君は僕のようになるなよ?

 文化祭ではそれぞれのクラスで出し物をするわけだが、最初から最後までそこに張り付きになるわけではなく、生徒一人一人に自由の時間は振り分けられている。

 龍一と静奈も一時間ばかり休憩をもらい、千沙と沙月も一緒に校内を回っていた。


「高校生の出し物にしては中々頑張ってるじゃないの」

「ふふ、そう言う割には千沙さん凄く楽しんでいますけど」


 龍一たちの前で戯れる二人の美女、高校生という枠を超えて大学生の彼女たちは本当に大人な女性たちだ。

 おまけに大層な美人ということでやはり、彼女たちが歩くだけで生徒だけでなく保護者の視線もかなり集めていた。


「こいつら本当に目立つな」

「ま、分からないでもないけれど」


 ただ二人だけで歩いているのならそうでもないだろうが、こうして龍一が一緒に居ると彼女たちは無意識にでもボディタッチに及んでくるのだ。

 次はアレを見ましょう、次はアレをと口にするごとに千沙は龍一の腕を取ってその親しさをアピールするように見せつけている。


「分かったから慌てるな。出し物は逃げやしねえから」

「分かってるわよ。でもこの場所で龍一と過ごす時間は逃げちゃうじゃない」


 いつぞやの静奈と同じ言葉に龍一は苦笑した。

 この中だと一番の年上なのだし、少しは年長者としての威厳を見せてほしいところだがやっぱり龍一にとってはしゃいでいる彼女の姿はとても可愛らしい。


(ったく、本当に可愛い顔を見せてくれやがるぜ)


 こんな表情を見せてくれるのは本当に稀で、このようなイベントくらいでしか見ることは出来ないだろう。

 だからこそ千沙の言うことは可能な限り聞くつもりなので腕を引かれれば大人しく龍一は付いていくのだ。


「ごめんね静奈ちゃん、ちょっと邪魔をしてしまって」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ♪」


 とはいえ、こうして龍一を振り回すと静奈の時間を奪うことにも繋がる。

 そのことについて千沙だけでなく沙月も申し訳なくは思っているのだが、当の静奈は仲良くしている姿を見れるのが嬉しいし楽しいらしく文句の一つも言わない。


「あ、お化け屋敷ですって」

「……本格的ですね」


 二年の別クラスが運営しているお化け屋敷に辿り着いたのだが、沙月が言ったようにかなり本格的な出で立ちだ。

 受付をしている女子生徒もリアルすぎる血糊を顔に塗っており、それを見て泣き出す小さな子供も居るくらいだった。


「女子三人で行ってみましょうよ」

「お、良いじゃねえか。俺は外で待ってるぜ」

「え……えぇ!?」

「あ、沙月さんもしかして怖いのが苦手なのかしら」


 どうやら沙月はこういったものが苦手らしく助けてほしいと龍一に視線を向けてくるのだが、龍一としてはどんな反応をするか興味があるので助け舟を出すつもりは一切なかった。


「頑張れ沙月。戻ってきたら思う存分抱きしめてやるから」

「……頑張りますぅ!!」


 グッと握り拳を作りやる気満々になった沙月、千沙と静奈はそんな沙月の様子に微笑みながら三人仲良く中に入って行った。


「ほわあああああああああああああっ!?!?!?!?」

「……………」


 直後、物凄い悲鳴が聞こえてきたがまあこれも試練だと龍一は苦笑した。

 沙月の悲鳴と千沙の笑い声が聞こえてくるこのカオスな現状、彼女たちが戻ってくるまで龍一はスマホを弄りながら時間を潰す。


「おや、獅子堂君じゃないか」

「うん?」


 歩いてやってきたのは新條だった。

 龍一は軽く手を上げて応えると、彼はそのまま龍一の傍へ。


「獅子堂君は美女三人を連れて歩いているなんて言われていたが……はは、お姫様たちはお化け屋敷かい?」

「すげえ悲鳴が出る程度には怖いみたいだぜ?」

「なるほど、高校生が作ったものと侮るなかれということか」


 こうなってくると龍一も少し体験してみたい気もしてくるが、彼女たちが戻ってきた時に龍一が居ないとなると沙月に本気で泣かれるかもしれないので、大人しくこの場で待つしかなさそうだ。


「なあ先生、ジッと待っているのも面倒だし何か話してくれよ」

「突然だね?」

「なんかねえの? 先生が高校生の時の青春とかさ」

「……ふむ」


 ただジッと待っているのも退屈だとして龍一はそう言った。

 新条はしばらく考え込み、特に話せるような青春はなかったなと笑ったが、どこか寂しそうにしながら話し出した。


「以前に君には言ったと思うが、僕は昔大分荒れていてね。高校生の時は喧嘩ばかりでほとんど棒に振ったものさ」

「聞いてみて思うけど本当に想像出来ねえな」

「今の僕を見たら当時の知り合いは目を丸くするだろうね。それだけ僕は悪ガキでどうしようもない奴だった」


 新條は自分の手の平を見つめながら更に言葉を続けた。


「そんな僕にも気に掛けてくれる女の子は居たんだ。勉強が出来て大人しくて、不良の僕の傍に居てはいけないような子だった」

「へぇ?」


 新條が不良だったというのはただでさえ気になるのだが、そんな昔の彼に女が傍に居たというのも中々に面白い。

 ただ、新條の様子を見るに何か後悔している節が見受けられた。

 その龍一の勘は当たっていたようだ。


「差し伸べられた手を突っぱね、僕は彼女の厚意を無碍にした。僕のことを唯一見つめてくれていた彼女を信じられず、僕は自分勝手に拒絶したんだよ」

「……………」

「だから少し、君のことが羨ましかったかな」

「え?」


 新條は笑った。

 こうしてこの学校に赴任してきたことで生徒たちのことはやはり耳に入り、今の龍一はもちろん過去の龍一のことも彼は良く知っている。

 不良という点で言えば龍一と新条は似ており、違うのは今の龍一は差し伸べられた手を握り返し変わったということだ。


「もちろんそこまで詳しいことを聞いたわけじゃない。君のクラスの女の子でお喋りな子が居てね、色々と教えてくれたんだよ」

「……誰だよそれ」

「はは、まあ許してくれ。君は本当に不良として過ごしていたが、ある日を境に竜胆さんが傍に居ることで雰囲気は柔らかくなり、今では色んな生徒に慕われるようになったそうじゃないか」

「慕われるかはともかく、よく話しかけられたりはするようになったな」


 ここまで話して龍一は新條の言わんとしていることが理解できた。

 龍一のように新條も変われるきっかけが傍にあったはずなのに、それを手にしなかったことをずっと後悔しているのだろう。

 一歩間違えれば龍一も新條のように後悔する日々を送っていた可能性もゼロではないが、結局静奈が堕ちればそうでもないのかと思わないでもない。


(……いや、俺はやっぱり今の方が好きだな。静奈が居て、千沙が居て、沙月も咲枝も居てくれる今の瞬間が)


 ずっと一人だったが今は違う。

 今はいつだって隣を見れば彼女たちが居ていつも声を掛けてくれるし、龍一のことを大切な存在として愛してくれる。

 そしてその逆も然り、龍一も彼女たちのことを心から愛している。


「くくっ、まあ俺はそうならないように頑張るさ。この手の中にある幸せは何があったとしても取りこぼさねえよ」

「あぁ。そうした方が良い……なるほど、更に君が色んな人たちに好かれる理由が分かったよ。染谷先生も同じ学生という立場なら絶対に告白するって言ってたくらいだからね」

「……マジかよ」

「あぁ。何ならフリーだったら狙われていたんじゃないのか?」


 それはあまり聞きたくはない情報だった。

 染谷は確かに美人で生徒思いの良い先生ではあるのだが、今の今まで彼女のことを異性として意識することはなかったので複雑な気持ちだ。


「聞かなかったことにするぜ。もう女は間に合ってる」

「はは、言ってみたいねぇそういう言葉」

「仮にも教師を目指してるんなら注意をしろよ」

「生徒に寄り添うのが教師だからね」


 そうしてお互いに笑みを浮かべた。

 今回聞いた新條の話を参考にする、というわけではないがやはり人との繋がりはどこまでも大切だということだ。

 人と人が繋がる縁は無限大だが、その中で知り合う人々は限定的で心が繋がるのは更に稀だろう――だからこそ、大切にしなければならないと龍一は思う。


「りゅ、龍一くぅん!!」

「おっと」


 ガシッと背中から抱き着いてきたのは沙月で、どうやらやっとお姫様たちの帰還らしい。

 相当怖かったのか涙を流す沙月を抱きしめながら、どうだったかと質問をすると三者三様の答えが返ってきた。


「中々迫力があったわ」

「まあまあね」

「もう絶対に来ません!!」


 静奈と千沙はともかく、沙月の様子を見て受付の子は手応えを感じたのかそれはもう素晴らしい笑顔だった。


「これは嫉妬されてもおかしくないほどじゃないか? 流石だね獅子堂君」

「……まあ、俺には勿体ねえとも思ったさ何度も」

「大切にするんだよ」

「分かってるさ」


 龍一と新條の様子に女性たちはみな首を傾げていた。

 その後、お化け屋敷で心が疲れてしまった沙月を癒すようにみんなで色々と連れ回して楽しい時間を過ごした。。

 こうして龍一が本格的に参加した文化祭は終わりを迎え、龍一にとって本当に掛け替えのない一つの思い出が出来るのだった。

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