猫又(四)


 『神使しんし』が柚莉ゆうりを守っていることが不思議だった。だから柚莉を守る理由を聞いてみた。まさか……柚莉がこんなに重たいものを背負っていたなんて――



「変えられないことだからって柚莉に押しつけるなんて……。オレは何度も転生していろんなネコの一生を経験した。でも柚莉は一度きりしか生きられないんだろう? それなのに『代替え』の『うつわ』なんて……。選ぶことができないなんて……。まるでにえじゃないか!」


 きつい言葉を言っても言い返してこない。オオカミも本当は嫌なんだ。定められたことでも言わずにはいられない! 死ぬ運命なんて止めたい!


「オレは柚莉に出会えたことで充実した一生を送れた。ネコとして十分すぎるくらい生きた。転生できるいのちはまだ残っている。それを柚莉にあげる。代わりにオレが器になる!」


「器は人間にしかなれない。そして選ばれた者しか役目をこなせない」


 無情な事実を突きつけられて、悔しくて食いしばったけど、現状は何も変わらない。どうすればいい。どうすれば……。


「おまえはもう上へ昇れ。まだ転生できる。早く行け」


「嫌だ!」


 変えることができないから『ことわり』、どうしようもないことだ。でも、それでも、少しでも長く柚莉には生きていてほしい!


 オレにできることはないか考えていたら、オオカミが言っていたことを思い出して賭けにでることにした。


「あなたはさっき器を守ると言った。そしてアヤカシから柚莉を守るとも。オレには器を守ることはできない。でも柚莉に寄ってくるアヤカシを排除することはできるかもしれない! オレがアヤカシの相手をして彼を守るから、あなたは器を守ることに専念してくれませんか! そうすれば柚莉に時間をあげることにつながりますか!?」


「器を守ることに専念できれば少しだけ時間は延ばせる。だが……自分が何を言っているのかわかっているのか? アヤカシから守るには、おまえがアヤカシにならないといけない。アヤカシになれば魂は穢れる。一度穢れると長年さまようことになる。今はまだネコの魂だ。上へ昇れば転生できる。次の『生』を捨ててアヤカシになると言うのか?」


「『生』に未練はない! オレは柚莉に少しでも長く生きてほしいんだ!」


「おまえの想いはわかるが賛成できん。時間を延ばせたとしても代替えはいずれ実行される。それにアヤカシに変わるとけものの本能が強くなる。自我が保てなくなって柚莉を襲うかもしれない。……おまえが考えているより現実は残酷なんだ」


 オオカミの言っていることはもっともだ。オレは何度も転生してきたからわかっている。現実は厳しいものだ。楽しいことだけじゃない。つらいこともある。独りだと心が折れそうになることもある。でも――助けてくれる者もいる!


アヤカシに変わって本能に支配されてしまったら、あなたがオレを消してください。でも自我が残って戦える妖力チカラをつけたら、オレに柚莉を守らせてください! ……お願いだ! 柚莉はオレに生きることのすばらしさを教えてくれた大事な人なんだ!!」


 オオカミの返事を待たずに、決意したことを実行する。やり方は本能でわかっている。ただ欲すればいい。そう――



 妖力チカラが欲しい!!



 強く願ったことで体の中が変化したのがわかった。どろっとした黒いモノがわいてきて意識を侵食していく。欲しいと願えば妖力チカラが強くなり、同時に黒いモノが支配していく。


 みしりみしりと内側から変化していく。体が大きくなるとともに妖力チカラがわいてくる。増えていく妖力チカラがうれしくて気持ちが高ぶり、欲も強まる。



 見える景色に赤が乗る。赤は血の色。


 血――……。


 ああ――……


 血が……肉が食べたい。


 戦って血を浴びたい……狩りがしたい。


 うまそうな匂いがする……。


 人間だ……。


 無防備に寝ている。食べたい――



「おまえは……柚莉を食うためにアヤカシになったのか?」



 静かな声が響いて、人間に向けていた爪がなぜか止まった。


 目の前にいる人間をじっと見てみる。


 匂いがする……。


 心地のいい香りだ……。


 そう……だ。柚莉の匂いだ!


 アヤカシになるのを選んだのは食うためではない――柚莉を守るためだ!


 赤く映っていた景色がゆがんで赤色が薄くなる。色彩がでてきて元の世界に戻った。はっきりした意識で己を見てみる。


 爪を見れば硬く鋭いものに変わっている。体を見れば大きくたくましい姿だ。尾を振ると二つに分かれた異形のモノとなっている。でもココロが残ったせいか完全なアヤカシになりきれていない。それでも妖力チカラがみなぎっているのがわかる。これなら――


 弱いネコ オ レ はもういない。


 猫又アヤカシになったことを実感してオオカミに懇願した。


「私が柚莉をアヤカシから守ります。だからあなたは器を守ることに専念してください。お願いです、柚莉が少しでも長く生きられるようにしてください」


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