。

 村人たちが逃げ込んだ場所を背後に庇い、可動式追加装甲を広げた。


「魔獣どもを全て引き離すか、倒すか。もう逃げまわるわけにはいきません。ここで迎え撃ちます」


 話している間にも、魔獣の姿は増えていた。

 さらに奇妙なことに、魔獣は巨人モドキに襲い掛かろうとはしない。種類も何も関係なく、むしろ巨人モドキの周囲を護るような位置についていた。

 そうしてこの場にいる唯一の異物――カササギのみを、敵と見定める。


「師匠よ、この数は!」

「わかっています。おそらくそろそろ氏族の皆がつくでしょう。少しの間だけ耐えてください」


 そうこう話していると、カササギめがけて魔獣が走り出した。

 先頭を駆けるのは、手足の長い魔獣だ。持ち前の俊敏さを生かし、一気に懐に入り込んでくる。


「はぁっ!」


 距離のあるうちに、小魔導師が法撃を放った。

 魔獣は、飛来する炎の塊を軽快な足取りでかわすと、さらに速度を上げて。カササギとの最後の距離を詰め、躍りかかる。


 小魔導師の魔法は間に合わない。その前に、カササギが速射式魔導兵装を放った。

 小威力とはいえ、これも攻撃魔法だ。大量の炎を浴びて姿勢を崩した魔獣へと目がけ、カササギは可動式追加装甲を叩きつけた。

 鋭くなった先端を、遠心力をつけて振りぬく。

 魔獣自身のもつ勢いも手伝い、それは致命的な一撃となって魔獣の首を折り砕いた。


 カササギは推進器をふかし、絶命した魔獣から距離をとる。

 再び可動式追加装甲をひらくと、演算を進めていた小魔導師が法撃を放った。

 法弾は地面を穿ち、土煙を噴き上げる。わずかに、後続の動きが鈍った。


「この調子では、厳しいぞ!」


 これまでの戦闘、そして多数の敵。なによりも、小魔導師の魔力量が悲鳴を上げ始めていた。

 まだ経験が浅いことを思えば、むしろここまでよくもったほうであろう。


「カササギだけでは、この量は少し厳しいですね。……イカルガが、あれば」


 エルの愛機が完全であれば、たかが魔獣ごとき百や二百いようとも敵ではないだろう。だが贅沢を言える状況ではない。

 苦々しい思いを抱きながら、今はできることをやるだけである。

 カササギは速射式魔導兵装をばらまき、魔獣を一度に近づけないことに腐心していた。


 まごつく魔獣の集団から、一匹の獣が飛び出してくる。

 全身に渡って甲殻を備えた、強靭な四足獣であった。この手の獣は耐久力に秀で、数ある決闘級魔獣の中でも強敵として知られている。


「忙しいところに、面倒ですね!」

「師匠! 我が!」


 流れる汗をぬぐう暇もなく、小魔導師が魔法を演算する。

 しかし集中力は落ち、息は乱れていた。術式はまとまらず、発現するまでが通常よりも長い。


 その間に、魔獣は目前まで迫ってくる。

 エルは、開放型源素浮揚器エーテルリングジェネレータの出力を上げ始めた。

 このままでは魔獣を倒しきれず、そうなると小魔導師が危険にさらされるからだ。


「僕たちはそれでいい。ですが……!」


 カササギが空に逃れれば、魔獣はそのまま村人たちに襲い掛かるだろう。カササギとは違い、村人たちに抗う術などない。

 だが、それでも。エルにとっては弟子のほうが大事なのである。


 しかし。そのどちらでもない選択肢が、その場に現れる。

 森の中から飛来した一発の法弾が、狙い過たず魔獣の横っ面を捉える。動きを邪魔された魔獣は体勢を崩し、もんどりうって転んでいた。


 表情を怒気に染めた魔獣が顔を上げたとき、その視界を装甲の切っ先が埋めた。

 マギジェットスラスタを全開に噴かし、勢いをつけて振りぬかれた装甲が、魔獣の命を狩りとる。


「今の攻撃は、いったい……!?」


 森から、雄たけびが響いてくる。

 それは巨人モドキが上げたものではない。


「獣どもが、なぜ集まっている」


 そこにいるのは、真なる巨人。

 巨人族アストラガリが一氏族、カエルレウス氏族の勇者フォルティッシモスは、魔導兵装シルエットアームズを肩に担ぎあげながら、疑問に満ちたぼやきを漏らした。


 小鬼族の村であった場所は、もはや見る影もなく荒れ果てている。

 さきほどまでは巨人モドキとカササギが戦い、今は多数の魔獣で埋め尽くされているのだ。


 三眼位の勇者は苛立ちを隠すことなく、武器を振り上げ命じた。


「我が氏族の戦士たちよ! ここには小魔導師がいるはずだ、探し……っ!?」


 そうして振り向いた瞬間、勇者の三つの瞳が驚愕に見開かれた。

 彼の視線の先にいたのは、まさに探していたはずの小魔導師――と、その背後にある謎の存在。


 それは、小魔導師の背後からぐるりとその体を装甲で包み込んでいた。

 髑髏じみた首を巡らし、勇者のことをみる。うつろな眼窩の奥に、ぼうっとした光が宿っていた。


 一見してその正体を理解できるものなど、この世界にはいまい。

 むしろ異世界ちきゅうにいるかも怪しいところではある。

 当然、それは勇者の理解を絶しており。


「おのれ、なにものか!! 何であろうと、我らが魔導師を返してもらおう!!」

「えっ」


 いいざま、勇者は魔導兵装を構え――カササギへと狙いを付けた。

 ここしばらくの訓練の成果はあり、その構えはなかなか様になっている。狙う先が味方でなければ、もっとよかったかもしれない。


「なるほど、これはまずい」


 勇者が撃ち放った法弾が自らへ向けて飛んでくるのを見て、小魔導師はぽかんとした表情を浮かべていた。

 勇者が、なぜ。その疑問が解き明かされるより前に、背中からぐいっと引っ張られる。

 推進器を噴かしたカササギが動き出し、法撃を回避したのだ。


 虹色の円環が輝きを増し、彼らは一気に上空へと舞いあがる。

 その軌跡を追って、勇者は法撃を続けていた。


「勇者よ! なぜ我を狙うか!」

「狙っているのはパールではなく、僕なのでしょうね」

「師匠を!? だがなぜ……あっ」


 彼女は、おそるおそる背後に振り向いた。彼女の身体を空に支える、飛翔する怪異。

 おそろしく異様な姿をした正体不明のこれを見て、味方であると考える者もそうそういまい。

 かくいう小魔導師とて、最初は攻撃しようとしたのだから。


「だ、だとすれば我が話そう! そうすれば、勇者も眼を開くであろう」

「残念ですが、穏やかに近づける雰囲気ではありませんし」


 見れば、カエルレウス氏族の巨人たちが現れ、魔獣へと挑み掛かっていた。

 魔導兵装と武器を駆使し、魔獣を圧倒してゆく。


 その一部は空に逃れたカササギの後を追い、魔導兵装を向けていた。彼らは彼らで、小魔導師を取り戻すために必死である。

 仮に近づいたとして、説得するだけの時間をどれだけ作れるだろうか。


「ですので、少々乱暴な手を使いますよ」

「どのようにするのだ?」

「あなたに、説得をお願いします」


 エルはカササギを操り、空で旋回する。カエルレウス氏族の巨人たちのもとへ向かい、一直線に飛翔し始めた。


 小魔導師を連れた魔獣(?)が自らの方向に向かってくるのをみて、勇者は獰猛な笑みを浮かべる。


「我が氏族の戦士よ、これは好機である! その眼開き、しかととらえよ!」

「応!」


 巨人たちは魔導兵装をかまえ、接近するカササギ目がけて撃ち放った。


 飛来する法弾を、カササギは片端から迎撃していった。

 片や昨日今日魔導兵装を練習し始めた巨人たち、片やフレメヴィーラ王国最強の騎操士である。

 素直に自らのもとへ向かってくる法弾を迎撃する程度、わけはない。


「あとは頼みますよ」

「任せよ!」


 そこでエルは、小魔導師を支えていた補助腕サブアームを放した。

 小魔導師が離れだしたところで、背中を押す。勢いのついた彼女の身体が、円環状浮遊力場エーテルリングの効力圏から外れた。


 逆巻く風と正常になった重力を感じ、小魔導師が空に投げ出される。


風よ、まとえヴェント!」


 突き出した掌から風が渦巻き、落下の勢いを殺す。

 速度を緩めながら、小魔導師はカエルレウス氏族のど真ん中を目指して進んでいった。


「小魔導師よ、無事であるか!」


 そうして最後に勇者が腕を広げ、彼女を受け止めた。

 その姿が無事に腕の中にあることを確認し、深く安堵の吐息をつく。


 そんな勇者の様子をよそに、小魔導師は氏族の巨人へと向きなおっていた。


「勇者よ、我が氏族よ! 詳しくは後で話すが、あれなるは我が師匠の幻獣だ。敵ではない!」


 予想だにしない言葉を聞いて、勇者と従者が顔を見合わせた。


「小鬼族の勇者が、あれに。まことであるか……?」

「我が瞳で見、言葉を交わした。それよりも、ここにある獣どもを倒すのだ。我らが隣人たる小鬼族が、害されている!」

「うむ、是非もない」


 小魔導師を取り戻したカエルレウス氏族の巨人たちは、俄然勢いづいていた。

 もはやなにひとつ憂うことはない。


 もとより巨人の戦士にとって、この森にいる決闘級魔獣は獲物なのである。

 多くの戦いを潜り抜け、さらに魔導兵装と言う武器を得た彼らは、この場にいる魔獣たちを圧倒していったのだった。




 時が過ぎた後には、炎と死骸だけがそこにあった。

 さすがに数多の巨獣と巨人との戦いの舞台ともなれば、小鬼族の村などひとたまりもなかった。

 そうそうに逃げ出した村人たちがほぼ無事であったことだけが、救いである。


「いったいこの獣どもは、何故挑んできたのだ」

「それは我も、師匠にもわからぬ。ただ見慣れぬ巨人族のような何かが、呼び寄せたのだ」


 その時、小魔導師はあることに気付いて駆け出した。

 彼女はそこに残った死体を検めて回り、そしてある事実を確かめる。


「ない。あの巨人族のようなやつらの死体が、ない……!?」


 そこにあったのは、魔獣の死骸だけだったのである――。

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