第73話 モールに続々と集まって来る人々



 オタ&ガリ勉チームは、辿り着いたモール施設に度肝を抜かれていた。今まで彷徨っていた異世界で、こんな巨大な建物に遭遇した事は無かったので尚更の事。

 入っても大丈夫なのかと、散々戸惑って用心していたのだが。寡黙な増野がさっさと入って行ってしまって、リーダー格の枢木くるるぎ達もその後に従う事に。


 そしてビックリ、いや施設の前の警備室に人がいたのもそうだけど。その人の言う通り、中には宿泊施設があって同じ異界の探索者も在住していると言う。

 しかも受付け嬢には、強引に5日間に渡るゲームの参加を言い渡されるし。思いっ切りどうしようかと戸惑う一行だが、どうもこの施設のメインは団体戦らしい。

 そして他のチームも、それなりにここまで辿り着いている模様で。


「これはもう、このままチームで行動する方が得じゃね? 國岡君、そんな訳で君もソロじゃ辛いだろうから、このままチームの一員として貢献してくれたまえ。

 まぁ、君を入れてもたった4人だけども」

「そうだな……面白そうじゃないか、そのメダル増やしゲームとやらは。しかしこの施設は凄いな、ようやくこっちの世界で羽を伸ばせそうだし。

 案内によると、部屋の宿泊も食事や入浴もタダらしいしな」

「いいね、腹が減ったし飯を食いに……増野は既に食堂に行ってるってね」

「別に構わないだろ、俺は先に風呂に入りたいね……暫く自由行動で、食堂集合で良くね?」


 増野の勝手な行動は、毎度の事なので全く気にせずなオタ&ガリ勉チーム。彼らのここまでの道のりは、決して平坦とは言えずイベントも盛りだくさんだったけど。

 何とか落伍者も出さず、武器や装備の備えもしつつここまでやって来れた感じだろうか。フォーメーションとしては、増野と枢木が前衛で、國岡と飯田が魔法での援護である。


 リーダーの枢木だが、最初は《痛み魔法》での後衛をやっていたものの。前衛が圧倒的に足りず、仕方なく持っていた《スキル奪取》でモンスターのスキルを奪い取って。

 とは言え、モンスターの所有するスキルは感覚的にとても薄いと言うか。数日の所有で泡と消えてしまう感じで、スキルアップも困難な劣化品の模様。

 チームの為の、なんちゃって前衛も最近は限界気味だったり。


 一方の増野だが、《身体変化》で爪を刃物に変えたり硬化させたりと、割とやりたい放題である。おまけに《悪食》で、モンスターの肉を喰らってパワーアップしたりも出来るし。

 雑魚相手には無双する頼もしさだが、恐らく一般生徒からするとチームに招きたくない異形の主だろう。探索者としては、間違いなく一級品には違いないのだが。


 飯田に関しては、《異界知識》での貢献が実は一番大きかった。戦闘に関しても、敵から拾った弓矢での《遠隔射撃》で後衛の動きも可能だし。

ただし《呪術》に関しては、前準備の時間やら何やらが必要で、あまり実践的ではなかった様子。条件さえ揃えば、強い敵にも効果があるのは実証済みなのだけど。


 そしてガリ勉の國岡は、《魔王セット》をひた隠して《腐食魔法》で何とかチームに貢献していた。ミリタリーオタク色の強いこのチームでも、何とか浮かずにやって行っており。

 自身も意外な程に、メンバーに溶け込んでいる様子。



「おうっ、こりゃ凄い……バイキング形式で、食べ放題とは恐れ入ったね。ところで國岡君、君がご執心の生徒会チームは既にこの施設を出発済みだそうだよ。

 さっき同じ学校の生徒に訊いたから、まず間違いは無さそうだけど」

「こっちもさっき、文芸部の嶋岡部長に会って話を聞いたよ。解析レポートのコピーまで貰ってね、メダル増やしゲームを頑張ってくれって言われたよ。

 なかなかよく出来てるよ、向こうは既にゲームは終了してるって話だったかな」


 へえって感じで、食事をしながらページを捲り始める枢木と飯田である。増野は興味無さそうに、何度目か不明なお替わりをしに席を立って行ってしまった。

 國岡にしてみれば、確かに最初は生徒会の明神に対するライバル視は強かったモノの。今では先を越されたと言う、悔しい気持ちもそれ程には無くなっていて。


 それよりは、生き残る事に尽力したいって気持ちがとても強くなっており。身勝手な性格の彼にしては、珍しくチームプレイの考えがその内に芽生え始めていたのだった。

 学生時代には秀才との色眼鏡で見られていた國岡だったが、この異世界では競争とは生存競争を意味しており。必死にそれに挑戦している内に、性格の刺々しさもすっかり薄れてしまっていた國岡である。

 しかも周囲の面々も、生きる事にみな意地汚い性格で。


 人間としての尊厳まで、投げやってここまで生き延びて行く内に。ちっぽけなプライドなんて、守る意義も失ってしまっている始末。

 それが良い方向に転がっているとは、人生って分からないモノだ。


 ――そんな訳で、彼らのチームは結束を保ったまま進むのであった。









 暫くは逃げ出した勢いで、浅層を彷徨っていた岸那部きしなべだったけど。追手が来ないと感じると、またもや悪い癖が疼き始めた。

 それは食欲とも性欲とも違う、ある種の禁断症状にも似ていて。誰かをその手で殺めないと、頭の中に薄く掛かったもやが綺麗に晴れてくれないのだ。


 或いは頭の中で、ささやき続ける声に応える儀式とでも言おうか。彼はこの異界に来れて、本心から神に感謝していたのだった。

 この異界に、本当に陣営ごとに神がいる事も知らないまま。それでも彼の運の良さは本物で、このまま進めば2つ目の集積所に辿り着く事も、実は可能だった。

 その為の条件を、岸那部は知らぬうちにクリアしており。


 その内の1つは、当然ながら第1集積所のイベントクリアである。ただしレベルが自然と上がれば、それを無理にこなさなくても次のステージに上がれる仕様で。

 そんな事は知らない岸那部だったが、逃亡の為に階層を幾つも渡っての戦闘で。彼のレベルは、自然と18へと上がっていた。


 どうも同族殺しで、大量の経験値を得られていた模様で。殺す事に忌避感のない彼は、弱い者虐めの大量殺戮をモンスター相手にも繰り返しており。

 そうしてこの短時間で、自身の強化へと至った岸那部である。元々彼は《殺人術》と《並列思考》と言う戦闘系のスキルを所有しており、モンスター相手にも後れを取る事は無かった。

 しかも強敵が少々混じっていても、これらのスキルは優秀で。


 ただし防御は《苦痛無効》と《手当て》くらいしか無いので、とにかく先に相手の止めを刺す戦法オンリーである。それでも彼は、この数日でソロでの活動も慣れて来て。

段々と大胆になって行き、活動の幅を広げ始める事に。


 つまりは同族狩りである、疼き始めた悪癖による衝動を、一刻も早く鎮めるべく彼は行動を始める。誰でも良いので、この異界を彷徨っている人間をまずは探し当てて。

 それから巧みな話術で懐に入って、油断した所をひっそりと殺すのだ。相手が理由も状況も理解していない間に、出来れば後ろから首を絞めて殺すのが良い。


 その出会いの機会は、割とすぐにやって来た。彼が先に人の気配を感じたのは、しかし偶然の要素が大きかったけれど。岸那部も移動中で、その前方に人影を確認出来たのだ。

 思わず大声で呼び止めたのは、ある意味賭けでもあった。もし向こうに敵対する意思があれば、この後にかなり面倒な事になる。

 具体的には、正面からの斬り合い的な。


 それでも負けるつもりのない岸那部は、向こうが立ち止まったのに気付いて早歩きで近付いて行く。そしてしっかり、相手のチェックを忘れない。

 振り向いた人物は、戦闘慣れしているのか隙の類いは見当たらなかった。表情も立ち振る舞いも凛々しく、学生では無く社会人なのは間違いない。


 こちらの出身だと厄介だが、服装はありふれたシャツにスラックスで現代の社会人に見受けられた。手にはどこかで拾ったのか、粗末な剣を握っているがそれは岸那部も同じ事。

 こんな危険地帯を、無手で歩く方がどうかしている……それは良いのだが、振り向いた人物の危険な目付きが、岸那部にはやけに気に掛かって。

 思わず内心では尻込みしながら、それでも作戦通りに声を掛けてみる。


「やあっ、やっと出会えた……実は敵から逃げてる最中に、仲間たちと逸れてしまってね。こんな場所で独りきりで、心細くってどうしようかと思ってたんだ。

 あなたも独りで行動中ですか、こんな異界で?」

「ああ、あなたもひょっとして地下鉄のホームからここまで? 私は行動が遅かったもので、一緒に行動する仲間には恵まれなくて……。

 ただまぁ、戦うのに有効なスキルを得られたので何とかここまで」


 それを聞いた岸那部は、心の中で警戒心をやや上げながらも。隙を突いて殺すのに、あまり時間を掛けるのは不味いかなと脳内で作戦修正。

 相手も体格がかなり良いし、下手に反撃を喰らうのは宜しくない。それでもコミュニケーションは充分取れそうで、油断させるのもこの調子なら夜までには可能そう。


 相手は園原そのはらと名乗って、元は自衛隊だと自己紹介して来た。岸那部も名乗り返して、職業は歯医者では無く“医者”だと向こうに告げる。

 それから回復系のスキルも所有していると、こちらの手の内を明かしての油断を誘う。人間と言うのは、何故か医者は善人だと思い込む節があるのだが。

 父親が医師である岸那部は、そんな事は無いと人一倍知っている。


「いや、参ったよ……学生たちと行動を共にしていたんだけど、完全に逸れてしまってね。治療系のスキルを持ってるのが私1人だから、早く合流してあげたいんだが。

 どこかで見掛けなかったかな、学生と社会人5~6人のパーティなんだが」

「いや、見掛けないね……おやっ、ひょっとしてあそこにいるのがそうじゃないかな?」

「……えっ?」


 思わず振り返ってしまった岸那部は、向こうの言葉に乗った事を激しく後悔した。間違いなく典型的な罠だ、向こうはこちらを貶めようとしている。

 そして振り向いた先に、巨大な鬼が見下ろしているのに気付いて呼吸を止める。《並列思考》を発動させて、彼は戦闘モードに入ろうと画策するのだが。


 時すでに遅く、彼の頭はガッチリと鬼の両手に握りしめられていて。ゴツ過ぎる掌の感触と、剛毛を視界に収めつつ岸那部の思考は永遠にストップした。

 首が嫌な音を立てて、あり得ない方向に捻じ曲げられた事によって。


「さて……向こうがどんな思惑で、こちらに近付いて来たかは別として。スキル持ちの実験台を入手出来たのは、本当に有り難いな。

 これでスキルアップによって新たに覚えた、《供物捧》と《陰陽術》のコンボ技を試せる。前鬼に後鬼、ようやくお前たちの仲間が増えるぞ?

 お前たち程に、強く生まれ変わって欲しいモノだが……」


 ――そう呟く青年を、2体の鬼は何の感情も無く見守っていた。









 嶋岡部長が1階のロビーを通りかかった時、丁度そのチームは受付けで最初の説明を聞いている所だった。同じ学校の生徒であるのに間違いなく、男女5人のチームだ。

 嶋岡はそれを見て、自然と知っている顔を探しに掛かった。情報収集はいつもの癖で、それから自作の最新レポートのコピーをプレゼントするのも既に日課となっている。


 そして驚きの発見、何と生徒の中に寺島がいるではないか。同じクラスでこそ無いが、途中で一緒のチームになって春樹を切り捨てたチーム員である。

 それから生徒の中には、同じクラスの米田と今村も見掛ける事が出来た。米田は女生徒で確か帰宅部、何かバイトをしているとの噂も聞いた覚えが。

 今村も同じく、帰宅部で嶋岡と面識も特にない。


 もう2人の生徒は面識はないが、斎藤先生や残りのメンバーはどうしたのだろう。まさかと言う思いで、嶋岡部長はそのチームに近付いて行った。

 それに気付いて声を掛けて来たのは、やたらスタイルの良い女生徒で。


「あらっ、嶋岡君じゃない……久し振り、生きてて良かったわ。それって皆轟君も、無事にここに辿り着いたって事で間違い無いのよね?」

「えっ、ああそうだけど……えっ、あっ! ひょっとして、細木さんっ!?」


 見慣れない女性だなと思ったら、何とかつて同じチームに在籍していた女性だったと言う。このスタイルの変貌振りは、ちょっと訳が分からないけど。

 性格も随分と積極的になっているようで、現チームのリーダーを担っている様子。可哀想な寺島は、相変わらず影が薄くてモブ扱いなのは笑えるけど。


 それからお互いに情報交換、見慣れない生徒3人は途中でチームに合流したらしい。魔法使いや司祭、それから運び屋がいて便利だと細木は冗談ともつかない口ぶり。

 細木の方は、やたらと春樹の情報を知りたがって来た。今どこで何をしているのか、嶋岡は適当に話をぼかして伝えてはみたけれど。

 その積極的な話し振りには、嶋岡どころかチーム員も引き気味である。


 それより元のチーム員の、斎藤先生と南野がいないのが引っ掛かった嶋岡は、その理由を問うてみる。ここにいないと言う事実に、嶋岡部長は最悪のケースを想像していたのだが。

 細木から返って来た答えは、何とその想像の斜め上だった。


「あぁ、あの使えない2人ね……途中で切ったわよ、彼女たちが皆轟君にしたみたいにね。何て言ったかしら、因果応報って言うんだっけ?

 本当に間抜けで横暴よね、弱い癖に強者を切り捨てようって態度」





 ――その明るい口調に、ゾッと悪寒に襲われる嶋岡部長だった。








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