第71話 3日間の護衛依頼
「皆轟様、最初の依頼についてなのですが……諸事情ありまして、こちらから提示させて頂いても宜しいでしょうか?」
「えっ、何で……?」
幾つか一緒に受けても良いそうなので、なるべくポイントの貯まる依頼を選別していた所に。見慣れた制服の受付嬢が、こちらに突然話し掛けて来て。
寝耳に水である、大抵の依頼は10~15Pなので、効率重視しないと数日で放免は勝ち取れないなと思っていたのに。差し出された依頼は、何と3日間拘束の護衛依頼である。
それで貰えるポイントはたった18P、効率悪過ぎて食指がまるで湧かない。
そんな訳で断ろうとしたら、向こうは人目を気にするように顔を近づけて来た。人目なんて無いのだが、まぁここは乗っかろう。耳を近づけると、向こうは小声での爆弾発言。
何と再度あのアイギスが、近々この施設を訪れるらしい。ごたごたを起こされたくないこの施設の管理者は、騒ぎの元を遠ざけておけとの指示を出したらしく。
それなら遂行に3日間掛かる、護衛系の依頼を受けて貰おうと。
なるほどな、物凄く納得してしまった……こちらも命は大事だし、進んで騒動には飛び込みたくなどは無い。俺は180度の態度変更、それ受けますと丁寧に申し出る。
向こうはこの施設で騒動を起こしたくないって理由かもだが、こんな情報が貰えるのは本当に嬉しい。今後も
それはそうと、護衛の相手は何処に?
「それでは改めて、こちらの依頼を受理して頂きますね。クリア報酬は18Pで、拘束期間は3日となっています。内容は配達商人の行き帰りの護衛、期間内の食事等は自分持ちです。
この内容で宜しければ、こちらにサインをお願いします」
「了解です……っと」
俺は素早くサインを終え、それから暫くロビーで待つように受付嬢に指示されて。15分ほど待っただろうか、俺が来た階段から2人の人物が降りて来た。
前を歩く人物は、旅慣れた探索者の風貌で30代くらいの男だった。髭を生やしていて、逞しい体躯と日に焼けて野外活動に長けている印象だ。
そしてどうやら、元は日本人らしい。
その後ろに付き従うのは、何と脳筋チームのリーダーの反町だった。あいつも護衛対象なのか、それとも俺と同じで強制労働に駆り出されたのか。
相変わらず学校の制服姿で、筋肉質の逞しい見た目なのに妙にしょぼくれている。仲間がまだ入院中のせいなのかな、俺はあれ以来会ってないから事情は知らないけど。
とにかくようやく事態は進展した、挨拶でもしてみるか。
「どうも、ついさっき配達商人の護衛依頼を受けた皆轟って者だけど……えっと、あなたがその商人で合ってますか?」
「ああ、そうだよ……あんたも同郷か、よろしくな。つまりは俺も元は日本人だ、こっちの世界に連れて来られて3年程度かな?
後ろの学生も、今回の護衛で雇う事になった。俺もそこそこ戦えるが、集団に襲われると抜け出すのに大変だからな。いつも護衛は雇ってるんだ。
ゴブリン程度なら倒せるだろ、頑張ってくれよ!」
そう言うと、自己紹介でイトリと名乗った男は、受付で何やら手続きを始めた。どうやらすぐにも出発するそうで、準備は出来ているかと尋ねられて。
その間にも、反町はとことん不幸そうな表情……大丈夫なのかな、こんなのが相棒で3日間ちゃんと務まるのか? まぁ、いざとなれば俺も従者を出して事に当たろう。
恐らくだが、進行ルート上に強敵はいない筈。
何しろこの少人数での旅だからな、イトリと名乗った男は、軽装で大した荷物も背負っていない。多分だが、空間収納系のスキル持ちなのだろう。
向こうの確認作業は終わったのか、こちらに歩いて合流する“商人”イトリ。その間、俺と反町の間で大した会話も行われず……まぁ、元から親しい間柄でも無かったしな。
そして出発らしい、出口の扉へと揃って向かう事に。
出口は広い両開きの扉だったらしいが、実際は3つのワープゲートが横に並ぶ仕様となっていた。その中からイトリは、右のワープゲートを選択して指し示す。
それから先頭に立ってそこに潜り込む、素直に後に続く俺と反町。
俺たちが出た場所は、朝を迎えたばかりの見渡す限りの荒野だった。とにかく広くて、建築物の類いは全く窺えない。あるのは荒れ果てた地と、遠くに鋭い稜線が薄く見える位。
草木もまばらに生えているが、どちらかと言えば乾いた大地の方が目立っている。肝心の人の通る道だけど、それは何とか確認する事が出来た。
たったそれだけに、何故か心底ホッとする俺である。
「これから夕方過ぎまで、ずっと移動になるからな……しっかり遅れずに付いて来いよ、2人とも。ここは下層だから、逸れても大地が消失する事は無いけど。
下手したらずっと迷子で、干からびて死ぬ事態に陥る事になるぞ?」
「へえっ、ここは下層なんだ……」
思わず呟いてしまったが、確か下層や中層は安定した土地だった筈。今まで俺たちがうろついていた土地は、ほぼ9割がたが浅層と言う白の陣営が片手間にコピー&ペーストで創り出した土地である。
それがイレギュラーと言うか、偶然に安定化したのが主に下層となるらしい。そこは妖魔の類いも多いけど、確か人間も街を造って生活をしていると聞いた気が。
恐らくだが、商人イトリはそんな街の1つに今から出向くのだろう。
これは割とハードな道のりになりそう、何しろ乾いた荒野を1日中歩き続けるのだ。ところが用心棒の相方の反町は、そんな単純作業に段々と顔付きが精悍になって行き。
さすがは脳筋である、昼頃にはスッキリした表情で悩みも忘れたような感じすら受ける。別にこっちは構わないが、暑苦しくされるのはこっちは御免である。
商人イトリは、宣言通りに無駄話も休憩もほとんど取らなかった。昼休憩も焚火すら
とにかく同じペースで、粗末な舗装もされていない道をひたすら進む。そして幾ら進んでも、周囲には何の変化も窺えないと言う過酷な状況が延々と続く。
そんな旅路に変化があったのは、空からの奇襲での事だった。
急に日が陰ったかなと思ったら、巨大な大鳥が一行目掛けて舞い降りて来て。慌ててそれを避ける3人だが、その動きはてんでバラバラ。
チームですら無いのだから、それは仕方が無いのだが。咄嗟に反撃が出来たのは、俺だけと言うお粗末さ。横っ飛びの姿勢で《光爆》をお見舞いして、敵の再度のアタックを封じ込めてやる。
その反撃に、胴体から右の翼に掛けて多大なダメージを受けた獰猛な顔付きの猛禽類。空に逃げる術を失って、哀れに鳴き喚きながらこちらをけん制するばかり。
それにしてもバカでかい、これなら大人の人間もお持ち帰りは可能だろう。イトリも慌てつつ、武器を構えながら止めを刺せとこちらに怒鳴っている。
そんな訳で、こちらも素直に《光弾》で敵の始末で経験値ゲット。
アイテムの類いは吐き出さなかったが、まぁそこは置いといて。イトリは安心してこちらに労いの言葉を掛け、早速と言う風にその大鳥を解体し始める。
その鮮やかな手際の良さに、俺は暫し見惚れながらも。スキルか何か持っているのかと尋ねたら、そんなモノ無くても慣れたら誰でも可能だと返されてしまった。
さすがに、3年もこっちの世界に滞在している先輩は逞しい。その手際を盗み見ながらも、こちらも見よう見真似でお手伝いなど。いつ役に立つか分からないし、素材や肉が高価で売れるなら尚更である。
幸い余計な真似をするなとは叱られなかったし、基本倒した獲物は倒した者の所有がルールらしい。今回は、こちらが新人と知った上でのレクチャー代金代わりの剥ぎ取りらしく。
突っ立ったまま眺めている反町を尻目に、15分程度の剥ぎ取りタイム。
「こんなモノかな、肉と羽毛はそれなりの代金で売れるから……ただし、解体に手間取ってたら匂いに釣られてモンスター達が集まって来るから注意しろ。
そんな訳で、時間も無いしさっさとここを離れるぞ」
商人もそうたけど、探索者や狩人業は当然の如く“剥ぎ取り”の技術が必須のようだ。こちらがある程度使える奴だと分かった為か、イトリはそこら辺を丁寧に解説し始めてくれて。
俺と反町は、それを有り難く拝聴……もっとも反町は、運動の方に集中していたようだったけど。そんなイトリは、やっぱりこちらの世界に拉致られて来た大先輩らしく。
そして第2の集積所で無念のドロップアウト、それからは商人としてこの下層で生計を立てて暮らして行っているそうだ。まぁ、他の陣営と最前線で戦う戦士とどっちが良いかって話でもあるのだが。
商人としての道を選んでも、神様のオーダーにはきっちり沿える事は可能だとイトリの弁。そして自陣を少しでも広げて行く下支えが出来れば、本望なのだとか。
だがしかし、会った事も無い神様に、俺はそこまでの思い入れも無く。
「それは俺も同じだ、日本人だからその感情も分かるけどな……だが俺たちの生活の基盤は、やはり白の陣営の神様が握っているんだ。お前たちも、他の陣営との争いに巻き込まれたら、嫌でもその事実を知る事になるだろうさ。
つまりもしウチの陣営が負けたら、俺たち全員が奴隷落ちもあるって意味だが」
「そりゃあ酷い話だ、無理やり連れて来られて派閥争いに巻き込まれて。挙句の果てに、大して強く無い陣営の、戦闘員に引っ立てられているのが現状なのか。
そんで万一負けたら、奴隷落ちの運命って……」
そこは嘆いても仕方が無いだろうと、変に前向きなイトリである。まぁ、確かにそうだ……今の立ち位置を不満に思っても、誰もその配役を交代してくれやしないのだから。
それからイトリは少しだけ饒舌になって、商人の仕事だとか下層の状況だとかを話して聞かせてくれた。その辺の事情は素人なので、有り難くその情報を脳内にストックする俺。
それによると、順調に行けば夜までには俺達は目的の街に到着するらしい。そこで一泊して、次の日の昼に今度はワープゲートを使用して帰路について。
浅層を伝って物資補給をしながら、けっこうな回り道をしてもう一泊する予定だとの事。なるほど、ベテランになるとそうやって不安定な浅層を活用するみたいだ。
こっちは敵の出現に慌てて、とにかく安全確保に追われていたと言うのに。
今の俺だと、まぁ良い経験値稼ぎの場になるかもだけどな。安い護衛任務だと最初はブー垂れていたけど、アイギスから距離を置けるし商人の見習いみたいな教えを受けられるし。
しかも経験値稼ぎと、補給物資に同行させて貰えるなら言う事無しかも?
それにしても、既に随分と歩いて来た気もするのだが。敵の気配はたまに察知するけど、こちらまでわざわざ向かって来る輩はあれから存在しない。
大抵はこんな感じで、だから護衛も多い人数は雇わないのだとイトリは口にする。例えば護衛の依頼を無視して、脱走する奴はいないのかと俺は好奇心で質問してみたのだが。
イトリは肩を竦めて、それは自らを所属不明に追い込む蛮行だと述べ、考えているなら止めた方が良いとアドバイスをくれた。最悪追手が掛かって、《呪い》を受けての奴隷落ちだと。
反町はそれを聞いて、ビクッと肩を震わせて汗を大量に搔き始めた。白の陣営の管理者は、そんな連中に対して大抵容赦が無いのは周知の事実らしく。
俺も良く知ってる、それはもう充分過ぎる程に。
「それに、大抵の新人はワープゲートの安全な潜り方を知らないだろう。最初の探索者はこっちに来て早々に教えて貰えてたらしいんだが、脱走者が増えてそれが無くなってな。
お前は見込みがありそうだから、明日のワープゲート移動の前に教えてやろう。だから脱走とか、馬鹿な真似は考えるんじゃないぞ」
「それは有り難い……脱走するにも、もっと実力をつけてからじゃないとね? 何しろ管理者の強さは、身に染みて分かってるから」
俺の言葉に、イトリは何だコイツと言う表情に。分かって貰えなくて大丈夫、復讐とは自分の信念に沿って淡々と実行するモノなのだから。
それより既に時刻は夕方過ぎに、本当にずっと同じペースで歩きっぱなしの1日である。それでもイトリは、今回は邪魔なモンスター出現も少なかったので、予定より早く着きそうと嬉しそうですらある。
山の稜線は、驚いた事にちっとも近付いた気配すら無かった。その山の影に段々と身を隠して行く太陽、周囲はあっという間に暗くなろうとしている。
その時、ずっと無口を通していた反町がアッと声を上げた。驚いてそちらを窺う俺だが、すぐに臨時の相棒が反応したモノを目にする事に。
街の灯りだ、しかも意外と近い気が。
「おっと、もうこんなに近付いてたか……毎回この上下の激しい道には苦労するが、取り敢えずは無事に辿り着けそうだ。
最後まで気を抜かずに、街に入ってしまうぞ」
「おおっ、街が普通にある……」
考えてみたら、この異界に連れて来られて初めての本格的な街に到着である。モールの3階のナンチャッテ通りとは大違い、どんなお店やら人種が待ち受けているのやら。
期待は膨らむが、自由時間的なモノが無ければ始まらない。イトリにその辺を訊ねると、今夜は一緒の宿に泊まって、明日の昼までは自由行動らしい。
その間に、イトリは単独で商用を済ませてしまうそうで。ちゃんとお昼過ぎに合流する様にと、何度も念を押される始末。それが為されないと、確実にお尋ね者リスト入りらしい。
それは怖いのか、反町は反射的に何度も頷きを返していた。そんな話をしている間にも、街の大門はすぐ目の前まで近付いて来ていて。
俺のテンションも、自然と上昇している次第。
――さて、この街の中では何が待ち構えているのやら?
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