#72 飛竜の誕生

 ジャロウデク王国の後退に始まり、西方諸国オクシデンツが急速に不安定さを増してゆく一方。王都デルヴァンクールを奪還した新生クシェペルカ王国は、自領土の回復と安定化に忙殺されていた。

 ジャロウデク軍の撤退によって国土をその手に取り戻したとはいえ、侵略の影響により各地を治めていた貴族たちは大きく数を減らしている。中には寝返りを見せた者すらいた始末だ。

 その処遇を決め、統治を安定させるまでには未だ数々の困難が立ち塞がっている。未熟な女王であるエレオノーラを中心とした新生王国首脳陣は、王城を取り戻した以降も多忙によりろくに動けない状態にあった。


「なんとかジャロウデク軍を押し返したのはいいが、まったく国内がガタガタだ。戦力の刷新も含めて、進めなければならないことは山のようにあるというのに」


 中でも、女王の後見人となった先王弟フェルナンドは舞い込む仕事の多さにうんざりとした様子を見せていた。

 女王には経験が不足しており、政に長けた有力貴族も戦乱の中に多くが没していた。国家再興に際して、人材の不足はかなり深刻な問題だ。


「あまり余裕はないな、まずはレスヴァント・ヴィードを優先して配備を進めるしかない。レーヴァンティアを揃えたいが、おいおい切り替えていくしかあるまい」


 デルヴァンクール奪還の、さらには新生クシェペルカ王国再建の原動力となった、これらの新型幻晶騎士たち。その配備も、なかなか頭の痛い問題になっている。

 せっかく取り戻した領土を再び脅かされるようなことがあってはならない。そのためには強力な最新鋭機レーヴァンティアを配備したいところだが、なにぶんにも既存の機体とは異なるために生産に時間を要する。防衛を優先するならば、既存機の改装型であり防衛に特化したレスヴァント・ヴィードを使わざるを得なかった。


「しかし、このままジャロウデク王国が静かにしたままということはあるだろうか?」


 クシェペルカ王国へと侵攻した黒顎騎士団をはじめとする戦力の壊滅により、ジャロウデク王国が手痛い被害を負ったのは確かだ。さらに周辺国がきな臭い様子であることも聞こえてきている。

 当分の間は再度の侵攻はありえないだろうが、それもまた十年、二十年と時が過ぎれば果たして平穏のままにいられるかどうか。ジャロウデク王国とクシェペルカ王国の間に問題が起こったのは、これが初めてではない。彼の国は、長きに渡って連綿とその野望を受け継いできた。


「彼の国がここまで力を落としている機会は、またとないだろう。いま少し力を削いでおきたいというのは、そうなのだが……」


 思考は行き詰まりを見せ、フェルナンドは気分を変えるために王城の窓から視線を外に向ける。

 その景色の中に浮かぶ船の姿を目にし、彼は何かを考えこむのだった。



 そうして新生クシェペルカ王国が政治に奔走している中、エルネスティ率いる銀鳳商騎士団はといえば。

 王国軍と共にデルヴァンクールへと居を移した彼らは、その一角を借りて大体いつもどおりの活動に意欲をつぎ込んでいた。その興味の焦点にあるのはやはり、先日の戦いにおいて鹵獲した巨大飛空船“ストールセイガー”である。

 何せエルとイカルガが突入したことで、破壊せずに手に入れることが出来た初めての飛空船レビテートシップだ。鍛冶師から騎操士ナイトランナーまで、その興味が尽きることはない。


「しかし銀色坊主エルネスティめ、まんまとせしめてきやがったのが、よりにもよって旗艦だたぁな。まったくでけぇ、大きさだけなら旅団級魔獣くらいにゃあ匹敵するんじゃねぇか」


 幻晶騎士シルエットナイトも人間から見れば巨大な存在であるが、飛空船はさらにその上をいく。改めてそれを眺めながら、親方ダーヴィドは船が空に浮かぶという不可思議な現象に、感動すら覚えそうになっていた。

 彼のぼやきを聞きつけ、両手の指で作った四角の枠にストールセイガーを収めて眺めていた、エルが振り向く。


「ええ、これまでに出会った飛空船よりも一回り以上は大きいですね。これが驚くべきことに、その飛行能力は全て“源素浮揚器エーテリックレビテータ”という機器のみで賄われているとか。捕虜の皆さんから聞いたのですが、魔力マナとなる前のエーテルの特殊な働きにより、それを可能としているようです」

「そういやぁ源素晶石エーテライトが何か、からんでるんだったか。さて、そろそろ皆も配置についただろう。始めんぞ」


 彼らがストールセイガーに乗り込むと、その内部では大勢の銀鳳商騎士団員たちが作業を進めていた。本格的な調査に先駆けて、まずは飛空船の動きを体験してみるつもりなのである。

 ウキウキとした様子でいたエルは、さっそく船の中心にある装置を興味深げな瞳で見上げている。


「これが飛空船の中枢、源素浮揚器ですか……」


 指先で機器の表面をついと撫でながら、彼はうっとりと呟く。源素浮揚器は巨大なランプのような形状をしており、中央は硝子張りになっていた。その大きさは幻晶騎士にも匹敵するだろう。今は動いておらず、内部には何も入っていない。

 やがて鍛冶師へと指示をまわしていた親方が、周囲に響く大声を上げた。


「ようし、そろそろ駆動実験はじめんぞ。元がちゃんと動いてたモンだからな、問題ないと思うが、なんせ見たこともねェしろもんだ。全員気ぃひきしめてかかれ!」


 それに応じ、団員たちが緊張の面持ちで配置に着いていった。


源素供給器エーテルサプライヤを動かせ、高純度エーテル流入始め!」


 操作盤を動かすと、微かな振動と共に源素浮揚器が眠りから覚めた。排気装置が駆動し器内の空気を排出してから、源素供給器が動き高純度のエーテルを送り込んでゆく。

 封入されたエーテルはぼんやりとした輝きを生じながら中央に集まり、その周囲に浮揚力場レビテートフィールドを形成した。


 器内から漏れる揺らめく虹色の輝きを、団員たちは固唾を呑んで見守る。

 そのうちに足場が浮き上がる奇妙な感覚が、全員に伝わってきた。窓から外を確かめていた団員が、上ずった叫びを上げる。


「じ、地面が離れていくぞ! 確かに浮き上がってる!!」

「……源素供給器を停止、浮揚器内は安定状態で停止してください。まずは小手調べ、あまり高く上がる必要はありません」


 素早くエルが指示を下し、団員たちがエーテルの供給を停止する。

 外乱を与えない限りは源素浮揚器は安定状態となり、余計に上がることはない。ストールセイガーは地面より数mほど浮き上がった状態で停止していた。

 しばらくの間無言で床に踏ん張っていた親方が、ゆっくりと息を吐くとようよう顎鬚を撫でさする。


「本当に、このデカさの船が浮きやがった……。話には聞いていたがよう、実際に体験するととんでもねぇ代物だな」

「ええ。この未知の機能を実用化した点は、素直に賞賛に値します。楽しいですね!」


 地球からの知識を継ぐエルにとっては、空を飛ぶ巨大構造物にはいくらかの心当たりがある。

 それらは気体の浮力を利用する飛行船であったり、翼の揚力を利用する飛行機であったりだ。しかし純粋にこの世界の住人である親方にとっては、それは未曾有の存在なのである。


 源素浮揚器は稼動にほとんど音を伴わないため、ストールセイガーの内部には何ともいえない静寂が満ちていた。

 それも次第に騒がしさを増してゆく。団員たちの様子は、窓にへばりついたり恐々と歩き回ったりと様々だ。


「ひとまずは“錨”を下ろして、このまま係留しましょう。船の構造やエーテルの効果ですとか、調べるべきことは山ほどあります……これから、忙しくなりそうですね」


 完動品の飛空船が手に入ったことにより、それに用いられた技術の解析とエーテルの作用についての理解が、飛躍的に進むことになる。

 そのうちに銀鳳商騎士団は運転にも慣れ始め、調査飛行と称して高さの限界を追求してみたり、背面飛行を試そうとしてあわや墜落しかけたりした。

 それと並行して、エルは精力的に機構についての調査を進めてゆく。


「前例のない空飛ぶ機械としては、極めて良く出来ていますね。水上船についての技術をうまく流用しています。しかし逆に見れば少々慌てすぎていると言いますか、水上船の技術に引っ張られすぎている感は否めませんね。最も目立つ欠点としては、推進力の不足です。起風装置ブローエンジンと呼ばれる、魔導兵装シルエットアームズを転用した装置を使って起こした風を帆に受けて進んでいるのですけど」

「ほう。つまるところ、空飛ぶことを除きゃあ、後はただの帆船ってことか」

「そうです。そこに幻晶騎士を積んだり、魔導飛槍ミッシレジャベリンへの対策として装甲を増やしたりしているうちに、随分と重くなっているようでして。このストールセイガーは飛空船の中でも特に足が鈍いのです。おかげでイカルガで簡単に追いつけましたし。それなりの速さで動かそうと思えば、少なくともマギジェットスラスタくらいの推力が必要になりますね」

「んなもん積んだところで、坊主のイカルガでもねぇ限り魔力貯蓄量マナ・プールがもたねぇだろ」


 親方のぼやきに、エルは頷きを返す。


「確かに、そのままでは難しいでしょうね。莫大な魔力貯蓄量と、それを支える魔力転換炉エーテルリアクタの出力が必要になりますし。今のままでもやりようが、ないわけではありませんが……」


 片目を閉じ、半ば思案しながら話すエルの言葉を聞き、親方もうっすらとその解決策に予想をつける。

 銀鳳騎士団の鍛冶師隊隊長の肩書きは伊達ではない。これまでの積み重ねの中に、既に答えはあるからだ。


「……まぁ、出来なくはねぇだろうけどよぅ。さすがに“そこまでやる”かよ」

「それもひとつの案というだけです。他にもやりようがないか、色々と考える余地はありますしね」


 様々な想像を羽ばたかせているのだろう、半ば夢うつつな様子のエルに、親方は呆れたように肩をすくめた。

 そうして彼らがああだこうだと話しているところへと、呼び出しの報せを持った伝令がやってきたのである。




 呼び出しに応じた銀鳳商騎士団を待っていたのは、多忙の人であるはずのフェルナンドであった。

 彼は、疲れの伺える顔にそれでも笑顔をのせて騎士団を迎える。


「皆に来てもらったのは他でもない。私たちは今、ジャロウデク王国へと攻めいることを考えている。それに協力してもらえないかと思ってね」

「ほう? ちょっと待ってくれよ叔父貴。今ここは国を取り戻したばかりで、まったく纏まってないんだろ? そんな時にさらに攻め込むなんてのは、無茶なんじゃないのか」


 片眉を跳ね上げて疑問を呈したのは、エムリスであった。

 フェルナンドは、その問いかけの内容には頷きつつもわずかに首を横に振る。


「エムリスに言われるとはね。でもその通り、未だ我が国は不安定な状態にある。しかしジャロウデク王国との因縁も長く続き、ついに限界までたどり着いた今、彼らが弱っているこの機会を逃したくはないんだ」

「ううむ……」


 エムリスは腕を組んで考え込む。

 一時は滅びを迎えたクシェペルカ王国が再興を遂げ、絶望的な状況をひっくり返してから未ださほどの時は過ぎていない。互いに苦しい時期であれど、千載一遇の機会にあることは間違いなかった。

 多少の無理を押してでも先の憂いを減らすか、大人しく力を蓄えることを優先するか。そのどちらもが正解といえる。

 そうして悩める彼の背中を押したのは、意外な人物からの一言であった。


「いいではないですか、若旦那。協力しましょう。少なくとも僕たちは十分な戦力を有していますし、いくらかの強攻にも付き合えます」

「……意外だな、銀の長エルネスティ。お前が積極的だとは、どういう風の吹き回しだ?」


 頷いたのは、エルであった。

 どちらかと言えばエムリスが突っ走り、エルはそれを止める側にいることが多い。普段とは逆転した立場に、エムリスは首をかしげていた。


「ええ、ちょうどもう少し動く飛空船が欲しいと思っていたところでして」

「エル君がさらっとえぐいこと言ってる……」


 しれっと横暴な理由を口にする騎士団長の姿に、周囲のため息が重なった。

 とはいえ、エムリスにとっても可能であるならば攻撃に否やはない。騎士団長と第二王子が肯定したことで、そのまま場の流れは侵攻へと傾いていった。


「ちとどうかとは思うが、まぁいい。奴らから、しでかした分をきっちりと取り立てるのも悪くはないな! それで一体、どう攻めるつもりなんだ? 叔父貴」


 一連の流れにフェルナンドは苦笑を浮かべつつ、その考えを明らかとする。


「まずは大義名分のある行動から始めてもらうつもりだ。私たちと同じくジャロウデク王国の被害にあった、ロカール諸国連合のあった場所へと進む。こう言ってはなんだが彼らの国はもとより緩衝地帯であったわけで、どの道その再建に手を貸す必要がある。実際にジャロウデク王国へと攻め入るかどうか考えるのは、それからでもいいと考えているよ」

「なるほどな、ようしわかった。多少の戦力を借りるぞ、叔父貴。俺たちがその諸国連合とやらに出向いてこよう!」


 そうして、銀鳳商騎士団を中心とした遠征軍が組織されることになる。

 しばしを戦力の編成に費やした後、彼らは旧ロカール諸国連合へと向けて出発したのであった。




 新生クシェペルカ王国が動き出す、時はそれからしばし前へとさかのぼる。

 舞台はクシェペルカ王国からジャロウデク王国を挟んだ反対側、西方諸国オクシデンツ南西地域でのことだ。


 そこには、今しもジャロウデク王国の国境線を侵さんとする軍勢の姿があった。

 幻晶騎士だけでも一個旅団約一〇〇機に上る、大規模な軍勢だ。彼らは“孤独なる十一イレブンフラッグス”より差し向けられた侵攻軍であった。


 孤独なる十一イレブンフラッグスとは、セッテルンド大陸西南部に位置する都市国家群を指した言葉である。主となる十一の大型都市を核として、大小の衛星都市が寄り集まって出来た十一の都市国家。それらは緩やかな集まりを為し、外部的には連合という形を示していた。

 しかし周囲に言わせれば、彼らは“都市国家連合”ではなく“都市国家烏合の衆”とでも表現すべき集まりであった。

 孤独なる十一イレブンフラッグスを構成する都市国家はそれぞれに我が強く、協調性に欠ける気風は統一的な行動を阻害する。連合内部で都市国家同士が敵対することすら日常茶飯事だ。さすがに連合内での武力衝突は避けているようだが、代わりに様々な嫌がらせが飛び交うのが常なのであった。


 そのため規模の割りにいまひとつ脅威度の低い彼らではあるが、ひとたび目的を一致させたならば驚異的な力を発揮する。

 今回の侵攻も、敗北により弱体化したジャロウデク王国の現状を見て、うち四つの都市国家が集まり動いた結果であった。


「ははは、いけ好かないジャロウデクの奴らも、敗戦で大慌てであろうな!」

「大国というのも不便なものだなぁ。図体ばかりでかくて、隅々まで手が届かない。いまのうちに我らが、腕の一本でも貰い受けるとしよう」


 孤独なる十一イレブンフラッグス以外にも動きを見せた国があるため、ジャロウデク王国の国境を守っていた鉛骨騎士団はあちこちに散らばっている。

 一点に戦力を集中させる孤独なる十一イレブンフラッグス軍に対して不利は否めず、ずるずると撤退を繰り返していた。


 意気揚々と前進を続ける孤独なる十一イレブンフラッグス軍。しかし、もしもこの状況を第三者が見ていれば、とある点に不審を覚えたことであろう。

 いかに不利な状況にあるとはいえ、鉛骨騎士団はあまりにも簡単に撤退しすぎていた。なかには防衛に適した砦すら、あっさりと放棄してしまうほどだ。

 まるで孤独なる十一イレブンフラッグス軍をどこかへと案内しているかのように、鉛骨騎士団はひたすらに下がり続ける。


 快調に歩を進める孤独なる十一イレブンフラッグス軍はさらに勢いに乗り、ジャロウデク軍の思惑などまったく気にかけていなかった。

 むしろジャロウデク軍の窮状はそれほどなのかと高笑いを上げ、指揮官たちは勝利した後の取り分について話し合うのに忙しいくらいである。

 いくら容易く進軍できるからと無闇に侵攻しすぎるのも問題だった。奪った領土はその後維持しなければならないからだ。後々を考えてどのくらいまで切り取るのがちょうどいいか、彼らにとってはそちらのほうがよほど難しい問題になっていたのであった。


 そうして後退を続けるジャロウデク軍を追い、孤独なる十一イレブンフラッグス軍はとある平野へと踏み込んでいた。

 木々もまばらで、遮るものの少ない広々とした場所だ。人間ならばともかく、巨人兵器である幻晶騎士にとっては最適な戦場である。見晴らしがいいため奇襲なども難しく、孤独なる十一イレブンフラッグス軍は自信満々に兵を進めていた。



 そうして彼らが“それ”と出会ったのは、ちょうど平野の真ん中へと差し掛かった頃であった。

 雲間を裂いて飛来する、黒色の影。地へと落ちた巨大な影が滑るように近づいてくるのを見て、孤独なる十一イレブンフラッグス軍に緊張が走る。


「敵か、このような場所で仕掛けてくるとは。あれがジャロウデクの新兵器、空飛ぶ船という奴か……。それほど自信があるということか?」

「ふん、知っているぞ。中に幻晶騎士を載せているのだったか? あんなものはこけおどしだ、たかだか一隻で我らの軍勢をどうこうできるとでも……!?」


 そこで彼らは、ようやく違和感を覚え始めた。

 クシェペルカ王国への侵攻において登場した史上初の航空兵器“飛空船レビテートシップ”。孤独なる十一イレブンフラッグス軍は直接矛を交えてはいないものの、その情報についてはいくらかを掴んでいる。

 そこで彼らが把握していた飛空船とは、そのまま水上船を空へと浮かせたような存在であるはずだった。その認識は間違いではない、実際にジャロウデク軍が擁する飛空船のほとんどはそのような形状をしている。


 だが、たった一隻で彼らへと向かってくるこの船は、その唯一の例外であった。

 中心部はずんぐりと膨らんでおり、唯一船としての面影を残している。しかしそこから伸びる細長い船首と船尾は、とても船という印象と合致しない。左右には帆が広がり、風をはらみ膨らんでいる。それも長く広く広がるさまは、まるで蝙蝠の翼のようであった。


 船の全体が鋼の光沢をもつ装甲により覆われており、それは幻晶騎士の外装アウタースキンよろしく複雑な重なり合わせによって“可動部”を形成している。

 可動部、だ。その証拠に、その船は地上にいる孤独なる十一イレブンフラッグス軍を認めるや、“全身をしならせ動かして”進路を変え、彼らに向かって降下を開始した。


 接近するにつれて、さらに詳細が明らかになってゆく。

 孤独なる十一イレブンフラッグス軍は息を呑む。迫りくる異形の船、それはもはや“船”という言葉には当てはまらなかった。

 これを正しく表現するならば、むしろ――。


「なんだ……あれは。まるで古に滅びた“竜”のようではないか! どういうつもりだ、ジャロウデクの奴ら、気でも狂ったのか!?」


 人類の起こりである西方諸国オクシデンツの地より、魔獣が絶えて時久しい。幻晶騎士の力により人がこの地を統べた時、魔獣はそのほとんどが駆逐された。

 “竜”のみならず、西方諸国において魔獣はもはや伝説の中にのみ伝わる存在だ。現れた飛空船は、その記憶を呼び覚ます恐るべき姿を備えていたのである。



 平野に広がる孤独なる十一イレブンフラッグス軍の布陣を睨みながら、ドロテオ・マルドネスは唸る。


「ここならば遮るものはない、存分にその力を発揮できよう。オラシオ殿よ、試させてもらうぞ」


 この船は伝説の竜の形を模し、船としての形を留めていないように思われるが、基本となる構造はあくまでも飛空船を基にしたものである。

 竜の首を模した細長い船首からは、飛空船と同じく幻晶騎士の半身である騎士像フィギュア・ヘッドが突き出していた。しかし竜の首との一体化が進んでいるため、傍から見れば半人半竜とでも言うべき姿と化している。

 ドロテオが乗るのは、この騎士像の操縦席だ。彼の周囲には、船体の各所へとつながった伝声管が並んでいる。そのうちひとつから部下の報告が響いてきた。


「地上に展開する孤独なる十一イレブンフラッグスの軍勢を視認。迎撃の準備を始めている模様です」

「高度を落とせ、まずは法撃から入るぞ」


 ドロテオが伝声管へと命令を怒鳴り返すと、船体中央部にて源素浮揚器を操っている部下たちが復唱と共に操作を始めた。


「降下はじめー! 源素浮揚器、希釈……比エーテル高度、対地15まで低下。対地戦闘高度へ侵入します!」

「よし、帆翼ウイングセイルを畳め。起風装置ブローエンジンは停止、これより高速戦闘形態へと移行する」


 直後に、船の左右に広がる帆に変化が始まった。帆翼は内部に金属内格インナースケルトンを備え、風を起こす起風装置が接続されている。

 骨組みを有した帆翼は確かに蝙蝠の翼に近い形状を有しており、骨格と共に風をはらんで膨らんでいた翼の全体が折り畳まれていった。


「帆翼収納完了。戦闘形態、準備終わりました」

「ゆくぞ、“マギジェットスラスタ”を点火する。以後は戦闘推力を維持せよ!」


 これまで飛空船に推力を与えてきたのは、起風装置と呼ばれる風を起こす魔導兵装であった。しかし飛空船が巨大化、重装甲化し重量が増えるに従い、風の力だけでは動かせなくなり始めている。仮に動かせたとしても、その動きは鈍いものとなってしまう。それを解決すべく導入されたのが、オラシオ・コジャーソが創り上げたパルス式マギジェットスラスタなのだ。

 爆炎の戦術級魔法オーバード・スペルが轟き、荒れ狂う炎の力が巨体に見合った莫大な推力を生み出してゆく。


 しかし、マギジェットスラスタという推進器には欠点があった。それは、稼動に大量に魔力を消費するということである。

 常に使用できるようなものではなく、そのためこの船では巡航時には帆翼を使用し、戦闘時にはマギジェットスラスタへと推進器を切り替える混在方式ハイブリッドタイプを採用していた。


 翼を閉じた巨竜の背後から、陽炎を従えて炎が噴き出す。巨体と、それを守るだけの装甲をあわせた莫大な質量を、異常な推力が加速し始めた。古の竜を象る異形の船は、圧倒的な力を撒き散らしながら孤独なる十一イレブンフラッグス軍へとその牙を向ける。

 その船首にあって、ドロテオは血走った瞳で幻像投影機ホロモニターを睨んでいた。この戦いは、いわば“試し斬り”だ。この船と彼自身に、彼の主を殺した異形の騎士たちを倒すだけの力があるのか、その力を証明しなければならないのである。


「これぞ完全戦闘型飛空船……“飛竜戦艦ヴィーヴィル”! その力のほど、わしに見せてみよ!!」




 翼を畳み加速を始めた飛竜戦艦ヴィーヴィルの姿を目の当たりにし、孤独なる十一イレブンフラッグス軍に動揺が広がってゆく。

 彼らは飛空船を相手取った戦術は想定してきたが、まさか竜を象り自ら襲いくるような相手など想定外もいいところだった。どのように対処すべきか、戸惑う騎士たちへと指揮官が伝令を飛ばす。


「ええい、落ち着かぬか! 貴様らはそれでも騎操士か、あのような張りぼてに慄きおって! 所詮、奴はたった一隻だ。魔導兵装を用意せよ、あの船を撃ち墜としてしまえい!!」


 孤独なる十一イレブンフラッグス軍の配備する幻晶騎士“ナードナック”たちが魔導兵装を構え、空へと狙いを定める。

 その間にも、密集して陣形を組んだ彼らのど真ん中をめがけて飛竜戦艦が飛び込んでいった。


 幻晶騎士の頭を擦りそうなほどの、地表すれすれの高度まで降りた飛竜戦艦。その船体の各部から“生えた”法撃戦仕様機ウィザードスタイルアンキュローサが、地上へと猛烈な法撃を叩き込み始める。

 これら法撃戦仕様機アンキュローサは、ただ飛空船に載せるだけのやり方からさらに一歩踏み込み、一体化した固定火器としての用法へと進化していた。


「ジャロウデクめ、なんとおぞましい……! これでは伝説の魔獣どころではない。奴らめ、敗北に狂ったのか!?」


 船の各部から突き出るように幻晶騎士が生えている姿は、孤独なる十一イレブンフラッグス軍の騎士たちに言い知れぬ嫌悪感を抱かせていた。

 それ以上に、法撃戦仕様機の熾烈な火力は地上へとかなりの被害を与える。船は一隻でも、法撃戦仕様機は1機どころではないのだ。


「おおお!? 馬鹿な、敵は一隻だぞ。これほどの法撃を放ってくるなど!」


 逆に、地上からの法撃にそれほど効果があったようには見えなかった。飛竜戦艦の装甲は“見た目以上”の防御力を有しており、多少の法弾など弾き飛ばしてしまう。


 地上へと法撃を叩き込みながら孤独なる十一イレブンフラッグス軍の頭上を飛び越えた飛竜戦艦は、すぐさまぐるりと旋回を始める。

 恐るべき重量を持つ飛竜戦艦だが、まさしく生物のように船首と尾部をしならせることにより、並の飛空船などよりも遥かに高い旋回性能を有していた。その動きは、もはや完全に船という範疇カテゴリには収まっておらず、どちらかというと幻晶騎士に近いものと言えよう。


 初手の攻防を終え、飛竜戦艦はほとんど無傷のまま、孤独なる十一イレブンフラッグス軍のみが多くの被害を負っている。

 その手ごたえに満足しながらも、ドロテオは次なる攻撃を指示していた。


「このまま“格闘戦”を試すぞ。格闘用竜脚ドラゴニッククローを展開せよ、正面より突入する。推力あげぇっ!」


 彼の指示を受けて、船体下部に備え付けられた巨大な腕のような部位が展開を始めた。

 幻晶騎士の大きさをも超えるほどの、巨大な竜の脚。これこそが飛竜戦艦ヴィーヴィルと通常の飛空船との最大の相違点である、船からの直接攻撃を可能とする近接格闘武装“格闘用竜脚ドラゴニッククロー”だ。


「ば、化け物が戻ってきます!」

「な、なんだあの速さは! ええい、転回だ! のこのこと近寄ってきおって、今度こそ迎撃するのだ!」


 あたふたと方向を変える孤独なる十一イレブンフラッグス軍へと再度、飛竜の猛威が襲い掛かる。

 幻晶騎士の頭上を進みながら、格闘用竜脚の先端に備わった巨大で凶悪な爪が開いた。マギジェットスラスタに支えられた速度と船体の圧倒的な重量を乗せ、竜の爪が地上の騎士たちを枯れ木のように砕いてゆく。


「くそうっ! 馬鹿な、これほどのぉっ!?」


 離れたものには法撃を撒き散らし、近くにあれば竜脚で破砕する。飛竜戦艦が通り過ぎた後には、ただナードナックたちの無残な残骸のみが散らばっていた。

 速度の違いも圧倒的だ、孤独なる十一イレブンフラッグス軍は、まともな反応も許されずにただ蹴散らされてゆく。さらに飛竜戦艦は密集した陣形を通り過ぎざま、その爪に1機のナードナックを捕らえていた。


「あ、あああ! 誰か、誰か助けてく……」


 次の瞬間、めしゃりという音と共にナードナックが握りつぶされる。格闘用竜脚は単に巨大なだけではない、内部に綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューを押し詰めており、その巨大さに応じた圧倒的な膂力を備えていた。それは、強靭な戦闘兵器である幻晶騎士ですらただの力任せに握りつぶすことが可能なほどだ。

 圧倒的な竜の爪に引き裂かれ、孤独なる十一イレブンフラッグス軍のど真ん中に破壊の跡が綺麗な一本線として残されていた。


 そうして十分な能力を見せ付ける格闘用竜脚に満足したドロテオは、いよいよ最後の仕上げにかかる。


「比エーテル高度を対地30まで上げよ」

「了解、源素浮揚器内へエーテル供給開始。濃度あがります!」


 敵軍へと致命的な被害を与えながら、飛竜戦艦は高度を上げつつ旋回し、さらに止めとなる攻撃を放とうとしていた。


「船首、“竜炎撃咆インシニレイトフレイム”を放つ。発射準備を!」


 飛竜戦艦の前方に長く伸びた船首。竜の頭部を模した形を備えたそれが、大きく顎門あぎとを開く。それはまさに竜の顎としか表現できないものだった。

 乱杭歯のような形をした装甲が分かれ、船首の内部に通じる黒々とした口腔を晒している。その内部に備えられた紋章術式エンブレム・グラフへと、莫大な魔力が流れ込んでゆく。口腔の奥には炎が点り、それは進むごとに勢いと規模を増しながら、ついに激しい炎の噴流となって地上へと放たれた。


 幻晶騎士というくびきから解き放たれた、飛竜戦艦が故に実現できた超々巨大魔導兵装“竜炎撃咆インシニレイトフレイム”。

 その正体は、超々規模の爆炎魔法を連続で使用することで獄炎の噴流を作り上げるというものだ。

 上空から地上へと吹き付ける炎の噴流は、対軍兵器として熾烈な威力を発揮した。鋼の鎧をその身に纏う幻晶騎士であるが、それを動かすのはあくまで騎操士――人間である。荒れ狂う炎は外装アウタースキンを溶かし爛れさせ、内部の人間を蒸し焼きに、あるいは直接燃やし尽くしていった。


 飛竜戦艦が通り過ぎた後には、地獄としか言いようのない光景が広がっていた。焼け焦げたナードナックがそこかしこに倒れ、熔けかけたまま蠢くものもいる。

 かろうじて炎の範囲を逃れた者は、算を乱して散り散りに逃走に移っていた。陣形を取り密集していたのが仇となり、孤独なる十一イレブンフラッグス軍は、竜の炎の格好の餌食と化していたのだ。

 こうして彼らは、飛竜との遭遇より四半刻もたたずして壊滅の憂き目を見たのである。


「……この力……想像以上か」


 敵軍を蹴散らした飛竜戦艦は、マギジェットスラスタの炎を収め、さらに高度を上げてゆく。やがて十分に高度をとり速度が緩んだところで、畳んでいた帆翼を広げると起風装置による巡航形態へと入っていった。

 悠々と空へと戻り、そして戦場を後にする。飛竜戦艦はその巨体ゆえに、広範囲の殲滅は得意としても細かな掃討戦は苦手としていた。既に十分に戦力は減らしてある、この後の掃討戦は地上軍に任せるつもりであった。


「凄まじいものよ……。これならば魔獣番とて無事には済むまい、殿下の仇をとることも叶うだろう。飛竜戦艦ヴィーヴィル……ありがたく使わせてもらう」


 飛空船の生みの親であるオラシオ・コジャーソが従来とは異なる視点から生み出した、飛空船とも幻晶騎士とも違う新世代の兵器。それが人造の魔獣とも言うべき“飛竜戦艦”であった。

 巨大な帆翼をはためかせ、異形の影は雲間へと消えゆく。

 単体で軍勢をも相手にしうるこの強力な竜は、それからジャロウデク王国へと侵攻を試みた数多の軍勢を焼き滅ぼしてゆくことになる。

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