B-26

(なんで母さんの名前が…?ここの…OBだったのか…?)


 俺は、母さんがどこの大学に通っていたか、どんな人と出会って、繋がって俺や弟が生まれてきたのか、全く知らないんだ…。


 初めて知る母さんの事実に嬉しい感覚と、なぜか疑念が心を巡っていた…。


「先輩…?」と心配そうに声をかけてくる紡。

「ああ、すまん、母さんの名前で間違いないな…」


「やっぱり…?八神って苗字、本当に珍しいし料理上手のお母さんって聞いてたから…もしかしてって思って…で、でも!…僕、余計なことしちゃってたらごめん…な、なんでか名前見た時に先輩に言わないとって思っちゃって…」


 申し訳なさそうに話し、少し俯き気味になってしまった紡…。


 紡…?そんな悲しい顔するなよ…

 俺は、紡の頭を優しくポンポンと叩きながら


「…俺のために持ってきてくれたんだろ?お前が俺の事を色々考えてくれているから、こうして急いで来てくれたんだろ?俺は俺の知らない母さんを知れて嬉しかったよ?」


「…いつも心に俺を留めといてくれてありがとな…?ほらっ!もう、そんな悲しい顔するなよ?」


 その言葉を残し、俺は絶対に誰も入ってこないボイトレ室で紡に優しくキスをしたんだ。


「…せっせんっ……んはっ!///」


「…紡?笑って?」


「…っ!うん…!///」


 唇が離れてからは、また紡の頭を優しく撫でる俺は、そっと紡にあるお願いをした。


「俺にさ、父さんのレシピ本…貸してくれないか?」


「…ふぇっ?!」


「次にさ、遊びに来てくれた時に食べたいレシピを決めたいんだよなっ…///」


「…ふぉっ!///」


「もちろん、振舞ってくれるよな…?///」


「…ももっ!もちろん!!///じゃあ、明日持ってくる!///」


「いや、今日の帰り送るからその時に…///」


「…わ、分かったよっ///」


「ありがとな…?じゃあ18時に、駐車場でな…?」


 そう紡に伝えて、頬の紅潮が引かないまま紡は、料理部に戻って行ったんだ…。


 ''…食べたいレシピを決めたくて…''


 紡…ごめんな…?俺は、俺の疑念を晴らすために紡に2度目の嘘をついたんだ…。

 こんな俺を…本当に許してくれ…。


 ◇ ◇


 ―紡の家まで着き


 俺は、紡から【父さんの料理レシピ本】を借りた。


「…紡?紡のおすすめは、この中でどれだい?」


「うーん…そうだなぁ、色々載ってるけど、やっぱり卵焼きかな??」


「そうか…お前の卵焼きは本当に最高だもんな…?///」


「…っ!///た、卵焼きって家庭によって味が変わるでしょ??」


「ああ、そうだな」


「僕の卵焼きがね?先輩の家庭の味になってくれたら、僕は…嬉しいんだけどねっ…///」


 家庭の味、か…どうしてかな…いつもなら照れを隠すほど紡の言葉が嬉しいはずなのに、俺の気持ちは、複雑になっていたんだ…。


 でも、まだ…紡には俺の疑念を悟られたくなかったんだ。


「紡、ありがとう…また卵焼き、頼むな?///」


「えへへっ…!もちろん!先輩、また明日!」


「ああ、また明日な…?」


 俺らは車の中で軽めにキスを交わして、その日は別れたんだ…。

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