復讐の狂門11 『魔法道具実験』
皇女、そして猫少女との騒がしい幕も閉じられた。彼女らとの時間は決して短くなかったが、得れたものもあった。
だから、そう。だから朝練の時間がほとんどなかったのも問題は……ない。
ズィクトが誰もいないはずの心の中で言い訳した。
「……君……ィクト君……」
そう、問題なんてない。明日があるから大丈夫だ。せっかくの早起きも練習だと思えばいい。
「ズィクト君!」
「っ——どうした?」
エクスティンの一声でズィクトの意識が実験室に戻った。
「どうしたってズィクトさんこそずっと反応がありませんでしたが何かありまして?」
「あははー。もしかして女の子の裸でも見ちゃったりしてー」
「っ」
おそらく冗談ではあったもののリリィの指摘は少しだけ的を射ていた。
そして不覚にも少年は彼女の言葉にわずかながら反応を示してしまったのだ。
無論、リリィは狩った獲物をみすみす逃すようなマネはしない。
「あっれれー? ズィー君ってばまさかー?」
「いや、違う! 裸は見てないぞ!」
「裸は?」
「——あ」
ローズリアが呈した僅少な疑問。だがそれによって少年は自らの失態を自覚してしまった。
にやり、と意地悪な笑みを浮かべた桃色の少女——リリィの顔はこの先一生忘れないだろう。
少なくともズィクトはそう考えた。
そして今ここで出せる打開策はただひとつ。
それは……
「ところでスティンは魔法道具実験の担当教授を知っているか?」
「へ? い、いや……知らないですけど」
突如変更された話題に一瞬戸惑った少年はそれを指摘しようとして——ズィクトから感じる無言の圧に押し負けた。
「そうか。今回に関しては知っておいた方がいい」
「そうなんですか?」
話の内容は今本当の意味で切り替わった。つまらなそうな表情のリリィを置いて、ローズリアが二人の会話に口を差し込む。
「ベルトリア・ルージェル——学生時代は
「え? な、なんで……? そもそも
非魔法人の生まれである少年の純粋な疑問に、ズィクトは「あぁ」と言葉を漏らす。
「ウルテイオにはこんな言い伝えがある」
—— 火は水を嫌い、水は土を嫌う。土は雷を嫌い、雷は風を嫌う。そして風は火を嫌った。
「まさにこの通り、
「そんな……でも僕は——」
「
「は、はい」
まあ彼は魔法界の人間ではなかったし、無理からぬことだ。それは理解できる。
がしかし、
「実のところ俺は少しだけ
「っそれって!」
こくり、とズィクトが頷く。
続いて発言したのはリリィだ。
「リリィちゃんもめちゃめちゃってほどじゃないけどズィー君と同じかなぁー」
「
エクスティンが目をまんまるくした。
「
「……」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわ。いざとなったら私が守りますもの」
ローズリアが元気付けるように宣言する。
確かに魔法貴族である彼女には教授といえど表向きぞんざいな扱いはできないだろう。
ズィクトが納得した時——実験室に鷲鼻の男が入ってきた。
「我が魔法道具実験の担当教授だ。諸君には良い成績を残し、無事卒業してもらいたいと考えている。精進したまえ」
「はい!」
揃って受け答えたのは
なぜなら例の教授——ベルトリアが
やっぱりか、とズィクトが肩を落とした。視線をずらせば魔法貴族の少女が呆れたように目を細めている。
「では早々に実験を開始しよう」
鷲鼻の教授は懐から取り出した
すると四人ひとテーブルで組まれている生徒達の前方に茶色の粘土が現れた。
「諸君にはその魔法粘土で
唱えられた呪文に反応して、ベルトリアの近くにあった魔法粘土が変形しだした。
ぐねぐねと内部で爆発したようになると、一転して静まり返る。そして数秒のうちに十歳の子供程度の
教授はすぐに
「今の我はマネキンのように形作ったが君達には各々が思い描く唯一の
静かな少年達をベルトリアはジロリと睨む。
「どうした? 説明は終わった。早く動け」
はっと彼らは水を得た魚の如く慌ただしく呪文を唱え始めた。
「
正しく唱える者と誤った呪文を唱える者。その二つに分かれた生徒にベルトリアの表情が曇った。
この程度の低級呪文も行使できないのか? とでも言いたげな顔だ。
それに気づかずエクスティンが強く唱えた。
「む、ムタテェラ!」
無反応。
まあそうなるよな——ズィクトが思った。
「スティン、発音を意識してみろ」
「わ、わかりました」
少年が再度唱えた。
「
杖先を向けられた魔法粘土が変形する。
グネグネと動き出して——丸い形状へと戻った。
「あ、あれ? なんで……?」
「コツは自分の
ズィクトが拙いながらも精一杯に説明した。
そして、模範となるべく唱した。
「
その言葉に従い、ズィクトの魔法粘土が形を変える。
隣から感嘆の声が聞こえた。
「すごいですよズィクト君!」
「これは……天使、ですか?」
前方のローズリアが疑問に首を傾げた。
「そのつもりだが……これでは子供に羽を生やしてるだけだな」
光輪もなければ、天使の煌びやかな純白の羽も茶色だった。それを「天使」だと少年は口が裂けても言えなかったのだ。
「ズィー君すごいなぁー」
「……君もなかなかだろう」
リリィが作ったのは——
「招き猫、か?」
「かわいいでしょー」
少女は誇らしげに胸を張った。よく見ればローズリアの
「ぼ、僕もっ!
焦燥感に駆られた少年が粘土に杖を向けた。しかし結果は無反応。
「落ち着け。闇雲に唱えても——」ズィクトの台詞が途中で遮られる。
「愚かな」
「っ」
低く吐き捨てられた濁声は驚くほど滑らかにエクスティンの耳に侵入し、苔のように張り付いた。
「貴様が無能なのは
「……」
酷く狼狽している少年に問答する生気はない。ただ冷淡な瞳に怯えるだけだ。
「ルージェル教授、それはあまりにも
「貴様は……」
睨め付けるような厳しい眼差しはズィクトを標的にした。だがその程度で引き下がるほど不甲斐ない心を少年は持ち合わせていない。
対峙した二人にローズリアが冷や汗を垂らした。
「これは愛の鞭だ。無能な生徒を名だたる魔法使いにするため不承不承叩きつけるのは教授として当然だろう?」
「……
「左様」
「……」
思ってもないことを——ズィクトが憤慨して歯を食いしばった。
だがここで、予想外にもローズリアが。
「お二人共、見苦しいですわよ? ズィクトさん、ルージェル教授、今は実験中です。他の生徒の邪魔になりかねませんわ」
「……」「……」
一瞬だけ無音となった両者だが、すぐにベルトリアが気を取り直した。
「ペクシー家の令嬢か。貴様の言う通りだな……」教授がエクスティンを見やった。
「期待している」
「……」
上っ面だけの物言いだとズィクトは領解していた——が、もやはそれを咎めるつもりはない。
それよりも今は落ち込んでいる友人が優先だ。
「
「……」
自らを責め立てる少年をズィクトはしばらく放っておくことにした。それが彼のためになると考えたから。
結局——ただひとり
だが……
この日の夜——エクスティン・プープラは失踪した。
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