#28 開発は山あり谷あり

 ライヒアラ騎操士学園に、授業の終わりを告げる鐘の音が響く。

 授業中は静まり返っていた教室に、途端にざわめきが満ちる。授業の続行が不可能であることを悟った教師は小さく嘆息すると挨拶を残し、教室から出て行った。

 授業から解放された生徒達は思い思いに放課後の時間を過ごし始める。

 街から出れば魔獣の脅威に晒されかねない、そんなシビアな世界であっても、学生と言うものはそうは変わらないものであるらしい。

 それは学生の一人であるエルネスティ・エチェバルリアにとっても例外ではない。

 彼は傍らに置いた鞄の中身を確認すると席を立ち、幼馴染である双子の元へと向かっていた。

 

「キッド、アディ」

「あー、おう、エル。あれか、今日もあれの勉強か」

「あれね、きっとあれね。今日もあれなのね」

 

 心なしかキッドとアディの顔に元気がない。

 周囲のクラスメイト達は解放感に溢れた様子だと言うのに、彼らはまるで試験期間中の学生のように余裕を失っていた。

 

「それについてですけど、今日僕は工房のほうでやっておきたいことがあるので、勉強会は中止にしようかと。

 それでその間に二人にはあの本を読んでおいてもらおうかと思いまして」

「そ、そう!? そうよね! エル君にもやらなきゃいけない事はあるしね!

 とりあえず続きは読んでおくわね~」

「はい、こちらの作業の進み具合によっては近々実演に入れるかと思いますので……。

 その前に、500ページほど読み進めておいてくださいね」

「「えっ」」

 

 愕然とした表情の二人を残し、ぱたぱたと足音をたててエルは工房へと向かう。

 取り残された二人は周囲のざわめきも気にせず、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 

 

 

 工房の内部は相も変わらず喧騒と騒音に満ちている。

 慌しく行き交う生徒達の間から目当ての人物を見つけ、エルは人ごみをすり抜けるようにすとすとと進んで行く。

 

「親方、少しお願いしたいことがあるのですけど……

 

 ……えーと、親方? 何故皆様こんなにぐったりしてるのですか?」

「おう坊主……いや、綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューを作ってたんだがよ」

「はい」

「……まさか俺らも、騎操士学科に来て糸巻き機を回す事になるたぁ思わなかったぜ……」

「ああ……あの、お疲れ様です」

「だがまぁ、その甲斐あったってとこだ。ほれ、こいつを見てみろ」

 

 親方が投げて寄越した資料には、様々な数字が並んでいた。

 それは結晶筋肉クリスタルティシューを普通に使用した場合と、綱型ストランドタイプにして使用した場合に発揮する出力のデータをまとめたものだ。

 そしてその後には同じ綱型でも、編み方を変えた場合の出力の比較が続いている。

 

「服飾学科の生徒に、結晶筋肉で色々な編み方を見せてくれって言った時には危うく医者を呼ばれかけたぜ」

「無茶しますね」

 

 達成感とも何ともつかないものを含む、親方の眼差しは遠い。

 しかし彼らの尊い犠牲を乗り越えて集められたデータはまさに値千金、万金の価値があった。

 最も効果的な編み方をした場合の最大出力は従来の1.5倍に達している。

 そして強固に縒り合わせ編まれた綱は、伸縮の繰り返しに対しても従来の10倍近い耐久性を示していた。

 

「予想以上ですね。僕の予想だと行っても出力2割り増しの、倍の寿命程度と思っていたのですけど……」

「は、言い出したのは確かにおめぇだが、俺らも何もしねぇたぁ思ってもらっちゃ困るってもんだ。

 まぁ実際効果があったもんだから段々悪ノリじみたのは否定しねぇがよ。

 それとやってみて思ったんだが、使い方一つで相当効率に差が出るもんだな。

 こりゃあこれまで漫然と使ってた部分も、見直しゃまだまだ改善できんじゃねぇかと思えてきたぜ」

 

 そう言って笑う親方はまるで子供のようにニカッと笑っている。

 静かに笑みを浮かべるエルと並ぶとどちらが子供かわからない雰囲気である。

 そうして二人が結果について話し合っていると、整備場のざわめきが一層大きくなった。

 その中から、油に塗れた生徒が大声で親方を呼ぶ。

 

「親方ぁ! 腕の張替え、終わりやしたぜ!」

「おう! 今いく! ……よし坊主、ちょうど綱型の試作を動かすところだ、一緒に見てけ」

「勿論拝見させていただきますとも」

 

 そこに在るのは、右腕だけ外装アウタースキンを外され、結晶筋肉を剥き出しにした巨大な人体だった。

 右腕に張られた筋肉は繊維の太さが太く、綱型を使用した部位であることがわかる。

 これがもし生物の肉と同色であったならさぞかし精神衛生上良くない光景だったのであろうが、結晶筋肉はくすんだ白色をしており、その巨大さと相まって一種の彫像のようにも見えていた。

 

「よぉし! おめぇら離れろ! これから動作試験を始めるぞ!」

 

 周囲で作業していた生徒達が蜘蛛の子を散らすように離れてゆく。

 整備用の椅子に座った状態の機体に騎操士ナイトランナーが乗り込み、圧縮空気の音を残して前面装甲が閉じてゆく。

 綱型を使用した側である右手には、巨大な金属の塊が握られていた。

 これまでに綱型結晶筋肉単体での出力データは取られているものの、実機に装着しての動作実験はこれが初めての事だ。

 周囲の生徒たちも期待に目を輝かせ、固唾を飲んでその腕を見守っている。

 

 合図に合わせ、幻晶騎士が腕を持ち上げる。

 二の腕の結晶筋肉が収縮し、盛り上がるのが薄い一次装甲の隙間から見えていた。

 

「ほぉ……こいつぁすげぇな」

 

 その機体が持ち上げている金属の塊は、普通の幻晶騎士では両腕で持ち上げるので精一杯という代物だ。

 それを軽々と片腕で持ち上げる、綱型を使用した筋肉の出力は流石と言うべきものだった。

 

 ギィィィィ……キィ

 

「出力の向上、耐久性の向上。上手くいきそうですね」

「おう、坊主が動かしても早々は死なねぇ機体になりそうだな」

 

 ギギィィィィ……ギギ……ギィィィィィィ

 

「ところで親方、何か聞こえませんか? こう……何かが軋むような音が」

「おめぇにも聞こえるのか、ならこいつは空耳じゃねぇってことだな」

「「…………」」

 

 二人が顔を見合わせ、機体のほうへと振り返った瞬間、乾いた炸裂音と共に機体の右腕が文字通り炸裂した。

 結晶筋肉が広がり、金属の塊が地面に落ちるが、そんなことを気にするものはその場にはいなかった。

 何故なら右腕に装着されていた一次装甲がまるで散弾のごとく周囲へと飛び散っていたからだ。

 幻晶騎士を覆う巨大な装甲による散弾。そんなものに当たれば当然、ただでは済まない。

 一瞬で整備場は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

「~~!? ……!!」

 

 そして、ちょうど親方の真正面にも装甲の部品が飛来し――

 

「冗談じゃない!!」

 

 ――直前に割り込んだエルが、抜き放ったウィンチェスターで装甲の破片を迎撃する。

 低い姿勢で下から多量の圧縮空気弾を撃ち放ち、飛来した装甲の軌道を変える。

 甲高い爆裂音を残し、装甲は上に大きく弧を描くとそのまま後ろの壁へと突き刺さった。

 

 騎操士学科に所属すれど親方の本職は鍛冶師である。その上元々ドワーフ族自体が素早さに欠ける事もあり、とっさの反応は望むべくもない。

 彼は暫くの間身を庇うようなポーズのまま彫像のように固まっていたが、ややあって引き攣った表情で後ろの壁に刺さった破片を見上げた。

 壁にめり込んだ破片の様子にさすがの親方も俄かには声が出なかった。しばらくはそのまま呆然としていたが、やがて我に返ると今しがた炸裂した機体の検分を始める。

 

 そこにある機体は、右腕が無残にもぼろぼろになっている。

 結晶筋肉が外れ四方八方に散らばり、中の金属内格インナースケルトンが剥き出しになっている状態だ。

 熱心に右腕の状態を確認する親方に、エルがおずおずと声をかけた。

 

「……親方、ご見解を、どうぞ」

「あー、こりゃあれだな。結晶筋肉自体は無事だが根元の固定が吹っ飛んでやがる。

 筋肉の出力だけ上げすぎて、他のところが耐えられなかったってぇ事だな。

 なるほど、いやぁこいつぁ参った参った」

 

 はっはっは、と乾いた笑い声を上げる親方もすぐに黙り、再びエルを顔を見合わせると二人して深い溜息を吐いた。

 

「一筋縄じゃいかねぇ、っつうかこりゃ最低でも全身見直しだな」

 

 周囲の機材への被害は出てしまったものの、作業前に全員がある程度離れていたこともあり奇跡的にその事故での人的被害はなかった。

 恐る恐る這い出してきた生徒たちも、呆然と右腕の壊れた機体を見上げては溜め息を吐いている。

 綱型結晶筋肉の実用化までは、まだまだ越えねばならない障害は多そうなのであった。

 

 

 

 綱型結晶筋肉自体は十分なものが出来上がっている以上、まずは固定方法を含む構造の見直しが行われることとなった。

 当然ながら、根元からの見直しには時間がかかる。

 設計に関わる人間は暫くてんてこ舞いであろう。しかしそれ以外の、主に実際に組み上げを担当する者などは少し手が空く形になった。

 

「そこでもう一つ、別の作業をお手伝いいただけないかと思いまして」

 

 ここは工房内の一角、会議室。

 やはり黒板を前に解説モードに入っているエルの目の前には、親方と他数名の鍛冶師がいた。

 つい先ほどまで工房内に飛び散った装甲の破片の撤去にかかっており、今は漸くひと段落着いたところである。

 

「まぁ、実際少し手隙が出てるからいいけどよ、何を作らせようってんだ?

 例の背面武装バックウェポンとやらとはまた別のものか?」

「はい。こないだ言いましたよね? 幻晶騎士以外に騎操士の訓練に使えそうなものを用意すると」

「ああ、あのことか……。何を作るのか知らねぇが、あんまり手間がかかる代物は厳しいがよ」

 

 親方の言葉を背にエルは黒板へと紙の束を広げ、貼り付けてゆく。

 そこには様々な部品と、それを組み合わせた何物かが書かれている。

 そこはやはり技術者の性で、親方達の視線は吸い寄せられるように図面へと向かう。

 

「(幻晶騎士の図面? いや、そいつにしちゃあ随分と……小せぇ。しかも心臓部がねぇのか?)」

 

 最後に貼られた図面には、それまでに書かれた部品を組み上げたものであろう、全身鎧の形をした機体が書かれている。

 しかしそこに添えられたサイズは全高約2.5mと言うところ。一般的な幻晶騎士の1/4程度である。

 かと言って普通の人間が着る鎧としては随分と巨大だ。彼らは今一それの正体を掴みかねていた。

 

「随分と大柄な奴の鎧を作るんだな……? いや、おいおい坊主なんだそりゃ、結晶筋肉を使ってるだぁ!?」

 

 図面を張り終えたエルが振り返る。

 彼の顔に浮かんでいる笑みに、条件反射的に親方達の表情が引き攣るがそれは余談である。

 

「ふふ、そうですよ。とても簡単に言いますと、これは小型の幻晶騎士です。

 人間が直接着込んで・・・・・・動かす、極小サイズの幻晶騎士」

 

 その場にいる全員の沈黙は、長かった。

 微かに緊張感すら孕む沈黙のなか、暫く髭を撫でながら図面を睨んでいた親方が漸く口を開く。

 

「………………おお、うん。あれだ、形の次は大きさを変えてきやがったな」

 

 固唾を飲んでその言葉を聴いていた周りの生徒が盛大に息を漏らす。

 

「って親方ぁ、そんな一言で片付けるにはこいつはとんでもなさすぎるんじゃあ?」

「鍛冶師の沽券ってもんに賭けて、そう何度も坊主の台詞に驚いてられるか!

 ……で? ふむ、構造は確かに幻晶騎士のそれを応用してるのか。

 そいつは後でじっくり見せてもらうが……こいつで騎操士の訓練するってのか?

 ああいや待て待て、そうだ、こいつは心臓部を積んでねぇ、動くのか?」

 

 幻晶騎士の心臓部――魔力転換炉エーテルリアクタ魔導演算機マギウスエンジン魔力マナの源と制御部分をあわせてそう呼ぶ。

 そこに書かれているのは確かに小型の幻晶騎士のようなものだが、簡潔に言えばやや大きめの鎧を外装アウタースキンとして、その中に結晶筋肉を張り巡らせた構造をしている。

 人間が着込む、という言葉からもわかるように内部はがらんどう・・・・・になっていた。

 

「はい。幻晶騎士に魔力転換炉や魔導演算機が必要なのはあくまでもあの巨体を動かすのに必要な魔力、そして魔法術式を人間一人の能力で支えられないためです。

 ならば……乱暴な言い方になりますが、機体自体を小さくすれば負担もはるかに小さくなります……計算上は、人間一人の能力でも動かしうる程度まで」

 

 熱心に説明を聞く鍛冶師達の顔に、以前のような拒絶の表情は見られない。

 既に新しい技術と共に一歩を踏み出している彼らは、新しい概念に驚愕こそすれ、次には貪欲にその内容を吟味し始める。

 

「確かに理論上はそうだ。が、なぁ……魔法術式の負担は具体的にはどれくらいだ?」

身体強化フィジカルブーストが使えるならば十分なくらいかと」

「おいおい、かなり厳しいんじゃねぇかそいつぁ……。

 しかもだ、魔導演算機を用いた幻晶騎士と動かし方が違ってやしねぇか? そいつぁ。

 これを動かせること自体は良いけどよ、肝心の練習にゃならねぇんじゃ仕方ねぇぜ?」

 

 問いかけつつも親方の表情はニヤリ、と音がしそうなものだ。

 からかっているのか試しているのか。果たしてエルは笑顔を崩すことはなく、すらすらと答えを返す。

 

「操縦方法は実はさほど変わりません。

 元々、幻晶騎士の操縦も四肢の動きを起点にして、魔法術式の併用によるものです。

 こちらはより直接的に自分の動きに追従して機体を動かし、魔法術式自体も自分で演算するだけです。

 正確には術式の演算による負担は大きくなっているのですけど……その辺は訓練ということで」

 

 ふむう、と親方が一言唸り、他の鍛冶師達も後ろで意見を交換しあう。

 

「何よりです。小型ということは必要な資材が少なく済む上に、幻晶騎士の中でも高額貴重な部品である心臓部がないことにより更にお安く!

 今なら1機作るごとにもう1機つけちゃいますよ」

「何をだよ? ……ともあれ背面武装の時よりゃ、言いてぇこともわかりやすいな。

 まぁ簡単に作れるってのは確かだ。ここは一つ実際に作ってみるってのも良いだろうさ。

 そこで思ったように動かねぇってのなら考え直すなり何なり、他に手もあるだろう」

 

 親方の脳内では、この小型幻晶騎士による効果がはじき出されていた。

 幻晶騎士の構造を簡単にしたそれは、サイズも相まって製造の手間は非常に小さい。恐らくは幻晶騎士に対して1割どころか、5分にも満たない程度だろう。

 それで簡易的とは言え幻晶騎士の操縦訓練が出来るならば、異常なまでにコストパフォーマンスに優れていることになる。

 それこそ騎操士学科の生徒の人数分用意しても良いレベルだ。

 何より――……

 

「おい坊主、確かにこいつぁ騎操士の訓練用なのかもしれねぇけどよ。

 それ以外に用途がねぇってわけでもないんだろ?

 何せ……鎧はともかく、生身に結晶筋肉が加わってるんだ。こいつは結構な代物になるんじゃ、ねぇか?」

 

 はっとした表情の親方に、エルは頷きながら返答する。

 

「それは勿論。魔力の利用法として、身体強化よりも結晶筋肉による力の増幅のほうが高効率です。

 それが綱型を使用したものなら、尚一層のことでしょう」

 

 わしわしと頭をかいた親方がついに耐え切れなくなり、ガッハッハと高笑いを始めた。

 

「ここ最近は本当にまったく、面白すぎていけねぇな。

 おいおめぇら、どうやら油を売ってる場合じゃなさそうだぞ」

「まったくで。いやぁ、鍛冶師としては腕が鳴って仕方ないところで」

 

 鍛冶師達が一斉に頷きを返す。

 その誰もがやる気に満ち溢れた表情をしている。

 

「全員やる気みてぇだな。よし、いっちょこいつもやってやろうじゃあねぇか!」

 

 

 

 

 工房での打ち合わせを終えたエルが自宅へと帰りついたのは完全に日が落ちた後だった。

 ギリギリ滑り込むように夕食の時間に間に合い、軽くティナに怒られながら食事を済ませて自室へと向かう。

 

 ある意味勉強熱心な少年であるエルの自室は壁際に並んだ本棚、後は机とベッドという構成になっている。

 エルが部屋に入ると机にはキッドが、ベッドにはアディが倒れ伏していた。

 

「二人ともこちらに居たのですね。どうですか? 参考書は読み進んでいますか?」

 

 この二人が勝手に入り込んでいることなどすでに日常茶飯事であり、エルも特に気にした様子はない。

 部屋の主が帰って来た事に気付き、うなだれていた二人がゆっくりと再起動する。

 

「……たぜ」

「?」

「勿論、500ページキッチリ読み進めてやったぜ」

 

 珍しいことに、驚きに束の間エルの動きが止まった。

 彼の予想では提示した量の半分を越したぐらいだろうと思っていたところだったのだ。

 それが既に全てを終えていると言う。決して内容が簡単なものではないだけに、エルの驚きは大きなものになった。

 それを見て取ったキッドがニヤリと笑い、椅子を回して正面から向かい合う。

 彼らの師匠であるエルの予想を上回れたことは、彼にとっても少しばかり痛快なことだった。そのために払った犠牲が結構なものだったとしても、だ。

 

「(キッドの性格からして誤魔化すような真似はせんやろし、これは本気か。

 予想以上に頑張ってくるな)」

 

 エルは驚くと同時に、幼馴染で弟子でもあるキッドの頑張りを嬉しく感じる。

 自然、彼の表情にはじんわりと笑みが浮かんでゆく。

 

「どうやったのです? 斜め読みなどはしていないのでしょう?

 正直なところ、内容を把握するのにもそんなに簡単なところではなかったはずなのですけど」

「ん? へへっ、そりゃな、読んでるうちにちょっとした事に気付いたのさ」

「ちょっとした事?」

「おう、魔法術式が大量にあってそりゃあ把握が大変だったけどよ、あれって法則性があるだろ?」

「……法則性」

「前にエルから習った身体強化や制御術式、あと拡大術式エンチャントとか、結構知ってる魔法術式と似たのが多いし、大半はその組み合わせで出来てる……違うか?

 それに気付いてよ、後は注意していけばかなり捗った……

 

 ……っておいエル、なんだその顔は」

 

 得意げになっているのはキッドのはずが、話を聞くうちにエルがどんどんと笑顔になってゆくのを見て言葉を切る。

 

「んー、いえいえ。キッド?」

「なんだよ」

「ふふ、すごいです、偉いです。それって自分で気付いたのですよね。

 本当にすごい、大正解です。もうそこまでわかるようになっていたのですね」

 

 エルがそれに気付いたのはあくまでも前世の記憶に根ざした、プログラマーという経験を駆使してのものである。

 彼が教えた知識の素養があったとは言え、キッドはこの世界で初めて、自力でその領域に追いついてきたのだ。

 これを喜ばずにいられようか。

 エルは自身の頬が自然と緩んで行くのを止める事など、できそうもなかった。

 

「(うーん、なんか最近は本当に嬉しい事と楽しい事が多すぎるなぁ)」

 

 

 その時、それまでベッドに倒れ付したままだったアディが凄まじい勢いで起き上がった。

 

「エル君! 私も! 私も一緒に頑張ったんだから、キッドばっかり誉めるとかずるいわよ!」

 

 突然挙手を始めたアディにキッドとエルがそろってずっこけかける。

 

「えー……いやおい、だったら何故ずっと突っ伏してんだよ」

「それは……だって、エル君のベッドだし……つい」

「アーーディーーイーー。ちょっとここに来て座りなさい」

 

 おっかなびっくり、それでもアディは言われたとおりエルの前まで来て座る。

 腰に手を当ててそれを待つエルは溜め息を一つ吐き、そしてアディの頭を撫で始める。

 

「うん、アディも偉い。良くここまで来てくれました。

 本当に二人とも凄いですよね。これなら後は実践あるのみです」

 

 不敵に笑うキッドと、何やら縁側の猫みたいな表情になっているアディを見回し、エルもその頑張りに応えるべく次の行動を決める。

 

「丁度、親方達とも話がついたところです。

 これから幻晶騎士の操縦訓練用の強化甲冑を……幻晶甲冑シルエットギアを、開発します。

 キッドとアディには、僕と一緒に試験操縦者として、手伝ってもらいますよ」

 

 双子が揃って腕を振り上げたのは、言うまでも無い。

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