第9話 キミへおくるアジはコイ
ブゥーン
バスはさっそうと過ぎてゆく。しばらく歩くと、見慣れた階段が現れる。この階段をほんの数日前に走って逃げたのだ。階段を歩くと、所々僕がぶつかった跡が残っていた。長い長い階段を3分ほどで登る。あそこだ――見慣れた豪邸だ。オーシャンビューのテラスでネコのシューが日光浴をしていた。
「ミャー、ミャー」
シューが鳴くと、ガラガラと扉が開く音がした。一人の女がシューを抱えた――
「「あ」」
お互い信じられないという顔をしている。
「い、いらっしゃい」
「お、おじゃまします」
いきなりどうした。初対面か。
少ししか滞在していないのに、すっかり入り慣れたところに感じる。
「林司君、ホントに作ってきた??」
「ホントさ」
「嘘でしょ。嘘だ」
「いや、本当だぜ」
うわぁ、ひでぇ。材料代と交通費返せ!!
「で・・・・・香蓮はどうなんだ??」
「あ、大丈夫だよ。ダイジョーブ、ダイジョーブ!!」
妙にてんぱっている気がしたのが残る。
「ミャー」
シューが目線を厨房に向ける。
「よしよし」
動物に慣れている僕はシューを撫で、抱っこすると厨房を眺めた。
「あ、勝手に私のシューを抱っこしないでくんない?!って・・・・・待った!」
と、言われても見てしまったものは仕方がない。僕がつい先日まで料理をさせられていたキレイだったはずの厨房はしっかりと散らかっていた。ニンジンの皮や包丁、フライパンにピーラー、余ったキャベツ、ご飯粒とこぼしたとみられる卵の黄身。
「どんだけぇ・・・・・」
誰かのgagじゃないよ。
「まあ、良いじゃないいいじゃない!!食べよう食べよう!」
てなわけで料理を公開だ。
「「せーの、ジャジャン!!」」
「ミャミャ」
「・・・・・ポコポコ」
人間2人はテンション高めに風呂敷を開け、猫はじゃじゃんと言いたげだ。金魚は普通通り泡を出している。さらに、食べたい食べたいというようにガラスに顔をぶつける。
「美味しそう!!」
「うわっ・・・・・」
香蓮はキャッキャッと騒ぐ。僕の料理がよほど美味そうだったのだろう。
だが、僕のこの反応は何かというと・・・・・
「少な」
だからあんなに余った跡があったのか!!
「ちょっとキャベツも焦げてるし・・・・・ハムの切り方はまあ普通」
普通だったらそれほどかなぁと思うところが、不思議とそうは思わなかった。頑張ったのだろうなという思いがどんどん強くなる。きっと慣れない料理でも僕のために頑張った結果だろう。
「それじゃあ、食べますか!」
「って・・・・・これ合う?!」
そう、各自がこれを作るということはまだ知らせていない。だから合わなさそうな料理になってしまった。
「麻婆豆腐とチャーハンね」
僕は唐辛子と卵の具合に自信ありの麻婆豆腐。香蓮は恐らく頑張ったであろうチャーハンであった。
「合わないだろ!!」
「それじゃあ・・・・・今回は私の食べよう」
「ん」
というわけで、スプーンを手に持ち、少ないチャーハンをすくう。
「う・・・・・美味い!!!!!!メチャクチャ美味い!!!!!!!!」
普通の時に食べたらそれほどは感じないかもしれない。
「料理は気持ち」
やっぱりそうだ。相手の作る熱意と僕の食べるときの気持ちによるものなのだろう。この瞬間に自分は分かった。
これまで食に関する心が汚かったアジ、つまり僕は今、清らかな心を持つコイになったのだと。
そして、この味は僕が求めていた、こいあじ(濃い味)(恋味)だということを今、悟った。遅かったかな??
「んじゃ、今日は夜までいてね。出来れば泊まって。麻婆も楽しみ~!」
そう、僕の告白が実るか実らないかは僕の麻婆豆腐の評価次第だ。
――キミへおくる“コイアジ”でキミとの運命が・・・・・
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