【窪女童】 中の二


『そして彼女は村中の人間に同じような方法で復讐を果たし、目が見える人間を憎んで今も彷徨っている、と。』


 悲しい怪異。復讐を果たして今なお、満たされないなんて。

……それよりも。


「……新谷先輩、今まで取り込んだ怪異に夢に入り込める能力を持ってる奴いたっけ?」


『いないね。』


「何にもできないじゃん!!どうするんだよ!!!」


 これでは、打つ手が無い。

 頭を抱える俺を見下ろし、顎に手を当てて少し考えるような仕草をした後、新谷先輩は徐に口を開いた。


『方法ならあるよ。【枕渡り】の儀式を行うんだ。……本当は余り推奨されていないけど。』


 とりあえず、必要だから彼女から身体の一部を貰って。と言われたので、羊山さんを通して髪の毛を少し切って貰った。

 どうやら眠る時にするらしいので、今出来る事はこれくらいだろう。


 本番は、夜という訳だ。


「こっちでも色々やってみるから、柊さんも不安になり過ぎて落ち込まないでね。」


「あ、有難う……。よく分かんない事に巻き込んじゃって、ごめんね。」


「私も色々調べてみるから!!」


 図書館で関係する書物を探すというヤル気満々の羊山さんと別れて、俺は無くさないようにハンカチで包んだ髪を撫でる。


 夜になると、柊さんから貰った髪の束を俺の右掌に乗せて、その上からハンカチで強く結んだ。新谷先輩曰く、これも必要な作業らしい。


『寝ぼけて、儀式中に髪の毛が莉玖くんの身体から離れると困るからね。』


「何?夢から追い出されて起きちゃうとか?」


 少し圧迫された右手をグパグパと開いたり握ったり動かしながら、適当に返す。


『いや、夢と夢の狭間に取り残されて一生目覚めなくなる。』


「今からやるのに、やる気を無くす様な怖い事言わないでよっ!!!」


『莉玖くんが聞いてきたんじゃないか……。』


 どうりで推奨されてない訳だ。

 こんなヤバイ儀式、非常事態でも無い限り誰もやらないんじゃないだろうか?


 結局、冴えてしまった目を誤魔化しながら布団の中で丸くなるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


『莉玖くん。』


 暗い。

 暗闇の中、自分の意識があるかも曖昧な中で、新谷先輩の声だけがハッキリと聞こえる。


「……にいや……せん、ぱい?」


『やぁ、おはよう。いや、夢の中だから【おはよう】は変か。』


「……………………夢の中!!?」


 一気に頭が覚醒し、キョロキョロと辺りを見渡した。

 いや、真っ暗で何も見えないんだけど!


「儀式は成功したって事?」


『うん、此処は彼女の夢の中だよ。』


 成功、という言葉を聞き、ひとまずはホッと胸を撫で下ろす。

 此処に、怪異が居るのだろうか?


「……あれ?お兄ちゃんも、遊んでくれるの?」


 耳を澄まして辺りを調べようとすると、幼い女の子の高めの声が聞こえた。

 この声の持ち主がきっと【窪女童】だろう。


「窪女童!!柊さんの目を返せ!!!」


「……良いよ、お兄ちゃんも私と遊ぼ?」


 威勢よく言いながら手を前方に出し、探りながら声のする方向へ少しずつ進んでみる。

 けれど、次に聞こえた窪女童の声は全く別の方向からだ。


 暗くて見えない所為で、怪異がいる位置が何となくしか分からない。

 そうだ。俺が見えなくても、新谷先輩に指示して貰えば……!!


『ところで、莉玖くんに残念なお知らせがあってね。』


っ!?


『ごめん。

僕も此処では何も見えないみたいだ。』


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どうやら夢の中は窪女童が主導権を握っているらしく、彼女以外は空間ごと視覚を奪われるらしい。


「くっそー!!…………あいたっ!!」


『莉玖くん、またコケたの?』


 暗闇の中、パチパチと煽るように鳴らす窪女童の手の音だけを頼りに追いかけるが、行く先々で石やら柱やらの障害物にぶち当たり、身体の至る所が痛い。


 俺が怪我をする度にクスクスと笑う声がするので、相手は分かっていてやっているのだろう。

 相手は見えている分、此方が圧倒的に不利だった。


「お兄ちゃんは面白いね。」


「お姉ちゃん。最近は少し遊んだら、すぐに音を上げて毎晩しゃがみ込むだけになっちゃったの。」


「ねぇ、もっと遊んで?」


 一面暗くて見えないが、柊さんも同じ空間に居るのか。彼女の夢だから当たり前だが。


 しかし、様子を聞くに精神的にかなり消耗しているようだ、早く怪異を捕まえて助けてあげないと……!!


「……そうだ!霧呼!!

新谷先輩!!霧呼呼べないの!?」


 霧呼なら匂いを追って貰えばいけるかも!!と思いつき、提案して見るが……。


『無理。莉玖くんの夢ならまだしも人の夢の中だからね、僕が付いてくるので精一杯だった。』


あえなく一蹴されてしまった。


 という事はハンデを背負った俺と怪異の力を借りれない新谷先輩だけで、あの怪異を倒さなければいけないのか!?


 そんな、それじゃ今度こそ何も出来ないじゃないか……。


 諦めかけたその時、怪異の嘲笑に混じって、消え入りそうな泣きそうな声が耳に届いた。


「だれか……。」


柊さんだ。

 何処に居るのかは分からないけれど、間違いなく柊さんの声だった。


「誰か、たすけて……!!」


 そうだ彼女は、実の親にも、ずっと誰にも頼れずに抱え込んでいたのだ。こんな暗闇の中で、ずっと。


……やっぱりダメだ。

 

俺たちしか柊さんを助けられないのに。

 そんな柊さんを見捨てて、諦めるなんて絶対に出来ない!!!


思い出せ。


 何か、今までのやり取りの中でヒントがある筈だ。


 頭をグルグルと回しながら、ふと違和感に気づく。


(あれ……?もしかして【窪女童】って……!!)


 違和感の正体に気がついた瞬間、俺の頭は作戦を組み立てていった。

 新谷先輩と2人なら、窪女童を倒せるかもしれない……!!


「新谷先輩、俺を信じてくれる?」


 暗く見えない中で、側にいるはずの新谷先輩に声を掛ける。

 この方法は、彼にとっても少し危険かもしれないから。


『勿論、いつだって信じているよ。』


 なら、きっと大丈夫だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る