復讐の狂門21 『名誉決闘⑤』


 固有呪文—— 悪風の惑星マルツ・キャネット。それはヴォルゼイオスが会得した呪文の中で最も威力が高い魔法だった。

 もしも直撃すれば目の前で盾を作り出したズィクトが死ぬのも承知で放たれたその呪文の特性は“時間差”。


「これは……」


 ズィクトが予想だにしない不審な状況に目を細めた。

 彼から放たれたのは人間の頭部程度の黒い球体だった。まるで風船のようにぷかぷかと浮いており、攻撃的には思えない。ただ風船のような物体のなかでは黒い何かが螺旋状に蠢いていて不気味なのは確かだった。


「気を抜かないで——!」


 公平ではないと理解はしつつも観客席から叫んだのはローズリアだ。

 それとほぼ同時のタイミング。ズィクトが固有呪文への対策を考えていた頃。


 ヴォルゼイオスの顔が妖しく歪んだ。


バン——!」


 ご丁寧に悪風の惑星マルツ・キャネットの効果が真に発動する時間を測っていたらしい——いや、あるいはヴォルゼイオス自身の言葉がその呪文の真価を発揮する条件だったか。

 どちらにしろ今の一瞬で黒い風船は破裂した。


 そして……


「伏せてリリィ!」


 破裂した風船の場所から荒れ狂う魔の力を察知した魔法貴族の少女が片手でリリィを押さえ込みながら唱える。


守護せよファンシオっ!」


 リリィ達の悲鳴をかき消すほどの音が豪風に乗って決闘場を満たした。前を確認すると風船が割れた場所を中心に幾つもの黒い風が規則的にグルグルと回っている。その速度は残像で一本の黒縄に見えるほどだ。

 ヴォルゼイオスの呪文を直接受けたわけでもないが、ローズリアの守護せよファンシオにヒビが入った。


 たらりと冷や汗を流しながらも彼女の脳裏には艶のある黒髪を持つ少年の姿がよぎった。そして荒れ狂う風から腕でガードの体勢をとったままズィクトの方向に視線を向ける。


「——っは!?」


 間抜けた声だと後になって自覚したが風音のお陰でリリィの耳に入ることはない。これ幸いと胸を撫で下ろしながらも彼女は再度その光景を瞳に映した。


 彼の固有呪文から身を守るため守護せよファンシオで盾が作られていたのだ。しかしそれは先ほど己が眼で確かめたこと。

 先と変わっていたのは、少し目を離した隙にその盾が二重となってズィクトを囲うように顕現されていたことだ。総数はおよそ八枚。

 

「多重呪文……」


 まさか、とローズリアが呟く。そこに込められた感情にはもはや驚愕は存在しておらず、畏怖や畏敬という恐れが混在するのみだった。

 

 多重呪文は一回の詠唱で同じ呪文効果を何度も発揮できる魔法使いの高等技術。使えぬ者がほとんどで、逆に使うことができればそれなりの魔法使いとして名を馳せることだって珍しくはない。

 だからこそそれらの情報を頭に叩き込まれているローズリアは——そしてヴォルゼイオスは理解が追いつかなかった。


 特にヴォルゼイオスは目の前で多重呪文を行ったズィクトを目視している。そのことが相まってローズリアよりもずっと意表を突かれていた。

 バカな……と吐き捨てながら彼は内心で吠える。


 ——ズィクトコイツは……コイツは魔法貴族オレよりも魔法使いとして才能があるというのか……?

 

 崇高なる地位に座る者として決して口にはしない一言。

 だがしかし、ズィクトが披露した技術は未だヴォルゼイオスですら会得していないものなのも事実。


 などど彼が思考しているうちに悪風の惑星マルツ・キャネットの豪風が止んできた。やはりと称賛するべきかズィクトは傷をひとつとして受けていない。


「やってくれたな、ウルガータ。君のおかげで見せる予定の無いものを見せてしまった」

「……はっ! そいつはよかったぜ。で、今のが隠しておきたかったものかよ?」


 明らかに疲弊しているヴォルゼイオスを少年は冷たく見つめて、


「強がりすぎるのもいい加減にしたほうがいい。見ていて哀れだ」

「っまたオレを侮辱するのか!」

「君がそういう態度をとるからだろう。ほらはやくしろ」

「あ……?」


 何のことだ? と疑問を投げかける時間もなくズィクトが言い放つ。


「降参しろと言っている。君に勝ち目はない」

「——ッ!」


 固有呪文は絶対的な威力を代償に使用者を疲弊させる。故に奥の手だったり隠し球だったりと呼ばれているのだ。

 恐らくヴォルゼイオスは固有呪文ひとつで終わらせる予定のはずだった。しかし今はズィクトの思わぬ隠し芸に肝を冷やしていることだろう。


「正直な話、俺としては魔法貴族に勝利したという実績を作りたくない。貴族社会はめんどうだからな」

「……」

「要するに君が納得してくれるのであれば俺がここで降参リタイアしてもいい。貴族としての立場を考慮すれば君にとっても悪くはない提案のはずだ」


 通常であれば彼にとっても僥倖な申し立てだ。だがズィクトはまだヴォルゼイオスという人間を理解しきれていなかった。彼は、ヴォルゼイオスは損得で物事を判断するほど“魔法使い”にはなりきれていないのだ。

 不必要に込められた力によってわなわなと拳や腕を震わせる魔法貴族の男を熟視して、ズィクトが静かに息を吐いた。


 ——そうなるか。


「オレを——魔法貴族をなめるな……!」

「……そうか。頼むから死んでくれるなよ」


 少年が猛禽類を彷彿とさせる鋭い目付きで冷ややかに告げた。


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復讐の狂門〜魔法使いにあらゆるものを奪われた俺が全てを蹂躙するまで〜 砂糖しゅん @10tuki31hi

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