第69話 そんな事の繰り返し
テレビを観なくなって久しい。
子供の頃は、毎日齧り付くようにしてテレビを観ていた。アニメの番組の時間割に縛られていて、その時間になるとテレビの前に座るのが、毎日のルーティーンだった。
大人になり結婚して、子供が出来た。今の子供は、テレビを観ない。スマホで動画を観る。YouTubeを観る子供を馬鹿にしていた時期もあったけれど、気が付けば僕もYouTubeを観ていた。
アニメにしてもそうだ。今は、テレビの時間割に縛られることはない。観たい時に、観ることが出来る。僕も、アマゾンプライムを開いて、メイドインアビスを堪能した。今は、そんな時代だ。
僕たちを取り巻く環境は、色々なものが便利になり自由になった。時間も場所も縛られない。自分の都合で、情報を手に入れることが出来る。僕は、趣味で小説を書いている。この小説を書くという感覚も、時代と共に変わってきていると思う。
文芸という世界は、その文字を誰かに伝えるのに大きな労力を必要としてきた。古くは、書写という手段で複製して、広めてきた。それが印刷機に変わり、手軽に製本出来るようになった。それでも、誰かに文字を伝えるという作業には、幾つものハードルがあった。
製本される内容というのは、プロによる検閲が必要だった。売れなければ商売にならない。売れる本を作成するには、内容を吟味する必要がある。その手段の一つに、コンテストや賞争いがあった。確実に売れる本を絞り込むのに、これほど有用な手段はない。物書きの目標が、コンテストに絞り込まれた。審査員によって評価されることが、文芸の登竜門になった。
時代が進み、ネットの時代になった。ネット時代は、地球規模で情報を交換している。地球の反対側の出来事を、瞬く間に知ることが出来る。スパイが暗躍する暇もない。当然、そこには嘘の情報も飛び交ってはいる。しかし、情報が地球規模でやり取りされている事には変わりがない。こんな時代に、文章を書くことの意味を考えてみた。
洪水のように情報が飛び交う世界で、真実を見つけるのは難しい。100のうち99人が支持するから真実ではない。真実というのは、自分が信じきれるものを探す旅だと思う。誰かではなく、自分なのだ。
だからと言って自分の我儘が真実だと言うつもりはない。99人に磨かれて自分の言葉を磨いていく必要がある。磨いて磨いて磨いていった先に、真実は現れる。そんな風に思ったりする。
ネットの世界に、言葉を突き刺して、自分の立ち位置を見つける。そんな事の繰り返しだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます