第72話 ベリアードの街並み



 その街は“ベリアード”と言うらしく、立派な外堀の中も思ったより大きかった。町に入る際の審査も特に待つ事も無く、簡単に済んだのは恐らくイトリのお陰だろう。

 それから3人で固まって大通りを進んで、割と大きくて立派な構えの宿の中へ。宿の1階部分は食堂になっているらしく、そこは夕食を求める人混みでごった返していた。


 街のレベルだが、何と言うか想像通りの中世のファンタジー仕様に酷似している感じ。イトリの話では、そのものズバリ剣と魔法のファンタジー世界の考えで良いそうだ。

 町中には魔法ギルドとかシーフギルドとか、冒険者ギルドそのものもあるらしく。喰い詰めた荒振れ者が、仕事を求めて出入りしているらしい。

 つまりは治安も悪く、絡まれないように注意を貰った次第。


「酒場に長時間いるのも、大抵は良く無いな……どこかで喧嘩が始まるし、新人は絡まれる事も多いから。飯を食ったら、早々に部屋へ戻った方が得策だぞ。

 ほら、お前らは2人部屋だ……鍵を渡しておく、受け取れ」

「街を見回りたいんだけど、やっぱり夜は危ない感じ?」

「見たら分かるだろうが、大半の者は楽しみは酔っぱらう事ってのが常識なんだ。悪い事は言わないから、明日の朝まで待った方が良い。

 時間は鐘が鳴るから分かる筈だ、正午丁度にこの宿の前で集合だ」


 そうらしい、明日の昼までは自由時間なのは嬉しいけど。夜はどうやら、大人しくしておいた方が身のためらしい。まぁ、反町と2人部屋も今夜限りだ、我慢しよう。

 イトリの方も、どうやら一緒に部屋へと戻って行くらしい。この夜の街は、慣れた者でも危険なのかねぇ? そんな訳で、俺も大人しく部屋に籠る事に。


 中世風の街並みに比例して、部屋の造りも質素で参ってしまう。余り居心地は良くなさそうだが、反町はそんな事も意に介さずな模様で。

 勝手に窓際のベッドを占領して、物凄い速さで寝入ってしまった。


 こちらも特にする事は無い、何しろ灯りも自前で、室内にロウソク設備すら無いのだ。《光明》の呪文で周囲を見渡すのに不自由は無いが、見て面白いモノも存在せず。

 取り敢えずは、護衛にずっと仕舞い込んでいたジェームズをリュックの中から取り出して。彼は荷物扱いにいたく不満そうだが、そこは我慢して貰わないと。


 それからこちらの世話を焼こうと動き出す従者に、もう寝るから変な奴が部屋に入って来ないように見張りを頼んで。それから粗末なベッドに、ゆっくりと体を横たえる。

 さすがに1日ずっと歩きっぱなしは、かなり堪えたしヘトヘトである。とか思っていると、簡単に睡魔は訪れてこちらを深淵の闇の中へと誘って行く。

 そんな訳で、俺は簡単に夢の中へと――。




 そして毎度の夢の中、今回の戦闘音はそれ程に酷くはなかった。ゆっくりと身を起こすと、案の定に夢魔の群れはほぼ全滅しかけていて。

 ジェームズはともかく、《空間収納(中) 》に入れていた筈のシルベスタまで気持ち良さそうに暴れ回っている始末。丸一日仕舞い込んだままだったからな、ストレス発散だろう。


 申し訳ない気持ちになるけど、全く知らない連中にこちらの手札を曝け出す気も無い俺である。従って、明日以降も余程のピンチが訪れない限り彼らの出番はない。

 そこは仕方が無いと諦めて欲しい、ってかストレス発散はこの空間で存分に行ってくれて大丈夫。ついでにキャシーも召喚するかなと思ったら、敵は全て全滅していた。

 何とも手際が良い事だ、まぁ召喚はするけどね。


「さてと、今日はどうしようかな……?」


 従者たちを勢揃いさせておいてアレだけど、特にする事も思い浮かばないと言う。今日は経験値も稼げてないし、買い物やらで荷物も増えてない。

 だからステータスを弄る手間も必要ないので、割と暇である。架空スマホを見れば、新たなCP交換可能アイテムは割と増えてはいるけど。


 これはアレだな、モール最終日の個人ダンジョンでの、モンスター討伐のアイテム交換の奴だろう。サソリやカメレオン、大鷲やオーガと色々あるので間違いない。

 面白いのは、『勇者討伐の証』と言う用途不明のアイテムが紛れ込んでいた事だろうか。確かに団体戦でやっつけたが、その証が何になるというのだろう?

 取り敢えず交換しておくかな、無くなると嫌だしな。


 明日の昼まで街中で自由時間らしいので、お店で色々と見て回りたいな。それで売れる物は売ってしまって、寛げる椅子とか本の類いを購入するのも良いかも。

 何しろ夢の中で起きているのも、何か無いと退屈だし。戦闘すれば経験値が入るのは分かっているが、俺はそこまで戦闘ジャンキーになれそうもない。


 そんな明日の計画を、脳内であれこれ考えていると。不意にジェームズが、警戒したように周囲を探り始める構え。俺はビックリして、半腰で耳をそばだててみる。

 確かに、何かが近付く音がするような……強引に空間に穴を開けて、こちらに真っ直ぐ向かって来る的な。いやまさか、そんな真似を出来る奴なんて。

 ……まぁ、こんな世界なので、何人かはいるんだろうな。


 とか思ってたら、盛大に目の前にワープゲートが出現した。同時に耳障りな空間を繋ぐ音、俺はそこから出て来る者へ備えて戦闘準備。

 俺の従者たちも、同じく緊張感を纏ってその昏い穴へと視線を向けている。


「やったピョ~ン……最初のチャレンジで、ちゃんと繋がったニャ! やっぱウチは天才だニャ、下手に魔石を失わずに済んでラッキーだニャ!」

「……何だネムか、ちなみにビョンはウサギ獣人の語尾だから、お前は使っちゃ駄目なんだぞ?」


 俺のツッコミには煩いニャの一言で片づけられ、相変わらず向こうのターンで話は進む。どうも前回のお遣いで、『魔法ポータル』をちょろまかしていたらしいネム。

 俺に用事があって、それを今回使用して話をつけに来たとの事。つまりあっちでは、“試しの迷宮”に見習い同士で徒党を組んで、挑む感じで話が盛り上がっているっポイのだが。

 前衛が足りないから、オマエ手伝えとの依頼らしい。


 随分と馴れ馴れしいが、どうやらネムの頭の中では、俺は師匠“テンペスト”の最新の弟子認定のようで。つまりは自分より下→命令し放題→やったネ! みたいな論法らしい。

 別にどうでも良いが、俺にも予定が……全く無いな、清々しい程に無い。何ならその迷宮に、ただで入れて貰えるならラッキーとか思っている。


 だがまぁ、無料で手伝うのもアホらしいし、その辺で少々駄々をこねてみたら。向こうは3人チームを現在結成しているけど、話し合ってドロップ品を融通してくねるそうだ。

 向こうチームは、とにかくこの試験に受からなければ後が無いらしい。期限が設けられていて、そのリミットを過ぎるとお尻ペンペンなのだそうで。

 それは見習い衆に関しては、とっても恐怖の対象みたい。


「仕方ないな、それなら手伝ってやらんでも無いけど……ちゃんとお前の仲間に、話は通ってるんだろうな? 経験値とドロップを貰えるんなら、こっちにも悪い話じゃないけど。

 後になって話が違ってましたとか、そんなのは本当に勘弁してくれよ?」

「平気だニャ、ウチがチームリーダーの予定だニャ! ハルキも大船に乗ったつもりで、ウチについて来るといいニャ!」


 そんな与太話は、最初から信じるつもりは無いけれど。経験値の稼げる施設は、有効に利用しないとな。ついでにドロップも見込めるなら、なお良しってモンだ。

 そんな訳で、やたらと張り切るネムの後についてワープ通路を潜る俺。そこはいつか見た感じの、白い部屋の連なり通路だった。中庭も見渡せるが、やっぱりそこも白い。


 花壇も一応あるのだが、砂利も白っぽいし植えられている植物が唯一それ以外の色と言う。その向こうは小川が流れていて、架かっている橋も白一色である。

 ネムによると、お師匠の趣味と《夢幻泡影》の副作用によるものらしいのだが。良く分からないし、こんなモノなんだと思う事にして。

 俺はとにかく急かされて、集合場所へと追い立てられる。



「ウチはドラフィだニャ、よろしくだニャ! 新入りにしては、良い面構えしてるニャ!」

「……タムだ、よろしくな新入り。どうでもいいけど、俺らの足引っ張るんじゃねぇぞ?」

「イキがってるけど、タムはもう2回も攻略に失敗してるニャ! あと1回失敗したら、もう落第決定だニャ……そしたら怖い、お尻ペンペンが待ってるんだニャ!」


 それ言うんじゃねぇと、向こうは勝手に盛り上がっているけど。全員俺より年下だな、ドラフィはネムによく似ているが思いっ切り後衛装備の模様である。

 黒髪に一筋だけ、白い房があるのがチャームポイントか。ローブに杖装備で、黒猫魔術師って格好は良いとして。得意の《暗黒魔法》が、今から入る“試しの迷宮”にフィットしないのが目下の悩みらしく。


 最近《光魔法》を覚えて、躍進目覚ましいネムに助けを求めたらしい。そして生意気盛りが雰囲気に思いっきり出ている、タムと名乗った少年は前衛に間違いは無さそう。

 金髪碧眼で、どうやら下層生まれの下層育ちらしい。どんな経緯でテンペストに弟子入りしたかは不明だが、この少年も試練の連続失敗で後が無いそうだ。

 可哀想だとは思わないが、まぁ手助けくらいなら何とか。


 そんな俺たちの前には、確かに迷宮の入り口が大きく門扉を開いていた。横の看板には『ようこそ“試しの迷宮”へ!』と、大きな文字で書かれている。

 周囲には他にも探索着を着た若者がたくさんいて、小さな集団を作って話し込んでいた。ネム達に話し掛ける奴もいるが、見た限り向こうの方が格上の印象で。

 からかいの言葉が、8割を占めている感じか。


 要するに、さっさと青葉マークを取りやがれみたいな激励らしいのだが。受け取るネムはそうは思って無い様で、一々ヒートアップしている模様。

 タムも面白くない顔付きで、コイツは人付き合い苦手そうだなって雰囲気がモロバレである。唯一まともそうなのがドラフィだろうか、愛想よく今から行って来るニャと手を振る仕草。


 俺もそろそろ武器を取り出して、入るならドウゾとリーダーのネムを急かす。チビ猫はいっぱしに、準備があるニャと口答えして、入り口横の受付けに突進して行って。

 そこで何やら記入していたと思ったら、丸い珠を貰って帰って来た。


「ハルキは知らないと思うから、一応言っとくニャ。これが『ポータル球』だニャ、迷宮は広いから一度じゃ突破は不可能だニャ!

 だから途中のポータル柱を見付けて、何度かに分けて探索するニャ」

「そんでチームに1個、この珠を支給して貰うんだニャ。チームが全滅したら、迷宮内じゃ死なない代わりに、この珠を失ってしまうんだニャ。

 そんで3回バツがついたら、お尻ペンペンの刑が待ってるニャ!」


 うん、何か……洒落か冗談のつもりで聞いてたけど、本当にお尻ペンペンの刑があるんじゃないかって気もしてきた。まさか、俺にもそれが当て嵌まるんじゃないだろうな?

 まぁ、失敗する気は毛頭ないけど。


 そんな訳で、チーム内で簡単に戦闘方法の話し合い。俺とネムは前衛と後衛どちらも可能だが、タムは前衛オンリーでドラフィも後衛のみで固定である。

 ネムはとにかく、最初は前衛でかっ飛ばすつもりのようで。俺も取り敢えずは前に出て、場合によっては支援に下がればいいかなと脳内思考。


 とにかく、どんな敵が出て来るかが分からないし。ドラフィの話では、魔法生物多めで迷宮内は分岐も多くて、迷うように出来ている意地悪仕様との事なのだが。

 確かに看板にも“迷宮”って書かれてたし、一筋縄では行かない感じなのかも。ちょっと楽しくなって来た、付き添う連中は年下でアレだけど。

 引率気分だな、そこは仕方無いと諦める方向で。




 そんな気分で突入した迷宮の第1層、ここの施設は大抵は層になっているみたいだ。ちなみに見習い生のネム達は、5層のボス突破が第一目標らしい。

 それからレベルとかにもよるが、10層を突破すれば見習いの文字が消えるとの事。それもまた大変だが、目標は常にあった方が精進の励みにはなるかな?


 とにかく侵入した迷宮の第一印象だが、ここも壁から床から天井から、とにかく白いなぁって感じ。そして小部屋が幾つかと、大部屋がくっ付いた造りはどこかで見た気が。

 うん、思いっ切り空間の使い回し問題はここでも起きていたか。ただ1つ違うのは、ここは迷宮内で当然の如くモンスターが存在するって事。

 現に早速、マネキンみたいな敵が徘徊しているのを発見。


「出て来たニャ、あいつがこの層のメインディッシュだニャ! 魔法が効きにくい魔法生物だから、とにかく物理で叩き壊すのが正解だニャ!」

「ここは俺の出番だな、先に行かせて貰うぜっ!」


 ドラフィの説明セリフを聞いている間に、タムが張り切って突進して行った。奴は丸盾にショートソードと、どこかの一般兵士をマルっとコピーしたような出で立ちで。

 スキルも前衛仕様なのだろう、子供にしては一応動きは様になっている。たった1体で出て来たマネキンは、あっという間に破壊されて行くけど。


 向こうも防御したり殴り掛かったり、それなりの動きはして来ているな。さすがに雑魚とは言え、迷宮に立ちふさがるモンスターである。

 そうでないと、障害にもならないだろうしな。そしてソイツに勝利したタムは、どうだと言わんばかりに振り返ってのガッツポーズ。

 いや倒したの雑魚だろうと、ネム達のリアクションもとことん薄い。


「雑魚モンスターはともかく、いきなり分岐とか確かに攻略は大変そうだな。ちなみに今までは、どうやって攻略してたんだ、ネム?」

「そんなの決まってるニャ、怪しい通路を片っ端から進んで行くニャ。そんで詰まったら、戻って別の通路を探索するニャ!」

「たまにどこが既に入ってて、どこがまだ調べてないか分からなくなる時があるな。迷宮の侮れない仕掛けの一つだな、迷って時間が掛かり過ぎるとレア種も湧くし大変なんだぜ!」


 コイツ等、ひょっとしてマッピングとか知らないのか? 試しに架空スマホのマップ機能を試す俺だが、残念ながら未踏破エリアは真っ暗で先がどうなっているかは不明のまま。

 ただ俺だけこれで迷わず進めても、コイツ等だけでの探索で同じ目に遭うのは避けれまい。仕方なく俺は助言を飛ばしながら、背中のリュックからメモ帳と筆記用具を取り出す。

 おっと、ついでに隠して連れて来たジェームズも出て来ちゃったぜ。





 ――とにかくコイツ等には、相当の手ほどきが必要だなっ!








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