復讐の狂門16 『先輩とは⑤』


「ランパスヘイム先輩、すでに地下2階ですがどこまで降りるのでしょうか?」


 洞窟を連想させる闇路を歩くズィクトが前を進むロイマスに問う。


「3階まで降りる。ヤツの隠し部屋は把握してるし間違いなくそこにいるはずだ」

「そう、ですか……」


 少し俯いた少年に彼は、


「心配するな。ヤツは誘拐した人間をすぐに殺したりしない。心を折るために恐怖心を煽ったりはするが……まだおまえの学友が連れ去れて一時間も経っていないしその心配も少ないはずだ」

「……はい」


 今はそれを信じるしかない。ズィクトはなんの情報も所持していないのだから。

 ロイマスの言い分は皆まで言わずとも承知していた。いくら彼が学年首席だとしても大迷宮は危険地帯であり、今はズィクトという足枷がいる状況。いくら急いでいても全力疾走というわけにはいかなかった。


 それに——敵は魑魅魍魎の魔法生物のみではない。エクスティンの例と同じく、先達者の急襲がないとは言い切れないのだ。

 ロイマスの場合はそっちの警戒心の方が強いだろう。


「もうそろそろだ」


 地下2階と3階を繋ぐ階段を慎重に下りながら先輩が言った。


 そのまま枝分かれしている道を迷いなく進むこと1分弱。上層から変わらない岩の壁を正面に二人は足を止めた。


「これは……隠蔽呪文、ですね。かなりわかりづらくなっています」

「ほう? わかるのか」


 ——とんでもない新入生だな。

 と、思いはしたがロイマスは敢えて口にはしない。ズィクトの性格的にそれを指摘しても驕ることはないだろうが万が一に備えてだった。

 

開けろアペリエ


 杖を向けてロイマスが唱えた。

 呪文が発動すると岩の壁が割れ始め、これが隠し部屋だと再確認する。


「さあ行くぞ」

「はい……!」


 二人は明かりが目立つ前方に歩みを進めた。





 突如割れたかべの中から現れた二人に、否——ブラックホールの如く吸い込まれる漆黒のまなこを持つ青年にルーデウッドの手が震えた。

 手と同様に震えた声で怒鳴りつける。


「オマエは……覇天道はてんどう! なぜここにいる!?」

「後輩が困っていたのでな。……火の寮ピュロメテウスの仲間だ。公的な場でもないし贔屓したって構わないだろう?」

「チッ!」


 エクスティンを攫った先輩の舌打ちをスルーして、ズィクトが「そういえばそうだった」と思考する。


 ——ランパスヘイム先輩の別称は“覇天道”だったな。所以は確か……

 その時、怒りを体現したかのように金髪を振り乱した風の寮ヴュータの先輩が吐き捨てる。


「だからコイツを取り戻しに来たってか。ふんっ! 監督生サマも新入生ガキ一匹にお忙しいこったな」

「まったくだ。まさか問題児と名高いガキおまえとこんな形で対面することになるとは想像もつかなかった」

「……はいはい。相変わらず余裕なようで羨ましいよクソが」


 分が悪いと判断したのか、ルーデウッドは彼の隣に佇んでいる少年に目をつけた。にも関わらず当の本人はエクスティンが無傷の状態であることを確認しており、その視線には気づかなかった。


「心配しなくても何もしてないぜ? ズィクト・スパーダ」

「……意外ですね。風の寮ヴュータの先輩が無名の私を知っているんですか?」

「まあな」


 怒ってなんていない。そんな風を装うつもりがいささか強く返してしまった。

 あぁ、俺もまだまだ未熟だな——と反省した時、悪童の表情を浮かべる彼は寝転がっているエクスティンの腹部の下に片足を潜らせた後、


「気に食わないが覇天道ソイツが来た以上勝ち目はない。だからコイツは返してやるよ、ホラッ!」

「——ぐっ!」

「スティン!」


 潜らせた片足を荒っぽく上に振り上げた。その結果エクスティンの小柄な体躯は風に煽られた紙の如く中空を舞い上がり——いつの間にかズィクトと並ぶもうひとりの先輩の腕の中に収まっていた。

 客観的に見てその有様を例えるのならば、囚われの姫が白馬の王子様に救われるワンシーン——つまり、お姫様抱っこ横抱きだ。


 その流れに噴火直前の火山とでもいうべき謎の羞恥心が込み上がって、抱きかかえられた少年の顔がリンゴのにも負けないほど赤くなった。


「え、え?」

「存外元気そうでなによりだ。ではこのまま引くぞ。もう奴とお喋りする必要もあるまい」


 着地しつつもコチラに向けられた言葉に黒髪の少年が素早く頷いた。


「そうですね。このまま出ましょう」

「よし。守護せよファンシオ!」


 以前ズィクトが決闘の時に唱えた呪文、守護せよファンシオ。同じ呪文だが今回は規模が違い、まるで新たな壁を顕現させたようだった。つまり一時的に空間が二つに分離したことになる。

 ロイマスがいるため素より追跡するつもりなど無いのだろうがこの呪文によってその行為自体が不可能になる。


 もし仮に学年首席たる彼がいなければ、ルーデウッドには守護せよファンシオを突破するための強力な呪文が必要になっただろう。

 最も此度彼は不動の呪いにかけられたと錯覚するほど身動きを取らなかったが。


「…………」

 

 彼らが去る姿を最後まで見届けてから金髪の青年は軽薄な笑みを貼り付けて、


「どうやら今回は運が悪かったらしいぜ。ヴォルゼイオス公」


 ぽつりと零した。



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