復讐の狂門3 『遊戯』


 審判役として呼び出された六年の監督生が試合開始腕を振り下げた


 先手を撃ったのは赤髪の少年だ。

 手に持つワンドを素早く構えると、力強く唱えた。


風、穿てウェントゥモス・ペネテレイっ!」


 杖先から剣型の鋭い風が放たれ——ズィクトが対抗するように叫んだ。


守護せよファンシオっ!」


 ズィクトの杖先から現れ出たのは半透明のだった。

 それは彼の身を守るとすぐに光の粒となって消え——その光景を目に映した赤髪の少年が驚愕につぶやく。


「は? まさか——なんでそんな中級呪文を……」

風霊ふうれい呪文か……制服の色から察していたがやはり君は風の寮ヴュータ生だったか」


 どおりで火の寮ピュロメテウス生を極端に嫌うわけだ。とズィクトは小柄な少年の姿を脳裏に浮かべながら杖先の照準を石でできた床へ合わせた。


砕け散れフラトス! 制御されろエレンホリウム!」

「——ッ!」


 ズィクトの呪文に従い石敷きが砕けるとまるで生物のように動き出す。それは自然なようすで囲うように宙へと舞い————赤髪の少年に躊躇なく特攻した。


風、穿てウェントゥモス・ペネテレイっ! 風、穿てウェントゥモス・ペネテレイっ! 風、穿てウェントゥモス・ペネテレイっ!——ぐぎぁ!」

「い、痛いいでぇ!! お、オレの手足からだが……!」


 風霊呪文で数個は撃ち落としたが手数が少なく、全方位からの投石攻撃に赤髪の少年が絶叫した。

 彼の手足は痛々しく腫れ上がり——しかし胴に狙われた痕跡はない。


 己の脚で立ち上がる事もままならない少年にズィクトは憐れむ。


「今なら降伏も認めるが?」

「ふ——ふざけるな! このオレに恥をかけと言うのか……!」

「そうは言うが……今の君は芋虫とそう変わらないだろう」

「テメェ——!」

「ウルテイオでは決闘で命を落とす事も珍しくはない。ここで君を殺しても誰も俺を咎めることはないだろう」


 ズィクトだって命を奪いたいわけじゃない。というか今は出来るだけ奪いたくはないのだ。

 だからこれは、この憐れみは決して赤髪の少年のためだけにある感情ではなかった。


「これが最後だ——降伏しろ」

「…………」

「そうか……残念だ——仕方がない、か」


 何らかの意地を張っているのか、あるいは見下しに見下した火の寮ピュロメテウス生を相手に今更引き返せなくなったか。

 少し視線を逸らせば風の寮ヴュータ生の多くが赤髪の少年に軽蔑の眼差しを送っていた。あれだけ啖呵を切ったから当然といえば当然——しかし、


「仮にも同じ寮の仲間だろうに」


 酷いものだ、なんて他人事に考えている俺も酷いか。

 ズィクトは不必要な思考を振り払うように言葉を紡いだ。


「入学初日から手札はあまり見せたくない。君には悪いが——このまま石ですり潰させてもらう」

「ひっ——た、助け——ッ!」

「死ぬまでに降伏するといい」

「だ、誰が……!」


 「強情だな」と不気味に微笑わらう少年が杖を動かすと、その動きに沿って数々の石が標的の両手を原型がなくなるまですり潰した。

 音響する慟哭。これには顔をしかめる一年生も多く、けれどもズィクトは出来るだけ苦しませてから殺すつもりだった。


 さて、次は両脚、その次は目。

 その次は——と思考回路を働かせている時、ズィクトが待ち望む言葉が薄らと消えそうな声音で吐かれた。


「わぁ、わがっだ……お、オデのま、負けだまげだ……。ゆ、許してくれ。こ、こここの通りだ」

「……」


 思ったより早かったな——と口にはしない。プライドを捨て、謝罪する男をさらに罵倒するほどズィクトは恥知らずではない。


「そうか。お互いに良かったな」


 ——死ななくて、そして殺さなくて。


「その両手のことなら後で教授にでも聞いてみるといい。きっと治し方を教えてくれる」


 返事を待たずに審判へ視線を配ると、慌てたように声を上げた。


「しょ、勝者! 火の寮ピュロメテウス生のズィクト・スパーダ!」


 熱気のような歓声があがる今この場にはさまざまな感情が行き来している。

 良いものもあれば憎悪に近いものも。あるいはなんとも言えないものも。


「目立ったな」


 多少の拷問をしただけで命は助かったのだから責められる謂れはない。もし彼が降伏せずに死んだらその限りではなかったが……。


 熱に浮かされたような新入生一同は再度懇親会の場まで戻り——赤髪の少年が負った傷はその場にいた教授によって治された。

 懇親会終了時間まであと数十分。

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