復讐の狂門14 『先輩とは③』


「着いたぞ」

「ありがとうございます」

「礼なら件の少年を見つけた時にしてくれ」


 少年が頭を下げてすぐに実験室へ飛び出した。ロイマスが腕を組んで扉の側に寄りかかっており、動く気配を見せなかったからだ。


 暗がりのなか小さく「光、出でよルクスエクシィ」と唱え、不気味な空間を歩行する。杖先の光に照らされるのは、骸骨やホルマリン漬けされた多くの魔法生物——ズィクトがごくりと喉を鳴らした。

 すでに朝の実験でその存在は認知していたが時間が遅いため悍ましさを感じたのだ。


 だが、


「いない……か」


 誰もいなかった。念には念と端まで光を灯しても溜まった埃を照らすだけだ。

 ウルテイオに入学して何度目かわからないため息をこぼした。それからすでに何分も時間を使ってしまっている事実に気づき、


「これ以上先輩の時間を奪うわけにはいかないな」


 いないものはいない。すぐに戻ろうと振り返った時、何やら心配した雰囲気を醸し出すロイマスが出入り口から姿を現した。

 慌てて少年が近寄った。


「どうやら無駄足だったようです。お時間を頂いたのに……申し訳ありません……」

「なんだ、いなかったか」


 ズィクトを見て、彼は状況を察したらしい。仕方なさそうに肩をすくめる姿を見るに、案外気遣うことができる人なのかも、と思いつつも軽く頭を下げる。

 また一からか——とその時、ロイマスが薄く微笑みを浮かべた。


「どうやら無駄足ではなさそうだぞ」

「……?」


 鼻をさする仕草をした彼は「地下に行く」とだけ残して実験室から出た。ズィクトは大人しくそれについて行く事にした。そもそもロイマスは後輩を陥れるために虚言を使うような器の人間ではないと知っている。

 どうせどこにいるのかも不明なエクスティンを無闇矢鱈に探し回るよりは、彼についた方が確実と言えるだろう。


「私の記憶に齟齬がなければウルテイオの地下は未だ底が知れない大迷宮ですが……まさかそこに?」

「それは時間が経てばわかる事だ。前々からおまえの制服に染み付いているが地下に続いているのは不思議だった」


 「だが」早歩きのままロイマスが嘯く。


「実験室に溜まった新しいニオイで断定できた。スパーダ、おまえの友は迷宮に連れ去られているようだ。残り香の中にあの問題児が混じっていたしな」

「問題児? いやそれよりもニオイというのは……?」


 今の会話に気になる事が複数ありはしたもののかろうじて一つに絞る。

 悪意のない問いにウルテイオ最強の称号を手にする先輩は少しだけ沈黙した後にゆっくりと語り出した。


「訳ありでな。人よりも五感に鋭い。スパーダの制服に付着しているニオイが実験室で別のニオイと合わさって——今おれ達が歩いている廊下に続いているんだ。で、それが地下までいってる」


 さすがに離れすぎて自信はないが、とだけ付け足した彼は言葉とは裏腹にその不安を感じさせない表情をつくっていた。

 それを横目で見ながらズィクトが「まさか」と目を見開いた。


 数年前より度々ウルテイオを超えた外ですら注目を浴びる男がいた。名はロイマス・ランパスヘイム。その圧倒的な実力から一部の生徒がこう揶揄したという。


『あの化け物は“魔人”の領域に到達した』


 無論それを信じたものは少ない。真実は秘密主義であるウルテイオ魔道学校の関係者しか知らず白日の下に晒されることはなかった。

 何せ、あの魔人だ。魔道を進み続けその真髄の片鱗を直視した者。魔人に至らず生涯を終える魔法使いはおおよそ九割を超える。


 「俺は魔人だ」「私は魔女だ」なんて嘘は通用しない。魔人と魔女にはその証があるからだ。

 通称——闇の紋章と呼ばれる魔の住民になった者の体のどこかに現れる黒い紋章のことなのだが、


「そんなにジロジロ見るな」

「あ……すみません」


 ズィクトの双眸が無意識にそれを探していた。聞けばよい話だとも思うが、素直に聞いてもよいのか判断がつかない。

 最も彼は少年の心境に気づいているかもしれない。なぜなら魔の住民は総じて寿命や身体能力——五感が逸脱してしまうから。


 それはつまり人間という種の完全上位互換だ。

 しかしロイマスは少年の様子に違和感を抱かなかったようで、足を止めて短く言った。


「ここから地下だ。魔法生物も多くいるから常に警戒しておけ」

「はい」


 結局ロイマスが魔人である確証は得られなかった。

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