第45話
「えー…であるからして…魔法の詠唱というものは……」
魔術学院講師の間伸びした声が室内に響く。
生徒たちは休憩時間の弛緩した空気からはいっぺん、目をぎらつかせてメモを取ったり集中して講師の話を聞いたりしている。
「はぁ…大変だった…」
そんな中、俺はようやく穏やかな時間が訪れたことに密かに安堵していた。
担任教師によるホームルーム的な時間が終わってから、授業が始まるまで、俺は生徒たちによる質問攻めにあっていた。
周りを取り囲む生徒に一斉にさまざまな質問を浴びせかけられ、本当に大変だった。
愛想の悪い編入生だと思われ仲間はずれにされるのも困るので、俺はなるべく生徒たちの質問に答えていった。
その甲斐あってか、生徒たちの俺に対する第一印象はかなり良好だったと言えるだろう。
「とりあえず第一関門は突破かな…」
途中からクラスに組み込まれた編入生としてクラスに馴染めるかはかなり不安だったのだが、一応出だしとしてはかなり順調だろう。
このまま問題を起こさず、少しずつこの学院に馴染んでいくとしよう。
「それにしても…」
俺は手元の教科書を眺める。
「簡単すぎる…いや、逆に難しいのか…?」
帝国最高峰の魔法学校と聞いて、その授業もさぞ難解なことだろうと身構えていたのだが、蓋を開けてみればあまりにも簡単すぎて退屈極まりなかった。
なんだろう。
俺が今まで意識もせずに簡単にクリアしていた段階を、逐一小難しい理論と共に書き連ねてあるのだ。
だから一つの魔法の発動の工程の解説に、十ページ以上のページ数を割いていたりする。
こんな小難しい理論をやるよりも、実践した方が魔法は身につくと思うんだが…
「まぁでも…勉強ってこんなものか」
前の世界でも、学問というのは案外こんな感じだったような気がする。
実戦的な実力を身につけることよりも、とにかく知識を頭に叩き込むことが目的なのだろう。
これが学院のやり方だというのなら、俺がいちいちケチをつけるものでもないな。
「くぁあ…」
俺はあくびを噛み殺す。
だめだ…なんだか眠くなってきた。
この講師の声…なんかいい感じに眠くなってくるんだよな。
子守唄のように心地いいというか…
けれど、寝てはダメだ。
授業日初日で居眠りなんかしたら、目をつけられてクラス内で浮いてしまう…
ダメだ…
寝たらダメだぞ…
寝たら…
………。
……。
…。
「…りうすくん!!起きて!!アリウスくん!!!」
「はっ!?」
肩を揺すられて俺は目を覚ます。
いけない。
俺としたことが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
俺は目を擦って、当たりを見渡す。
「あ…」
手遅れだった。
クラスメイトたちの視線が俺に集まっている。
皆、「あーあ、あいつやらかしたな」って目で俺を見ていた。
「ははは…」
俺は誤魔化すように頭をかいた。
だが…
「おい、編入生。貴様授業中に居眠りするとは、私を舐めているのか?」
「…す、すみません」
目の前で鬼の形相で立っている講師は見逃してはくれそうになかった。
「貴様は今日が授業初日だろう…なんだその気の緩み方は」
「すみません…」
「そんなんで帝国魔術学院の授業スピードについてこられるとでも思っているのか?」
「…すみません」
俺は自分が悪いのでひたすら頭を下げて繰り返し謝る。
だが、講師の怒りはそれだけでは治らなかったようだ。
だんだんと語気を荒げていき、最終的には俺が不正をしてこの学院に編入したと決めつけ出したのだ。
「クラウス王子とコネがあるなどと騒がれているが…嘘に決まっている…お前はどうせ何らかの卑怯な手を使ってこの学院に無理やり入り込んだのだろう?」
「いやそれは…」
「編入試験ではアダマンタイトを魔法で破壊したと聞いているが…そんなことあり得るはずがない…!!一体どんな不正をしたんだ!!答えてみろ!!」
「ちょっと待ってくださいよ!」
流石にここまで言われて黙っているわけにはいかなかった。
「俺は何も不正はしていません。ちゃんとした手続きに則ってこの学院に入ったんです。理事長にもあいました。聞いてみてくださいよ」
「はっ。信用できるか。きっと裏金だ。金を積んで理事長を買収したんだ。一体いくら積んだんだ?」
「…」
ダメだこの人。
全然聞く耳を持ってくれない。
確かに居眠りをしたのは俺が悪かったが、それでここまでいうことはないだろう。
「おい」
俺が言い返しても無駄だと判断して黙っていると、講師が突然教科書を指差していった。
「居眠りをするぐらいの余裕があるのなら、当然この魔法は発動できるよな?」
「…?」
「火属性の中級魔法、ファイア・ボールだ!!噂を信用するなら、お前はアダマンタイトを魔法で破壊するほどの使い手なのだろう?当然中級魔法ぐらい使えるよな?」
どうやら講師は俺を試すつもりのようだった。
俺に中級魔法が使えないとたかをくくっているのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらそんなことを言ってくる。
「もちろんこれくらい使えますけど……でもいいんですか?」
「何が?」
俺は疑問に思って聞いた。
「上級魔法とかじゃなくて。ファイア・ボールぐらい適性があれば誰でも使える気が…」
「〜〜〜っ」
俺がそういうと講師の顔が真っ赤に染まった。
「うるさい!!いいからやれ!!」
「いいですけど…」
俺はこんなもので居眠りがチャラになるならと、ファイア・ボールを使う。
「ファイア・ボール」
俺の手の中に炎の弾が浮かんだ。
「なぁ!?」
講師の目が大きく見開かれる。
「「「「おぉおおおお!!!」」」」
周りの生徒たちから拍手が起こった。
いや、別に拍手を送られるほどのことじゃないと思うんだが。
「ききき、貴様っ!!今何をした!?」
「え?」
講師が震え声で訪ねてくる。
「何って…ファイア・ボールを発動したんですけど」
あんたがやれって言ったんだろう?」
「え、詠唱は…?」
「詠唱…?」
俺は首を傾げる。
「惚けるな!!ファイア・ボールの詠唱のことだ!!」
「あぁ…」
あの魔法名の前に唱えなくちゃいけない長ったらしいやつか。
それだったら…
「慣れたから省略しているだけですけど」
「なぁっ!?」
講師が目を見開く。
「…?」
俺は講師が何に驚いているのかその時はわからなかったのだが、後に俺がしてきたことは詠唱省略というかなり高度なテクニックを要する手法であることが判明するのだが、それはまた別の話だ。
「くぅ…ぐぅううう…」
講師が悔しげな唸り声を上げる。
どうやら本当に俺にファイア・ボールが発動できるとは思っていなかったようだ。
「他にも何かやって見せましょうか?」
「もういいっ!!」
講師が起こって踵を返した。
ずかずか、と効果音が出そうな歩き方へ教壇の方へ戻っていく。
「噂の全てを信じたわけではないからな!!!」
最後に負け惜しみのような一言が飛んできたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます