【霧呼】 下
「うゔ、やっぱりやめない?
正直、これで正解なのか不安なんだけど。」
『往生際が悪いな。
大丈夫だよ…………多分。』
そこは嘘でも大丈夫だって断言して欲しかったな……。
あの後、一通り霧呼について調べた俺たちは、実際に事件の起こった場所に来ていた。
噺には聞いていたが、霧が深く全体的に暗い、不気味な場所だ。俺の腕に鳥肌が立っているのは霧による寒さ以外の理由もあるだろう。
木製の古ぼけ壊れかけた【立ち入り禁止】の看板も、恐怖を煽ってくる。
「っあ!そういえば、前回【十六時の信号】を取り込んでたよね!?
何か新しい力とか手に入れてない?
できれば、身を守れそうなやつ!!」
『手に入れてはいるけど、今回は役に立たないと思う。』
「だよねぇ……。」
前回のアレも、たまたま役に立った感が否めないし。
『うだうだ言っていても始まんないでしょ。それに君の推理通りなら、そうやって不安になっている事自体かなり危険なんだから、腹を括りなよ。』
そう促されて、俺は渋々歩みを進める。
ひんやりとした湿り気を帯びた空気に包まれ、まさに「出てきそう」な雰囲気を醸し出していた。
ガサガサと周囲の草むらから、何かが動く音が聞こえるし。
少し経つと、あおーん、あおーんと狼の様な鳴き声が響き、霧が濃くなってき始めた。
そろそろか、と一回深呼吸をして足を止め、昨日立てた作戦を出来るだけ冷静に思い返し、霧の中をゆっくりと見つめると……。
黒い大きな人間の影の様な物の姿が、ハッキリと目に映った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
【霧呼】の噺で疑問に思う点は主に2つ。
「何故、男は助かったのか?」
「何故、道を抜けた途端に彼女が消えたのか?」
の2点だ。
彼女の方は分からないが、助かった男の方は、噺の中で霧を抜けるまで彼女の事と出口の事しか考えていなかったと分かっている。
そして霧から抜けた先、つまり霧呼の能力の範囲外で消えたと言うことは、その消えた彼女は霧呼の能力である可能性が高い。
そこまで予想して、俺はある一つの仮説を立てた。
霧呼の能力というのは「幻覚の影を作る事」と「霧内限定で思い込んだ物が実体化する」事なのではないだろうか?
恐らく、被害者の彼女は彼の警告を無視して振り返ってしまい、見たのだろう。
此方に手を伸ばす、恐ろしい影を。
そして【人を喰う化け物が出る】と事前に知っていたため、その影を見て化け物の姿を想像してしまった。
結果、本物の彼女は実体化した化け物に食べられ、男は幻覚の彼女と一緒に出口に出られたのだ。
警告の為の言い伝えが皮肉にも悲劇の要因の一つになっているのは悲しいが、能力の予想さえ合っていれば霧呼の対処は簡単、なハズ。
あれはただの影、あれはただの影、とひたすら反芻しながら巨大な影をすり抜け鳴き声のする方向に進む。
すると、声のする方に蠢く小さな影が見えた。他の影と違い、近づくと影の色が濃くなっていくから実態がある!
そう頭で理解した瞬間、俺は霧を払う様に駆け寄って叫んだ。
「霧呼、見破ったり!!!……あれ?」
「わ、わおーんっ!?!?」
声のする先、霧呼の本体がいるであろう場所には。
手のひらサイズの仔狼が、ぷるぷるしながら吠えていた。
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「きゃうっ!きゃうん!!」
「あははっ!!ちょっ、くすぐったいって!可愛いなぁ!!」
『その霧呼には、他の怪異を匂いで察知する能力が…………聞いてないな。』
霧呼は正体を見破られ負けた事によって、どうやら俺たちを格上と認めたようで、始終従順だった。
何故あれだけの被害を出した怪異がこんなに小さいのか疑問だが、新谷先輩曰く『能力に栄養を全振りしたんじゃない?』とのこと。
ぱたぱたと短い尻尾を振りながら、此方に戯れてくる姿は仔犬の様で愛らしく思わず頬擦りすると、あの霧の様にひんやりとしたふわっふわな毛が頬をくすぐって幾らでも触っていられる心地良さだ。
『僕が取り込んでほぼ無力化しているとはいえ、仮にも人を食い殺す怪異なんだから、もう少し危機感を持って欲しいんだけど。
……まぁ、これから目一杯コキ使っていけばいいか。絶対に僕らに逆らおうなんて思えないように。』
「わぅっ!?!?」
ゾクリとしたものを感じたのか、霧呼の毛がピピピンッと逆立つ。
新谷先輩が何を言ったかは聞こえなかったが、霧呼の大きなまん丸の瞳がウルウルと潤んでいく辺り、ロクなことを言っていない気がする。
今後はお前も苦労するな、ご愁傷様。と思いながら再度慰めも兼ねて霧呼の頭を撫でるのだった。
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