第84話閑話 頭の中将side
源氏の君との婚姻日。
我が家は暗雲が立ち込めていた。
手放しで喜んでいるのは父の左大臣だけである。
妹の葵の上はこの婚姻に困惑を隠せずにいるし、母の大宮(左大臣の正妻)は婚姻に最後まで反対していた。屋敷の女房達も本来なら東宮妃になるはずの葵の上に同情的だ。
気の毒な源氏の君。
これは我が家に居つくことはないであろと思った。幾ら何でもこんな場所に通いたい婿はいない。後見人がいないというが、源氏の君は最大の後見人にがいる。父君の桐壺帝だ。
桐壺帝が存命中はかの君は安泰だ。
わざわざ居心地の悪い正妻の元に通う必要もあるまい。妹には悪いが、私は源氏の君に同情するよ。
それぞれの考えが交差する中、婿になる源氏の君が現れた。
噂にたがわない美しさだ!
絹のような艶やかな黒髪、雪のように白い肌、濡れたような黒い瞳、果実のようなおちょぼ口。まさに神が作り上げたかのような美貌がそこにあった。
男に生まれたのが惜しい!!!
女であったならば傾国の女人として帝を虜にしたであろう美貌。いや、源氏の君は母君に瓜二つ。なるほど、桐壺帝が桐壺の更衣に夢中になるわけだ。思わず見入ってしまったが、どうやら私だけではないようだ。屋敷中の者が源氏の君の美しさに参っている。
妹はというと、いかん……。
どうやら、源氏の君の美しさとそれ以上の幼さのせいでひるんでいる。
自分が年上なことを気にしていたが、本人を前にして余計に気にしだしている。もう既に表情がない。こういう時の妹は無表情になるため、どうしても可愛げがなく見えてしまうのだ。
この調子だと源氏の君の愛情を受けるのは難しいかもしれん。
妹の先行きの暗さに若干哀れみを覚えたが、どうしてやることもできない。男女間のことは、たとえ兄妹といえど口出しをすると擦れると相場が決まっている。
「一生、大切にいたします!」
透き通る用の綺麗な声で恐ろしい言葉を吐いた。
何と、源氏の君は妹の葵の上の手を握りしめ、極上の笑顔で妹を口説いているのだ。その光景に、あれだけ婚姻に反対していた母も妹を憐れんでいた女房達まで微笑ましく二人を見ている。
だが、まるで妹の葵の上
源氏の君はまだ十二歳。女も知らない元服したての男子だ。
たった一人の女に縛られる事をよしとするなど、世迷言としても言葉にするのはよろしくない。
「女は一人ではないぞ」
厳しいが現実を見てもらうために言った。
父は苦笑したが、母は冷たい目で私をみる。
妹は……というと蒼白になっていた。可哀そうなことをしたな。
だが、これから源氏の君にも他に女ができるだろうし、他の側室もできるのだから、その時になってつらい思いをするより今現実を知った方がいい。
「義兄上」
源氏の君は見ほれるほどの笑みを私にだけ向けた。その直後地獄を見た。精神的にも物理的にも……。指一つ動かせなくなった私に源氏の君は更に恐ろしいことを言い放つ。
正妻の四の君の事だ。
何故そこに正妻がでてくるのか。
ん?
仲良し?
文通相手?
一体どういうことだ???
気が遠くなっていきあたりが真っ暗になった。
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