猫又(三)


 ネコだったオレは雪の降る日に死んだ――


 柚莉ゆうりに抱かれていたはずなのに気づいたときは霊体になっていた。


 ふわふわとただよい上へ上へと昇っていく。霊体になったことでこれまでの記憶が鮮明になっている。経験からこのまま上へいくと、またネコに転生できるとわかっていた。でも柚莉が気になって下へ戻った。


 雲を抜けてどんどん下がると見慣れた景色が見えてきた。柚莉のことを想うと体が勝手に動いて住んでいるマンションにたどり着いた。


 窓の外から気配を探ると室内に柚莉がいる。窓を通り抜けて中に入ると、ベッドで眠っていた。そばへ行こうとしたら柚莉の体が光って光の玉が現れた。


 小さな光はだんだんと大きくなり輪郭をつくっていく。耳を持つ獣の形ができると、姿がどんどん鮮明になっていき、圧迫されるチカラを感じて動けなくなる。硬直したまま見ていたら光はオオカミになった。


 オオカミは柚莉を守るように体の上に浮かんでにらんでいる。神々しい姿からくらいの高さがわかり、話しかけることすらできない。


「消されたくなければ、この者に近づくな」


 忠告するとオオカミは消えた。姿が消えると途端とたんに硬直が解けて、逃げるように部屋を出た。


 異例な事態に不安になる。強いチカラからオオカミは『神使しんし』に違いない。神使が人間を守るなんてそうそうない。よほどの理由があるはずだ。柚莉が心配で、上には昇らず様子を見ることにした。


 近づくなと言われたから距離を置いて柚莉を追っていた。遠くから観察していたら気づいたことがあった。


 一つは、オオカミは寄ってくるアヤカシから柚莉を守っている。


 柚莉はなぜかアヤカシを引き寄せる。行く先々でアヤカシが寄ってくるから、そのたびにオオカミが排除していた。


 そしてもう一つは、柚莉が苦しむと地震が起こる。


 柚莉が部屋で倒れたことがあった。苦しみだして、うずくまっていると体が光り始めた。光に気づいた柚莉は、あわてて自分を抱きしめるようにして腕に力をこめる。すると光は薄くなったが、代わりに地震が起こった。


 通常ならあり得ないことが柚莉の周りで起こっている。神使が守り、柚莉の異変に連動して地震が発生する――。世界を動かすような事態が動いていると直感した。


 大事な人に危機が迫っている……。


 オレはオオカミに消されることを覚悟して真実を聞くことにした。柚莉が眠ったあと部屋に入ると、すぐにオオカミが現れた。


「消されたいのか?」


 チカラの強さに圧を感じて体が震える。逃げたいけど恐怖に耐えて問いかけた。


「あ、あんた……いえ、あなたはアヤカシからこの人を守っているように見えます。位の高いあなたがなぜ人間を守っているのですか?」


「おまえには関係のないことだ」


「関係あります! オレはこの人に生命いのちを助けられた。そして死ぬ前にココロも救われたんです。オレにとって大事な人です。この人が困っているなら役に立ちたい!」


 オオカミは柚莉に視線を移すと黙りこんだ。オレは理由を聞くまでは引かないと決めて、話してくれるまで待つ。


 何も話してこないから消される覚悟もしていた。ところがオオカミは、オレに視線を移すとゆっくりとした口調で話し始めた。


「この者――柚莉は土地神の『うつわ』だ」


「土地神の器? なんですか、それは??」


「世には知られていない『ことわり』がたくさんある。近いうち、関東の土地を守る神の『代替え』が始まる。代替えは神が別の地へ移る大事おおごとだ。一度で移動しようとすると大きな地震が発生する。大地震を防ぐため土地神は少しずつチカラを器に移していく。そうすることで代替えのときに起こる揺れを少なくするのだ……」


 ここまで話したらオオカミは話すのをやめた。なかなか続きを話さなかったが、悲しそうな顔で柚莉を見つめると言葉を続けてくれた。


「日本という国を支えるために、土地神の代替えは必要で、また代替えには土地神の器が必要だ……。その器に選ばれたのが柚莉だ」


「柚莉にアヤカシが寄ってくるのは、器という役目のせいですか?」


「そのとおりだ。器になる者は、人間やアヤカシなどさまざまなものを引き寄せる体質をもつ。私は器が壊れないように守る役目を担っている。だから器である柚莉の身を守ることも私の使命だ」


「では、代替えというものが終われば、柚莉は苦しまなくてもよくなるのですか?」


「…………」


「え…… な…に……? そうじゃない!?」


「器は代替えとともに消える」


「『消える』? それは……死ぬってことですか!?」


「そうだ」


「柚莉は自分が器であることを知っているのですか!」


「もちろんだ」


「そんな……」


 柚莉が背負う宿命――。抱えている事の大きさを知って愕然がくぜんとなった。


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