猫又(二)


 猫又は日を改めてあの一軒家を訪れている。


 今は真っ暗な中で待機中だ。期待と不安で気持ちが落ちつかないが、動かないように細心の注意を払って辛抱しんぼう強く待つ。待っている間も外から聞こえてくる会話に耳をそばだてる。


「引っ越しに社会人の仲間入り、新生活スタートのプレゼント!」


「そんな……。こんなにいい家を安い家賃で紹介してもらったんだ。十分良くしてもらっている。受け取れないよ」


 猫又は会話の一つひとつに反応して、どきどきしている。


「ふふっ。そんなこと言わないで。このコ、近くにいたいみたいだから」


「え……?」


 急に光が差しこんできて猫又は目がくらんだ。反射的に目を閉じようとしたが、あわてて現状を保つ。そのまま動かずにいたら目が慣れてきた。正面には人の姿がある。


 大きな目に長いまつげの整った顔立ち、小柄で女性のように見える――


柚莉ゆうり! やっと会えた!!)


 猫又は会えた喜びで思わず動きそうになる。しかし木彫りの猫であることを強く意識して感情を抑える。


 柚莉は差し出された箱を受け取ると、中にある木彫りの猫をじっと見つめる。


「キミは――」


 続く言葉はない。猫又は不安に駆られたが、柚莉はにこりと微笑んだ。それから視線を移して遠慮がちに言った。


杏子きょうこさん、やっぱりもらっても……いいかな?」


「もちろんよ」


 猫又はうれしくてうれしくて仕方がない。木彫りの猫から飛び出して、部屋の中を走り回りたい衝動を必死に抑えて根付のままでいる。


 杏子から承諾を得た柚莉は、箱に視線を戻すと満面の笑みを見せた。




 一軒家から出てきた杏子は、少し離れたところで煙草を吸っているシバを見つけると、にやにやと笑みを浮かべながら近づいていった。


司波しばくん、自分で柚莉くんに届けてあげればよかったのに」


「知らない男がいきなり現れて物をあげるとかあり得ねえ。警戒されるだろう」


「ふうん? あとわざわざ付喪神つくもがみを創らず、『式神』の排除対象から猫又を除いてもらうよう頼むだけでよかったんじゃない?」


「……あいつに頼み事をするのは嫌だ」


「男って何歳いくつになっても子どもね」


 杏子は肩をすくめて茶化すと二人は連れだって歩き始めた。


 杏子は司波の友人で付き合いは長い。司波は杏子を通して柚莉のことは以前から知っていた。しかし猫又の記憶を読むまでは、柚莉とつながりがあるとは知らずにいた。


 猫又を助けたことで司波は不思議な縁を感じている。


 人の好き嫌いがはっきりしている杏子が珍しく気に入ったのが柚莉だ。よく柚莉のことを話題にするから、会ったこともないのに知り合いのように思える存在になっていた。


 縁があるのは柚莉だけじゃない。


 猫又が一軒家で感じた強力なチカラは式神によるものだ。式神は人を守る役目をもっており、対象者は柚莉の弟だ。司波は式神を創った者を知っていて、腐れ縁でつながっている。


 そして柚莉の弟とも縁がある。


 弟子はもう取らないと言っていた祖父が弟子を取った。「蓮華れんげだ」と紹介されたのは20歳にもならない子どもだ。上を見れば式神がいて、祖父と目が合うと楽しそうに笑った。


 蓮華兄弟とは縁があると感じていたが、まさか助けた猫又までつながるとは思っていなかった。複雑に絡み合う縁に面白さを感じて司波の表情が緩む。


(ここまで縁がつながるのは珍しい)


 司波は外で待っていたから猫又が柚莉に受け入れられた瞬間は見ていない。しかし離れていても猫又が喜んでいる気配がはっきり届いたから、うまくいったのはわかった。


「助かった。ありがとう」


 司波はぼそりと礼を言った。杏子は司波が照れているのがわかっているので、あえて突っこまずに別の話題をふる。


「それにしても気が利かないわ。プレゼント用の箱も用意していないなんて。最初から私に相談すればよかったのよ」


 司波はそのままでもいいじゃないかと思いながらも、杏子の心配りには感謝している。


 猫又は柚莉が受け入れてくれるか気にしていた。司波はどう対処しようか考えていたが、連絡を受けた杏子が機転を利かせてプレゼント用に準備すると言い、渡す役も引き受けてくれた。そしてすぐに行動に移した。


 司波が彫った木彫りの猫は、愛らしい姿をしているが素材のままで味気なかった。合流した杏子は木彫りの猫を手に取ると、きれいに塗装して三毛猫に仕上げた。猫又はネコだった頃の姿になったことを喜び、根付のまま走り回っていた。


 司波ははしゃいでいた猫又を思い出して思わず笑顔になる。珍しく笑っている司波を見て、杏子が楽しそうに聞いてきた。


「なんでアヤカシ嫌いの司波くんが猫又の世話を焼いたの?」


猫又あいつアヤカシになると決心したところを視ちまったからなあ――」


 シバは煙草を取り出し吸い始める。煙を長くはくと、ゆっくりとした口調で猫又の記憶を話し始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る