【霧呼】 中

『莉玖くんの噺、怖がって貰えて良かったね。』


「まぁ、俺のは本当にあった事だから。」


 彼らの反応は傑作だった。

 恐らく怖がりな俺がロクな噺を持ってこれると思ってなかったため、油断していたのだろう。

 実際に経験した事もあって、臨場感抜群に語られる【呪念の手記】の噺は、当時俺が具合悪くなった事も相まって、かなり現実味を帯びた恐怖だったらしい。

 その怯えた様子を見て、散々笑われた事も多少なりともスッキリ出来た。

 ちなみに唯一庇ってくれた羊山さんだけは、ジュースを取りに席を立ったタイミングで話し始めたため、ノーダメージである。

 側で語りを聞いていた怪異本人(本怪?)である新谷先輩も、怖がって貰えて満足げな様子なので、結果的には参加できて良かったかも知れない。


『で、莉玖くん。君が怖がっていた【霧呼】の事なんだけど。』


「げっ。」


 本当に調べていたのか。

 ただの噂なら蒸し返す必要はないので、怪異に関わる何かを掴んだのだろう。

 出来れば、聞きたくないが。


『あれ、どうやら本当の事らしいんだ。

噺に出ていた地域で行方不明者が多数出ていて、今も原因が分からないままらしい。そして、何より……。』


 一呼吸後、新谷先輩はスマホからサイトを呼び出す。

 そこには、漢字がデカデカと1文字だけ映し出されていた。


「……えっと、なんて読むのこれ。」


『○○△▽』


「いや!?聞き取れない言語で喋らないで!?」


『幽霊文字だから、人間である莉玖くんには認識出来ないんだよ。』


 そのまま、新谷先輩に促され【挧】と大きく表示された部分をタップすると、ずらーっと文字の羅列が出てくる。

 よくよく見てみると、所々よく知っている名前があった。

間違いない、これは……!


「怪異!?なんでこんなに沢山……!」


『何でもなにも今までの怪異だって、このサイトで情報を集めてたからね。』


 知らなかった、確かに個別のページは【コーデリア】の時に見た覚えのある物だ。


『誰が管理人で何のために作ったのか知らないけど、便利だったから使わせて貰っているんだよ。さてさて……。』


新谷先輩が独りごちる。

って、ちょっと待て!!!


「ま、まさか……!」


『貴重な情報を得たんだ。

……勿論、行くよね?』


やっぱり!!!!

嫌な予感はしてたのだ。


「絶対やだ!!命に関わる怪異は嫌だって前回言ったよね!?」


『へぇ、……いいの?

このまま放っておけば、また被害者が出ると思うけど?』


んぐっ!!

確かに、このまま放置するのは危険かも知れないけど……。


「で、でも俺も今回は死ぬかも知れないし……。そ、そうだ!!他の人が行かないように注意喚起のメールを流せばいいじゃん!」


 自分で言うのもなんだが、行きたくなくて咄嗟に出てきた案としては、中々冴えてるかもしれない。

 噺通りなら、行かなきゃ被害には遭わないんだし。


『そんなの逆効果に決まってるでしょ。

あの噺の被害者だって、危険だって知りながら彼女と行ったんだよ?

この噺が広まったらバ……好奇心の強い人たちが集まって被害者が増える可能性が高いと思う。』


 いま、思いっきり「馬鹿」って言いかけてたような……。

 ただ、新谷先輩の言い分はもっともだった。根本を断たねば、今後も被害者は多かれ少なかれ増え続けるだろう。


「……それは…………そうかも。

誰かがやらなきゃ、一時凌ぎにしかならないよね。」


『良い子だね。

じゃあ、先ずは霧呼について調べてみようか。』


 また、言いくるめられた。

 小さな子供を褒めるみたいに上機嫌にヨシヨシと頭を撫でられるが、ちっとも嬉しくない。


 嫌な予感、無事に的中である。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


【霧呼】


その曰くは、霧に溶けた遠吠え。


 常に霧に身を隠す怪異。

 その姿は巨人とも、化け物とも、沢山の狼の群れとも言われる。

 狼の様な遠吠えが響いたあと、霧の中から獲物を狙い、執拗に追いかけてくる。

 霧から出てしまえば追ってこない為、霧も怪異の一部ではないかと囁かれている。


 元々は絶滅した狼の生き残り。

 群れを無くした彼は自分が一族を復興しようと誓い、死んだ仲間の分まで生き抜こうと、命をつなぐ事に躍起になった。

 そして霧に紛れ込むことによって、相手に気づかれずに安定して獲物を襲う事を覚え、孤独を紛らわせたかったのもあり自分の他にいるかもしれない仲間へと向けて度々遠吠えをした。


 しかし長い年月が経てども彼の他に狼は現れず、彼は老衰で死んでしまう。

 死んでなお、生き抜きたいという想いが強すぎたのか、はたまた一族が滅んだ事を認められないのか【狩り】は彼の肉体が朽ちた後も続き、今なお縄張りへ侵入する者へ牙を剥けるのだった。





 曰くの画面を見せながら、俺の両肩に手を置き新谷先輩が囁く。


『さぁ、莉玖くん。よく考えて?

何故、あの噺で男だけが助かったのか。』


『何故、彼女は消えてしまったのか?』


『攻略のヒントは全て揃っている。

後は、莉玖くん次第だよ。』

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