第64話 色んな方向に成長する人々



 管理者の1人であるテンペストの使い魔は、正確に数えた事こそ無いが20人近くいる。その中の1人、もとい1匹が誰あろうチビッ子ネムである。

 最近になってあるルートから、《光魔法》を入手出来た彼女なのだが。これが《夢幻泡影》の世界に大嵌まり、敵対する夢魔の勢力をバタバタ倒して無双状態。

 それによって、仲間の評価もウナギ昇り。


「凄いニャ、ネムちん……一体いつの間に、そんな魔法を手に入れたんニャ!? ひょっとして、もうレベル10になっちゃってるニャ?」

「もちろんニャ、これであるじに褒めて貰えるニャ! 主のお遣いでやった任務で、たまたま知り合った人にコピーして貰ったニャ。

 コピー札を使わずに、ずっと残しておいて良かったニャ!」

「羨ましいニャ、ウチはもう全部使って手元に残ってないニャ!」


 ニャーニャーうるさいこの連中、両方ともネコ型の獣人で年齢も似たり寄ったりな感じ。それでもいっぱしの戦士には違いなく、今も夢魔のエリアから戻って来た所だ。

 ネムに似た容姿のドラフィと言う名前のネコ娘、違いは黒髪の中にひと房だけ白い毛髪が混じっている点だろうか。生意気そうな吊り目とか、顔のパーツは2人ともそっくり。

 仲も良さげで、会話からも遠慮は無いのは窺える。


 2人が今いる場所だけど、主であるテンペストの用意した待機所である。白を基調とした室内は、幾つもの壁によって区分けされていて割と雑然とした雰囲気。

 その部屋は中庭と繋がっていて、どこか洋風を思わせる雰囲気を醸し出している。そこから更に白い橋を渡って坂を少し登れば、この簡易空間の公共広場に行き着く。

 この時間なら、仲間の見習い戦士が何人かいる筈。


「ウチのパワーアップで、いよいよ“試しの迷宮”に挑戦できそうな感じになって来たニャ。ドラフィも一緒に入るニャ、そんで主にいっぱい褒めてもらうニャ!」

「いいけど、ウチの《暗黒魔法》は、夢魔とか無生物には効きがイマイチだニャ。2人だけじゃちょっと心配だニャ、誰か応援を呼ぶかニャ?」


 ドラフィは後衛寄りのスキル構成で、そのメインは《暗黒魔法》である。この魔法は生物相手など、特定の敵には嵌まると強いのだけど。

 ドラフィの言った通り、夢魔や魔法生物などには効果が半減してしまう特性が。そのため、偏った迷宮攻略しか出来てなくて苦労していると言う実情らしい。

 ちょっと前まで、実はネムもその仲間だったのだ。


 それがここに来ての大躍進である、仲間たちの間での評価もウナギ昇り。皆から遅れていた迷宮攻略だが、何とか追いついて来た感じである。

 そして待ち受けるのが“試しの迷宮”で、見習い戦士たちの最初の登竜門とも言える試練である。その分報酬も大きいよとは、クリアした数少ない仲間からの情報だ。

 ネムもこの勢いに乗って、挑戦したいのは当然。


「タムにでも頼むニャ? あいつは嫌な奴だけど、剣士だし盾も使えるニャ。あいつもこの前、そろそろ“試しの迷宮”に挑むって言ってたニャ」

「う~ん、あいつはいけ好かない奴だから、きっと組む人がいなくて余ってる筈ニャ。でもウチらと組んでも、好き勝手する未来しか見えないニャ!

 ネムちん、他に当てになる人誰かいないかニャ?」


 そう言われて戸惑うネム、仲良しな仲間はまだ力不足の者が大半である。野外活動の依頼の多いドラフィが、辛うじて経験値を貯め込んでいるのが現状で。

 後は本当に、タムくらいしか思いつかない。彼は獣人とは違って、普通の若くて生意気な人種族である。金髪碧眼で中層エリア出身の、いつもエリート振っている嫌な奴。

 特に猫獣人など、異種族への偏見も強いのが難点でもある。


 確かに一緒に組んで迷宮攻略は、キツいかも知れない……そう思ったネムの脳裏に、パッとある人物が思い浮かんだ。あいつなら攻略を手伝ってくれるけど、ただ誘う手段が難しい。

 主に頼まれた任務で仲良くなったけど、もう一度あの場所に入るのは至難の業である。何しろ他の管理者が仕切っているエリア、バレたら大事になってしまう。

 とすると、夢の中での空間限定になってしまう。


 夢空間を繫げるのは、それなりに大変だけど不可能では無い。現にそれで一緒に夢魔退治に勤しんでいる仲間も、結構な数存在している。

 そうと決まれば、あるアイテムを借りる算段をして眠る時間を向こうに合わせるのみ。そうドラフィに告げると、向こうも承諾してくれた。

 後は与えられた試練を、勢いで乗り切るのみ!


 ――2匹の猫獣人は、そんな目論見で最高に盛り上がるのだった。









 “朱の陣営”の集落は、本当に慎ましい感じで自然と調和して存在していた。これは彼らの信仰する《不死鳥神》の教えも大きく、彼らの主産業にも多大に影響していた。

 薬草から様々な薬品を作るのに長けた、この陣営はそんな恩恵に与っていて。一族秘伝のレシピが、あちこちの“朱の陣営”の集落に存在すると言う。

 ただ、そんなお宝を盗み出そうとする不埒者も多く存在して。


 自然と自衛手段としての戦力も持つようになり、弓や槍の名手が集落に存在するように。ペジィの従姉のシリーもそんな中の1人で、まだ17歳と若いのに腕は達者だった。

 そんな事もあって、最近は何かと物騒な浅層の探索に、彼女が護衛に就く事となったのは自然の流れだろう。浅層の騒がしさだが、ペジィが酷い目に遭った例以外にも色々とあって。

 一番を上げれば、やはり紫炎の陣の傭兵団の侵攻だろうか。


 そんな連中と遭遇したら、例え腕が立つとは言え護衛たった1人など意味は無い。それでも親の心情としては、いないよりはいて貰った方が安全と言うか。

 そんな訳で、シリーは薬草詰みのペジィの護衛に就く流れに。


 シリーの容姿だが、外見は凛とした佇まいの立派な戦士である。戦士として一人前の刺青も、肩と頬に2年前にきちんと入れて貰っているし。

 弓矢と槍が得意の武器のアマゾネス、若い男衆も舌を巻く実力は本物だ。ただし集落の外には余り出して貰えず、実戦不足は否めない感じ。

 本人的には、そこは当然不満に思っていて。


 従妹のペジィの護衛とは言え、集落から出て良い任務は大歓迎だった。かなり整った容姿の癖に、彼女の望みは伝説の英雄になる事だったから。

 つまりは“竜殺し”……もしくは“勇者殺し”である。


 他陣営の勇者の存在は、それ程に朱の陣営みたいな小さな集落には厄介だった。何しろ成龍と双璧を成す存在なのだ、見付け次第に潰しておくのは常識だ。

 今年は月の周期が活発で、どうも白の陣営の召喚も、週をそんなに置かずに為される可能性が高いとの情報を得て。他の陣営の猛者たちも、いきり立っていると言う噂である。

 この集落のベテラン狩人も、陣営を護りに出陣するそうだ。


 いつかは自分も、そんな風に集落に頼られたいなとか思いつつ。今は子供のペジィのお守でも仕方無いかと、そんな考えに耽るシリーである。

 そして2人の少女は、近くの狩場へと出立するのだった――









「いやいや、まずは浦沢直樹作品を語らないと。『マスターキートン』と言う名作を知らないのかい、あれこそサバイバルのお手本だよ。

 少々古いが、アニメにもなったし有名な筈だ」

「古い作品で良いなら、俺は断然に『ジーザス』を推すな……月の満ち欠けによって、最良の殺しの方法が変わるんだぜ!?

 あれを読んだ時には、マジで感動したね!」

「それなら『こち亀』も考慮に入れてもいい筈だよな! サバゲ―話も割と豊富だし、マニア心をくすぐる話も凄く多いもん。

 銃とか戦車とか、とにかく凄いマニアック!」


 枢木くるるぎ飯田いいだが夕食後に始めた、こんな異世界でも役に立ちそうな漫画の題名上げゲームだけど。いつの間にか國岡くにおかも混じり始めて、割とカオスな状況に。

 って言うか、まさかガリ勉の國岡がこんなに漫画に詳しいとは、オタ集団の3人は思ってもいなかった。ただし、増野は全く発言をしていないけど。

 國岡の挙げた浦沢作品は、確かに秀逸な漫画として知られている。


 とは言え、勉強が出来る野郎などに、漫画の知識で負ける訳には行かない。古い漫画の知識ならと、大友克洋の『アキラ』を枢木が口にすれば。

 いやいや近代戦争を描いた『マージナルオペレーション』は外せないだろうと、ガリ勉の國岡がすかさず反論する。ついでに武器商人と少年兵の話を描いた『ヨルムンガンド』もいいよなと、得意満面な決め顔でマウント取り。


 その後も、ガンアクションなら園田健一作品は外せないとか、自衛隊と異世界の取り合わせは秀逸だったとか。最近のチートで異世界転移の話は宜しくないとか色々。

 主人公は苦労してナンボと言う派閥と、いや成り上がりも度が過ぎると引いてしまう派閥が競り合って。國岡はチートで何が悪いと、完全な別派閥を立ち上げる始末である。

 何だか言い争いつつも、お互いの距離は近付いている感じも?


 その後も増野を除く3人は、熱くミリタリー系のオタク話に興じて行って。その会話に、時折だが増野も混ざりたそうに口元をひく付かせるのが印象的。

 そんな論争は、焚火を挟んで夜遅くまで交わされるのだった――









 ここの所2人は探索とは無縁で、この迷宮を進んだ距離はほぼ皆無と言う。それも仕方が無いのだろう、何しろ組んでいたパーティは完全に崩壊してしまったのだから。

 今は後衛がたった2人と言う、いびつを通り越して無茶なパーティ構成となっていて。皮肉な事に、2人が持つのは《光魔法》と《闇魔法》である。

 こんな対極も珍しい、最近は両方とも使用機会は無いけれど。


 細木と寺島にパーティを去られてから、斎藤先生は完全に腑抜けた状態になってしまった。幸いにもパーティをクビにした皆轟が、食料品をひと籠置いて行ってくれたので。

 食料には困っていないが、それも切り捨てた相手に情けを掛けられたようで惨めである。この食糧が無くなったらと思うと、生きる気力すら萎えて来そうに。


 それでも異変は、ある日突然容赦なくこの行き遅れパーティを襲って来た。浅層の崩壊である……以前のパーティ行動では、移動づくめでこんな厄介事に巻き込まれる事は無かったけど。

 それはまさしく天変地異の類いで、人間が幾ら便利なスキルを入手していようと、止めたり防いだりする事などとても無理。その初めての衝撃に、斎藤先生も南野もただ驚くばかりで。

 逃げ出そうにも、既に周辺から崩壊は始まっている有り様。


「なっ、何これ……何が起こってるの!?」

「えっ、空間が崩壊してる……?」


 突然の災害の到来に、2人の女性はまともに頭を働かせることも叶わず。ただ慌てて、周囲に巻き起こる変化を茫然と眺めるのみ。

 それは次第に大きくなって、空間の裂け目が空を割って拡がる様は悪夢の様相を呈しており。それは彼女達から、抗う気力すら奪い去るのに充分だった。


 そして振動はマックスを迎え、引き裂かれた虚空へと仮の大地は呑み込まれて行く。ただし彼女たちは知らなかったが、その空間に溜まった魔素や淀みはすぐに再利用される運命で。

 それが鍵となって浅層が深層に変わる事もあるので、意外と重宝されているイレギュラーでもあるのだ。従って、わざと新入り探索者に明かされない情報の1つでもあったりして。

 凶悪な仕掛けとも言える、この空間の崩壊劇に巻き込まれる2人。


 長い悲鳴が上がった気もするが、崩壊の騒音でそれもはっきりとは聞き取れない有り様で。先ほどまで確実に存在していた大地は、とうとう空間の歪みの中に全て飲み込まれて行ってしまった。

 そして後に残ったのは、先程の騒音以上に不気味な静けさのみ。それは起きた悪事を押し包むように、ひっそりと何事も無かったかのようにそこに佇むのだった。

 最初から、まるで何にも無かったかのように。





 ――それは次の浅層への、誕生へのカウントダウンに他ならず。








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