捜索
「うーん、来ませんねぇ」
「うむ。……何かあったのかもしれんな」
ギルド内酒場。
アズとマリオンはブレアを待っていた。
時計なんて無いこの世界、故に正確な時刻での待ち合わせは出来ないが、「朝食を食べた後」という約束であった。
おおよそ人々は朝日と共に起床し朝食を食べる。朝食後、正午、日が落ちたらというこの三つの時間帯に限って言えば、ほとんどの人間が同じ感覚を持つ。
だのにブレアは中々姿を見せない。
テーブルの上にあるコップは三つ。その内二つは既に空っぽで、残る一杯の水も既に温くなってしまった。
「……ちょっとこっちから行ってみましょうか」
「ん」
互い、宿の場所は教え済みである。
アズとマリオンは代金を支払いギルドを後にした。
「おぉ、まだ居たか。良かった良かった」
そんなアズの背中に声が掛けられる。
知り合いではない。しかし冒険者ギルドで何度か見た顔だ。
「あんたらあの小っさい子と同じパーティーだろ?」
何の用だろう? 疑問符を浮かべる二人に、パーティーリーダーと思しき男が語った内容は正に知りたがっていたことであった。
「いや実はな、今朝あの子が一人で森に入ってくのを見たんだよ。一応声を掛けたんだが、何だか思い詰めてた感じでさ。聞こえてないのか、そのまま森に行っちまったんだよ」
「……すいません。それ、いつ、どの辺りのことか分かりますか?」
「ん? おぉ、お前さんも冒険者なら分かると思うが──」
アズの質問に親切な冒険者は丁寧に答えてくれた。
聞き終えるとすぐ、二人はその足で森へと向かう。
「まったく、ブレアは何をしているんだ」
愚痴というよりも心配の音色でマリオンがぼやく。
森の入口まで急いで来たはいいものの森は広大だ。行方の分からぬ者を捜索するなど、大勢の人間で山狩りをするのが普通である。
たった二人でどうするというのか。
「その顔、当てがあるんだな?」
「はい。マリオンさん、昨日買った
「うむ、もちろんだぞ。アズが買ってくれたものだからな」
俺が買ったからなんだというのだろう。
疑問を端に寄せ、アズは言葉を続ける。
「ちょっとだけ貸してもらえませんか?」
「うん? 構わんが、どうするつもりだ」
マリオンが懐から取り出した迷い貝の
「こいつは不思議な性質がありまして。ほら、分かりますか? ちょっと動いているのが。……迷い貝の貝殻は魔力を込めると一つに戻ろうとする性質がありまして」
アズが飾り紐を持ちながら実演して見せる。
すると吊り下げられた貝が森のある方角へ、少し引っ張られるように動いているではないか。
世界中を放浪し、その性質から子供によく持たせられるの
──故に迷い貝と。
「……お前は。こうなることを想定していたのか?」
「少し……」
アズの用意周到さに呆れるやら関心するやらのマリオンであった。
それよりもアズからの贈り物が純粋な好意だけでなく、別の意図があったことにマリオンは少し落ち込んだ。
「ふ、ふふふ」
「ど、どうしましたマリオンさんっ」
「いや、別に。お前はそういうヤツだったなぁと思っただけだ」
「……なんかすいません」
「むぅ」
マリオンの口調に棘を感じて反射的に謝ってしまうアズ。
マリオンにそんなつもりは無かったのだが。彼女を少しの自己嫌悪が襲った。
「そ、それよりも急がないとですよ! こうしてる間にもブレアとの距離がどんどん離されてしまっていますっ」
アズの言葉を裏付けるように、迷い貝を引っ張る力が弱まってゆく。
──そうだ、拗ねている場合ではないのだ。
マリオンは気持ちを切り替えてよいしょ、と──。
「へ? ……なっ、何するんですか!?」
「む、急ぐのだろう? こちらの方が速いからな」
──アズを抱き上げた。しかもこれは、……お姫様抱っこだ。
「いえ! 自分で走りますよ!?」
早朝の、人里離れた森の入り口とはいえ人の姿が全く無いという訳ではない。早朝だからこそ、他の者に邪魔されずにゆっくりと狩りが出来る。
そんなことを考えている冒険者達がちらほら見えた。
その中には見知った顔──二人組のギャル冒険者が拝んでいる姿があり、アズは顔に血が上るのを感じた。
「あのっ、降ろしてください!」
「この前ブレアを追いかけた時を思い出せ。私とお前とでは元々の能力が違う。強化をしても──いや、するからこそ、その差は顕著に表れただろう?」
そう、尤もな正論を返されてしまってはアズはぐうの音も出ない。
マリオンからすれば合法的に衆目の面前でアズとくっつくチャンスである。
これは私のモノだ、と。
ポツリと、ギャル冒険者が音を紡いだ。
「尊い……」
「分かり味が深い……」
「ウチ、今ならドラゴンでも狩れるかも」
「それな」
いやそれは気のせいだから止めておきなさい。
マリオンの行動は合理的である。足の遅い自分を抱え、自分はマリオンに
「っ、分かりました! ……よろしくお願いします」
そも今は緊急時なのだ。恥ずかしがってる場合ではない。
「任せておけ。アズ、振り落とされないようにもっとしっかり掴まるんだぞ?」
(いや、掴まれって言ってもぉ⁉)
お姫様だっこである。何と言っても顔が近い。
遠目から見れば巧みな化粧で性別を誤魔化せてはいるものの、吐息すら感じ取れるこの距離では、マリオンの美貌がこれでもかというほどに目に焼き付く。
(うっわ、睫毛長っ。唇もぷるぷるだし、ほんとに同じ生き物か?)
そしてそれ以上にアズの思考を占めるのは、そう、マリオンの代名詞とも言える九〇のFカップである。
さらしで潰されてはいるものの、こんだけ密着すれば服の向こう、その感触を感じることが出来る。
「ふふ、どうしたアズ。顔が赤いぞ?」
「いやもう勘弁してください……」
そう言うマリオンの耳も赤いが、指摘する余裕などアズになかった。
話を切り上げるべく、アズはマリオンに『
自然振り落とされぬようアズはマリオンにしがみ付いていたが、彼の頭は色ボケることなく、一心にブレアを心配するばかりであった。
(無事でいろよブレア!)
アズは迷い貝の
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