大食い対決
「さぁ始まりましたマリオンさんを賭けての
「お前は酔ってるのか?」
「はいありがとうございます! あ、マリオンさん。これが終わったら一緒に飲みに行きません? ……ダメ? …………それじゃぁ最初の対戦カードを発表していきmす! どぅるるるるるる──」
マリオンに素気なく振られたユズハが、半ば自棄気味に口でドラムロールを再現する。最初っからテンションが高い。
引いているのは、アズとマリオンぐらいだ。
「さぁー! 張った張った! 現在のオッズは
「おーい姉ちゃん! こっちに生四つ追加なー!」
「はーい、ただいまー!」
冒険者は基本、刹那的な生き物だ。
故に祭り事には全力で乗っかる性質がある。
──
そう決まった瞬間、ギルドに居た冒険者は示し合わせたかのように、ある者はテーブルを端に寄せ、ある者は賭けの胴元となり。ある者は観戦を決め込み大量の料理を注文し、またある者は「こりゃ面白いことになったぞ」と知り合いに声を掛けにギルドを飛び出した。
そうして出来上がったのがギルドのホール中央。人壁に囲われた特設ステージと呼んでも差し支えない現状である。
景気よく散財する冒険者を見、どうしてユズハがノリノリなのか。少し腑に落ちた。
「どぅるるるるる────でんっ! 最初のカードはブレアくん対ミラちゃんの最年少対決だぁぁぁぁぁぁっ‼」
「うおおぉぉぉぉぉ‼」
咆哮が、ギルドを揺るがした。
「ブレアきゅーん! 頑張って~!」
「ミラちゃ~ん! 応援してるよ~!」
一体いつの間に準備したのだろう?
ブレアと書かれたハチマキを巻き、ブレアの似顔絵が描かれたウチワを持つお姉さまが黄色い悲鳴をあげている。
対してミラ命と書かれたハチマキをし、
「負けませんっ」
「……絶対たおーす」
ブレアとミラが一歩、中央のテーブルに向けて踏み出した。
「えー、ここで新情報です。ブレアくんですが、皆さんご存知、新進気鋭の
ユズハが原稿──真っ白な──を読む振りをし、マイク代わりのペンを口元に寄せて、随分と役に熱が入っている。
「そして何と! 対するミラちゃんは一六層から二三層到達の最年少記録保持者でしたが、ブレアくんがスキュラを倒した事により一六層から四〇層までの記録が全て塗り替わってしまったのです! なんという因縁!」
追加で出された情報は、さすがのアズも知らなかった。
ミラがやけにやる気満々に見えたのは、そういう事情もあったのか。……何かと表情が変わらない娘さんだが、拳を握り鼻息を荒くして、感情は豊かなのかもしれない。
「さぁ、二人共準備はよろしいですか?」
「いつでもどうぞ」
「ふんす」
中央に設置された丸テーブルに二人が座ったのを確認し、ユズハが問う。
ブレアとミラはナイフとフォークを握って準備万端。
少女らの前に、分厚いステーキが用意された。
「制限時間は一時間! その間により多く食べた方が勝ちとなります! それでは大食い勝負一番目! よーい、スタート‼」
ユズハの掛け声と共に、二人の少女はナイフを振るった。
スッと、ナイフが抵抗なく肉に入る。溢れた肉汁が十分に熱された鉄板で跳ね、食欲を唆る匂いがギルドに立ち込めた。
観戦していた冒険者が、ヨダレを啜る。
「おーい! 俺にもオーク肉のステーキをくれ!」
「こっちもだ! 二人前頼む!」
「はーい」
触発されて、普段ならお高いステーキなど頼まない輩が、祭りの空気に酔ってステーキを注文する。給仕の女性が実にいい笑みで応えた。
さて。肝心の二人だが──。
「なっ!? 早いっ!?」
ミラの鉄板の上のステーキが、みるみる減っていく。あの小さな身体のどこに大量の肉が入るというのか?
ドーラがばるんと、組んだ腕でおっぱいを押し上げながら自慢げに口を開いた。
「ふふ。ミラちゃんは常人より筋肉量が多い特異体質なのよ~。その身体を意地するのには大量のエネルギーが必要不可欠。おかげで我が家のエンゲル係数は、……くぅ!」
「むぐむぐむぐ。……おかわり」
「これはぁ!? 早くも勝負アリかぁ!?」
まるで飲み物を啜るかのように、用意する先に肉がミラの腹へと吸い込まれてゆく。
ミラが早くも四皿目のステーキを食べ終わった頃、ブレアはまだ二皿目の途中だった。
「くっ!」
「ブレアー! 頑張れー‼」
乗り気ではなかったアズだが、彼も空気に当てられたか、気付けば周囲に混じってブレアを応援していた。
(アズさん!? そうだ! この勝負は僕が勝手に申し込だもの! その責任は果たさなければっ‼)
ブレアは一度ナイフとフォークを置き、精神を集中させる。
「
瞑目していた瞼を開き、打って変わって、ブレアはミラ以上の速度でステーキを処理し始めた。
自分よりも小さい少年(少女)の追い上げに、さすがのミラも驚きが隠せない。
「なっ、にっ!?」
「おおっとぉ!? ブレアくんの全身が淡く輝き、おぉお!? すごい! すごい勢いで食べ始め──いや、食べ終えている!? 実況のマリオンさん、これは一体!?」
マリオンは自信満々に頷き、厳かに口を開く。
「うむ。……分からん」
「分からんのかーい!」
ユズハがズッコケた。
「あぁ、ありゃ
「な、なるほど……!」
役に立たないパーティーメンバーを見兼ねてミルドレッドが口を挟む。
なにせ結成したばかりで、二人は新人、一人は一度前線から離れた復帰者。そしてリーダーが自らは戦闘の出来ぬ
最年少ながら
その強さの一旦が白日の下に顕わになった。
「いかなる勝負であろうとこのロン・ブレア! 勝ちを譲るつもりはありません!」
「……むむむ。手強い、かも」
気付けば積み上げられた皿は同数に達して。
「おかわり!」
「……おかわり」
積み上げられて積み上げられて。
銀貨六枚(六千円)の皿が積み上げられて──。
ニッコニコ顔な給仕とは対照的に、レイラの顔が青褪めてゆく。
そう、この勝負の支払いは
勝負方法を決めたのは確かに
レイラはこそっと懐を確認し、頬を引き攣らせた。
「あ、あの、アズ・ラフィール?」
「ん? どうしたんだい?」
ちょいちょいと。シャツの裾が引っ張られる感覚に振り返れば震えるレイラの姿が。
「そちらの子のお支払いは、そっちで持ってくれるのよね? ね?」
「……いいよ」
子犬みたいに目を潤ませるレイラに、察したアズが溜め息混じりに答える。
レイラはホッと胸を撫で下ろし、自分がアズの裾を掴んでいる事を思い出して顔を真っ赤にし手を払った。
「か、勘違いしないでくださる!? 貴方と私は敵同士! 馴れ合うつもりはありませんわ‼」
中々に面倒な娘だと、アズはまたもそっと溜め息を吐いた。
一方ブレアとミラは順調に皿を積み上げていき──。
「っ、おおっとぉ!? ここでストップ、ストップが掛かったぞ!? ……えー何々? 在庫がもう無い?」
厨房から給仕の少女が慌てて顔を出したかと思えば、なんとオーク肉が切れてしまったそうな。
「で、では集計に入ります。ひぃふぅみぃ────」
ユズハともう一人、別の職員が二人の皿を数える。
「じ、十七枚!? ブレアくん、十七枚です!」
「え!? ミラちゃんも十七枚ですよ!?」
「なんと同数‼ という事は──大食い勝負一番目はなんと引き分けという事になります!? 二人合わせて三十四枚とは、いやーあの小さな身体のどこに入ったのでしょうか?」
「……見てるだけで胸焼けのする勝負だったな」
げんなりとしたマリオンと違い、引き分けという結果に他人事の冒険者は大盛りあがりだ。特に賭けの胴元は大喜びだ。
「……うっぷ。……しばらく肉はコリゴリです」
「むぅ。しかたない、腹八分目かも」
膨れたお腹を擦るブレアと違い、ミラはどこどなく不満げで。ブレアは信じられないものを見る目をミラへと向ける。
(ひ、引き分けに持ち込めて良かった……)
──己を知り敵を知れば百戦危うからず。
ブレアはアズの言う、事前の準備の大切さを身を以て学んだという。
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