#31 模擬戦をしよう

 石畳の広がる訓練場にて、巨人が剣を構え相対する。

 全身を包む鉄の鎧が鈍く光を反射し、結晶質の筋肉が奏でる軋みが場内を満たす。

 

 これから行われるのは模擬戦闘であり、つまりは訓練や試験の一環である。

 しかし向かい合う当人達にとっては紛れもない戦闘であり、彼らが使用するのは人が持ち得る最強の兵器である幻晶騎士シルエットナイトだ。

 漂う空気は気楽なものではありえず、幻晶騎士を操る騎操士ナイトランナー達も高まる緊張感のなかで静かに闘志を燃やしていた。

 そして双方の準備を確認した審判が、声を張り上げ戦闘の開始を告げる。

 

 

 幻晶騎士同士の戦いにおいては、距離が離れている場合は魔導兵装シルエットアームズを使った法撃を行い、距離が近づくと近接武装に持ち替えて戦う、それが基本的な戦法である。

 魔導兵装は紋章術式エンブレム・グラフを使用しているという構造上、耐久性はさほど高くない。近距離で使用することは破損の危険性が高く、攻撃の選択肢を失う破目になりやすいからだ。

 

 エドガーもテレスターレに装備された背面武装バックウェポンの存在と機能は把握している。

 魔導兵装を2本同時に使用しての遠距離攻撃能力は脅威である。それ故にエドガーは不利な遠距離での応戦を度外視し、試合開始直後に速攻で近距離戦に持ち込もうとした。

 しかし彼の予想を外れ、テレスターレも試合開始直後に前進し間合いを詰めて来る。

 

「(どういうつもりだ? 折角の遠距離での有利を生かす気はないのか?

 だが、それならそれで好都合だ!)」

 

 初撃は勢いを乗せて斬撃を見舞おうとアールカンバーが踏み込みを強くする。

 そして剣を振り上げた直後、エドガーは背面武装の機能を読み違っていたことを知る。

 

 双方が今正に激突に移らんとする直前、突如テレスターレの両肩へと魔導兵装が展開された。

 操縦席では幻像投影機ホロモニターに映る照準機レティクルを睨み、ヘルヴィがにやりと笑みを浮かべている。

 

「まずは挨拶代わりね。至近距離での法撃、これが背面武装の真価よ!」

 

 テレスターレに装備された魔導兵装が2本同時に火を噴く。

 まさに剣を組み合わせんとする直前に法撃を放たれてはさすがのアールカンバーも回避できず、法弾のうち1発は盾で防いだものの1発が盾を構えていない右肩へと突き刺さった。

 演習用の魔導兵装である以上一撃で右腕が吹き飛ぶような威力は持っていないが、それでもアールカンバーは体勢を崩し、同時に接近してきた勢いを失う。

 

「まだまだぁ!」

 

 魔導兵装を背面へ収納しながらテレスターレが剣を振り上げる。

 工夫などとは無縁の勢い任せの一撃。しかし自身の速度を乗せ、相手の体勢を崩して放たれたその一撃は生半可な工夫を凝らした一撃より遥かに恐ろしいものとなる。

 それを受けるエドガーは敢えて体勢が崩れるのに逆らわなかった。

 右半身を後ろに流し、同時に左に構えた盾を押し出してテレスターレの一撃を受ける。

 辛うじて攻撃は防いだもののアールカンバーはほとんど吹き飛ばされるように後ろへと下がった。

 体勢が崩れ、踏ん張りが利かなかったこともある。しかしそれ以上に相手の剣戟の威力はエドガーの予想を超えて強力だった。

 

「……ッ!! なんて威力ッ! これが綱型ストランド・タイプの力かっ!?」

 

 ステップをするように下がり、距離を取りながらエドガーが呻く。

 背面武装によるこれまでの常識を外れた魔導兵装の使用タイミング、綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューによる圧倒的なパワー。

 エドガーは体勢を立て直しながら、何よりも脳裏からこれまでの戦闘のセオリーを追い払っていた。

 

「ああ全く、嫌なことに最近常識を投げ捨てるのに慣れてしまった!」

 

 幻像投影機ホロモニターに映るテレスターレはアールカンバーを追撃すべく再び前進を始めている。

 もはや奇襲じみた真似はやめたのだろう、その肩の上には既に魔導兵装が展開されていた。

 

「だが、私にも意地があるからな!!」

 

 直線的に攻めては再び法撃の的になるだけだ。

 アールカンバーは盾を構えつつ、テレスターレの射線から逃れるべく移動を開始した。

 

 

 

 初手より予想外の白熱を見せる2機の戦いに訓練場に詰め掛けた観客達は大いに沸いていた。

 鋼鉄の巨人が剣を打ち合うたびに歓声が上がる。

 そんな熱狂に包まれる観客席とは別に、整備班用のスペースの一角で静かに戦いを分析する者達がいた。

 

「さすがはエドガーだな。並の乗り手だと一発目で勝負がついてるぜ」

「ヘルヴィ先輩も中々上手く機体を乗りこなしていますね」

「そりゃあ伊達に試験騎操士やっちゃいねぇだろ」

 

 エルと親方ダーヴィドである。

 二人にとっては実戦に近い状態で動くテレスターレの姿はまさに動く金塊の如し。

 その一挙手一投足を注意深く観察し、分析していた。

 

 二人の視線の先では再び2機が正面からぶつかっている。

 剣同士を組みあい鍔迫り合いにいくかと思われたが、テレスターレがパワーに物を言わせてアールカンバーの剣を押し込む。

 アールカンバーもさるもの、パワー負けは予想通りとばかりに間合いを取り、追撃を許してはいなかった。

 

「ヘルヴィは随分と力押しに見えるが」

「出力の差は歴然としていますからね。有利を最大に生かす方法かと。

 それに、正直まだ操縦系統の調整が全然追いついていませんから。細かな技術で戦うと負けますよ」

「なるほど、違いねぇ」

 

 エルの言葉通り、操縦系統に粗を残すテレスターレは有り余るパワーにより瞬発力には優れるものの、細かな動きは苦手としておりどうしても大雑把な攻撃が多くなる。

 相対するは仮にも学科最上位の騎操士であるエドガーである。そう易々と剣の直撃を許してはくれない。

 それでもテレスターレは背面武装とのコンビネーションにより開始直後より優勢を保ち続けている。

 

 対してアールカンバーは苦境に立っていた。

 エドガーはテレスターレの動作の粗さには気付いているが、それを生かすことが出来ないでいる。

 これまでの幻晶騎士が相手であれば、相手の攻撃を誘発した後反撃する事も、エドガーの技量を以ってすれば十分に可能だ。

 しかしテレスターレを相手にした場合は背面武装の存在がその隙を埋めて余りあった。

 両腕による近接武装の攻撃をかいくぐったとて、今までに存在しないタイミングで追撃や牽制が飛んでくるのだ。

 だからと言って下手に組み合ってはパワー負けが確定している。

 多少の技量差など関係ないほど機体に性能差が出てしまっているのだ。

 

 2機の戦いを観戦する生徒達にも、アールカンバーが悪手を打っているわけでも、ましてや手を抜いているわけでもないことはわかる。

 それ故に粗削りな動きながら学科最強の一角を圧倒する新型機に、彼らは沸きに沸いていた。

 

 

 

「厄介すぎる! 魔導兵装を抑えないと厳しい!!」

 

 エドガーは焦りの中にも冷静に状況を分析していた。

 テレスターレはまだ試作の域を出ないだけあって粗も多いが、ヘルヴィはよくそれを把握し、不利を補い有利を生かした動きをしている。

 そしてそれを支える最大の要因が、背面武装による手数の差であることにエドガーも気付いていた。

 多少以上の無茶をしてでも背面武装を黙らせなければ、このままでは彼に勝機はないだろう。

 

「あまり賭け事は好きじゃないんだが……このまま追い込まれるのも芸がないな」

 

 

 ホロモニターに映るアールカンバーが動きを止めたのを見て、ヘルヴィは小さく呟いていた。

 

「……そろそろ痺れを切らしたのかしら。博打に出る気みたいね、エドガー」

 

 彼女は自分がエドガーよりも技量に劣ることを把握している。

 それ故にこれまでは機体の有利を前面に押し出した戦いをしてきた。

 ならば、エドガーの狙いも自然と推測できる。

 

「綱型による出力差はひっくり返せない。だったら……狙うのは恐らく背面武装」

 

 背面武装が機能しなくなれば、いくら綱型によるパワー差があろうと精度が甘い点を突かれ技術でひっくり返され得る。

 2人の騎操士は互いに敵を知り、己を知るが故にその認識は一致していた。攻防の焦点は自然と収束してゆく。

 

 

 剣先を向け合ったまま2機とも動きを止めている。

 激しい戦闘の後に訪れた静寂に、まるで弦を引き絞るかのように互いの間の緊張感が高まってゆく。

 場の空気を見て取った観客達もいつしか静まり返り、近づきつつある決着の予感に固唾を飲んでいた。

 

 不意に場内に響く、一際甲高い吸気音。魔力転換炉エーテルリアクタの全力稼動を示す駆動音を響かせたのはアールカンバーだ。

 それは機械であるはずの幻晶騎士が上げた雄叫びの様にも聞こえる。

 それを合図として引き絞られた弓から矢を放つようにアールカンバーが走り出した。

 様々な選択肢の中でエドガーが取った行動は真正面からの突撃。石畳を踏み砕かんばかりの重量音を響かせながら鋼の騎士が疾駆する。

 

「こういう時に真正面なのがあんたらしいね! いいわ、テレスターレの全力で相手してあげる!!」

 

 幾らパワーに差があろうとも勢いに差があっては攻撃を受けきれない。ヘルヴィもテレスターレへ前進を命じる。

 開幕直後の一幕を髣髴とさせる、双方走り寄っての激突。

 当然テレスターレは先んじて自身の有利を使用する。両肩の上の魔導兵装が火を噴き、2発の法弾がアールカンバーを襲う。

 

 アールカンバーは片方を盾で防ぎ、そして片方を剣で切り捨てた。

 法弾を剣で切り払う技量は賞賛されるべきだが、激突を目前に剣を振ってしまったのは誰の目にも失策である。

 何故ならアールカンバーの目前にはテレスターレが迫り、そしてそのパワーを存分に生かすべく剣を構えているのである。

 突撃をかけておきながら一方的に斬られるだけでは余りにお粗末ではないか。誰もが――そう、ヘルヴィすらそう思った。

 

 そしてエドガーは当然、ただのヘマでそのような行動を取ったわけではない。

 剣は最初から防御用と割り切っている。彼は本命である構えた盾を握りなおし、腕を肩につけ完全に固定する。

 アールカンバーはそのまま姿勢を低くし、左半身を捻じ込むように前進した。

 

「……違うっ!? シールドバッシュッ!! さらに力押しでくるなんてっ!?」

 

 直前でアールカンバーの動きに気付いたヘルヴィは慌てて剣を引く。

 盾を押し出したアールカンバーに対して剣で攻撃しては、剣による一撃が届いてもこちらのほうの被害が大きくなる。

 

 エドガーが取った手段はシンプルなものである。

 攻撃手段、そして純粋なパワー。そのどちらで負けたとしても、アールカンバーがテレスターレに劣らないものがある。

 それは質量だ。

 パワーの差は勢いでカバーし、アールカンバー自身を弾丸とした渾身の一撃をテレスターレへと叩き込んでいた。

 

 技量を抜いた単純な押し合いでは、出力に勝るテレスターレが絶対に有利である――その事実を確信していたが故に、ヘルヴィは正面から攻撃を受ける選択肢を選んでしまった。

 エドガーの狙いに気付いたときには既に回避できる間合いではなく、そして自身も勢いをつけたが故に同様の行動を取らざるを得ない。

 テレスターレも盾を構え、そして2機の幻晶騎士が激突した。

 瞬間、まるで衝撃そのものであるかのような硬質の音が響き渡る。

 2機の衝突の勢いをまともに受けた盾が歪み、互いの左腕から衝撃で砕けた結晶筋肉クリスタルティシューの欠片が飛び散る。

 

 そして次の行動に移るまでのほんの僅かな間、ここで攻撃を仕掛けた側と、受けた側での明暗が分かれた。

 予想外の攻撃を受け怯んだヘルヴィと、最初から意図してぶつかったエドガー。

 エドガーの狙いは最初からこの零距離の間合いへと近寄ることである。そのために全身でぶつかっていったのだ。

 多大なる左腕の犠牲を支払ってつかんだ僅かな好機。

 アールカンバーは無事に動く右腕を振るい、テレスターレの肩越しに魔導兵装へと鋭く、渾身の突きを繰り出した。

 

「やってくれたわね!! でもこれ以上はっ!!」

 

 アールカンバーの左腕は深刻なダメージを受け、ろくに動かない状態だ。だがテレスターレの左腕は驚異的なことにこの衝撃を受けてもなお稼動した。

 さすがに全く無事とは行かないものの、それでも生き残った綱型結晶筋肉がそのパワーを発揮し、激突の衝撃でひしゃげた互いの盾を持ち上げるようにしてアールカンバーを押し返す。

 

「なんという!? 出力だけでなく耐久性までもかっ! だがこの機会を……ッ!」

「気合入れなっ! テレスターレ!!」

 

 一瞬早く、アールカンバーの突きが左肩越しに魔導兵装を折り砕く。

 しかし乾坤一擲の反撃もそれまでだった。

 テレスターレの余りある出力がアールカンバーを押し返し、攻撃後で体勢を崩し気味だったアールカンバーはその勢いで完全によろめいてしまう。

 

「くっ、無理をしすぎたか!」

「もらったよ! エドガー!!」

 

 テレスターレが裂帛の気合と共にアールカンバーへと斬りかかる。

 完全に体勢を崩したアールカンバーにその攻撃を避ける術はなく、左腕の損傷により盾による防御もままならない。

 万策尽きたアールカンバーへ、振り上げられた剣が襲い掛からんとし――

 

 

 

 ――その剣は振り下ろされることなく、その場でテレスターレが膝をつき、倒れていった。

 

 

 

 その時に訓練場内に流れた空気を、正確に表現することは難しい。

 唖然、や呆然、と表現するのが一番近しいだろうか。

 何故、止めを刺さんとした側であるテレスターレが膝をついているのか?

 これが奇跡的なタイミングで放たれたアールカンバーの反撃によるものでないことは、同じく呆然としたその様子を見ればわかる。

 戦いが最高潮に達し、そして決着せんとした瞬間に訪れた、誰もが全く予想だにしない結末。

 目前の状況にどう反応すればよいかわからず、異様な沈黙が訓練場を支配する。そして

 

「……ああ! 魔力マナ切れ!」

 

 唐突に何かに気付いたような、素っ頓狂なエルの声だけが静まり返った訓練場に響き渡った。

 

 

 

 

「さて、これより第一回整備班大々反省会を開催したいと思います」

 

 神妙な様子のエルが、厳かに開会を告げる。

 工房内にはエル、親方と愉快な仲間達が勢ぞろいし、そして誰もが気まずげな表情を浮かべていた。

 いつもはマイペースを崩さないエルも、今は少し目が泳ぎがちであり――僅かな逡巡の後、気まずさの原因をちらりと見やった。

 

 視線の先では、ヘルヴィが工房の隅で三角座りをしながら長大な溜息を吐いている。

 彼女からは気まずい、と文字が見えそうなほど濃密な瘴気が吐き出されていた。

 全てが彼女のせいではないとは言え、大見得を切った末の魔力切れという呆気ない結末である。

 まだしも戦って負けたほうが気も楽だっただろう、彼女が落ち込むのも無理なからぬことであった。

 

 試作機であるテレスターレに欠陥があること自体は十分に予想の範疇だったが、何もあのタイミングで発覚しなくとも……周囲の人間の心境を正直に語るならば、そんなところだろうか。

 いや、決着を目前に双方が死力を振り絞ったが故に表面化してきた欠陥であるとも言えるのだが、そんな事実は何の慰めにもならない。

 

「え、エドガー先輩。ヘルヴィ先輩のフォローをお願いしたく……」

「よりによって俺か!? ……う、ぬうう、善処しよう……」

 

 さすがに堪りかねたエルがエドガーを彼女のほうへと押しやる。

 ほとんど決死の表情で歩みだすエドガーを見送った後、エルは爽やかに振り返った。

 

「さてこちらでは新たな問題への対処を考えましょうか」

「生きろ、エドガー。

 ……さてまぁ起こってみると簡単な事なんだけどよ。出力が上がった分、燃費が悪くなった。

 実に当然だな」

 

 整備台に設置されたテレスターレを前に、全員が頭を抱えていた。

 綱型結晶筋肉を使用し、出力が上がったゆえの必要魔力コストの増大。それによる魔力貯蓄量マナ・プールの消費速度の増大。

 その上魔導兵装が使いやすくなったことにより、そちらに取られる魔力も予想以上に増大していた。

 それに比べて綱型を使用しても、結晶筋肉の純粋な物量はほとんど増えておらず、全体的な魔力貯蓄量は微増に留まってしまっていた。

 結果としてテレスターレは稼働時間の大幅な短縮という欠陥を抱えてしまっていたのだ。

 模擬戦の結果は発覚したタイミングが最悪であった以外は、冷静に考えてみれば順当なものであった。

 

「色々な要因を鑑みて、ざっと稼働時間は半分程度でしょうか。えっと……まずい、ですよね?」

「まず過ぎる。正直致命的じゃねぇかとすら思うんだが……」

 

 今回の改造は出力の強化や魔導兵装の発射タイミング追加など、とにかく外部へと放つものばかり増やしている。

 現実的な問題として、改造点のバランスの悪さが浮き彫りになった状態だ。

 

「(今思えば幻晶騎士ははなっから容量キャパギリッギリの設計しとってんな。

 この余力のなさはむしろ芸術的なもんすら感じる。

 これで出すものばっかり増やしたらそらガス欠にもなるよなぁ)」

 

 とは言え嘆いても何も始まらず、ヘルヴィの尊い犠牲を無駄にしないためにも発覚した欠陥には対策を考えねばいけなかった。

 

「何よりも消費に対し、魔力の供給が足りませんが……供給元である魔力転換炉エーテルリアクタの改造は難しい、と言うより不可能です」

 

 さすがのエルにも、動作原理不明の動力炉をどうにかする術はない。

 その台詞にこっそりと周囲の生徒達は安堵の息を吐いていた。これを軽く改造されたらさすがの彼らもすぐには立ち直れなさそうである。

 

「なら消費を抑えるか? しかしなぁ、抑えようにも仕組み自体が大喰らいじゃ意味がねぇ。

 動きを抑えたんじゃ本末転倒もいいところだ」

「後は魔力貯蓄量の増量ですか……。魔力貯蓄量は、どうやって増やしているのですか?」

「そりゃおめぇ、ずばり結晶筋肉の量を増やすしかねぇな」

「それで容量を増やすのは駄目でしょうか」

「結晶筋肉を増やしたんじゃ、結局消費もでかくなっちまうじゃねぇか」

「綱型にも落とし穴がありましたね。

 筋肉の量自体はほとんど増えていないから、出力と容量の釣り合いが悪くなってしまっています」

 

 発覚した問題点の深刻さに、全員が完全に頭を抱える。

 さすがにすぐに解決案はないかと思われたが、光明は意外なところから投げ込まれた。

 

「そこでほら、お得意のアレじゃないの?」

 

 全員が悩み、静まり返った場面で言葉を発したのは、それまで黙って話を聞いていたアディである。

 開発の場面では珍しい人物の発言に、エルは思わず鸚鵡返しに聞き返してしまっていた。

 

「……お得意のアレ?」

「そう、人の形してなくていーってやつよ!」

「人の、形を……しなくとも、いい」

「えーとだから、筋肉は増やすけど、人の形はしなくていいんでしょ?」

 

 彼女にしてみれば、その言葉はそのままエルの受け売りだ。

 しかしそれを言われた当人は目を丸くして驚いた後、じょじょに目を細めていった。

 

「うう、その通りなんですけど。なんだかアディに教えられると……凄く悔しい」

「ひどいっ!? どうしてよー!?」

 

 暴れ始めたアディと逃げるエルを横目に、彼女の言葉をきっかけにして親方も同じ発想へと辿り着いていた。人の形を外れる、それは別に人とは違う形状をとることのみを意味しない。

 

「……そうだ、そうだったな。結晶筋肉を増やしても別にそれを動かすこたぁねぇのか。

 つまりは結晶筋肉の量だけ・・・増やしゃあいい。

 銀線神経シルバーナーヴで繋いで、どこか空いた空間に結晶筋肉を張りゃあいいのか!」

「ほっ、ですから悪かったですってっとっはっ……ごめんなさい、謝りますから……ね?

 

 ……それなら親方、あとはひたすらに空間の密度を高めるべきでしょう。

 だから繊維ではなく塊、できれば板状かな? で用意したほうが良いかと」

 

 エルの提案を聞いた親方ががばっと顔を上げる。

 

「ようしそれだ! そうと決まりゃあ俺ぁちょっと錬金学科に行ってくる」

「お供します」

「おう、善は急げだ、走って……って坊主はっや! おいまて、どこに行くか解ってんのか!?

 おい坊主!!」

 

 親方がドスドスと足音を響かせながら既に豆粒と化したエルを追いかけていった。

 余談だが、落ち着きはしたがむくれるアディを宥めるのにキッドが四苦八苦したとかしないとか。

 

 

 

 騎操士学科より程近い場所に、錬金術師学科の校舎はある。

 整備班として常に作業に勤しむ鍛冶師や訓練主体の騎操士とは違い、研究職を志すものも多い錬金術師学科の校舎は独特の静けさに満ちていた。

 

 錬金術師学科に所属するラッセ・カイヴァントもどちらかと言うと研究職を目指す者の一人である。

 彼はその日もいつものように研究室に篭り、触媒結晶を変質させる様々な薬液の研究を行っていた。

 試薬を熱する静かな音だけが聞こえる部屋に、突如として外からの無粋極まりない雑音が響いてくる。重量のある物体が連続で叩き付けられるような音……もしくは体重のある人間が全力疾走しているような足音、である。

 研究を妨げられた不快感に彼は僅かに眉を上げ、しかし関係ないとばかりに手元へと視線を戻――そうとしたところで突如部屋の扉が乱暴に開け放たれた。

 

「おうラッセ! いるか! 生きてるか!? ちょっと頼みがある!」

 

 部屋の広さを全く気にしない大音量の誰何にラッセの鼓膜が痺れる。

 扉を開け放つ音源――親方ダーヴィドに向けて、今や不機嫌そのものの表情となったラッセが応えていた。

 

「ダーヴィド……いつも言っているだろう、そんなに大声を上げずとも聞こえる、ちょっと静かにしてくれたまえむしろとっとと居なくなれ」

「すまねぇ、つい癖でな。まぁそんなことよりちょっとお前に頼みたいことがあってよ」

「全く何の用だ、結晶筋肉の追加分ならこないだ馬鹿筋肉のお前が潰れるほど渡しただろう」

「今日はちっとばかり違う用だ。どちらかってーとお前に新しく作ってもらいてぇもんがある」

 

 どうやらラッセのもの言いにも慣れたものらしく、親方は顔色一つ変えずに用件を切り出した。

 その台詞に不機嫌一色だったラッセの表情が変わる。

 研究者としての性格の濃いラッセにとって“新しい”と言う言葉はその機嫌を直して余りある魅力を持った言葉だった。

 

「ほう、新しい、ね……。特別に聞いてやろうじゃないか。

 どうでも良い内容だったら薬でお前の髭を固めてやる」

「なっ! てめぇ、ドワーフ族の髭は神聖なんだぞ!? ケッまぁいい、聞いて損はさせねぇよ……」

 

 

 一通り親方の説明を聞いたラッセの表情は、傍目には曰く言いがたいものになっていた。

 興味と悦びと思考と疑問を混ぜて炒めればこんな感じになるだろうか。

 

「というわけで結晶筋肉を塊で用意してもらいたい。できれば板状にしてもらえりゃありがてぇな」

「ふむ、確かに面白い。

 お前の鉄製の脳味噌で良くそんなことを思いついたものだと誉めたいところだが……」

 

 ラッセの視線がついと逸れ、それまでは親方の横で静かにしていた人物エルへと移って行く。

 

「……お前か? 元凶は」

「少し助力はしましたが、これは親方の案が基礎になっていますよ」

「ほぉう……ダーヴィドの鉄塊も、ずいぶん進化したじゃないか」

「てめぇはいつか全力で殴る。で、どうなんだ? 用意できそうか?」

「待て。これまでの生産設備が使えん以上すぐさま作れるものじゃない。

 研究室でいくらか作ってみるからまずは時間を寄越せ」

 

 言いつつ、すでにラッセは作業に取り掛からんとしている。すでに彼から余計な興味は消え、目の前の作業へと沈みつつあった。

 こうなると長いことをわかっている親方はエルを促し戻ろうとするが、エルにはまだ確認すべきことが残っている。

 

「最後にもう一つお聞きしますが。

 魔力貯蓄量に特化した性質を持つ結晶筋肉……か、それに類するものはないのでしょうか?」

 

 どっぷりと作業に沈むラッセにも、興味ある言葉は届くらしい。

 

「……無いな。これまで結晶筋肉は収縮による出力の増大を主眼に研究されてきた。

 魔力貯蓄量はあくまでも副次的な要素だ」

「では、つくれませんか?」

「何とも言えんな……これまでロクに研究されていないと言う事は逆に研究の余地が多いともいえる。

 が、面白い。実に面白い……」

 

 ぶつぶつと呟きながらも作業を進めるラッセは、それっきり研究の海から還って来る事はなかった。

 

 

「しかし他にも落とし穴ねぇだろうな、新型?」

「保証はしかねますね。もう少し新型を増やしてじっくり動かしたほうが良いかもですね」

「腕が鳴るってぇか、肩が凝るな、まったく」

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