#53 ちょっとした出来事

 #53.1 とある学生の1日に見る砦建築



 学生たちの、朝は早い。


 太陽が東の空を朱に染め始めるころに、ライヒアラ騎操士学園・騎操士学科に所属する学生たちは活動を開始する。

 冷たく清冽な朝の空気の中、次々と起き出してきた学生たちはまず宿舎の食堂になだれ込み、朝食に群がってゆく。人数が人数だけに、食堂は毎日が戦争のような状況だ。

 彼らは基本的に肉体労働に従事している。一日を乗り越えるためには大きな力が必要で、食事は力の源である以上欠かすわけにはいかない。

 朝食に出されるのはパンと軽く焼いたハム、温めなおした作り置きのスープと簡単なものだが、彼らは先を争うようにしてそれを平らげていった。


 十分に朝食をとった彼らは、ある意味で学びの場であり正確には仕事現場というべき“砦”の建設現場へと向かって出発してゆく。

 “砦”、それはいずれは銀鳳騎士団ぎんおうきしだんの拠点となるべく建設中の砦のことである。

 彼ら、今代の騎操士学科の学生たちは国内最大の学府であるライヒアラ騎操士学園に通う代償として、極めて高度な政治的なんちゃらかんちゃらの末に“砦を丸々一つ建設する”という難事に立ち向かうはめになっていた。

 ライヒアラ学園街にある宿舎で寝泊りし、朝になれば現場に向かう。それが現在の彼らの生活なのである。



 徒歩でそのまま建設現場に向かうものもいるが、一部の学生たちはまず騎操士学科の工房へと向かう。

 そこには既に親方ダーヴィドを始めとした鍛冶師部隊の面々がおり、彼らも利用するとあるものを準備して待っていた。


「おう来たか、ひよっこども。今日も確認から入るぞ、各自割り当ての機体へいけ」


 そこにずらりと並べられているのは彼らが使う幻晶甲冑シルエットギアである。半数以上は一般向けのモートリフト、残りは戦闘用のモートラートだ。戦闘用と銘打たれてはいても、モートラートも建設作業にまわされているのだが。

 学生たちはずらりと並べられた幻晶甲冑の元へと向かい、それぞれ自分の割り当ての機体を探し当てる。彼らはやおら小さな銀製の板のような鍵を取り出し、機体の腰の部分へと差し込んだ。

 最新の幻晶騎士シルエットナイトにも採用されている専用の認証システム、紋章式認証機構パターンアイデンティフィケータが解除されたことにより、機体に取り付けられた小型魔導演算機マギウスエンジンへの経路パスが開かれる。


 そうして彼らは自分の幻晶甲冑を起動させてから、機体の各部の装甲を開いて入念な確認を開始した。

 背後では親方たち先輩鍛冶師たちが目を光らせている。ここで確認の手を抜いて後で甲冑を壊そうものなら、容赦のない拳骨が降ってくることを彼らは身をもって体験していた。

 それ以前に困るのは自分たちだ。彼らは熱意を持って丁寧に確認をおこなう。


「幻晶甲冑、全機確認終わりました! 問題ありません!」


 まとめ役の学生の報告を聞いて、親方が頷きを返した。


「ようし、それじゃあ行ってこい。気ぃつけてな!」


 激励に応えるように幻晶甲冑が次々に立ち上がり、がっしゃがっしゃと歩みを進める。

 最初の頃は、幻晶甲冑の動かし方に戸惑いを覚えるほうが多かった学生たちだが、すぐにそんなことを言っている場合ではないと気がついた。目眩がするほど積み重なる作業を前にそんなことを気にしている余裕はない。

 彼らは必死の思いで動かし方を覚え、時には魔力切れでへばったりを繰り返しながら様々な工夫を凝らし、努力してそれを習得していた。習うより慣れろを地でいく生活を送ってきたのだ。

 もはや幻晶甲冑は彼らの身体の一部のように動かすことができる。着実に魔力も増大してゆき、魔力切れを起こしてへばるものもほとんど居なくなった。

 この時点で彼らはその辺の騎士を上回る能力を獲得しつつあるのだが、残念なことにまだそれを把握しているものはいない。



 太陽が徐々に高さを上げつつ、まだ少しは涼しさを残す時間帯。彼らは意気揚々と作業現場へと向かっていた。

 目的地はライヒアラ学園街を出てしばらく進んだところにある森の中だ。そう遠い場所ではなく、歩いて腹もこなれてくるころには到着する。

 辿り着いた彼らはいきなり作業に取り掛かるわけではなく、その前にしっかりと準備運動をする。これから行われるのはある意味で戦いだ。十分に体が動かなければ思わぬ怪我につながる。

 そうして完全に準備を整えた彼らはそれぞれの役目に従って、建設現場に散らばってゆく。


 現場のあちこちで幻晶甲冑が動き回る姿が見られる。

 2機のモートリフトが無骨な手でがしりと石材を保持し、持ち上げている。

 モートラートが断面にセメントを塗りたくると、モートリフトは石材を指定どおりの場所に設置する。大体の場所において、似たような光景が展開されている。


 元が作業用のモートリフトと戦闘用のモートラートだが、意外なことにパワーではモートリフトに軍配が上がる。

 モートリフトは構造的に簡素で細かな動きが苦手な分、とにかく効率的に力を発揮する設計となっているのだ。まさに重量物を扱う作業向けとして十全の力を発揮する。


 対してモートラートは、戦闘時の隙を小さくするために自由度が高く設計されており、さらに五指を備えているため細かい作業にむいている。その分パワーに劣り、操縦も複雑だ。

 結果として、資材の運搬や設置などとにかく力が必要な作業はモートリフトが、工作の必要な細かな作業はモートラートが担当するという役割分担が出来上がっていた。


 勿論、現場には幻晶甲冑のみならず人力で動かすクレーンなどの様々な建築機械が揃っている。幻晶甲冑を使うもの、使わないものの別なく全員で協力して作業にあたっていた。

 作業の経過は順調そのものである。幻晶甲冑の潜在能力は彼らの予想を上回っていたと見え、むしろ予定よりも進んでいるくらいだ。

 思い通りに進む作業というのは中々に爽快感を伴うものである。学生たちは意気も高く、軽快な調子で砦を作り上げてゆくのであった。




 しかし何事も全てが順調に進むばかりではない。この日は運悪く、彼らの作業を邪魔するものが現れた。

 砦の周囲を警戒する歩哨役の学生が、森の中から近寄ってくる何物かの気配を捕らえたのだ。

 ここはフレメヴィーラ王国、国内には数多の魔獣が生息している。そして森の中の開けた場所は、魔獣にとっても恰好の休憩場所だった。


「注意しろ、何かいる! 魔獣……しかもでかいぞ、決闘級かよ!?」


 警笛の鋭い音が作業中の砦に響き渡り、現場には緊張が走った。決闘級魔獣、それは人類最強の兵器である幻晶騎士にも匹敵する戦闘能力を持つ巨獣だ。

 騒然とする作業場、そんなものに襲われて暢気に作業を続けるわけにはいかない。学生たちは素早く手を止めると、それぞれが対応すべく駆け出してゆく。

 ここには建設用の道具以外にも、非常の際に備えた武器が置いてある。彼らはそれを手に取り、砦の壁のうちで息を潜めた。


 彼らの状況に頓着せず森の中からのそりと巨大な影が現れ、メキメキと何本かの木をへし折りながら建設中の砦へと近寄ってゆく。

 決闘級魔獣の巨大な体躯はただ歩くだけで周囲に破壊をもたらす。それは当然、建設途中の砦に対しても然りである。

 魔獣は、森の中に突然現れた石造りの建造物に何かしらの疑問を抱いたのだろう。探るようにそれを突っついている、と作りかけの部分がガラガラと音を立てて崩れていった。


「……このクソ魔獣は絶対に血祭りにあげる」


 ぼそりと、学生の一人が呟いた。それはその場にいる学生たち全員の総意であるといってもよかった。

 心血を注いで組み上げた城壁の一部が崩されるのを目撃した彼らは、緊張と共に激しく殺……戦意を高めていたのだ。


 そんなことは知る由もなく、魔獣はゆっくりと壁沿いを歩き、そしてのそりと城壁の切れ目へと姿を現し――。

 瞬間、砦のあちこちから携行型攻城弩砲を構えたモートリフト隊が現れる。

 携行型攻城弩砲とは、設置式の大型弩砲を幻晶甲冑で扱える大きさまで小型化し、さらに連射能力を与えた強力な兵器だ。

 モートリフトは細かな動作を苦手としているが、この場合はなにしろ的が大きい。粗い狙いであっても十分に狙うことができる。


 完全に油断していた魔獣は、突如として凄まじい勢いで撃ち放たれた槍矢の嵐に晒され、苦悶の叫びを上げた。

 全身を容赦なく槍矢が襲い、そのうち数十本が魔獣の脚に突き刺さる。魔獣はたまらずその場にくずおれていた。


「撃ち方やめ! むしろ突撃!」「おう!」

「おらふざけんな畜生が! 俺たちの砦に傷つけやがってぇぇぇ!!」


 間髪いれず、近接武器を構えたモートラート隊が疾駆する。

 簡単に言って、彼らはキレていた。彼らの血と汗と涙の結晶である砦を害さんとする存在を生かしておくつもりなどない。


 戦争でも起こったかと錯覚しそうになるほどの、激しい怒号が地を揺らす。

 彼らは思い思いの武器を手に持っていた。それは剣に始まり槍、建材の位置を調整するための木槌、角材、でかい石など様々だ。


 剣や槍を持つものが先行する。

 彼らは疾走する勢いをのせ、すれ違いざまのような形で魔獣の身を切り裂いてゆく。

 ただでさえ脚に傷を負っていた魔獣は、これで完全に動くことかなわなくなった。


 鎚や石を持つものがそれに続き、重量と頑強さを備えた武器で魔獣の急所を砕いてゆく。

 重量のある木槌を巧みに重心を調整することで、機体に負担をかけずに力いっぱい振るう。長く建設作業を続けてきた彼らは、木槌の扱いには相当に慣れていた。

 それは重量のある道具とは思えない、小さく鋭い動きで魔獣の腹部に突き刺さる。

 ゴキリ、という鈍い音が周囲に響く。叩き込まれた衝撃は体内に浸透し、内部の骨格に致命的なダメージを与えていた。


 たった1匹で現れたのが運のつきか。いかに強大な決闘級魔獣とはいえ、怒れる学生たちの怒涛の攻撃には耐えられなかった。

 嵐にもみしだかれる木の葉のように、瞬く間にその命を絶たれたのだった。



 しばらく痙攣していた魔獣が動きを止めるのを確認して、まとめ役の学生がテキパキと次の指示を飛ばしている。


「よし、銀鳳騎士団ほんぶに連絡して幻晶騎士まわしてもらえ。さすがにこんなでかいものを捨てるのは面倒だ。各班長、今回の遅れ分は報告上げといてくれよ。あと、砦の被害はどうだ?」

「壁石が何個か崩れた。でもこれくらいならすぐに戻せるな」

「不幸中の幸いだな」


 すでに彼らは何事もなかったかのように片付けに入っていた。ある意味、この程度のことは既に“日常茶飯事”なのである。


「おし、突っ込んだやつらはちゃんと機体しっかり洗っとけよ。血がついたまま放って置くと錆びちまうからな」

「わかってるさ」


 後に、連絡を受けてやってきた幻晶騎士部隊は本当に決闘級魔獣が打ち捨てられているのを見て大いに呆れることになる。

 そんなこんなで砦の建築開始からおよそ1年、学生たちは実にたくましく過ごしていたのだった。





 #53.2 とある諜報機関に見る技術革新



 影が、駆け抜けてゆく。


 全身を艶のない黒色の鎧に包んだ人影。薄暗い月明かりの森にあって、それは文字通りの影と化していた。

 影は全身を支える金属の骨格とそれをつなぐ結晶質の筋肉を躍動させ、森に生える木から木へと跳躍を繰り返している。その大きさは人よりも一回り程度大きい、全高2.5m程度。明らかに幻晶甲冑の一種である。


 影は、わき目もふらずに走り続けている。幻晶甲冑を動かすには、搭乗者自身の魔力マナが必要だ。

 それを全力で進めながら動きにブレがない。影の操り手はかなり幻晶甲冑に熟練したものと思われた。



 しばらく影が走り続けていると、いくらか開けた場所に飛び出した。

 そこには石造りの重厚な施設が存在する。魔獣対策である城壁に囲まれたそれは、小さめの砦だった。


 影は周囲の様子をうかがいながらも、素早く静かに城壁の根元へと走り寄った。

 城壁の上には歩哨がいて周囲を警戒しているが、それも密かに蠢く影を補足するには至らない。さらに驚異的なことに、この影はほとんど音を立てていないのだ。闇夜にあってその存在に気付くことは至難であるといえる。

 影は城壁にへばりつくと、四肢を大きく伸ばした。影の五指を備えた手とつま先は、鋭い刃のような形状になっている。それを壁の僅かな出っ張りに引っ掛けながら、意外な器用さを見せて城壁を上り始めた。


 城壁の高さは幻晶騎士をも越える20mにも達する。そうでなければ決闘級魔獣相手に役に立たないからだが、それを苦にすることもなく影はするすると上っていった。

 やがて城壁の上端近くまでやってくると、そのまま息を潜める。

 そうしてしばらく城壁にへばりついていた影は、上の歩哨が歩み去ったのを見て再び動き出す。

 素早く城壁の縁を越え、通路になっている部分に出るとそのまま走り、城壁から中庭へと大胆に飛び出した。幻晶騎士をも超える城壁の上、恐るべき高さから黒い影が宙へと舞う。

 それは器用に松明に照らされた場所の隙間を選んで落下していた。獣のような姿勢で着地した影は、四肢に仕込まれた特殊な機構により着地の衝撃を吸収する。

 この機体の手脚は特殊な構造をしており、何段にも分かれた関節を強力な綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューでくるんである。それらが柔軟に動くことで衝撃を吸収し、ついでに音を抑えていたのだ。

 音をほとんど立てないまま動いていることといい、先ほどの着地といい、この影はおよそ真っ当な目的で作られたとはいいがたい存在だった。


 着地した影はすぐさま中庭の暗がりへと潜む。

 城壁の内部を守る歩哨が歩いてくるが、彼らは影に全く気付けずにいた。そもそも暗がりにそんなものがいるとまでは予想していなかったのである。

 それ以上に影はそれなりの大きさがあるにも拘らず、無音であるためか存在感が著しく小さかったのだ。彼らの注意力にも限界があった。


 歩哨をやり過ごした黒い影は、次は砦の本体に取り付いた。再び鋭い手脚を生かして壁を登ってゆく。

 そのまま砦を登りきると、そこで機体を固定してからおもむろに鎧を開いた。頭部の兜と胸の装甲が跳ね上がり、腹と腰、腿の辺りまでが開く。そこから月明かりの下へと影の操り手が現れた。

 操り手も全身を黒一色の衣服で包んでおり、同じく影のような姿をしている。

 動きやすさをもっとも優先した衣服は身体にぴったりとそったものであり、それが描く滑らかな曲線が、操り手が女性であることを示していた。


 操り手は機体の鎧を閉じ、素早く鍵を抜くと窓の一つから砦の内部へ侵入してゆく。何かしらの訓練を受けているのか、やはり音は極端に小さかった。

 そのまま彼女は素早く砦の中を移動し、とある一室の前へと辿り着いた。ここに辿り着くまで無音とともにあった彼女は、しかしそこでは何故か大胆に扉をノックする。

 内部からの返事を確認した彼女は、堂々と扉を開けた。


 部屋の中にいた人物は、入ってきた真っ黒な人物を見て驚くでもなく、ただ仏頂面でピクリと片眉を跳ね上げる。


「ここに来るまで全く気付かれず、か。なるほど大したものだ。君と……」


 この砦の責任者であり、そして今回の“試験”の監督役でもある男は、そこで表情に僅かな笑みを乗せた。


「君たちの新たな幻晶甲冑、“シャドウラート”は。ご苦労だったな、ノーラ」

「恐縮です」


 上官の賛辞を受けて、ノーラ・フリュクバリは額の汗を拭いながら礼を返していた。




 後に藍鷹騎士団に正式採用されるこの新型幻晶甲冑“シャドウラート”は、元はノーラ自身の発案により作られたものだ。

 銀鳳騎士団との連絡役として派遣されていた彼女は、騎士団で運用される幻晶甲冑の活躍を見るにつけ、それが自身の“本職”に向いたものであると思いついたのである。


 エルネスティが作り上げた数々の新兵器。それらの影響は、日のあたる場所だけであったわけではない。

 特に幻晶甲冑というものは、藍鷹騎士団を始めとした諜報を担当する者たちにとって垂涎の能力を有していた。

 それは小回りに長け、大きな力を発揮しながら静粛性にも優れているという点だ。


 幻晶騎士との最大の違いは魔力転換炉エーテルリアクタの有無であるが、一見して欠点とも見えるそれも彼らにとっては利点の一つだった。

 何せ、魔力転換炉は稼働にかなりの騒音を伴う。これまでに設計されてきた隠密行動用の幻晶騎士は、騒音を抑えるための仕掛けによって内部機構が圧迫されがちで、戦闘能力が極端に落ちるという大きな欠点があった。

 幻晶甲冑はそういった問題とは無縁であるということだ。

 確かに幻晶甲冑も、幻晶騎士に比べればはるかに戦闘能力が低い。だが今回ノーラがおこなった試験のように、拠点への侵入を前提とすればそれは問題になり得ない。幻晶甲冑の戦闘能力も生身の人間にとっては十分に脅威だからだ。


 単身で砦の警備をかいくぐる、この試験の結果は多くのものを満足させる結果であったということである。



 こうして幻晶甲冑は、この世界に広く普及している戦闘兵器、幻晶騎士に起源を持ちながら全く違う進化を遂げてゆくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る