【釘子さん】 下
扉のすぐ外に正体不明の何かが居る事による恐怖。
豪快な破壊音と飛び散る破片。
パチパチと火花を散らすスマホに血の気がサーーッと引いていく。
「ギャーーー!!!! 俺のスマホが!!
……じゃなかった! 新谷先輩が!!!」
『僕よりスマホを優先したね……まあ良いけど』
心なしかいつもよりノイズがかった声に余計に焦ってしまう。
どうして自分はいつもこう軽率なのだろう、これじゃあ苛立ちに任せて新谷先輩の手紙を破った時と一緒ではないか。
「ごめんてっ!!
外いるのやっぱり怪異かな!?!?
新谷先輩、とりあえずスマホから出てきて……」
『……無理みたい。
スマホに僕ごと釘で打ち付けられてる。』
非情な状況に、青ざめていく。
どうしよう、俺のせいだ。
「そんなっ…………!!
じゃあ、どうすれば…………!!」
『大丈夫だから、落ち着いて。
…………試したいことがあるんだ。
距離的に僕と離れても大丈夫な範囲だと思うから、今から指示する通りに動いてくれるかい?』
恐怖に自己嫌悪も相まって、パニックに陥りそうな俺をノイズ混じりの声が優しく宥める。
新谷先輩が始終冷静だからか、おかげで少しだけ俺も冷静さを取り戻せた。
「わ、分かった。何をすればいい?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
玄関前。
覗き穴から視線を感じた瞬間、手にした釘を思いっきり打ちつけた。
久しぶりの食事なの。
出来る事なら逃したくない。
なのに、刺した釘の先から伝わってくるのは眼球の柔らかい感触とは程遠い硬さ。
それに……変な音がする。
いつもなら子供の悲鳴が聞こえる筈なのに。
何でしょう? この音。
ザーーッ ザーッ ザーーーッ
と、まるで砂嵐の様な音がずっとずっと鳴り止まない。
その時、背後から視線を感じて凍りつく。
どうして。
家は間違えていないはず、何度も住所を確認したのですから。
だから、この家の子供は1人しか居ない。その子供も此方を[見た]瞬間に刺したから、動けない筈なのに。
自分の身体から力が抜けていくのが分かり、兎も角逃げようとドアスコープに刺さった釘を……自分の[本体]を、抜こうと急いで引っ張った。
……けど、動かない。
引いても、揺らしても、叩いても、ピクリとも動かせなかった。
それどころか逆に、すこしずつ、引き寄せられているような…………。
なに。
なにが起こってるの?
『……襲われる側は初めてかい?
お嬢さん』
釘の先から、あの砂嵐に混じって声が聞こえた。
沢山の人間の声を一斉に再生したような、聞いていて不安になる声。
引き寄せる力は更に強くなってきて、足を踏ん張っても、釘ごとズルズルと引き摺られるのを止められない。
…………逃げられない。
『あぁ、やっぱり視線を当てられるのが……【姿を見られる】のが弱点なのか。
そんなに弱くなってしまって……可哀想に』
可哀想、と此方を憐んでいるようにみえてその実、愉悦を隠す気もないのかクスクスと嗤う声が漏れている。
とうとう腕がまるまる呑まれ、ぬるりとした何かに包まれる感触が伝わってきた。
ドクドクと脈打つそれに、寒気立つ。
いやだ、いやだ!!!……こわい。
永らく感じた事のない感情に蝕まれ、悲鳴混じりの言葉が口から溢れ続けたが、
自分が何を言っているか自覚する間もなく呑まれ続け…………。
ドアスコープの先、見るもおぞましい其れの泡立った目玉と視線が合う。
其れが、ねとねとした皮膚の無い手を無数に伸ばしてきても、指一本動かせなかった。
『それでは、君に良き終焉を』
最期に視界に入ったのは、見覚えのあるあの印。
今更、全てを理解したところでもう遅い。
沢山の手に迎えられて、私は「 」の中に取り込まれていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
新谷先輩からの指示は至極簡単なものだった。
[インターホン越しに相手を見つめ続けろ]たったそれだけ。
液晶の画面には黒くぼやけてよく見えないが、かろうじて女の子だと分かるシルエットの人物が居た。
ちゃんと良く見ようと目を凝らしていると、少女がこちらに気がついたのか一瞬呆けたような動作をすると、慌てた様子で釘を抜こうとする。
どうしたんだろう?と思う間も無く……。
まるで浴槽に張ったお湯を捨てる時の様に、ドアスコープに飲み込まれていくではないか。
そして。
カシャン、というスマホが落ちたらしい音を最後に、静かになった。
「に、新谷先輩!? 無事!?!?」
状況を把握できず慌てて玄関まで戻ってスマホを拾うと、確かに釘が貫通していた筈なのに、ヒビどころか傷一つ付いていやしない。
『ふぅ、なんとかなったね』
大怪異って凄い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
釘子さん。
その曰くは、痛みを告げる来訪者。
家族や親しい者の声で獲物を玄関まで誘き寄せ、ドアスコープを覗いた子供の目玉に釘を刺す怪異。
その姿は少女の様なものと言われているが、見た者は居ない。
生前、彼女は貧乏な家で育った。
ある日、彼女は食料を探しに行くという母親の言いつけで、一人でお留守番をする事になる。
しかし、待てども待てども母親は帰って来ず、少女はお腹が空いて死にそうだった。
一体何日たっただろうか。
意識が朦朧としてきた頃、やっと懐かしい母親の声が玄関からするではないか!
「おかあさん! おかえりなさい!!」
喜び勇んでドアを開けた少女の、その細い首に。
母親は一本の長い釘をグサリと突き立てた。
……飢えに飢えた母親は、せめてこれ以上苦しまない様にと外で凶器となる物を、心中の道具を探していたのだ。
待ち続けた母親に裏切られ殺された少女の憎悪は、他の幸せな子供達へと向けられ【釘子さん】という怪異と化す。
自身が殺された道具で子供を襲い、そして……子供を襲い続けないと消える身体になった。
『ちなみに成功率を上げる為か、ひとりっ子は積極的に狙われるそうだよ』
目玉を釘で刺される……!?
そんな、めちゃくちゃ怖い怪異だったのか。
「それにしても、新谷先輩はなんで相手の弱点が見つめられる事だって分かったの……?」
『最初から変だと思ったんだ。
ヤケに急かすし、インターホンで呼べばいいのに、わざわざドアを叩いて君を呼ぶからさぁ……よっぽど使われたく無いんだろうなって。
あとは…………単純に目を狙ってきたから見られたくないのかも、と。
半分勘だったけど』
目を重点的に狙う様になったのは、途中から噂が広まって子供に警戒される様になったっていう説もあるらしいけどね。と、のんきに語っているが、半分勘って……危なかったんじゃん!!
「でも、だからあんなに急かされてたのか。怪しまれてインターホンを使わせないために」
怪しい点は他にもあるよ、と新谷先輩が付け足す。
『出掛ける時に聞こえた車の音もしなかったし、忘れ物と言うわりには【何を】忘れたのか言わないし。
普通、真っ先に言うよね? 取ってきて貰えれば靴を脱ぐ手間も省けるし、急いでいるなら尚更、さ』
「うぐっ!!」
そうだ。
って言うかそもそも、母さんは自分で鍵を掛けて出掛けたのだ。
わざわざ俺を呼ぶ必要なんて、無い。
なんて自分は馬鹿で浅はかだったんだろう。
『まぁ、無理もないよ。
最初に音で驚かせてから母親の声で安心させる事で、警戒心を解いて誘き寄せる作戦だったみたい。
人間って、強い恐怖を感じた後に安心すると無防備になるんでしょ?
でも、莉玖君は運が良い。
……ドアも開けずに済んだんだし』
「もしドアを開けてたら、どうなってたんだ……?」
『君の想像しているとおりの事が起こってただろうね』
ということは、あの長くて鋭い釘で頸動脈を刺されていたかも知れないのか。
うっかり想像してしまい、背筋に冷たいものがぞぞぞっと走る。
「あの、新谷先輩」
『なあに?』
「よく考えずに動いてごめんなさい。
……それと、助けてくれてありがとう」
つい先日まで殺されかけた相手だが、今回助けてくれたのは紛れもない事実だ。
それに、自分のせいで危険な目に遭わせてしまった。
『さっきも言っただろ?
無理もない状況だったんだから良いさ。それに……』
新谷先輩が珍しく少し口籠もってから、おもむろに切り出す。
『……あの時、僕に釘が刺さってなかったら相手に逃げられてたと思う。
そしたらまた襲いに来てたかも知れないし、結果的にだけど今回が1番良いやり方だったんだ。
だから、君が嫌ってる軽率な所も役に立つ場面がちゃんとあるんだよ』
それだけ言うと、すぐにスマホの中に戻ってしまった。
……もしかして。
彼なりに慰めてくれたのだろうか。
スマホは何も言わなかったが、心なしか先程よりも暖かく感じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
『あ、そうそう!【釘子さん】を取り込んだ事により、僕は新しい能力が使えるようになったみたいだ』
「へぇ!! どんなのっ!?」
『声や音を完璧に真似出来る』
「……いや、だからそれスマホの録音機能で良いじゃんっ!!」
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