復讐の狂門15 『先輩とは④』
薄暗くじめじめとした空間でエクスティンは目を覚ました。そして体中を走る苦痛に気づく。
すぐに確認した結果、両手首が後ろに回された状態で縛られており足首も同様であること。そして芋虫のように地を這いつくばっていることがわかった。
少年はまだはっきりとしない意識の中、混濁した記憶を漁り始める。
——たしか、実験室で先輩に“
「そうだ……」
僕は先輩に気絶させられたんだ!
それを完全に想起したとき、再びエクスティンの細胞のひとつひとつが恐怖に染まりだした。呼吸が乱れて震え出す。
それからしばらくして落ち着くと、
「っ!」
背後からの視線を察知した。
粘っこい感じだった。実験室の時とは違い、エクスティンを人としてではなく興味深い道具、あるいは愛玩動物を見ているような。
彼は敢えてその舐めるような眼差しを無視した。と、いうよりは恐ろしくて付き合ってられなかったのだ。
それに視線の正体——ルーデウッドは退屈そうに大きな息を吐いた。
「せめて命乞いくらいはしたらどうだ? ま、してもオマエの最後は決まってるけどな」
悪童の笑顔で言い切った後、彼は杖を一振りする。
その行為を皮切りに部屋全体が明るくなり、その全容を明かした。
「——」
少年は絶句した。こんなことがあって良いのかと。
「ビックリしたろ? だらしないオレがしっかり魔法使いとして道を歩んでるなんて。ははは!」
狂気じみた笑い声がエクスティンの見ている光景をさらに不気味に仕立て上げた。
少年は深く息を放出しながら「逃げる手がかりを見つける」ためと顔を動かしてそれらを観察する。
まだ見ぬ数々の魔法生物達の亡骸が各所にばら撒かれていた。それだけならここまで動揺もしないが——問題はその亡骸の有様だ。
壁にはゴブリンが腹を裂かれ臓器を掻き出された状態で吊るされていた。少年の体勢からは全体を視認できないがテーブルの上では何やら人型の魔法生物——ではなくウルテイオの制服を着た正真正銘の人間がビクビクと痙攣しながらうめき声を発していた。
テーブルの脚に流れる血がやけに目立っている。
その他にも全身針だらけにされた無惨な魔法生物やなんらかの薬品でドロドロに溶かされているナニかなど、切りがないほどの犠牲者が存在していた。
とはいえ、魔法界では不思議なことではない。いや、むしろこれこそが魔法使いと呼ばれる者達だ。
魔道を進み、魔の住民となり、魔法使いの極地にたどり着くための切符である
だから、と——ルーデウッドが瞳を震わせた。
「さぁ喜ぶんだ! オマエは将来名を轟かせる魔法使いの一助となれるのだからな!」
「や、やめ——」
「ははははは! そうか! 嬉しいか! オマエの命は無駄にしないからな!」
——狂ってる。
これは、この人は会話が成り立つ相手じゃない。
エクスティンは即座に判断すると、溢れんばかりの恐怖心を押し付けながらも口を開いた。
「ぼぉ、僕を使って!……何をすぅるつもりですか……?」
質問はしたが実際その答えに興味なんてなかった。目的はあくまでも時間稼ぎで——だから言葉を選ぶ必要がある。彼の機嫌を損なうのは、心臓を握られていると言っても過言ではない今において寿命を縮める行為なのだから。
幸運なことにルーデウッドは嬉々として返答してくれた。
「もちろん実験だ!」
仰々しく両手を天へ伸ばしながら彼は言う。
「まずはオマエに魔法生物の心臓を移植する! その後は眼球をアレと入れ替えて、次に植皮ィ!……そして最後は今回のメインディッシュだ!」
狂気に突き動かされるように彼はエクスティンの頭部をがっちり掴んだ。
それから「ああごめんな」と一転して優しく少年を撫でて、
「大事な脳が潰れたら大変だ。メインディッシュがなくなってしまう……」
「——」
絶望のさなか少年は思う——ああ、僕はここで
最期に彼が嘆いたのは人間として死ねないことでも拷問のような苦痛を味わうだろうことでもなかった。
友達、仲間——あるいはその両方である三人との死別。それだけがただ辛かったのだ。
エネルギーのなくなった機械のように静止している少年にルーデウッドが首を傾げる。
「大丈夫だ、安心しろ。オマエの心は壊れるかもしれないがオレの道具としての未来はある! 死ぬわけじゃない! 元気出せよ、なあぁ!?」
「——っ」
何かに目覚めたようにエクスティンの目が見開かれた。だがそれは決して狂った先輩の妄言に反応したからではない。
一方でルーデウッドも異変を感知する。
「な、なんだ!? まさか……」
その言葉を遮るように、岩の壁がぱっくりと緩やかに割れ始める。割れた先——闇に包まれた最奥からは二つの影が。
そしてその一方の存在は絶望の少年に一縷の希望を差し込むことに成功した。
「ズィクト……君?」
呟かれた声はとても掠れていて、近くにいたルーデウッドの耳にさえ入らない音量だった。
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