第24話


「んぅ…?」


ルーシェを拾ってきたその翌日の朝。


俺は誰かに体を揺さぶられて目を覚ました。


「おはようございます、アリウス様」


「ルーシェ…か…?」


俺が目を擦りながら上体を起こすとベッドの傍にはメイド服を着たルーシェが立っていた。


「セバス様に頼まれてお着替えをお持ちしました。それから朝食も」


「そうか。ありがとう」


どうやら早速使用人としての仕事に従事しているようだ。


「アリウス様…昨日は本当にありがとうございました。私はアリウス様に救われました」


俺がベッドに座ってぼんやりとした意識がはっきりとするのを待っていると、ルーシェが昨日のことに関して礼を言ってきた。


「大袈裟だな。ルーシェを雇うのはお父様だ。感謝ならお父様に」


「いえ…アリウス様がいなければ私は森でモンスターに殺されていたでしょうし…使用人として雇うことをアイギス様に提案してくれたのもアリウス様です。本当に感謝します」


「…まぁ、そうか。うん…どういたしまして」


真正面から感謝の意を示され、俺は照れ臭くなる。


「この恩はいつか必ず返します」


「おう…別にそんなに気負わなくていいからな」


「いえ、必ずです」


「…そうか」


「はい」


「…」


「…」


「と、ところで、さ」


「はい、なんでしょう?」


「今更だがよかったのか?うちで使用人として雇われるってことで。特にルーシェの希望も聞かずに話は決まってしまったけど」


「はい!!もちろんです!!アリウス様の住んでいる屋敷で働けるなんて、これ以上の幸福はありません」


「お、大袈裟だな…まぁ、ルーシェがいいならそれでいいんだが」


「これから使用人として立派に勤め上げられるように頑張りますね」


「おう、期待している」


ルーシェと俺は顔を見合わせて笑った。


「あの、アリウス様…?一つお聞きしたいことが…」


「ん?」


「アリウス様は現在、婚約者とかは決まっておいでなのですか?」


「え、婚約者…?」


どうして急にそんな話になるのだろうと俺は首を傾げる。


ルーシェが何やらモジモジとしながら言った。


「貴族の方は…幼い頃に婚約者を決められることがある、などと聞いたことがありまして」


「あー…いや、俺の場合は特には」


「そうですか…!!」


ルーシェの表情がぱああと輝いた。


「あ、あの…アリウス様…それでしたらですね…」


「おう?」


「私をアリウス様の……妾にしてください!!」


「はぁ!?」


思わず大きな声が出た。


こいつ今なんて言った…?


「い、今なんて…?」


「アリウス様が大好きです…愛人でも第二夫人でも……いえ、最悪性奴隷でも構いません…!!お願いです!!アリウス様のそばに居させてください…!!」


「待て待て待て!!いきなりどうした!?」


とんでもないことを言われて思考が追いつかない。


第二夫人?


性奴隷?


こいつは一体何を言い出してるんだ?


「ダメでしょうか…?」


「だ、ダメとかじゃなくて…いきなりすぎて意味がわからん…?どう言うことなのか説明してくれ…」


「せ、説明って…なんのですか?


キョトンとするルーシェ。


いやいや、そんなの一つしかないだろう。


こいつは天然なのか…?


「どうしていきなり妾とか第二夫人とか、そう言う話になるんだ…?」


「え…それは好きだからですけど」


「は…?好き…?」


「はい」


「誰が…誰を?」


「私が、アリウス様を」


「…ルーシェが、俺を?」


「はい」


「そうか」


「はい」


「…」


「…」


あれ、ひょっとして俺、今告白されてる…?


「あの、アリウス様…?」


しばしの沈黙をルーシェが破る。


俺はようやく、どうやら自分がルーシェから好意を示されていることに気づき、顔を赤くする。


「ど、どうして、る、る、ルーシェは俺のことが…す、好きなんだ…?」


吃りまくりだった。


そりゃそうだ。


前世を含めて異性に告白されたのなんて初めてだったからな。


「どうしてって…理由は色々ありますけど…」


ルーシェがモジモジとしながら答える。


「私のこと助けてくれて…屋敷で雇うように提案してくれて…すごくかっこいいし、優しそうだし、というか最初に見た時からドキドキしてて…なんか運命みたいなものを感じて…」


「…っ」


気恥ずかしい文句をつらつらと並べるルーシェ。


俺はそういやこの世界の俺は、美形の母親シルヴィアの血を継いでかなりイケメンだったことを思い出す。


「恋ってこんな感じなんだって……昨日の夜もずっとアリウス様のことを考えて、あんまり寝れませんでした」


「…っ」


「平民の私がアリウス様の妻になろうなんて烏滸がましいのはわかっています。だから、第二夫人でも第三夫人でも、最悪性奴隷でも構いません…!どうかアリウス様のそばに居させてください…!!」


「せ、性奴隷は極端すぎるだろ!?」


「アリウス様のそばに居られればもうなんでもいいです!!」


「なんでもいいのかよ!?」


「はい!」


「…っ」


嘘を言っているようには見えない。


どうやらルーシェは本気で俺に告白しているようだった。


「ええと…その、だな…」


俺はどう答えていいか迷う。


異性に告白をされたのは初めてだ。


もしこの場で告白を受け入れた場合、俺はルーシェと付き合うってことになるのか?


一応領主の息子が、使用人と付き合ってもいいのか?


というかそもそも俺たちはまだ十歳と十一歳だ。


男女交際をするにはまだ幼すぎるんじゃないだろうか?


前世の記憶がある俺はともかくルーシェの方は。


そもそも俺はルーシェのことが好きなのか…?


「アリウス様…?その、誰か好きな人でもいるのですか?」


「え…?」


ルーシェが恐る恐ると言った感じで訪ねてくる。


好きな人。


そう言われて今一瞬だけ、エレナの顔が頭に浮かんだ。


魔法の師匠、エレナ。


正直彼女に好意を抱いていないと言ったら嘘になるだろう。


前世の記憶を引き継ぐ俺の精神年齢的にも、エレナくらいの年齢でないと正直恋愛対象に入ってこない。


だが、エレナの方は正直俺のことを異性としては見ていないと思う。


エレナは俺を肉体年齢通り…つまり、少しませただけの十歳と見ているから、エレナに俺が告白しても多分受け入れてはくれないだろう。


だとしたら、ここでルーシェの気持ちに応えればいいのでは…?


一瞬そんな考えが浮かんだが、俺はすぐに頭を振る。


今ここで決めてしまうのは早計だ。


「アリウス様…?」


顔を覗き込んでくるルーシェに俺はいった。


「悪いルーシェ。すぐには答えを出せない」


「…はい」


「少し時間をくれないか」


「もちろんです」


「ありがとう」


「いい返事を期待してますね」


「ああ…悪いな優柔ふだ」


「んっ」


俺の言葉はさいごまでつづかなかった。


ルーシェが顔を近づけてきて、唇を重ねてきたからだ。


「…!?」


「んっ…んっ」


いきなりのことで俺はされるがままになってしまう。


ルーシェは三秒間ぐらい、柔らかな唇を押し当てていたが、やがてゆっくりと離れた。


「なななな、何を…!?」


動揺する俺に、ルーシェがにっこりと笑った。


「初めてのちゅー、アリウス様に捧げちゃいました」


「…っ!?」


いきなりのことに俺がくちをぱくぱくとさせていると、ルーシェはクルリと踵を返して、部屋から出て行ってしまった。




「なんか弱くなってませんか?」


「はぁ、はぁ、はぁ…」


大の字になって地面に転がっている俺。


体内の魔力はほぼ使い切り、息も絶え絶えの状態だ。


見上げた空が青い。


「どうしたのですか、アリウス。昨日までのあなたらしくありませんよ」


「…ごめん」


体が温かい光に包まれる。


エレナの回復魔法だ。


いつもの対人戦の訓練で完膚なきまでに負けてしまった俺は、エレナの手を借りて立ち上がる。


「今日のあなたは集中を欠いているように見えました…何か理由でもあるのですか?」


「そ、それは…」


理由。


思い当たる節は一つしかない。


ルーシェからの、告白。


「ん?アリウス?顔が赤いですよ?」


「そ、そんなことないぞ?」


「…?」


首を傾げて顔を覗き込んでくるエレナ。


ルーシェに今朝告白されてから、自分はエレナが好きなのだと言うことへの自覚がより一層強まった俺は、エレナの目を直視できなくなって慌てて明後日の方向に視線を逸らした。


「大丈夫ですか?体調でも悪いのですか?」


「うおっ!?」


エレナが俺の額に手を当ててきた。


「何を…?」


「すごく熱いです…アリウス。熱があるのではないでしょうか?」


自分の額の温度度と俺のを比べて心配そうにそう言ってくるエレナに俺は首を振った。


「ち、違う違う…これは全然別の理由で…」


「大丈夫なのですか?念のため、今日の訓練はここで切り上げましょう。また明日、体調が回復すれば再開です」


「…あぁ、そうだな」


「それでは私は屋敷に戻っていますので。アリウスも午後はゆっくり休んでください」


「…おう」


エレナは最後にもう一度心配そうに俺を一瞥してから、屋敷へ帰って行った。


「はぁ…やらかした…」


俺は遠ざかっていくエレナの背中を眺めながら、ため息を吐いた。


ルーシェに告白された後、そのことばかりを考えて完全にペースを乱してしまった。


その結果、全然訓練に集中できず、エレナにボコボコにされてしまった。


ようやくエレナと実力が拮抗してきて、さらに強くなるためにとても大事な時期だと言うのに。


「ったく…ルーシェのやつ…まさかあんなに積極的だとはな」


普通出会って1日であそこまでガツガツくるものなのだろうか…


この世界の女の子はみんなあんな感じなのか…?


「やれやれ…休んだら自主練しないとな」


俺はしばらくその場で休んで魔力の回復に努めた後、いつもの魔法の修行場へと向かって歩き出すのだった。




「だめだ…結局自主練すらまともにできなかった…」


夕刻。


俺はとぼとぼと屋敷を目指して歩く。


エレナとの訓練が午前で切り上げられてしまった穴を埋めるために、俺は今日は魔法の自己鍛錬に打ち込もうと試みたのだが、結局集中をかいてまともに魔法の鍛錬を行えなかった。


どうしてもルーシェのことが頭をチラついてしまう。


いつもと様子の違う俺のことを、クロスケとクロコもどこか心配そうに見つめていた。


「ともかくこの問題に決着をつけなくちゃな…」


このままルーシェへの返事を保留にしていては、いつまで経っても魔法の訓練に打ち込めない。


俺はさっさとルーシェに自分の正直な気持ちを伝えることにした。


「あいつには悪いけど…でも仕方ないよな…俺、見た目通りの年齢じゃないし…」


色々考えた結果、やっぱりルーシェは幼すぎて俺の恋愛対象にはならない。


だからルーシェには悪いが、告白ははっきりと断らせてもらうことにした。


問題は、断る理由をどうするかだが…


「ん…?」


告白を断る理由を考えながら歩いていると、屋敷にたどり着いた。


だが妙だ。


屋敷の様子がいつもと違う。


「なんだ、あの紋章は…?」


見たこともないような紋章が掘られた鎧を纏った人間たちが、エラトール家の屋敷を取り囲んでいた。


一体何事だろうか。


一瞬、盗賊による襲撃を考えたのだが、どうもそう言う感じでもない。


屋敷の外には、使用人たちやシルヴィア、エレナ、イリスの姿が見受けられる。


「お母様…?エレナ?イリス…?みんなも…一体どうしたのですか?」


俺は近づいていって、シルヴィアたちに状況を尋ねる。


「あっ、アリウスちゃん。よかった。お帰りなさい」


シルヴィアが俺をぎゅっと抱きしめてくる。


「一体どうしたのですか?彼らは…?」


俺が屋敷を取り囲む見知らぬ兵士や騎士たちを指差しながら尋ねると、シルヴィアが少し表情を歪めていった。


「彼らはカラレス家の護衛よ」


「え…カラレス家の…?」


嫌な予感がした。


ぐるりと当たりを見渡す。


アイギスと、それからルーシェの姿が見当たらない。


シルヴィアが俺にこっそりと耳打ちしてくる。


「カラレス家の当主が急に押しかけてきてね……アイギスと二人で話がしたいからって……私たちは外に出されちゃったの」


「か、カラレス家の当主……ひょっとしてガレス・カラレスが…?」


「そうよ」


シルヴィアが頷いた。


「…っ」


俺はごくりと唾を飲む。


これは全く予想外の出来事だった。


ルーシェを匿うと決めた時に、カラレス家からルーシェを探して使者などが送られてくることは考えていた。


だが、まさか当主自らが押しかけてくるとは。


「お、お母様…る、ルーシェは…?」


「大丈夫」


シルヴィアがにっこりと微笑んだ。


「ルーシェちゃんには地下室に隠れてもらっています。そう簡単には見つかりません」


「…ほっ」


どうやら先手は打ってあるようだ。


俺はほっと胸を撫で下ろす。


「それで…俺たちはどうすれば…?」


「アイギスを信じましょう。あの人のことだから、ルーシェちゃんを引き渡すなんてことは絶対にしないわ」


「…わかりました」


現状俺に出来ることはない。


無理やり屋敷の中に押し入って揉め事を起こせば、最悪カラレス家と戦争が起こるかもしれない。


それだけは絶対に避けなければならないことだ。


「頼みますよ…お父様…」


俺は皆と一緒にアイギスを信じて待つことにした。





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