嵐
嵐とは、時折前触れなくやって来るものだ。
此度の嵐もその類で、それはアズらがいつも通りギルドの掲示板を眺めていた時にやって来た。
バァンと、スイングドアが勢いよく開かれた。
別に立て付けが悪いわけでは無いので、そんなに強く押さなくても扉は開く。
だのにそんな事をするなんて、うるさい、迷惑な野郎だと、ギルドに居た冒険者の視線が一斉にそちらを向く。
逆光が、人物のシルエットだけを浮かび上がらせた。
影ですら凹凸がハッキリと分かるメリハリの付いた体形で、どうやら女性らしいのだという事しか分からない。
しかも影は一つではなく、三つあった。
カツンと、中央の影が動く。
ヒールの高い靴が床を叩き、硬質な音を響かせた。正にその時だ。
「ひぶっ⁉」
勢いよく開けたスイングドアが、これまた勢いよく閉じようと戻ってきた。
ちょうど影が踏み出した瞬間を、狙い澄ましたかのようなタイミングで。
少女は胸を強打し蹲った。
「レイちゃん大丈夫~?」
「レイラ、どんくさいかも?」
蹲った少女の隣、背の高い影がほんわかした口調で心配する一方で、背の低い影はレイラという少女を馬鹿にした、しかして確かな親愛を感じる台詞を吐いた。
「こ、これくらいのことぉ……! ねばぁぎぶあっぷですわ‼」
「「おぉ~」」
レイラと呼ばれた少女が胸を押さえながらも立ち上がると、少女の仲間はぺちぺちと拍手を送った。しかし少女の目尻には薄っすら光るものが見えるのは気のせいだろうか?
年の程は十七、八ぐらいであろうか。その年であれば、背丈は平均的であろう。ただ胸は、……平均を大きく割っている。
場違いなドレスを纏い、整った顔立ちや立ち居振る舞いから高貴な身分の出なのだろうと察するに容易い。
だが何より、一番目を引くのは──。
「……凄い髪型ですね」
「はー、金髪ドリルたぁ、絵に書いたようなテンプレお嬢様だな。初めて見たぜ」
ブレアとミルドレッドが感心の声を上げる。
そう、豪奢なドレスに身を包んだ少女は、その美しい金髪を縦ロール──俗にドリルと呼ばれる髪型をしており、毛量の豊かさと相まって実に目を引く容姿をしていた。
その両隣にいる二人も、また──主に男どもの──目を引く容姿である。
のんびりとした口調の、胸元を大きく開いたローブの女性は姉であろうか? 顔のパーツがレイラと似通っている。厚い唇の下のホクロが一つ、彼女の妖艶さを際立たせていた。
であれば、反対の小さい子は妹だろう。やはり顔の造りは似ており、ただやる気が無いのか眠いのか、瞼が今にも落っこちそうである。
「
「あぁ。今日は良いことがあるかもしれん!」
彼女らを見て、俄に男どもがざわめき始めた。
その単語にアズは心当たりがあった。
(確か貴族出身の、三姉妹の冒険者だっけか?)
以前読んだ新聞の記憶を引っ張り出す。
貴族の道楽、と馬鹿にする冒険者を確かな実力で黙らせた逸話が書いてあったなぁ。
そんな事を考えていると、……気のせいだろうか? レイラの視線が、アズ達を視認してピタリと止まったのは。
いや気のせいではない。
彼女は姉妹を伴って受付カウンターではなく、迷いない足取りでこちらに向かって来ている。
それだけなら掲示板に用があるのでは、と思えなくもないが、レイラの目線が、アズをロックオンしているのだ。しかも瞳の奥には、怒気が見え隠れしている。
カツカツと踵を鳴らし、レイラはアズの目の前で止まった。
「アズ・ラフィール!」
「は、はい」
声高に名前を呼ばれ、アズは姿勢を正す。
同業で年下とはいえ向こうは貴族だ。異常に
だが、まぁ無理だろうなと思いつつもアズは背筋を伸ばした。
「アズ・ラフィール! 貴方、どのような弱みを握っているのか存じませんが、即刻マリオン様を解放しなさい‼」
居丈高な態度は、正に貴族といった風である。
レイラからは明確な敵意を感じるも、以前出会ったサドスと違って不快感を覚えないのは何故だろうか? まさか、相手が女の子だからなんて、アズは自分がそこまで軟派ではないと思いたかった。
「ごめんね~? レイちゃん、思い込んだら一直線だから~? あ、私姉のドーラよ。よろしくね~」
「……ミラ。よろしくはしなくていいかも」
「あ、ご丁寧にどうもです」
ローブの女性、ドーラと眠たげな少女、ミラが挨拶をしてきたのでアズはつい頭を下げてしまう。
「っ~~~! ちょっと、無視なさらないでくださる!?」
するとガーッと、レイラが金髪ドリルを振り乱し詰め寄ってくる。そこにマリオンが割って入った。
「待て。何やら私の名前が聞こえたが、何のつもりだ?」
「ま、マリオン様……ぽっ」
……まさか自分で「ぽっ」なんて口にする人間がいるなんて。アズは珍しいものを見るようにレイラを見た。と同時に騒動の原因を悟った。
(あー……。この子、マリオンさんに惚れてるのか……)
王都に来た当初、マリオンはよく女性から声を掛けられていた。
今のレイラの目は、そんな彼女らにそっくりな目をしている。
勿論、ノーマルな性癖のマリオンは女性と付き合う気は毛頭ない。そも彼女はアズ一筋なのだ。他のどんな男ですら眼中になかった。
そうしてマリオンがすげなく断ると、女性らの敵意は例外なくアズへと向いた。
──凡夫の癖にイケメン捕まえやがって、と。
中には敵意ではなく異様な興奮を見せる女性もいたが、そんな一部の例外の心理はとてもアズには分からなかった。
「マリオン様! 一体どのような弱みを握られてこの卑劣漢の言いなりになっているのでしょう? 僭越ながら私、お力になりたいのです!」
姉のドーラに思い込んだら一直線、と評されるだけはある。レイラの中ではすっかりストーリーが出来上がっているらしい。悪者がアズで。
ヒクと、マリオンの頬が僅かに引き攣った。
「ふぅ、レイラ嬢。思い込みで人を批難するのは良くないぞ?」
「で、でしたら! どうしてマリオン様のような素敵な方がこのような冴えない男と共にしているのですか!?」
ヒクヒク。
マリオンはどうにか微笑みを崩さず、しかし小さく溜め息を吐いた。
「……それは私がアズと一緒に居たいからだ。それと、アズを悪し様に言われるのは、はっきり言って不愉快だ」
「ガーン、……ですわ」
ショックを受けたことを自分の口で言うのもアレだが、語尾にですわと加えるあたり、実は余裕があるのでは? そう思ってしまうが、レイラの表情から気の毒なほどにショックを受けているのが分かった。
「ちょ、ちょっと皆さん! 何をしているんですか!?」
両者の不穏な気配を察知し、遅まきながら
基本、パーティー同士のいざこざにはギルドは積極的に介入しないが、周囲に被害が及びそうになった場合はその限りではない。
そこまで一触即発という空気では無かったが、ユズハが飛び出して来たのはマリオンにいい所を見せたいからであった。
「困りますよレイラさんっ。
「ユズハ──」
チラチラと、ユズハはマリオンに視線を送りアピールするも彼女の
第三者の仲介により落ち着くかと思われたレイラだが、むしろ彼女の心に火がついた。障害があるほど燃えるタイプらしい。
「いいえ、いいえっ! この際ですわ! ハッキリ言わせて頂きます!」
すっかり周囲の耳目を集めていたアズら。レイラの高らかな宣言は、更に注目を集めるのも当然である。
ギルド中の冒険者が、すっかりレイラに注目する中、彼女はまさか誰もが思いもしない爆弾を落とした。
「──このギルドは腐っていますわ‼」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます