第9話 心の問題について① 多様性の時代
一年前の話になりますが、僕は「逃げるしかないだろう」という小説を書いていました。主人公がキャバレーの舞台に立ち観客を笑わせる、というシチュエーションがあるので、勉強の為に過去の漫才の動画を次々と視聴していました。
やすきよ、ツービート、B&B、とんねるず……
面白い。とても面白い。若くて勢いがあり、当時の時代の盛り上がりを感じました。ただ、あの当時の笑いを現代に再現するのはかなり難しいと思いました。なぜなら、毒が強い。人を貶めて笑わせる内容がてんこ盛りでした。最近、ビートたけしがボヤいていました。
「いまだにやっぱりくだらないのが好きだよね。なんかくだらない話を聞いてゲラゲラ笑っている、別に一銭にもならないけど得した気がする。くだらないのが最高だと思うけどね」
「今の地上波だとなかなか。SNSの世界があって、コンプライアンスとかいろいろ言い出した時に、自分はそういうのを考えてまでやりたくないと思っているから」
コンプライアンスとは、命令に応じること、また従うことです。法律や社内ルールを守ることから、更には社会的規範や倫理観を損なわないように行動をするという意味になります。
テレビがなかった時代、寄席をはじめとする娯楽は何でもありでした。下ネタを扱うなんて可愛いもので、見世物小屋なんてものもあったそうです。そうした娯楽がテレビに流入するときに、内容だけでなく、裏社会的なものまで一緒に入ってきたことは、想像に難くありません。しかし、現代では、そうした社会的規範や倫理観に反するものは排除しようとする動きが強い。番組のスポンサーはイメージが大切なので、タレントに清潔なイメージを求めます。スポンサーは、好視聴者から批判されることが何よりも怖い。何か問題があったときの排除しようとする圧力は、直ぐに全国的に伝播します。そうした圧力のツールの主役は、ビートたけしが言っているようにSNSです。
民主主義が根付いた国において、現代は多様化の時代に入っています。多様化を後押ししたのは、経済的な発展また技術的な発展のお陰だと思います。その反動として、一昔前では見向きもされなかったような様々な価値が誕生してきました。
昨晩、嫁さんと一緒にアニメの「魔法少女まどかマギカ」を見終えました。僕は二回目の視聴だったのですが、初見の嫁さんは口をあんぐりと開けて感慨にふけっていました。このアニメ、かなり面白い。完成度が高すぎます。昔であれば、アニメを観るというのは、どこか子供じみた低レベルなイメージがありました。それこそ、アニメが好きな人達のことを、オタクという言葉で揶揄するような風潮もあったと思います。ところが、今では社会的な現象を巻き起こすこともあるくらいに、アニメは多くの人々から受け入れられています。国際的にも日本のアニメは評価されるようになり、オタクの地位は向上。社会的な市民権を得て一つの価値になりました。
また、「魔法少女まどかマギカ」の世界では、友情からさらに進んだ百合の側面もあります。二人が織りなす心の絆は感動を通り越して涙を誘います。この「百合」という関係は、一昔前ではアンダーグラウンドな世界だけで享受されていた関係です。ところが、今では新しい価値として受け入れられています。同じように、世の中を見回すと様々なカテゴリーの人々が、様々な意見を発信するようになりました。LGBTQという言葉が象徴するように、多様なカテゴリーの人々の人権を守るという機運も生まれています。
本来、民主主義というのは多数決で物事を決めてきました。現在の選挙制度もそれに倣っています。少数派の意見というのは、多数派の意見に押しつぶされることを理解しなければいけなかった。ところが、多様化の時代に入るタイミングと呼応するようにして、インターネットが整備され始めます。SNSというツールは、少数派というよりも個人レベルから意見を発信することが出来ます。小さな声であっても、その意見に正当性があれば、多くの理解者がフォローしてくれます。時には、その小さな声が大きな潮流を作ることもあります。
多様な意見が乱立する時代。そうした多様な意見を尊重しなければいけない時代。「時代は繰り返す」と言いますが、流石に過去にそうした時代はありません。人類にとって初めての経験です。対立する意見であっても、どちらにも相応の言い分があります。単純に「善か悪か」「白か黒か」と分けることが出来ません。また、そうした問題を更に複雑にする要因が、圧倒的な情報量の多さだと思うのです。
次々と降ってくる情報のシャワーのお陰で、私達は多くのことを知ることが出来るようになりました。世界情勢が変化している姿を逐一知ることが出来ます。有名人の様々なゴシップ記事を瞬時に受け取ることが出来ます。選挙が近付けば、右から左からの意見をテレビやネットや街頭を通して、嫌でも聞かされることになります。スマホからは、分刻みで通知が点滅して、電話だけでなくメールやアプリが持ち主を急き立てます。SNSをやっている人は、もっと大変です。自らが情報を発信しなくてはいけません。「いいね」が欲しくて、「フォロワー」が欲しくて、全てそっちのけで没頭します。大人も大変ですが子供も大変です。学校の授業を追いかけながら、塾や習い事に足蹴く通いながら、親からも先生からもコンプライアンスさながらに良い子を強要されます。ゆっくり遊ぶ時間もありません。
「忙しい」という漢字は、心を亡くすと書きます。今の時代を生きるとは、一体どういうことなのか? そんなことを、つい考えてしまいます。
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