すれ違う心
ブレアが冒険者になり初めてのクエストを受けてから、彼との関係が少しギクシャクしてしまっている。
──出会ったばかりだから。
──時が解決してくれると思った。
そう、パーティーとして同じ時間を共有していけば、自然と関係も修復されるだろうと考えていたが、どころか意識の違いはクエストを重ねる毎に徐々に浮き彫りになって。
水面下の不協和音は遂にこの日、表面に現れてしまう。
──ブレアが、集合場所に姿を見せなかったのだ。
◇◇◇
時は少し遡り、順調にクエストをこなしていたある日。
ブレアより若干早く冒険者になったマリオンだが、この度昇級試験を受けられるまで貢献度が溜まった。
そして無事、昇給試験を合格したのだ。
今日はそのお祝いと、三人は商店街に繰り出していた。
「ふふ、試験官もかなりのスピード昇進だと驚いていたぞ」
マリオンはしきりに試験の結果を口にした。
これでもう四度目だが余程嬉しかったのだろうと、アズも調子を合わせて笑顔で頷いた。
「うん、おめでとうございます。次の昇級も基本は同じ、実技と筆記ですから、マリオンさんの実力次も問題ないでしょう」
「当然です。大体マリオンさんや僕ほどの実力者がEランクなこと自体間違っているんですっ」
ふんす。ブレアは自分の昇級試験を想像して鼻息荒く答えた。
ランク制度を軽んじるブレアの発言にマリオンの柳眉が僅かに跳ねたが、目出度い日にまで言い争いをするの何だ。マリオンはブレアへの注意を堪らえ、ただ「ありがとう」と言った。
「しかし、ここはいつ来ても凄い人だかりですね。目が回っちゃいます」
ブレアが往来の人々を見て言った。何だか以前のマリオンの様子を思い出す。
「御山にはこんなに人はいません。朝から晩まで修行に明け暮れて揃うことも稀です。ですが全員を合わせても、ここにいる一〇〇分の一にも満たないですよ」
「出てきて良かった?」
「っ、はい。そうですねっ。御山に篭っていては決して知れないことでした」
一見して三人の仲に問題は無いように見えるが、時折応答に不自然さが生じてしまう。
平時であってこれなのだ。これがもし緊急時であれば、悲惨な結果を生んでしまうかもしれない。
アズはなんとかブレアの頑なな心を開きたかったが故、自然に口が開いていた。
「そうだ。ブレア、何か欲しいものはないかい? プレゼントしてあげるよ?」
「ほえ?」
「……アズぅ? 今日は私の昇進祝いの筈だが?」
「勿論マリオンさんにもです。良かったら二人とも選んでください。お金は俺が出しますんで」
「で、でもっ! 僕はプレゼントをいただく理由がありませんっ」
「そんなこと無いだろ? ブレアが俺たちのパーティーに入ってくれた。その記念だと思ってくれればいいよ」
「っ」
ブレアが目を丸くして、愛用の長杖を拳がぎゅっと握るのが見えた。
「……いいんですか?」
「うん、遠慮なんかしないで」
「っ〜! はいっ! 僕、少し見て来ますね」
言うや否や背の低いブレアはあっという間、人波に消えてしまった。
「アズぅ〜……? なんだかお前、ブレアにはやけに優しくないか?」
「えぇ、そうですか? もしかすると故郷のチビどもを思い出すのかもしれませんね」
ブレアの姿が見えなくやると、傍らに寄ってきたマリオンが脇腹を突いてきた。くすぐったさを覚えて身を捩るも、彼女は執拗に脇腹を狙う。
そんなアズとマリオンの様子を一部の女性陣が手を合わせて拝んでいた。南無南無。
「それに──」
「なんだ?」
「いやま、お恥ずかしいんですけど。自分の駆け出し時代も思い出しまして」
「……ふぅん、意外だな。アズにもあんな生意気な時があったのか? ……今より小さいアズか。見てみたかったな」
「ん、何か言いましたマリオンさん?」
「い、いやっ! 何でも⁉」
少年時代のアズに劣情を抱いたなど、とても言えることではない。
というか、マリオンはブレアを生意気だと思っていたのか。アズからすればあれくらいの年頃の男の子は跳ねっ返りが当然だと思っていた為、特に思わなかったのだが。
そうして二人は並んで露天商を見て回りながら、ゆっくりとブレアを追った。
「こうしていると、ハーベンジャーを思い出すな」
「あぁ、あの祭りですか?」
「うむ、その後のこともな。今でも鮮明に思い出せるぞ? ……何せ私の人生を変えた出来事だからな」
アズとて今までの人生であれほど濃ゆい一日はそうそう経験していない。
それに一月も経っていない出来事だ。彼もまた、昨日のように思い出せる。
「マリオンさん、何か決まりました?」
「うぅん、そうだなぁ」
露天商は基本、流れの行商人である。王都では見ないようなモノばかりだが、値段もそれなりに張る。
何でもいい、と言ってもどうしたって相手の懐事情は考えてしまうものだ。
「アズが決めてくれないか?」
「俺が? いいんですか?」
「うむ、記念というのならな。アズが決めてくれたものを送ってもらう方が嬉しいぞ」
「そういうことでしたら──」
アズは並べられた商品を軽く一瞥する。
王国外の品々は、一見して何に使うのか解らないものも多いが、旅慣れたアズにはその幾つかが見覚えがあった。
その内一つ──。
(ん、あれは……?)
「アズさぁん……。すいません。どれもこれも目移りしちゃって決められません……」
丁度ブレアがしょげた様子で戻ってきた。
しっかりしているように見えても、まだ十五である。まして人里離れた山奥で修行に明け暮れていたのだ。
アズは苦笑して、丁度いい高さにあるブレアの頭をつい撫でてしまう。
「む」
「ぷぅ。子供扱いは止してくださいっ」
それがお気に召さない人物が二人、揃ってヘソを曲げた。
「じゃぁブレアの方も俺が決めていいか?」
「……お任せします」
若干むくれているブレアから許可を貰い、アズは露天商の親父に声を掛けた。
「すいません、この迷い貝のタリスマンを二つください」
「アイヨー」
片言言葉の主人が手際よくタリスマンを紙で包む。
「二つ買うんだ。少し負けられないないか?」
「ムムム、おにさん商売上手。……仕方ないネ、ほんとは金貨一枚だけど特別に銀貨八枚にマけてあげるヨー。これ以上はムリネ」
「おぉ、得したなアズっ」
「わぁっ! ありがとうございますっ」
素直に喜びを露わにするマリオンとブレアに、アズは苦笑を隠せなかった。
こういった店ではどこも適正価格より高目に販売している。
そうして値段交渉時、さも値下げで得をしたと思わせるのだ。値下げの申し出がなければ、ボる気満々である。
こう言った事も、二人に教えていかなければな。
「はい、どうぞマリオンさん。ブレア」
迷い貝は名の通り、貝の癖に動きの激しい貝で世界中に分布している。
しかし貝殻の成長線──年輪が角度によって様々な色に変わり、虹色を連想させる迷い貝は女性や子供に人気だった。
「ん、アズ。これはどうすれば?」
「
「あ、ありがとうございます」
おずおずと、迷い貝のタリスマンを受け取るブレア。
「……えへ」
ブレアの小さな手よりも、更に一回り小さい迷い貝のタリスマン。
光に反射し淡い虹色を放つ貝を見る彼の頬は僅かながら緩んでいた。
(ちょっとは距離が詰められたかな?)
嬉しそうに笑うブレアを見て、そう思った矢先の出来事である。
次の日、ブレアは姿を見せなかった──。
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