ブレア(女の子)がなかまになった!

「改めて、ロン・ブレアです! よろしくお願いします!」

 王都に戻りブレアの体調も問題が無いと分かった、その翌日。

 場所は大通りから一本外れた裏道の、アズが以前、エドガーらのパーティーに入っていた際によく利用していた食堂で、決起会よろしく意思表明をしている。

 己の内心に留めたものの、一度はパーティーを抜けると決心したブレア。

 そう決心した日に、意見を翻して残る決意をしたのだ。

 ──ケジメは必要だ。ブレアはアズとマリオンを食事に誘った。代金は自分が持つからと。

 そうして連れて来られたのが、この愛想は悪いが料理は美味い、『猫の手亭』である。

 ギルド内酒場に比べると多少値は張るが酒や料理の種類が豊富で、ここをよく利用する冒険者も多い。

 現に十八あるテーブルには、昼前だというのに見知った顔がちらほら見えた。

 そうして丸テーブルに置ききれない程の料理が運ばれてきて、ブレアは立ち上がり勢いよく頭を下げた。

 それが冒頭の挨拶である。

 マリオンは「うむ」と言葉少なにすぐに頷いたものの、アズからの返事がない。

「アズさん……?」

 彼は悩んでいた。

 一応このパーティーは女子禁制を謳っているのだ。

 何を、マリオンと一緒に立ち上げて今更、という部分もあるが。兎も角、女子禁制なのだ。

 それでどうして、女子がパーティーに入ることになるのだ?

(まさかブレアが自分を男だと思ってるなんてなぁ……)

 盲点であった。『女子禁制』という呪いの文言を載せている為、希望してくるのはてっきり男だけだと考えていたが、がパーティに入ってくるとは、埒外の出来事であった。

 アズがむっつりと答えないでいると、みるみるブレアの顔が不安に染まってゆく。

 捨てられた子犬のような、そんな目で見詰められて「やっぱりダメ」と言えるほどアズの心臓には毛が生えていいない。

「……あぁ。これからもよろしく」

「はいっ!」

 アズは葛藤の末に声を絞り出した。

 半ば思考放棄の答えであったが、……まぁ花咲くようなブレアの笑顔が見れたのだ。良しとしよう。

「どうだ、ブレア? 先人の言葉に耳を傾ける大切さが骨身に染みただろう」

「あはは……。マリオンさんのおっしゃる通り、耳が痛いです」

 ふんすと息巻くマリオンにブレアは恐縮しっぱなしであった。

(はて、マリオンさんも冒険者になったばかりでは……?)

 そう、偉ぶるマリオンに突っ込みたいアズだったが、はたと思い出す。

 そう言えばマリオンは、冒険者業に関して意見はすれども一度も異を唱えたことがないな、と。

 なるほど、偉ぶれる訳である。納得しつつ、アズはピザに齧り付いた。

 うん、美味い。親父さん、また腕を上げたんじゃないか?

 エドガーのパーティーに所属していた時期は懐が暖かく、しょっちゅう『猫の手亭』を利用していたものだ。

 その味に懐かしさを感じつつも昔より洗練されているソレに、アズは舌鼓を打った。

「お恥ずかしい話ですが、以前の僕は増長していました。御山で天才と持て囃されて、謙虚の大切さをすっかり忘れていました」

 思い出すのも恥ずかしいのか、ブレアは料理に手をつけず顔を俯かせる。

 髪から覗く真っ赤な耳が、彼女がどんな顔をしているのか容易く想像させた。

「でもっ、今日からは違いますよっ! 僕はアズさんの言葉にきちんと耳を傾けて、まずは一人前の冒険者を志すことにしました! アズさんっ、ご面倒をお掛けすると思いますけど、どうかよろしくお願いしますねっ♡」

 ……気の所為か。語尾にハートマークが見えた気がする。

 そんなブレアにマリオンは不服である。

「待て。私はどうなのだ? ブレアは私の言葉に感銘を受けたのだろう?」

「そうですけど……。でも、マリオンさんから学べるところは少ないかなって。だってマリオンさん、腕は凄く立ちますけど強いだけですし……」

 言いにくそうに言えば許されるってもんではない。

 嫌な予感がしてアズはさっと、テーブルの料理を全て自分の元に集めた。

 よく見なくても、マリオンの額に青筋が浮かんでいるのが分かる。

「ほ、ほう? ……ブレア、謙虚の大切さを学んだんじゃないのか?」

「そうですけど?」

 しれりと。悪気の微塵もなくブレアは答えた。

 アズもまたマリオンの言葉に同意見であった。謙虚はどこへ行ったのだと。

 ブレアの対応は明らかに差があったが、もしかすると彼女自身無意識のことなのかもしれない。

 何せ恋をしている癖に恋という感情を理解していない。いや、自分の性別すら誤解したままなのだから。自身の心の機微に疎いのかもしれない。

 事の推移を見守るアズの目にはそう映った。

「──よろしい! どちらが上か教えてやる! ブレア、表に出ろ!」

 ガンッと。マリオンがテーブルに拳を叩きつけ、アズは先の己にグッジョブを送りたい。

 皿は一瞬宙を舞ったものの、乗った料理も含めて全て無事である。

 ……ただ、テーブルの方はひびが入っていた。

(あぁ、弁償かなぁ……)

 馴染みの店主からの鋭い視線を感じて、アズはそっと溜め息を吐いた。

「えぇ? ご飯を食べてからにしません?」

「なに、食前の軽い運動だ。お前を倒すなど朝飯前、いや昼飯前だからな」

「む」

 マリオンの言い分に、強さに自信を持つブレアは聞き捨てならなかった。

 好戦的な笑みを浮かべて愛用の長杖を手にする。

「これが俗にいう可愛がりというヤツですねっ。いいですよっ、受けて立ちます!」

 言うや否や二人は店を飛び出してしまう。

 少し遅れ剣戟と裂帛が聞こえてアズは「周囲に被害が出なければいいなぁ」と遠い目をした。

 そんなアズの肩にポンと店主が手を置いた。

「ようアズ。久しぶりに顔見せたと思ったら随分と面白ぇ仲間を連れてんな」

「ニコラスさん……」

「それ、金貨三枚な」

「はは……」

 ひび割れたテーブルを指し、顔にキズのある元冒険者の店主ニコラスはニコリともしないで言った。

 アズはそっとポケットマネーから支払う。

 懐が寒いとアズは空笑いを浮かべて、随分と高く付いた料理に手を付けた。


 そうそう。勝負の結果だが、僅差でマリオンの勝ちだった。先輩としての意地と面子を賭けた根性の勝利だった。

「ふ、ふふ! これに懲りたらきちんと年上を敬うんだぞ!」

「ぶぅええええぇぇぇぇぇぇんっ‼ アズざあぁぁぁん‼」

 頭におっきなタンコブを作りアズに泣きつくブレア。

 よしよしと優しくアズに撫でられる姿を見て、マリオンは勝ったはずなのに負けた気分になったそうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る