復讐の狂門9 『格闘魔法訓練③』


 二人の少年が睨みあっている。そしてその一方であるズィクトの気は緩い。


 この勝負に決着がついたとして、失うものが少ないからだ。


「位置についたな。んじゃ——はじめ」


 突拍子もなく開始された試合に両者の反応が遅れた。だがそれでも己の中の最速を持って走り出したのは茶髪の少年だった。


 木剣を握りながら迫る相手にズィクトは内心で賛辞を贈った。


 ——速い……! 口だけのおぼっちゃまではなかったか!


「少しは楽しませろよ——格下っ!」

「っ!」


 鋭く放たれた胴切りからの切り上げ、ズィクトが守りに入れば隙をついて蹴り飛ばされた。

 なんとか踏みとどまってズィクトが呟く。


「魔法貴族の名は飾りではなかったか」


 追い詰められているのはズィクトである。ほとんどの生徒はそう考えた。しかし、


「……っ」


 その後も猛攻を続ける少年は違う。己の剣を受け流す火の寮ピュロメテウス生に一抹の不安を感じ取っていた。


「オマエ……どこで剣を習った?」

「お喋りか? 生憎だか俺にその余裕はなくてな」

「ほざけ!」


 その怒号と共に幼き魔法貴族は木剣を槍の様に投げた。ズィクトはそれをブリッジの要領で上半身を後ろへ下げることで回避——しかしすぐに拳を構え目前まで迫る少年を察知して無理に横へ飛び込んだ。






 一方、観客として今のやりとりを分析していたローズリアが呟く。


「ゼイオスは相変わらずですね。しかし……」


 ズィクトさんがあれほどの実力者だったとは。決闘の時に呪文の腕は確認していましたが……近接戦闘も抜かりはなさそうですね。


「ねーねー。リアちゃんはどっちが勝つと思う?」

 

 桃髪の少女が好奇心を曝け出しながら聞いた。

 少し呆れながらも——だが確かに気になることではあって、予想を立ててしまうのがローズリアだった。


「贔屓目なしで答えるのであれば……ゼイオスだと思いますわ」

「えーリアちゃんひどーい」


 わざとらしく口元へ手をあてる少女にローズリアが引き攣らせた顔で「仕方ないでしょう」と言った。彼女の手は知らず知らずのうちにリリィの頬をつねっていた。


なんでなんれそう思うのそうおもふの?」

「彼は魔法貴族ですわよ。生まれてからずっと英才教育を受けていますし……そう思うのが自然でしょう」


 自分も魔法貴族の一員だからこそわかるのだ。教育の厳しさやレベルが所謂普通の家と比べて段違いに高い事が。

 故に彼女はゼイオスの勝利を予想した。


「ん〜でもリリィちゃんの女の勘がズィー君は只者じゃないって叫んでるよー」


 「ほら……」とリリィの紫の瞳がその光景を映し出す。


「もうそろそろ決着……ですわね」


 ローズリアが意識を集中させた。






「随分と回避が上手いな火の寮ピュロメテウス!」

「君こそ剣もないのに上手くかわすじゃないか」


 少年の袈裟斬りを回転するようにして逃れた風の寮ヴュータ生がその勢いを利用して裏拳打ちで反撃した。


「喰らえよ!」


 ズィクトは直撃するギリギリで屈みこみ、その体勢のまま全体重を乗せた突進で相手の鳩尾をへこませる。


「ぐはっ!」


 彼は苦痛の声を漏らしながら後退した。まさかここまで噛みついてくるとは想定外だったのだ。

 だがそれもここまで。

 ズィクトは己の体内時計があと数秒で待ちに待った時間になることに安堵した。


「オマエ——」

「試合終了!」


 教授が強く地を蹴った少年を止める様に叫んだ。


「時間だ。生徒達観客共は休みに入れ! ったくオーバーしちまったよ」


 その言葉を聞いて、多くの生徒が訓練場を出た。


「不満げだなウルガータ。ま、白黒つけれなかったし当然か」

「コベレック教授……魔法貴族として醜態を晒してしまいました」

「別に誰も構いやしねぇよ」


 どうやらこの二人はお互いの存在をある程度認知していたらしい。まあ考えてみれば当然だ。将来が約束されている魔法貴族を調べないわけがない。


 ウルガータと呼ばれた茶髪の少年から離れた教授がズィクトの前で止まった。

 近くで見れば見るほど巌のような男だった。


「貴族でもない新入生にしては悪くない動きだった——名乗れ」

「ズィクト・スパーダです」姿勢を整えた少年が答えた。


「オレはドナテロ・コベレックだ。オマエは将来優秀になりそうだし……何か疑問を抱いたら声をかけるといい」


 「出来るだけ答えてやる」最後に言い残したコベレックはそそくさと訓練場から去った。


「ズィクトさんは気に入られたようですね」

「リア……別に待たなくてもよかっただろうに」少し微笑わらいながらズィクトが言った。


「そういえば教授ってコベレックって名前だったんですね。はじめて聞きました……」

「まーねー。ウルテイオの教授はほとんど生徒に興味ないし自己紹介とかしないよー。というか有名人ばかりだから必要ないしー」


 ローズリアの後ろにいたリリィとエクスティンが口々に言い合う。


「リリィの言った通りですわ。ですが今のズィクトさんのように気に入った生徒に対しては名前を聞いたり、弟子にしたりすることも珍しくありません」

「おぉーさすがリアちゃんせんせー。今リリィちゃんも言おうと思ってたんだよー」

「嘘おっしゃい」


 ローズリアが桃髪の少女の頬を引っ張る。ほんわかしながらそれを見ていたズィクトは自分に迫る足音に気づいた。


「ズィクト・スパーダ……今回はこんな結果だったが——次こそは潰す。オマエがオレの友をそうしたように」

「まさか……っ」


 脳裏をよぎったのは鋭い瞳を持つ赤髪の少年——の見るに耐えないボロ雑巾のような惨たらしい姿。


「待ってくれ!」


 はっとなって振り返った時には誰もいなかった。

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