第106話 監獄脱出の最終決戦



 すり鉢状の舞台が出来上がるまでの一瞬の間、真っ先に仕掛けたのはジェームズだった。連中が1ヵ所に固まっている間に、大技で攻撃する選択肢は悪くない。

 《ダークトルネード》は、目晦ましの効果もあるし威力もなかなかの大技だ。大きなサイズのゴーレムも、3体ほど破壊したみたいで先制打としては上出来だ。


 俺も岩陰から顔を出し、遠隔でいきなり《罠造》の雷落としをプレゼント。出し惜しみなんてしていられない、これで決まるとも思って無いけど。

 俺の隣では、小春が『爆裂矢弾』と言う特殊矢弾で残りのゴーレムを粉砕してくれていた。防御の剥がれた敵陣は、スッキリ見渡せていい感じ。

 ただまぁ、向こうもこっちを見定めたって事でもあり。


「そこにいたかっ、賞金首……待ってろ、今すぐ刀の錆にしてやるっ!」

「おいおい、賞金首は今日付けで解除されたって話だろ……物覚えが悪いな、そんなんで大丈夫か?」

「抜かせっ……!」


 怒声を放ちながらやって来るのは、剣士のメルヴィンとやらのみで。ベンディスの方は、術者ベースなのか、後方で支援に徹するフォーメーションみたいだ。

 ジェームスと俺の先制魔法も、奴が回復したのかさしたるダメージは窺えない。う~ん、先に回復役を倒すのは戦いでの定跡なんだけどな。


 突進してくる剣士のメルヴィンは、どうやら俺が相手をしないと駄目なようだ。ジェームスやサユリさんで、出来ればベンディスを倒してくれれば万々歳なんだけど。

 果たして上手く行くかは、やってみないと分からないってね。


 とにかくこちらも、取り敢えずは二刀流で奴の斬撃を迎え撃つ構え。その後ろでは、懲りずに再びベンディスがゴーレムを召喚しようとしているようだ。

 それを阻止しようと、サユリさんが接近戦を図っている。俺も《木霊術》を使っての、《砲台植物召喚》を右手の崖上に配置してやる。すり鉢状の舞台はバッチリ出来上がっており、ここを這い上がるのは割と大変そう。


 ちなみにマホロバの姿は、すり鉢状の舞台内には全く見当たらず。反対側の通路から、上手く逃げおおせたみたいで何よりだ。元よりこの戦いは、俺個人の因縁が原因だからな。

 下手に首を突っ込んで大怪我でもされたら、こちらも寝覚めが悪くなるってモノ。その位なら、離れて見守って貰ってた方が数倍マシって感じである。

 そして万一俺が倒れたら、骨でも拾って貰えれば。


 うん、それも縁起でもない例えだな……俺はコイツとの戦いで倒れる予定も無いし、骨と化すつもりも無い。戦って勝利して、封印解除してこの“監獄領域”を脱出してやる。

 それ以外の想像を頭から追い出して、いざ目の前の剣士と鍔迫つばぜり合いからいったん距離を置く。向こうも意外と手応えがあったので、内心驚いているのだろう。


 恐らく与えられた前情報では、半生半死の『封印』と『呪い』持ちの“賞金首”って情報だっただろうし。それが“賞金首”の期間を生き残って、しかもピンピンしてるのだ。

 驚くなって方が、恐らく無理だろうな。ちなみに『呪い』もバッチリ解除してるので悪しからず。しかし剣を打ち合わせて分かった、コイツはかなり強い。

 具体的には、近接系スキルは俺より遥かに高いみたい。


 俺の《剣術》が今の時点でレベル4だからな、倍とは言わないが6か7程度はありそう。肉体強化系のスキルも持ってるな、単純なビルドだがそれ故に相性が良くて強さが際立つのだ。

 奴の表情から、少しずつ慢心やあざけりの類いが消えて行く。そして俺へと繰り出す斬撃も、段々と鋭さを増して行く。こちらは二刀流で、しばらくは受けに回る時間。


 結構な腕前の剣士だが、逆を言えばスタンダードでトリッキーな動きは含まれていない。おまけに小春が、たまにこちらの援護に蔦やら矢弾やらを飛ばしてくれて。

 それ故の膠着状態が、しばし生まれると言う事態に。


「おのれ、しぶとい奴め……前情報と違い過ぎるな、楽な仕事と聞いて引き受けたってのに!」

「ははぁ、アンタ後ろの男に騙されたな……ちなみにアンタはどっちの配下だよ、アッシュだったら足を切り落とされた貸しをアンタから返して貰うぞ?」

「アッシュ様を呼び捨てになど、言語道断っ! 斬り捨ててくれるわっ!」


 ちなみに騙したって話は嘘だが、そんな事をしなくても勝手に逆上してくれる相手剣士。そして俺のスロット枠で、出番なのかなと暴れ出す《高利貸》ってね。

 いや、もうちょっと待ってくれ……レベル4に上げた分の活躍は後でたっぷりして貰うから。今スロットを勝手に弄られたら、こっちが大変な目に遭ってしまう。


 取り敢えずは逆上したメルヴィンの猛攻を、何とか冷静に受け流しての時間稼ぎ。ここまで接近されると、小春も迂闊にちょっかいを掛けれないし上手い手だ。

 しかもゴーレムがこちらに接近中、そちらの相手で手一杯になって場はカオス状態に。ジェームズとサユリさんのペアは、速攻でのベンディスの始末に失敗した様子。

 それも仕方ない、何しろ俺以上の強敵だもんな。


 片方を足止めしてくれているだけで、ハッキリ言って万々歳の状況である。2人で全力で攻められたら、恐らく5分と持たずに倒されていた筈。

 まぁ、こっちも“奥の手”は幾つか仕込んであるけどね。格上の管理補佐官が相手なのだ、その位はしないと勝ち目が薄くて戦う前からヤル気が削がれてしまう。


 とは言え、その“奥の手”が効果を発揮するかは全く分からないのだけれど。とにかくまずは、向こうの能力の1つや2つを何とか無効化しておきたい所。

 例えば傷を負わせてスピードを落とすとか、体力を削ぐとか。その切っ掛けを探して、俺は再びメルヴィンと斬り結ぶ。試しに間に《氷砕》を放つが、呆気無くかわされてしまった。

 そうだろうね、この世界にも魔法剣士はごまんといる筈だし。


 それ程驚きの戦法とは、生憎とならなかった訳だ。そんな過度な期待はしてなかったけど、簡単に避けられるとさすがにへこんでしまう。

 逆にその隙を突かれて、激しく攻められる破目に陥って。俺は肩口やわき腹に、幾つか浅い傷を受けてしまった。剣士相手に防具無しは、ハッキリ言って辛い。


 ポーション飲む暇も、もちろん相手は与えてくれないしな。小春のちょっかい掛けも、巨大なゴーレムの接近で完全に無くなってしまった。

 ってか、その上に誰か乗って……うげっ、術者のベンディスがゴーレムに乗ってこっちに接近中だ。小春はそれを阻止するために、気の蔦や弓矢で必死に防衛中。

 今回のゴーレムは巨大過ぎて、それも効果が薄いけど。


「メルヴィン、ここからは連携しますよっ……さっさと倒さないと、《土の檻》の魔法が解けてしまいますっ!」

「やかましいっ、コイツは俺が倒すっ! お前は引っ込んでろ、ベンディスっ!!」


 おっと、向こうの連携も全く取れてないようだな。目の前の剣士が、良い感じに頭に血が上っているのが有り難い。それを利用出来れば、こっちに風か吹くかも。

 とは言え、向こうの猛攻を防ぐのが先だけど……いや、向こうの意思疎通が上手く行ってないせいで、巨大ゴーレムも下手に手出し出来なくてまごついている。


 その隙を突いて、従者たちがこっちの戦場に集結して来ている様だ。良かった、倒されたんじゃないかと思って冷や冷やしてたよ。

 さて、向こうは駄目でもこっちは連携させて貰うからな。


 反撃の糸口を窺いつつ、俺は何とか剣士の剣先から逃れる作業に集中する。ゴーレムの肩に居座っているベンディスも、《土弾》などでちょっかいを掛けようとはしている様子。

 ただ連携とまでは行かず、逆にメルヴィンにも当たりそうで危なっかしい。それが思い切り隙になる事は無いが、接近戦のメルヴィンはその援護に苛立ちの表情。


 いいぞ、念の為に助っ人参加を呼び掛けたのが、今の所は逆に足枷になってるってね。そして俺の従者たちも、ヤル気満々で死角へと潜んで行く。

 体の小さいジェームズとサユリさんは、そんな戦法で無いと簡単に倒されてしまう。正々堂々、正面から相手と戦うなんてもってのほかである。

 本当は探索でも、先頭に立って欲しくないのが本音なんだけど。


 シルベスタとガイルの不在で、現在は前衛不足でむ無くの処遇だったりする。とにかく現状、耐えて反撃の機会が整った状態である。

 俺は小春に視線でサインを送り、それから剣士の隙を突いて《氷の砦》の詠唱。いきなり出現した障害物に、メルヴィンどころかベンディスも戸惑っている様子だ。


 そこに小春の爆裂矢弾が降り注ぎ、向こうも背後に注意を向ける破目に。その間に俺は距離を取っての、大技の《氷華》の詠唱に入る。

 これで決まれば良いが、さてどうだろう?


 範囲内に敵の2人が、見事に入ってくれたのは確認済みだ。そして敵の造った“土の檻”内に、綺麗に花咲く氷で出来た一輪の透明な華。

 それが砕け散った後には、大ダメージを受けた敵の管理補佐官が2人……うん、巨大ゴーレムはともかく、あの2人はまだ生きてるみたいで残念だ。

 ジェームズとサユリさんが、止めを刺すぞとベンディスを標的に飛び出した。俺はポーションを身体に浴びて、身体強化薬をあおって一気に飲み干す。

 まだ時間があるかな、それならマナポも行っとこう。



 一息つく時間があるのは何より、それより敵のダメージだけど。ジェームズとサユリさんが追撃してくれたお陰で、ベンディスが回復魔法を掛けている時間が無かった模様。

 それはこちらにとってもまたとない機会、こちらも打って出てこの流れに乗らないと。しかし向こうも余力を残しているのは確かで、従者2人の攻撃は良い様にあしらわれている。


 俺は少し迷って、追撃にと《魅了の蔦絡み》を選択する。続けて切り札を切るのは、向こうに流れを渡したくないからに他ならない。

 格上なのは確かだし、接近戦では全く活路を見い出せなかったからな。まぁ、まだこちらも《剣術》の切り札は隠し持ってはいるけれど。

 向こうはガッチリ装備を着込んでいて、俺との防御差は歴然。


 だから俺の《魅了の蔦絡み》に見事絡まってくれた、メルヴィンにも本当は近付きたくは無いんだけど。罵声を放ちつつまだまだ元気そうな相手に、しかし俺には《氷華》以上の魔法攻撃は無いと来ている。

 しかしこの蔦凄いな、格上の剣士と術士を締め上げて継続ダメージも与えてくれているようだ。元気な状態では避けられると思ってたけど、ここまでは俺の思い通り。

 ただまぁ、止めとなるとどうしたモノか。


「このクソ野郎がっ、俺の剣の届く所までその首を差し出せっ! 苦しませずに、一発で跳ねてやるぞっ!」

「嫌に決まってるだろ、お前がしろよ……ほらっ、お前の相棒もそろそろお陀仏しそうだぜ?」

「なっ、何っ……!?」


 ベンディスの方はサユリさんの《頭髪操作》で、首元を毛糸の髪で絞められて瀕死の状態。さすが殺人ドール、相手の不意を突けば命の危険まで持って行ける。

 それに驚いて、見事に隙を作ってくれたメルヴィンに、俺は接近しながら《洛砕撃》を放ってやる。向こうは蔦に絡まれて不自由な体勢、盾も使えずモロに腹に一撃を見舞うのに成功する俺。


 これで決まってくれと、油断では無いが技の撃ち終わりに敵の逆襲が来た。何しろ蔦ごと粉砕したのだ、奴がフリーになるのは知れた事だったと言うのに。

 反撃の刃を右肩に受けて、俺は思わず剣を取り落としてしまう。


 不味いな、意外と深手を負ってしまったか……向こうのベンディスも、土の不自然な隆起を見るに反撃に転じられて仕留め損なっている様子。

 さすが格上だ、一筋縄では行かないとは思ってたけど。こちらも時間稼ぎがしたい、仕方が無いので最後の切り札を解き放とうか。


 俺は《木霊術》の《砲台植物召喚》を再び唱えて、オートの植物砲台でのサポート召喚。さっそく蔦の矢で攻撃を始めてくれて、まずは一息つけそう。

 それから《空間収納(中) 》から、今度こそ本当の最後の切り札を解き放つ。この結果は俺にも分からない、何しろスレイの実戦投入は初だからなぁ。

 しまった、せめて夢空間で摸擬戦でもさせるべきだった。


 ところが上空へ飛び立った『宝石ハチドリの絡繰り人形』は、スレイの操縦でまるで本物の鳥のような華麗な飛行を見せ。攻撃力は無いだろうと思った俺の、度肝を抜く特攻をメルヴィンに見せた。

 しかも目ん玉繰り出すかの如くの特攻、慌てて絶叫を放つ敵の剣士。離れて回復しようとしていた俺だが、奴の悲鳴に思わず体が反応して。


 左手のみでの、飛び込み様の短槍での突きを思い切り見舞ってやる。その瞬間に、短槍の先端のS字プレートが光り輝くイレギュラーが発生。

 それが何かの特殊スキルのような、爆発的な攻撃力を絞り出して。


 何とその一撃で、助っ人メルヴィンが派手に吹っ飛んで行った。ってか、手応え的にはどう見ても致命傷を通り越してオーバーキルだ……何だ、この新武器の威力!?

 凄い性能だと呆けていたら、思わぬ逆襲が背後から来た。どうやらベンディスが、俺に対してまたもや《封印》を仕掛けて来た様子。

 架空スマホを覗いたら、《剣術》が新たに封じられたっぽい。


「おのれ、雑魚だと侮っていたら……こうなったら、お前のスキルとステータスを片っ端から封じてやるっ!」

「気の長い話だな、それをするんなら早い方がいいぜ? アンタは術者ベースなんだろ、こっちも猛攻を開始するからな。

 溜まった貸しを、キッチリ返して貰わないとな」





 ――貸しと封印と奪われた装備品、キッチリと返して貰わなきゃな。






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