復讐の狂門8 『格闘魔法訓練②』


 再び整列した生徒を前にオレンジ髪の教授が不活発に言う。


一対一タイマンのルールだが……今日は初日だし魔法剣はなしだ。オマエらが持ってる木剣で我慢しろ」


 「んで」と彼は続けた。


「それに伴って呪文の使用も禁止だ。今回は剣だけでってもらう」


 ごくりと固唾を呑み込む一部の生徒をよそに風の寮ヴュータ生が手を上げた。


「質問なら許可する」

「ありがとうございます」


 茶髪で妙に目立つ少年だった。


「教授は先程、剣だけでってもらうとおっしゃっていましたが——相手は殺してもよろしいのですか?」


 まるで殺意を隠しきれていないその少年は火の寮ピュロメテウス生を尻目に訪ねた。

 少し間を開けて教授は答える。


「今回はなしだ。ただ——誤って殺害してしまったというなら許容する」


 つまり殺しても致し方ない、と。言外に告げた気だるげな教授は後ろ髪をかきながら「あー忘れてた」とひとり愚痴った。


「オマエら魔法使いがなぜ魔法剣を持つ様になったか知ってるか?」


 もとより質問に答えさせるつもりはないのか考える時間もなく教授が再度口を開く。


「昔は呪文一本だったんだがな。和国のサムライや一属性しか操る事ができない魔法使いの弱点を補うために今では当たり前に魔法を放てる剣魔法剣を持つ文化ができた」


 「今ので気になる事があったらオレじゃなくてピークにでも聞いておけよ」と無責任な発言をしつつさらに続ける。


「んじゃま、戦いたいって奴はいるか?」

「はい」


 先ほど質問した茶髪の少年が迷う事なく腕をあげた。


「教授、ひとつだけよろしいでしょうか?」

「言ってみろ」


 あらかじめ許可をもらった少年はひとりの火の寮ピュロメテウス生を力強く指差す。


「アイツと打ち合いたいです」

「……合意のうえならばいいだろう」


 そうして、二つの寮生から期待に満ち満ちた視線を感じたのは——ズィクトだった。

 だが彼の返答は初めから決まっている。


「貴重な機会だが、今回は断るよ」

「なんだと? 逃げるのか?」

「そう思ってくれて構わない」

「腑抜けめ……!」


 苛立ちに眉を顰める茶髪の少年は力強く拳を握り——悪辣に笑う。

 

「あぁそうか。オマエと一緒にいるチビは黙ることしかできなかった本物の腑抜け野郎だったな。それが移ったんじゃないか? オマエも運がない」

「……」


 まともに取り合うだけ無駄だった。こういう奴は関わらないに限る、と判断した最中さなかズィクトは隣にいる少年が俯いていることに気づいた。


「スティン、気にするなよ」

「……」

「スティン?」


 ズィクトは顔を俯かせたままのエクスティンを不審そうに覗き込んだ。


「……ば……に……る——」

「?」

「ズィクト君をバカにするなっ!」

「——は?」


 普段の弱々しい姿はそこになかった。言葉遣いも雰囲気も瞳の力強さもまるで別人。

 思わずズィクトが声を漏らすほどの勢いだった。


「僕のことはいい……でもズィクト君をバカにするのは可笑しいよっ!」


 茶髪の少年が驚愕に一白遅れてから反応した。


「はっ! 腑抜け同士助け合いか? 御大層なことだな」

「なんだと……!」


 二人の勢いは増す一方だ。

 嫌な予感がする——ズィクトはため息を我慢しながら口を挟むことにした。


「おい君、少し言葉が過ぎるぞ」

「ふんっ、オレは事実を言ってるだけ——」

「事実だったら何を言ってもいいって? そんな子供みたいな事本気で思っているのか?」

「……悪いか?」少年がズィクトを睨む。


 どうやら彼はあくまでも「自分は悪くない」と主張したいらしい。

 仕方ないな——とズィクトは諦念を込めて発言した。


「まあ君がどうしてもっていうなら相手になってもいいよ」

「そうか……今のうちに言い訳でも考えておくんだな」

「言い訳はしない。負けるつもりはないからな」

「あ——?」

 

 視線が強くなったのを感じて、余計な一言だったか、とズィクトは静かに反省した。

 これ以上、彼と話すことはない。状況の行く末を見守っていた教授に目を配る。


「決まったみたいだな。では双方位置につけ」


 二人の少年が同時に歩き出した。

 通りすがりの途中、緑髪パーマの少女が小さく言う。


「彼はわたくしと同じ魔法貴族のひとりです。実力は確かですのでお気をつけて」


 最悪の相手だ。

 ズィクトがそう吐き捨てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る