#71 竜の胎動

 新生クシェペルカ王国、王都デルヴァンクールを奪還す。

 その出来事は、大西域戦争ウェスタン・グランドストームにおける決定的な分水嶺となった。知れ渡ると同時、それまでは耽々と戦況を窺っていた西方諸国オクシデンツの国々が、にわかに激しく動き出したのだ。


 それまで残る国々が静観を決め込んでいたのは、大国ジャロウデク王国が持つ、強大な力がゆえであった。

 クシェペルカ王国はまさにジャロウデク王国の狩場であり、精強な黒騎士を敵に回してまで手出しをするのは躊躇われる。本来ならば侵攻している間は本国が手薄になるものだが、ジャロウデク王国はそれを補うほどに絶大な兵力を備えていた。

 仮に侵攻の逆側を突いてジャロウデク王国から領地を掠め取ったところで、いずれ黒騎士が取って返してくることを思えば、軽々しく動くわけにもいかない。

 そうして諸国は、目の前でたわわに実った巨大な果実が食い荒らされるのを、指をくわえてみているしかなかった。


 故に、ジャロウデク王国の敗走はさながら飢えた獣たちの枷を解き放つに等しく。戦乱の気配は、西方全体へと飛び火を始めたのである。




 ジャロウデク王国の王都にあって、第一王子にして国主代理たる“カルリトス・エンデン・ジャロウデク”は部下が持ってくる報告を聞きながら、苛立ちのあまり端正な顔立ちをゆがめていた。


「王都を奪還された後、クシェペルカ各地にて蜂起が相次いでおります。新生クシェペルカ王国の中枢は動きを緩やかにしておりますが、どうやら裏では周辺へと戦力を指し向けている様子。クリストバル殿下亡き後は連携もままならず、戦線は後退の一途を辿っており……」


 次々と舞い込む、ジャロウデク軍苦境の報せ。聞くたびにカルリトスの眉が、危険な角度に跳ね上がってゆく。

 もとより怜悧な風貌に不機嫌が加われば、それはまるで抜き身の刃物を構えるかのごときと化し、部下へと重圧を与えていた。


クリストバルクリスの奴め、肝心なところで失敗しおって! 何故だ、あれほど順調であったというのに、どこで道を違えたのだ……!?」


 ほんの少し前まで、クシェペルカから届く報せは順調な結果を示していた。

 その全てを鵜呑みにせずとも、一度はクシェペルカ王国を滅ぼし、後一歩のところまで追い詰めたのは確かである。それが僅かな期間でまったくの逆転を見せた。

 新生クシェペルカ王国は短い間に多様な新型幻晶騎士を投入してきており、もはや黒騎士ティラントーに戦力的な優位はない。絶対的な能力を誇っていた飛空船レビテートシップすら、その多くが失われてしまった。何よりも彼の弟である第二王子クリストバルが討ち取られたことにより、侵攻軍は統制を欠いた状態にある。

 さしものカルリトスも、ここから再び新生クシェペルカ王国を倒すのは、ほぼ不可能に近いということは十分に理解していた。


 出発時の黒顎騎士団の勇壮な姿からは想像もつかない大敗だ。それは、大国たるジャロウデク王国をすら揺るがして余りあるほどの損失である。

 それに加えて、次の部下が報告した内容がさらに彼の機嫌を逆なでしていた。


「殿下、国境西南部に孤独なる十一イレブンフラッグスのうち四旗までが集結を始めております。北部にも動きがあり、鉛骨騎士団のみでこれ全てにあたるのは困難な状況にあるかと……」

「どいつもこいつも! 少し風向きが変わったからと調子に乗りおって、浅ましき腐肉漁りどもが!!」


 苛立ちもきわまり、ついに彼は声を荒げて立ち上がった。

 僅かな間に西方諸国に吹く風は強烈な逆風と化し、ジャロウデク王国の歩みをどこまでも阻んでゆく。


「我が国を弱った鹿だとでも思っているのか!? 羽虫ごときが思い上がりおって……愚か者どもには、目に物を見せてやらねばならぬ!」

「しかし殿下、それにはクシェペルカより兵を引き揚げねば、戦力が……」


 カルリトスは視線だけで部下を黙らせると、乱暴に玉座に戻って沈思のていをとった。

 ジャロウデク本国の護りとして残った鉛骨騎士団は、そこそこの規模を有しているが、さすがに単独で周辺全てを守りきるほどではない。

 これまでは飛空船や黒顎騎士団が健在であったがゆえに睨みも効いていたのだが、その壊滅は周辺に伝わってしまっている。現実的な防衛策を考えるならば、後退して護る範囲を狭くしなければ対処できるものではなかった。

 もちろん、下がった分の領土は他国に取られてしまうことになる。


 西方諸国の統一を掲げ侵略に出たはずが、拡大どころか元あった領土の維持すら危うい状態だ。

 それを防ぐには、部下の言うとおりクシェペルカにある戦力を引き揚げて防衛に回すしかなかった。あらゆる意味で、ジャロウデク王国は完全な敗北を喫さんとしているのである。


「業腹ではあるが、止むを得ぬ。ここは、本国の防衛を最優先とし……」


 渋々、カルリトスが命を下そうとした時である。慌しく謁見の間へと兵士が駆け込んでくると、時ならぬ帰還者の名を告げた。意外な名を耳にして、カルリトスの片眉が跳ね上がる。


「……ほう。ようし、動けるならばただちにここへ呼べ。色々と聞きたい話がある」




 謁見の間に集った諸侯の視線が、カルリトスの目前に跪いている人物へと注がれていた。

 見るも無残にぼろぼろになった装備を纏い、草臥れきった様子の二人の男。そこからは敗北と、その後の逃避行における過酷さがありありと見てとれた。


「よもやお前たちだけが戻ってくることになろうとはな。思ってもみなかったことだ、“マルドネス卿”よ」


 カルリトスに声をかけられ、ドロテオとグスターボの義親子は頭を床に擦り付けんほどに下げた。

 新生クシェペルカ王国との事実上の決戦となったデルヴァンクール攻防戦において、彼ら義親子は幻晶騎士シルエットナイトを破壊されて行方不明になったと報告されていた。それがまさか二人共に生きており、しかも単身帰還するなどとは本国の誰も考えてはいなかったのである。


 跪いたまま微動だにしない二人に向かい、カルリトスはなおも淡々と語りかける。


「かの戦いの結果は、私も聞き及んでいる……卿らが戦い敗れたこともな。ふざけた話だ、クリスは戦いの中で倒れ、クシェペルカは我らの手から逃れつつある。なぁ卿よ、聞かせてくれんか? 一体どのようにして我らが黒顎騎士団が、鋼翼騎士団が敗れ去ったものか。卿らは奴の右腕ともいうべき立場にあったのだ、多くを知っているのだろう?」


 彼からの突き刺すように冷ややかな視線を受けて、二人は身を強張らせる。

 当事者から詳しい話を聞きたいという言葉に偽りはない。しかしその隙間には、主を死なせた上で自分たちだけ生き残ったマルドネス義親子への怒りが僅かに垣間見える。

 それを理解しながらも、ドロテオはあくまで実直に報告すべく、口を開いた。


「申し上げ、ます。事の起こりは、まず新王国の王都となったフォンタニエへの侵攻にあり……」


 デルヴァンクール攻防戦における敗戦については、ドロテオたちの側にも多くの事情があった。

 しかしそれを十分に説明するためには、まず“最悪の敵”について納得してもらわねばならない。すなわち銀鳳商騎士団に、鬼神イカルガの存在についてを語らねばならないのだ。

 かつて軍事に長けたクリストバルですら半信半疑であったものを、政務向きのカルリトスがそのまま受け取ることができるのか。それは彼らにも判断がつかなかった。


「…………最終的に、敵本陣へ襲撃を仕掛けた部隊は返り討ちにあっております。また、このグスターボが申しますには、クリストバル殿下はストールセイガーへと乗り込んできた敵との戦闘において上空より落下し、落命なされたと……」


 カルリトスは無言のままじっとドロテオの話を聞いていたが、そこでふと口を開く。


「解せぬな。卿らは地上で戦っていた。それが敗北したのは気に入らぬが、ありうることではある。しかしクリスは飛空船と共に空に居たのであろう? クシェペルカは飛空船を持っておらん。一体何者が空に乗り込んでくるというのか」

「それを可能たらしめ、さらにクシェペルカ王国に手を貸し盤面をひっくり返したのが、魔獣番フレメヴィーラの者どもに御座います」


 核心へと至ったドロテオの説明に、カルリトスではなく周囲で話を聞いていた諸侯たちがざわめきだしていた。


「まったく信じられぬ……」

「マルドネス卿は、敗北の責を逃れるために虚偽を申されているのでは?」

「いやしかし、ならばクリストバル殿下は誰と戦ったというのか」


 ドロテオは歯を食いしばり、無責任な囀りに黙って耐えた。戦場に現れた数々の異形たち。その脅威は、直接相対した者にしか理解できない。

 そこで次に発する言葉に備え、彼はカルリトスの様子のみを伺った。彼までもが疑いの視線を向けてくるようであれば、ドロテオの願いはここで潰えることになるからだ。

 正念場に備えてドロテオは腹に力を籠め、ついに顔を上げてカルリトスを見上げる。


「斯くも失態を重ねながら、まこと厚かましきしだいとは心得ております。しかし、もしも……もしもお許しいただけるのならば、我らにクリストバル殿下の仇を討つ機会を、お与えいただきたく……!!」


 今度ははっきりと、周囲から非難の声が上がる。あからさまに顔をしかめ、諸侯たちは沸き立っていた。


「よもや敗北の責もとらぬうちに、次の役を求めるのか。いかにマルドネス卿といえ、勝手が過ぎますぞ!」

「卑しくもクリストバル殿下のおそばにつきながら、主のみを死なせてその態度! 本来ならば、その首差し出してもおかしくはないものを……」


 カルリトスは、さすがに喧しくなってきた諸侯を黙らせんとするが、それに先んじてドロテオが動く。


「この首落として事が収まるのであれば、今すぐにでも叩き落されるが良かろう!! だがわしは、クリストバル殿下の仇を討たぬうちに死ぬわけにはゆかぬ。ここに残った我が命、既に使い道は決めておる!!」


 ドロテオの一喝に圧され、諸侯が沈黙する。

 張り詰めた空気が漂う謁見の間において、ただ一人平然とした様子のカルリトスは、ぽつりと問いかけていた。


「ほう。私が疑問に思うのはただひとつだ、卿よ。貴様は、それだけ強力な魔獣番を敵として、クリスの仇を討つことが出来るのか?」

「畏れながら、確約は……できませぬ。敵は尋常ならざるほどに強力、この命引き換えにして、ようやく届くかどうかといったところでありましょう」


 それまではざわついていた諸侯たちにすら、呆れの表情が浮かんでいた。

 ドロテオ・マルドネスは不器用に過ぎる。ただでさえ敗北の後だというのに、有利な点の一つも言えずに相手を説得することが出来ようか。たとえ相手が国主代理であるとしても、正直も度を過ぎれば愚かとなる。

 その一方でカルリトスはやり取りの中から、ドロテオたちの能力をもってしてもそれだけの苦戦を強いられる敵がいるという事実を正確に読み取っていた。

 ざわめき収まらぬ場を腕の一振りで鎮めると、彼は決着を告げる。


「マルドネス卿よ、貴様の示した忠義の心、まずは見事であった。しかし失態は失態、それも敗北を喫したばかりのお前たちに軽々しく新たな戦力を預けるわけにもゆかん。さらに西方中が喧しくなってきている、あまり余裕があるともいえん状況だ」


 カルリトスとしては、ドロテオが言うとおりに命を懸けて敵を討つなら構わない。しかし状況は、そんなわがままを許さない程度には逼迫していたのだ。

 失意のドロテオが沈み込む。その時、意外な方向から彼へと助け舟が差し出された。


「お話中失礼いたします。お待ちください、殿下。その件につきまして、ひとつ具申したきことが御座います」


 訝しげに巡らせた視線の先に、場にそぐわないどこかよれた服装の男が歩みでた。

 開発工房の長、オラシオ・コジャーソだ。


「コジャーソ卿か。さても開発工房にこもりきりであったと聞いているが、いきなり何事か。……そういえばお前も、戦いに負けるやいち早く逃げ帰ってきたのであったな。お前はあの戦いで何をしてきたのだ?」

「私が騎士ならば、クリストバル殿下の剣となり盾となり戦場へ赴こうものですが。鍛冶師ですらない細腕には余るものにございまして。それよりも次の戦いのお役に立つべく、断腸の思いをもってかの地より退いた次第にございます」


 オラシオは悪びれず、しれっと答える。ある種の正論ではある、しかしその鉄面皮を相手にして、さしものカルリトスも平静の仮面をはずしかけた。

 彼は努めて落ち着きながら口を開こうとするが、それにオラシオが先んじる。


「しかし、かの地での敗北すべてが無為であったわけでは御座いません、我々は確かな成果を掴んでおります。まずはそれをお目に入れたく……こちらを」


 オラシオが背後を示せば、鍛冶師と思しき者たちがごとりごとりと音をたてて台車に載せられた何がしかの装置を運んできた。

 巨大な筒状の物体だ。幻晶騎士の部品にも、飛空船の部品にも類似したものがない。諸侯の間に、戸惑い気味の視線が交わされた。


「……話が見えないな、卿よ。この装置とマルドネス卿らの処遇に、一体どんな関わりがあるというのか?」

「は、これなるは戦地にて敵の技術を奪い編み出しました強力な“推進器”にございます。その力たるや起風装置ブローエンジンの比では御座いません。飛空船よりはるかに“重い”ものすら、軽快に動かすことができましょう」


 思わせぶりなオラシオの言葉の中に心当たりを感じ、カルリトスは目を細めて彼を睨んだ。


「かの地での敗北が西方を波立たせ、殿下を煩わせているご様子。それを鎮めるには、より強力な力が必要となることで御座いましょう。例えば……一度は計画中に頓挫した“飛空戦艦”が動かせるのならば、微力ながらお役に立てるのではないかと愚考するところであります」

「フン、白々しい物言いだ。それで、その新しい推進器とやらは実際にアレを動かすことが出来るのか?」


 不満げではあるが、カルリトスの言葉の中には期待も感じられる。

 手ごたえを感じ、オラシオは密かにほくそ笑んでいた。


「は、既に実験の上では成功を収めております。本体の完成までは、まだ多少の手間が必要とはなるのですが。しかしながら、実験の場にて大きな問題が起こっております。飛空戦艦は強力な能力を有しておりますが、他の飛空船とも幻晶騎士ともまったく異なる兵器に仕上がっておりまして。これを扱いきるだけの能力をもつ者は、大変少なく……」

「ようやく本題か。それで、そこのマルドネス卿を使いたいと?」

「その通りにございます。マルドネス様はかつて国中にその名を馳せた高名なる騎操士ナイトランナーにして、実際に飛空船を操りその扱いにも通じておられます。これは得がたい資質で御座いまして」


 下げた頭の下で、ぞろりとした笑みを浮かべながら、オラシオはあくまで殊勝に振舞う。

 カルリトスはしばし考え、やがてその提案を飲むことにした。どうあれ、オラシオの言葉が真実であるならば、それは確かに必要な力だ。


「よかろう。……マルドネス卿よ、貴様の使い道が決まったぞ。コジャーソ卿に協力し、これを扱いこなして見せよ。まずは我が国に仇為す羽虫どもを払ってまいれ。そこで十分に使えるようであれば、クリスの仇討ちもいずれ考えようではないか」

「……まこと、まこと有難き、幸せ! この身命捧げ、必ずやご満足いただける結果を持ち帰ってまいります!!」


 さらに平身低頭するドロテオと、その背後のグスターボ。そこでカルリトスは、ふと思い出したようにオラシオに告げた。


「ついでだ、そこのマルドネスの義息にも何か用意してやれ、コジャーソ卿。それなりに使える騎士であったはずだ、その切れ味が鈍っていなければ有用な戦力となろう」


 最後に予想外の命を受けたオラシオは、やや間の抜けた表情でグスターボを見た後、曖昧な笑みを浮かべながら深く一礼したのであった。




 後日、オラシオはグスターボを伴って開発工房を訪れていた。


「殿下のお言葉ともあれば、無下にも出来ないからねぇ。とりあえず君が条件にあげた、どんな無茶なものでもいいから強力な幻晶騎士ってのを見つけてきたぞ」


 肩をすくめつつ、オラシオは工房の奥に置かれた、一機の幻晶騎士を指し示す。


「この機体の名は“ズーティルゴ”。ティラントーを超えるべく設計された試作機だ。……とは言っても、実はこいつは“失敗作”らしくてね」


 オラシオは、とつと設計当時の状況について説明を始める。

 “ズーティルゴ”はティラントーの更なる強化を目指して、その長所を落とさないまま最大の欠点であった機動性を改善すべく設計された機体である。強大な出力、重厚な装甲、さらには他に引けをとらないだけの機動性を備えた、まさに完璧な能力を持つ最強の騎士となるはずだった。


 しかし、そのような贅沢が簡単にうまくいくわけもなく。

 まず、あまりにも全てを求めすぎたがために構造に無理があり出力が安定しないため、操縦性が極めて劣悪なものとなった。さらに要求された機動性を達成するためには結局装甲を削らざるを得ず、防御力に関してはティラントーよりも劣る。

 止めを刺したのが燃費の問題だ。強力を求めすぎた分魔力の消費が尋常ではなく、ついにティラントーの半分程度の稼働時間にまで落ち込むという結果を招き、とても実戦に投入できるものではないと判断されたのだ。

 そうしてズーティルゴは、中途半端で扱いづらく完成度が低い失敗作としてお蔵入りとなったのである。


 余談ではあるが、ズーティルゴの構成を見直し機動性を維持しつつそれ以外を引き上げる形で再設計された機体が、後に“アルケローリクス”として完成を見ている。

 ただしそれは、金銭的に糸目をつけなくてよい王族専用機であるために実現できたことであった。

 アルケローリクスは申し分ない性能を持つことができたが、最上級の材料を選び抜いた上に極めて手間をかけて建造されており、その建造費は通常の幻晶騎士の一〇倍ではきかない。当然のこととして、量産を前提とした機種に適用できる方法ではなかった。


 さておき、そんないわくつきの失敗機を前にして、オラシオは自ら説明しながらどんどんと胡乱げな様子になっていた。


「他の機体は、これまでにだいたい負けてるからねぇ……。もう条件に合うものは残ってないし。しかし本当にこんな欠陥機でいいのかい?」


 散々な評価を聞かされたにもかかわらず、グスターボはその問いに迷いなく頷いた。


「敵は本当に強いんよ……戦って身にしみてるぜぇ。あいつらに対抗するためには、殿下のアルケローリクスすら超える機体が必要だ。その元となったってんならよ、もうこいつしかねぇだろ。扱いなんざこっちで何とかするっかんよ、あんたは燃費のほうを何とか誤魔化してくれよ。あんたぁ有能だって聞いてんぜ、何か手立てくらいあんだろ?」


 オラシオは諦めをのせて嘆息すると、ズーティルゴの設計図面を広げ、各所に対して説明を加えてゆく。


「まぁ、ティラントーやアルケローリクスで蓄積した経験を基に、全体的な改修が必要だろうねぇ。それでもこの機体が実用的かというと疑問が残るけどね。残る燃費の問題は、かなり乱暴な手を使わないと駄目でしょうな……。まぁ、ここはズルも許してもらいましょうか」


 いいつつ、機体の腹部にとある機器を書き加える。


「ここんとこに“源素供給器エーテルサプライヤ”を大量に搭載しちゃって、無理やり魔力を増やしましょう。これでこいつの馬鹿みたいな消費にも追いつけるはず……ただ、それでも戦える時間は限られちまいますがねぇ。まぁ戦闘能力は、黒騎士の比じゃないでしょうさ。それと動かすのにかかる費用もね」

「なにも量産しようってわけじゃねぇしよ。この一つっきりが動けばいいんだ。親父を助け、奴らを倒すまで使えればいいってだけだしよ」


 源素供給器を大量に搭載し、外部から無理やり持久力を伸ばす。乱暴極まりない手段であるが、オラシオもグスターボもなりふりを構っている場合ではないと考えていた。

 そうしてオラシオは部下の鍛冶師たちに改造を手配し、その途中でふと振り返る。


「ああ、それで、こいつにはどんな武器を積みましょうかね。とりあえず背面武装バックウェポンと、重棍ヘビーメイスあたりで?」


 オラシオはグスターボについて詳しくを知らない。ごく標準的な組み合わせを問いかけた彼に対し、グスターボははたと手を打つとそのまま彼を連れて工房の一角へと赴いた。


「おう、それで武器には、こいつらの全部を積んでくれよ」

「へぇ、これ全部……って全部? そいつぁ正気ですかい?」


 思わずオラシオが聞き返したのも無理はない。

 彼らの前には、相当な数の武器が並べられているのだ。それも、中には明らかに戦場の泥を被ったと思しきものまである。その種類も様々で、割合としては剣が多いが戦棍メイスから長槍パイクまで、雑多に混ざっていた。

 それらを全部詰め込むとなると、一体どんな機体が出来上がることか、オラシオにも想像がつかない。


 しかしそんな彼の困惑もどこ吹く風、グスターボは確信をもって頷いていた。


「ああ、これはあの戦いで散った皆の武器だ。仇をとるんならさ、こいつらでないといけねぇんさ」

「そりゃどうやって取り戻したんで? ああ、まぁ色々あったんでしょうし、そりゃともかく……。いやしかし、ただでさえ操縦性は最悪に近い機体なのに、わざわざさらに扱いづらくなるような装備をつけなくとも……」


 その始まりから問題の多い機体である。

 オラシオは、そこにさらに非効率極まりない装備をつけることにかなりの難色を示していた。しかしグスターボの意思は鉄より固く、説得叶わず最終的には折れることになる。

 もうどうにでもなれとばかりに投げやりな気分になったオラシオは、ついでとばかりに問いかけた。


「へえへえ、そりゃもうこの機体、ここまで君のためだけに仕上げるんなら、せっかくですから名前もご自分でつけてくださいよ。なにか、良い案をお持ちじゃあないですかね」

「ああ、名前はもう決めているんさ……。こいつは、俺っちたちと仲間のよう、戦場で敗れた者たちの怨念で出来てるんだ」


 漠然と、怖気をふるう言葉を吐きながら、グスターボは戦友たちの武器をひとしきり眺める。そして視線を機体へと戻し、彼はその名を口にした。


「だから決まってる。こいつの名は……“死者の剣デッドマンズソード”、だ!」

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