四章 デート回、あとはわかるな?

第十一話(前編)

「真山くん。次の日曜日、お暇ですか?」

 にっこりと。微笑む柚月の顔を見返して、恭二はとりあえず、黙る。最早現状の説明をする必要性も薄いほど、毎度お馴染みの保健室、昼休みの一幕。

「……な、何か言ってください! 人が質問しているのに、無視するなんて失礼では!?」

「いや、無視したわけでは……」

 ただ、迂闊に答えたくなかっただけだ。柚月の質問の意図が、よくわからなくて。

「ええと、なんですか。日曜?」

「はい。もし時間があるなら、付き合ってもらえませんか? 一緒に映画を見に行きましょう。友人と行く予定でチケットも用意したのですが、先方の都合がつかなくなってしまって」

「もしかして、その友人とは先輩の想像上の」

「そ、そんなことはいいんです! とにかく、空いているんですか!? いないんですか!?」

 図星らしい。

「ええ……なんですか? 見栄張ってチケット取ったはいいけど誘う相手がいないからとか、そういう?」

「違います! も、もう……! 真山くんは私をなんだと思っているんですか!?」

 既に余裕の化けの皮は剥がれて、早くも必死感が滲む柚月である。よほど切羽詰まっているのか。

「……まあ、予定はありませんし。いいですけど、映画くらい」

「本当ですか!?」

 ぱあ、と。あまりにも嬉しそうな顔をするから、面食らってしまった。

「そんなに同行者に困るぐらいなら、最初から二人分のチケットなんか取らなきゃいいのに。一人で見たくないような映画なんですか?」

「だから違うと言っています! こ、このチケットは、ちゃんと、誘うためにですね……」

 もにょもにょ、と、言い訳が尻すぼみに消えていく。どうあっても、非実在友人の設定を取り下げる気はないようだ。

 ……というか、今さらだが。

「……あの。映画って二人で行くんですよね」

「そう言ったじゃありませんか」

「いや、まあ、そんなんですけど」

 それは、こう……あらぬ誤解を招きかねないだろうか。

「あら? もしかして真山くん、照れているんですか? 私と二人っきりだから」

「……そういうわけでは」

「ふふふ。隠さなくてもいいんですよ。そうですよね。事情はどうあれ、男女が二人きりでどこかへ出掛けるわけですし。対外的に見れば、これは十分にデ――」

 得意げだった柚月の言葉が、壁に衝突するように急停止。

「っ……デ……! でで、でっ……!」

「そんな大王いましたね」

「違いますその『デ』ではなくて! だから、つまり……ふぐぐぐ……!」

 接着されたドアをこじ開けるように、柚月の唇がプルプルと震える。

「デ……デート、の、ようですもんね! ま、まあ? 私はオトナですし! おと、男の子とデデデートするぐらいっ、なーんとも思いませんが!」

 言ってやった、とばかりに、柚月が『フン!』と胸を反らす。相変わらず顔真っ赤だしあっちこっちプルっているしで、迫力も何もないが。

「……そもそも先輩はデートのつもりなんですか?」

 普段の恭二だったら、こんな大それたことはとても聞けなかったと思う。

 でも、目の前の柚月があんまり隙まみれだから、つい、思っていたことがそのまま口から出てしまった。

 んぐふっ、と、柚月が呼吸を詰まらせる。そのまましばらく、痙攣するようにピクピクと震えて。

「っ、っ……すっ、すきに! と、ととと、とっていただいて、かみゃ、ま、かまいましぇんが!?」

「……そうですか」

 否定されなかったことに、少しだけ動揺する。

 まあ、柚月のことだから、単に見栄張ってそれっぽいことを言っただけかもしれないけれど。


(けど……先輩と、映画か)

 日曜日に、柚月と二人っきりで会う。学校以外の場所で。

 仮にデートでないとしても、それだけで十分緊張してしまっている自分に、恭二はまだ気付かない。


◆◆◆


 ――しかし、考えれば考えるほど、疑念と緊張は深まる一方なのだった。

 すなわち、

(……やっぱりデートなんじゃないのか?)

 放課後。HRなんかとっくに終わっていて、教室の中はガヤガヤと騒々しい。難しい顔で座り込む恭二の周りだけ、隔離されたかのように静かである。

「なんだよ、真山。帰んねーのか?」

 横から寅彦が声を掛けてきて、思考に埋もれかけていた意識が浮上。

 『帰らないのか』と言う割に、寅彦はバックを机にのっけて、イスから立ち上がる様子もない。お前こそ帰らないのか、と、恭二は言いかけて。

「トラくーん。一緒に帰ろー」

 ひょこ、と。

 帰って行くクラスメイトの流れに逆らって、ゆかりが教室に入ってきた。「おう」と片手を上げる寅彦の顔がわかりやすく緩む。

「……仲いいな、お前ら」

「へへ。まあな」

 別に照れるでも自慢するでもなく、寅彦は無邪気に嬉しそうだった。なんだか人間としてのステージの違いを感じてしまって、微妙にへこむ。

「真山くんだって、先輩と仲いいよね」

「へー、そうなん?」

「……普通に知り合いなだけだって」

「えー。そうは見えなかったけどなぁ」

 にっこにっこと、ゆかりがこっちを見つめてくる。糸のように細められた目は、なんだか意味ありげ……なんてこともなく、ただただ平和に緩んでいた。

「そういや、白瀬先輩っつったっけ。あの人、こないだ教室に来てたよな。んで、二人で出て行ってさ。あれ、結局なんだったんだよ」

「だから、言ったろ。保健室に忘れ物したのを届けてくれたんだよ。それでちょっと話しただけって」

 話題を断ち切りたくて、少し強めに言い切る。……あの件は正直、蒸し返されたくない。

 ただ、恭二が心配していたほどには、あれこれ噂されているわけでもないようだった。多分、何かあるんじゃと邪推するには、柚月が高値の花すぎるのだろう。『あんな大人の美人が真山くんなんか相手にするわけないよね』。そう思われているであろうことを、なんとなく想像する。

(いや……実際は〝ああ〟なんだけど、あの人)

 ……その時、恭二は気付いた。寅彦とゆかりが、何かを探るような目で、恭二のことをじっと見ていたのだ。そして顔を見合わせるカップル。

 軽く頷き合うと、寅彦は体ごと、恭二のほうに向き直った。ゆかりはゆかりで、手近なイスを引いて腰を下ろす、「ちょっと借りまーす」とか一人で呟きつつ。

「……いや、なんだよ」

「水くせえぞ、真山。お前、このところ妙にボーッとしてるだろ。そのくせ、俺がミケといると、なんか聞きたそうにこっち見てるしよ」

「別にそんなことは……」

 ……あるのだった、実は。

 こう見えて、寅彦もゆかりに結構甘い……というか、二人でいると周りが目に入らなくなるタイプらしい。すぐ横で甘ったるいやり取りを聞かされて、ため息をつきたくなったのは一度や二度じゃない。というか、こんなだからこの男は、いつまで経っても同性の友人ができないのでは?

 が、そんな様子を見ていると思うこともあった。

 つまり、自分と柚月の関係。もっと具体的には……二人で映画を見に行くのはデートに含まれるのか、ということ。

「……なあ。参考までに聞きたいんだけど、男と女が休みの日に映画見に行くとして、その二人の関係ってなんだと思う?」

「え~。真山くん、先輩とデートに行くの~?」

「いや。違う。俺の話じゃない。それに、なんで相手が先輩になるんだよ」

「いいなぁ。ねーねー、トラくん。私たちも今度、映画見に行こうよー」

「いいけど、映画館行くのか? 人混み苦手だろ、お前」

「そうだった……じゃあお家で見よ~」

「おう。またお前ん家でいいよな?」

 あっという間に恭二を蚊帳の外に放り出し、寅彦達はイチャつくことに余念がない。

「おいこら。お前らが聞いてきたんだろうが」

「そうだった! ごめんね真山くん。トラくんは人の話をあんまり聞いてないときがあるから」

「今のはお前もだろ、ミケ……」

 呆れたように言いつつも、寅彦は笑顔を崩さない。つくづく、彼女に甘い男だと思う。

「悪い、真山。ちゃんと聞いてたって。お前と先輩のデートの話だろ?」

「聞いてねえじゃねえかよ」

 渋い顔をする恭二を、寅彦は素知らぬ顔で「まあまあ」と宥め。

「つーか、俺からすりゃ、お前が何を答えてほしいのかわからん。肝心なのはお前と、あとは先輩のほうがどう思ってっかだろ。俺らに聞いてどうすんだ」

 思いがけず、真っ当な正論を返された。恭二は言い返せず、「ぐ」と唸る。

 そして、とうとう、

「……聞けたら苦労してない」

 このところの悩み、その核心部分を打ち明けてしまった。

 途端に、ゆかりが立ち上がって、

「だったら聞きに行こうよ! 今から!」

 『ドーン!』とSEでも聞こえてきそうなポーズで、ゆかりが両手の拳を握る。『は?』と、恭二の目が点になった。

「い、今から? 聞きに行くって――」

「そうだよー、先輩のとこ! 多分保健室にいるよね? じゃあ、しゅっぱつー!」

「おいおいおい!?」

 ギョッとする恭二にはさっさと背を向け、ゆかりは小走りに廊下へ。動きはぽてぽてととろくさいのに、移動速度は思いのほか速い。

「ちょっと、待てって! 三池! トラも見てないで止めろよ!?」

「いや、無理無理。あいつ、ああなったら聞かねえから」

 妙に悟ったようなツラで、寅彦はヒラヒラと手を振る。

(ああ、くそ……! 迷惑なカップルだな!!)

 内心で毒づきつつ、恭二はゆかりを追って、保健室へと急ぐのだった。

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